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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸西部・黄昏の尖塔編

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第54話 黄昏の尖塔と、古代の番人

 ヒュオォォォォ。


 乾いた風が岩肌を撫でて通り過ぎる。


「到着。ここが黄昏の尖塔トワイライト・スパイアか」


「うわぁ。なんか、ドヨーンとしてるわね」


 ナオトとミオが見上げる先には荒野の真ん中に突き刺さったような、黒曜石で作られた巨大な塔がそびえ立っていた。

 太陽はまだ高いはずなのに、この塔の周囲だけは夕暮れ時のような薄暗いオレンジ色の光に包まれている。


 影が濃い。異常なほどに。


「雰囲気あるわー。いかにもラストダンジョンって感じ」


「ラストじゃないぞ。まだ中盤の重要アイテム回収クエストだ。……気を引き締めろよ」


 二人は塔の入り口にある巨大な石扉の前まで進んだ。

 扉には取っ手も鍵穴もなく、代わりに複雑な幾何学模様と古代文字がびっしりと刻まれている。


「開かないわね」


 ミオが扉をペタペタと触る。


「うんともすんとも言わない。ねえナオト、これ壊していい?」


「待て脳筋。遺跡保護の観点からも、(トラップ)回避の観点からも却下だ」


 ナオトは扉の前にしゃがみ込み、愛用の解析魔導ゴーグルを装着した。


 右手のダイヤルを回す。


 カシャッ、ジーッ。


 微かな駆動音と共に真鍮製の歯車が噛み合い、複数のレンズがスライドして焦点を合わせる。


「解析開始。魔力視(マナ・サイト)モード。ふむ、この紋様自体が魔力回路になってるな」


 ナオトが独り言をつぶやきながら、古代文字を指でなぞっていく。


「このルーン文字は拒絶。こっちは循環。なるほど、特定の順序で魔力を流さないと開かないパズルか」


「ねえ」


「ん? なんだ、今忙しい」


「ナオトばっかりズルい! 私にもその透視メガネ貸してよ!」


 ミオがいきなりナオトの顔からゴーグルを奪い取った。


「おいっ! 精密機器だぞ!」


「だって、ナオトだけ楽しそうにブツブツ言ってるんだもん。どれどれ、世界の真理とやらを見せてもらいましょーか!」


 ミオがワクワクしながら、真鍮製の無骨なゴーグルを目に当てた。


「あれ?」


「どうだ?」


「なにも見えない。ただ視界が緑色になって歪んで見えるだけ。あと、なんか目が回る」


 ミオがゴーグルを外して首を傾げた。


「壊れてるんじゃないの? 『ピピピッ、戦闘力53万です』みたいな数字が出たりしないの?」


「出るわけないだろ。それはただのレンズだ」


 ナオトはゴーグルを取り返し、丁寧にレンズを拭いて装着し直した。


「このゴーグルは魔力の波長を光や色として捉えるだけの、超高性能な顕微鏡であり望遠鏡だ。そこにデジタルなOSなんて入ってない」


「え? じゃあ、さっきの解析完了とか言ってたのは?」


「俺の脳みそだ」


 ナオトがこめかみを指差す。


「レンズ越しに見えた色の変化や光の屈折を俺の化学知識と解析スキルで翻訳・言語化してるんだよ。つまり、俺というCPUを通して初めて、このゴーグルは機能する」


「うわぁ」


 ミオが呆れたような、尊敬するような目でナオトを見た。


「やっぱりナオトって、頭の中まで理屈っぽいマニアックな構造してるのね。私には無理だわ」


「お前は直感型だからな。役割分担だ。よし、回路は見えた」


 カシャッ。


 ナオトがダイヤルを回し、焦点を合わせる。


「この扉の鍵は一筆書きだ。始点はここ。終点は……あそこか」


 ナオトが指先から微弱な魔力を放出し、扉の紋様をなぞる。

 なぞった部分に青白い光のラインが走る。

 複雑な迷路のような回路をナオトの指は迷いなく進んでいった。


「右、上、左斜め下、ループして……中央突破!」


 カッッッ!!


 全ての紋様が光り輝き、重々しい音が響いた。


 ゴゴゴゴゴゴ!


