表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸西部・黄昏の尖塔編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/64

第58話 鏡の迷宮と、影のドッペルゲンガー

 パリンッ!


 無数の鏡が一斉に砕け散る音が広間に鋭く響き渡った。

 飛び散ったガラス片は床に落ちる前に黒い霧となり、渦を巻いて凝縮していく。

 二つの影が実体を持って立ち上がった。


 一つはミスリルのビキニアーマーを纏い、背中に巨大な鉄塊を背負った女戦士。

 もう一つは真鍮のゴーグルをかけ、腰にフラスコを吊るした錬金術師。

 ミオとナオト、そのものだった。

 ただし、その全身は墨を流したように黒く、ただ目だけが禍々しい赤色に発光している。


「……嘘でしょ。私?」


 ミオが息を呑む。

 影のミオ――ドッペルゲンガーが無表情のまま背中の剛剣を引き抜いた。

 その動作、筋肉の動き、重心の移動。全てがミオのそれと寸分違わない。


「ようこそ、哀れなオリジナルたち」


 影のナオトが口を開いた。

 声はナオトの声帯を完璧に模倣しているが、抑揚がなく、まるで合成音声のような冷たさを含んでいた。


「ここは鏡の試練。己の影に勝てぬ者に秘宝を手にする資格なし」


「随分と上から目線だな、コピー品のくせに」


 ナオトが舌打ちをし、即座に戦闘態勢をとる。


「来るぞミオ! 自分自身と戦う準備はいいか!」


「よくないけど! やるしかないんでしょ!」


 ドォォォォォン!!


 影ミオが床を蹴った。その爆発的な初速は本物のミオと完全に同等。剛剣が風を切り裂いてミオに迫る。


「くっ! 速いッ!」


 ミオもまた剛剣を構え、影の一撃を受け止める。


 ガギィィィィン!!


 凄まじい金属音と共に火花が散り、衝撃波が周囲の鏡を震わせた。


「うググッ! 重い! 私ってこんなに馬鹿力だったの!?」


 鍔迫り合い。

 ミオの腕が悲鳴を上げ、ブーツが床を削る。

 筋力、敏捷性、そして武器の重量。全てのパラメータが拮抗しているため、押し勝つことができない。


「ミオ! そこを動くな!」


 ナオトが影ミオの横合いからフラスコを投げる。中身は爆裂火薬。


「無駄だ」


 影ナオトが指先を弾く。


 ヒュッ!


 投げられた石つぶてが、空中でナオトのフラスコを正確に撃ち抜いた。


 ボォン!


 爆発は二人の遥か頭上で起き、黒い煙だけが虚しく広がる。


「俺の投擲ラインを完全に読んでやがる」


「当然だ。私はお前だ。お前の思考回路、計算式、次に選ぶ戦術……全てインストール済みだ」


 影ナオトが冷徹に告げ、自らのポーチから試験管を取り出す。


「お前が火で来るなら、こちらは氷で対抗する」


 パリンッ!


 影ナオトが投げた液体が床に広がり、急速冷凍効果を発揮する。ナオトの足元を凍らせて、動きを封じにかかった。


「チッ! 厄介だな! 自分自身が一番の強敵とはよく言ったもんだ!」


 戦況は膠着していた。

 ミオと影ミオは互いに剛剣を打ち合い、回避し合い、一歩も譲らない。

 ナオトと影ナオトは互いに錬金術を放ち、相殺し合い、決定打を与えられない。

 鏡写しの戦い。このままではスタミナと魔力に制限のない影の方が有利になるのは明白だった。


「はぁ、はぁ……! ナオト! これ、ジリ貧よ! あいつ、疲れないみたいだし!」


 ミオが荒い息を吐きながら影の連撃を凌ぐ。

 影ミオは汗一つかかず、機械のような正確さで剣を振るい続けている。


「ああ。俺の方もだ。あっちの思考速度が俺と同じなら、ジャンケンで永遠にアイコが続くようなもんだ」


 ナオトの脳内で無数のシミュレーションが走る。

 勝率計算。真正面からの突破確率は0.1%未満。ならば、ルールを変えるしかない。


「ミオ! プランBだ!」


「プランB!? なにそれ、聞いてない!」


「今考えた! クロス・スイッチだ!」


「はぁ!?」


「相手を交換する! 俺が影ミオをやる! お前が影ナオトをやれ!」


 ミオが目を見開く。


「正気!? ナオトがアレを喰らったら、一撃でミンチよ!」


「いいから信じろ! 俺たちは自分自身のことは分からなくても、互いの弱点なら死ぬほど知ってるはずだ!」


 その言葉にミオがハッとする。

 ナオトの弱点。理屈っぽくて、準備に時間がかかり、そして何より――肉体的には貧弱であること。


「なるほどね。そういうこと!」


「行くぞ! 3、2、1……スイッチ!」


 合図と共に二人は交差するように走った。

 ミオは影ミオの前から離脱し、影ナオトへ突っ込む。

 ナオトは影ナオトの射線から外れ、影ミオの前に立ちはだかる。


「愚策だ」


 影ナオトが眼鏡の位置を直す仕草をする。


「前衛と後衛の役割(ロール)を捨てるなど、自殺行為に等しい」


「うるさいわね、偽物! あんたの理屈は聞き飽きたのよ!」


 ミオが咆哮し、影ナオトとの距離を一気に詰める。

 影ナオトは慌てて防御用のフラスコを取り出そうとするが――。


「遅いッ!」


 ドガッ!!