「開いた! さすがナオト!」


「これくらい、SE時代のスパゲッティコード (複雑怪奇なプログラム)修正に比べれば児戯に等しい」


 ◇ ◇ ◇


 塔の内部は外よりもさらに暗かった。

 天井は見えないほど高く、壁には古びた燭台があるものの、火は灯っていない。

 足音が反響し、どこまでも吸い込まれていくようだ。


「……暗い。そして寒い」


 ミオが二の腕をさする。ビキニアーマーの露出した肌に冷気が染みるらしい。


「ランタンをつけるか。いや、待て」


 ナオトが足を止めた。

 ゴーグルのレンズが前方の闇に蠢く異物を捉えたからだ。


「何かいる」


「え? どこ? 何も見えないけど」


「影だ。ただの暗闇じゃない。質量を持った影がそこにいる」


 シュゥゥゥゥ。


 闇の奥から黒い霧のようなものが滲み出してきた。

 それは次第に人の形――いや、不定形の怪物の形を取り、赤い二つの目を光らせた。


「キシャァァァァ」


「出たわね! お化け屋敷の主役!」


 ミオが背中の剛剣・ギガントを引き抜く。

 20キロの鉄塊が風を切る音。しかし、彼女の表情に恐怖はない。


「実体がないなら、この質量で吹き飛ばすまでよ! いくわよッ!」


 ドムッ!


 ミオが床を蹴り、砲弾のように突っ込む。


「粉砕ッ!!」


 ブォンッ!!


 渾身の横薙ぎ。

 どんな硬い岩盤も砕くはずの一撃が怪物の胴体を捉えた――はずだった。


 スカッ。


「え?」


 手応えがない。

 鉄塊は黒い霧をすり抜け、空しく空を切った。ミオが勢い余ってつんのめる。


「嘘でしょ!? 物理無効!?」


「キシャッ!」


 怪物が嗤ったように見えた。その黒い腕が伸び、ミオの体に触れる。


 ジュッ!


「痛っ!?」


 ミオが飛び退く。 触れられた肩の皮膚が凍傷のように白く変色していた。


「冷たっ! なにこれ、斬撃じゃない! 触れられただけで生気が吸われる!」


「ドレイン・タッチか! 実体はないくせに、こちらのHPには干渉してくるタイプだ」


 ナオトが分析する間にも、影の怪物は分裂し、数を増やしていく。

 一体、二体、三体。通路を塞ぐように黒い壁が迫ってくる。


「ナオト! どうすんのよ! 私の剣が当たらないんじゃ、ただの重りよこれ!」


「物理が効かないなら魔法だ! 火炎瓶(モロトフ・カクテル)!」


 ナオトがフラスコを投げる。


 ガシャン! ボォォォッ!


 炎が燃え上がるが、影たちは炎の中を何食わぬ顔で通り抜けてくる。


「熱くもないみたいよ!?」


「炎属性も無効か。いや、こいつらは影そのもの。光があればあるほど、影は濃くなる」


 影の腕が伸び、ナオトの足を掠める。


「ぐっ! 足が、重い。STR (筋力)吸収か」


「ナオト! 下がって!」


 ミオがナオトの前に立ち、剛剣を盾のように構える。だが、防御など無意味だ。影は剣をすり抜けてくるのだから。


「くっ……このままじゃ、じわじわ吸い殺されるわね」


(考えろ。相手は影だ。物理も熱も効かない概念存在。なら、影を消す方法はなんだ?)


 ナオトの脳内で化学式と物理法則が高速で回転する。


(影ができる条件は光源と遮蔽物だ。暗闇の中で影が実体化しているなら、こいつらは闇そのもの。闇を消すのは?)