 ミオの回し蹴りが、影ナオトの手首を蹴り上げた。

 フラスコが空高く舞い上がる。

 ナオトの錬金術は強力だが、アイテムを取り出し、調合し、投げるまでのプロセスが必要だ。

 ミオの圧倒的なスピードの前では、そのコンマ数秒が致命的な隙となる。


「なっ……!?」


「本物のナオトなら、私の動きを予測して先に罠を張るけど。あんたは所詮、データをコピーしただけ! 私の野生の勘までは読めないわよ!」


 ズドンッ!


 剛剣の腹で影ナオトを壁に叩きつける。

 物理耐久力の低い錬金術師のボディは、それだけでぐしゃりとひしゃげた。


「ぐ、おぉ!」


「計算外だった? 残念、これが脳筋の力よ!」


 一方、ナオトと影ミオの戦い。

 影ミオは標的が貧弱なナオトに変わった瞬間、殺意を膨れ上がらせた。


「ロアァァァッ!」


 20キロの鉄塊を振り上げ、トップスピードで突っ込んでくる。

 直撃すれば、ナオトの体など紙屑のように吹き飛ぶだろう。

 だが、ナオトは動かない。ただ、冷徹な目で影ミオの装備を見ていた。


「速いな。そして強い。だが、お前のその装備には致命的な欠陥がある」


 影ミオが剣を振り下ろす寸前、ナオトは手にしたフラスコを自分の足元に叩きつけた。


液体窒素リキッド・ナイトロゲン!」


 パリンッ!  シュゴォォォォォッ!


 超低温の白煙が爆発的に広がり、ナオトの周囲を絶対零度の領域へと変える。


「……!?」


 影ミオの動きがピタリと止まった。いや、止められたのだ。

 露出度の高いビキニアーマー。その剥き出しの肌が、マイナス196度の冷気に直接晒されたのだから。


「……ガ、ガガ……」


 関節が凍りつき、筋肉が硬直する。

 影ミオは氷の彫像のように固まり、振り上げた剛剣の重さに耐えきれず、バランスを崩した。


「防御力と魔力効率を優先した、その露出狂スタイル。寒さに弱いのは、さっきの階層で実証済みだ」


 ナオトは凍りついた影ミオの鼻先に次なるフラスコを突きつけた。赤く燃える高火力の爆裂オイル。


「本物のミオなら、気合で耐えたかもしれないがな。生憎、お前はただのデータだ。痛みや根性というイレギュラーまでは再現できてない」


 影ミオの赤い目が恐怖に見開かれたように見えた。


「チェックメイトだ。消えろ、ドッペルゲンガー」


 ナオトがフラスコを放り投げ、バックステップで距離を取る。


 ドガァァァァァン!!


 紅蓮の炎が氷像を飲み込み、熱膨張による破壊が影の体を粉砕した。


 同時刻。ミオの方も決着がついていた。


「これで……終わりッ!」


 壁に張り付けにされた影ナオトに向かって、ミオが剛剣を突き出す。

 切っ先が影の胸――魔石のコアを貫いた。


「……計算、不能」


 パリンッ。


 影ナオトがガラスのように砕け散り、黒い霧となって消滅した。


 ◇ ◇ ◇


 二つの影が消え、広間に静寂が戻った。

 割れた鏡の破片だけが星明かりを反射してキラキラと輝いている。


「ふぅ。……勝った?」


 ミオが剛剣を杖にして立ち上がり、荒い息を整える。


「ああ。完勝だ」


 ナオトもローブの煤を払いながら、ミオの元へと歩み寄る。


「ナオトの作戦、バッチリだったわね。あいつ、手も足も出なかったじゃない」


「お前の突撃も見事だったぞ。俺のコピーが、あんなに間抜けに吹っ飛ばされるのを見て、少し傷ついたくらいだ」


「あはは! ざまぁみなさい!」


 二人は顔を見合わせ、軽く拳を突き合わせた。

 自分自身には勝てないが、二人でなら勝てる。それが、この試練の答えだったのかもしれない。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 広間の奥で祭壇のような台座がせり上がってきた。

 その上には一冊の古びた本が置かれている。

 漆黒の装丁に紫色の魔石が埋め込まれた魔導書。

 本物の『影の倉庫(シャドウ・ポケット)』のスキルブックだ。


「出たわね。お宝」


「ああ。長かった」


 ナオトが祭壇に近づく。

 ずっしりとした重厚感。そして、ページから溢れ出る底知れぬ魔力。

 ゴーグルの解析にかけるまでもない。本物のアーティファクトだ。


 ナオトは震える手をその黒い表紙へと伸ばした。これを手にすれば全てが変わる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