「光だ」


「光? さっきの炎じゃダメだったじゃない!」


「中途半端な光じゃダメだ! 影が濃くなるだけだ! 影すらも焼き尽くす、圧倒的な閃光が必要なんだ!」


 ナオトはポーチをまさぐった。

 ある素材を探す。以前、海辺で拾った銀色の金属片と火薬の材料。


(マグネシウムのリボン。これと酸化剤を混ぜれば……)


 ナオトはその場で即席の調合を行う。

 敵が目の前に迫る中、その手つきは神業のように速く、正確だった。


「ミオ! 目をつぶれ! 網膜が焼けるぞ!」


「えっ!?」


「いいからつぶれ! それで、俺が合図したら、その鉄塊を全力で叩き込め!」


「わかんないけど、信じる!」


 ミオがギュッと目を閉じる。

 影の怪物がその隙を見逃さず、巨大な牙となって襲いかかる。


「キシャアアアアッ!」


「今だッ!」


 ナオトは調合した粉末を空中に撒き、着火石を弾いた。


「科学の光にひれ伏せ! 特製・閃光手榴弾(スタングレネード)・マグネシウムMAX!」


 カッッッッッ!


 世界が白に染まった。太陽の直視すら生温い絶対的な白光。

 マグネシウムの燃焼光はカメラのフラッシュの数万倍の輝度で、塔内部の闇を隅々まで照らし出した。


「ギィャアアアアアアアアアッ!?」


 影の怪物たちが絶叫する。

 強烈すぎる光を浴びた彼らの体から、黒い霧が蒸発していく。

 そして――影が消えた後に残ったのは半透明の水晶のようなコアだった。


「見えた! 実体化(ソリッド)した!」


 ナオトはゴーグル越しに、その弱点を見逃さなかった。


「ミオ! 今だ! 正面、高さ1メートル! そこにコアがある!」


「了解ッ!」


 ミオは目を閉じたまま、ナオトの声だけを頼りに踏み込んだ。彼女の直感と信頼が、見えない標的を捉える。


「そこねぇぇぇッ!!」


 ブォンッ!!


 剛剣・ギガントが唸った。20キロの鉄塊がトップスピードで空間を薙ぎ払う。


 ガギィィィィィン!!


 硬質な破壊音。水晶のコアが粉々に砕け散った。


「ギャ……ア……」


 断末魔と共に光が収まる。ナオトが目を開けると、そこには黒い塵となって消滅していく怪物の姿があった。


「ふぅ。やったか」


「まぶしっ! まだ目がチカチカする!」


 ミオが恐る恐る目を開け、涙目で訴える。


「ナオト! 今の何!? 太陽でも持ってきたの!?」


「ただの化学反応だ。マグネシウムの燃焼光は紫外線を含む強力な光を放つ。闇属性のアンデッドには劇薬だ」


「すご。物理無効の幽霊を科学で殴り倒すとか……あんたホントにファンタジーの住人?」


「錬金術師だと言ってるだろ。魔法使い(ウィザード)じゃなく、理屈使い(サイエンティスト)だ」


 ナオトは怪物が落としたドロップアイテム――黒く光る石を拾い上げた。


影石(シャドウ・ストーン)か。これがあれば、闇属性のポーションが作れるな」


「また怪しい薬作る気ね」


「生きる知恵だ。さあ、番人は倒した。この先に例の魔導書があるはずだ」


「うん! でもナオト、足大丈夫?」


 ミオが心配そうにナオトの足を見る。先ほどドレインされた右足が、少し震えていた。


「少し痺れるが、歩けないほどじゃない。肩を借りてもいいか?」


「もちろん! どんと来い!」


 ミオがビキニアーマー姿の肩を貸してくれる。逞しくも柔らかいその感触に、ナオトは少しだけ救われた気がした。


「重くないか? お前、20キロの剣も持ってるのに」


「平気よ。ナオトの頭の重さに比べたら、羽毛みたいなもんよ」


「よく言うよ」


 二人は暗い回廊をお互いを支え合いながら進んでいく。

 ゴーグルのレンズが奥に眠る強大な魔力反応を捉えていた。


「影の倉庫。これを手に入れれば、俺たちの冒険は次のステージへ進める」


 塔の最上階まで、あと少し。

 しかし、TRPGのシナリオ通りなら、最後に待ち受けるのは――。


「ミオ。油断するなよ。ボス部屋はまだ先だ」


「分かってる! 私の剛剣とナオトの爆弾があれば無敵よ!」


 二人の影が松明の光に照らされて揺らめいた。

 その影の中に新たな力が宿る瞬間が近づいている。

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