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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸西部・黄昏の尖塔編

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第52話 ナオトの錬金術と、知恵の戦い

 ゴリゴリ、ゴリゴリ。


 乾いた荒野に、石と石が擦れ合うリズミカルな音が響いていた。

 ナオトは携帯用の小さな乳鉢に赤い草と鉱石を入れ、ひたすらすり潰している。


「ねえナオト。さっきから何してるの? 料理の下ごしらえ?」


「弾薬の製造だ」


「弾薬? 銃はもう捨てちゃったじゃない」


「鉄砲玉の話じゃない。錬金術(アルケミー)の触媒だ。ほら、この赤い草を見ろ」


 ナオトは道端に生えていた、毒々しい色の植物をミオに見せた。


「うわ、なんか辛そう」


火炎草(ファイア・ウィード)だ。根っこに揮発性の高い油分を含んでいる。これと、さっき拾った硫黄岩の粉末、そしてこの白い粉末硝石(コウモリのフン)を混ぜ合わせると……」


「まぜると?」


「黒色火薬の親戚ができる」


「うげっ。フンを混ぜるの? 汚くない?」


「化学反応に綺麗も汚いもない。硝酸カリウムは爆発の基本だ。よし、調合完了。これを小瓶に詰めて、と」


 ナオトは慣れた手つきで黒い粉末をガラス瓶に詰め、布で栓をした。

 その腰のベルトにはすでに色とりどりの液体や粉末が入ったフラスコが数本ぶら下がっている。

 太陽の光を受けて、試験管の中身が怪しげに煌めいた。


「へぇ。SE辞めても、テロリストとして生きていけそうね」


「人聞きが悪いな。冒険者と言え。この荒野には使える素材が山ほど落ちている。俺の解析スキル(アナライズ)で見れば、ここは宝の山だ」


 二人が歩いているのは、ポルト・ロッサから北へ続く荒涼とした大地。

 岩と乾いた土、そして疎らに生える刺々しい植物だけの世界だ。

 日差しは強いが、ミオの露出度の高い鎧(ビキニアーマー)は風通しが良く、意外にも快適そうだった。


「それにしても、魔物(モンスター)が出ないわね。剛剣・ギガントの試し斬りがしたいのに」


「フラグを立てるな。TRPGで暇だなと言った直後に敵が出る確率は100%だぞ」


 その時だった。


 ガササッ……!  近くの岩陰から何かが枯れ草を踏みしめる音がした。


「ほら見ろ」


「あっちの岩陰! なんか動いた!」


 キチチチチ……!  カサカサカサ……!


 岩陰から這い出してきたのは緑色の甲殻を持つ巨大な昆虫だった。

 体長は2メートルほど。鋭い鎌を振り上げ、複眼がギョロリと二人を睨んでいる。

 口元の触角がピクピクと動き、獲物の匂いを嗅ぎ取っているようだ。


「カマキリ? ……にしてはデカすぎない?」


「解析開始。対象識別。ポイズン・マンティス。群れで行動する肉食昆虫だ」


「ポイズン? 毒持ちってこと?」


「ああ。しかも一匹じゃないぞ。囲まれてる」


 ナオトの警告通り、岩の隙間、地面の穴、草むらの中から、次々と同種のモンスターが現れる。

 ワラワラと湧き出るその数は優に20体を超えていた。


「うわぁ。キモチワルイ。私、虫は嫌いなのよ!」


「文句を言ってる暇はないぞ。来るぞ!」


 キシャアアアアッ!!


 先頭のマンティスが、バネのように跳躍して襲いかかってきた。

 空気を切り裂く鎌がミオの首を狙う。


「やらせるかぁッ! 粉砕!」


 ミオが背中の鉄塊を引き抜き、横薙ぎに振るう。


 ブォンッ!!


 20キロの質量が風を巻き込み、暴風と共にカマキリの横っ腹を捉えた。


 バゴォォォォン!!


 硬い甲殻が砕ける音ではない。中身ごと潰れるような、湿った破壊音が響く。

 マンティスはくの字に折れ曲がり、ボールのように吹き飛んで岩に激突した。

 グシャリと潰れた体からは緑色の体液が溢れ出している。


「一撃!?」


「硬い! けど、斬らなくていいから楽ね!」


「えげつない威力だ。刃物で切るんじゃなく、ハンマーで叩き潰す感覚に近いな。これなら相性もクソもない」


「次ッ! かかってきなさい!」


 ミオが鉄塊を構え直す。その華奢な体からは想像もつかないプレッシャーに、マンティスたちが一瞬たじろぎ、後ずさる。


「キチチッ! キキッ!」


 しかし、敵もさるもの。正面からの攻撃が不利と悟ると、群れ全体で散開し、四方八方から同時に飛びかかってきた。


「多勢に無勢ってわけ!? 卑怯よ!」


「ミオ、背中を守れ! 3時方向!」


「分かってる!」


 ドガッ! バキッ!


 ミオは剛剣を振り回し、近づく敵を次々と粉砕していく。

 だが、20キロの重量物はどうしても振った後の隙が大きい。

 慣性を殺しきれず、体勢を立て直すのにコンマ数秒の遅れが出る。


「キシャッ!」


 一匹のマンティスが死角から忍び寄り、その鋭い鎌をミオの脇腹――露出した肌に向けて振り下ろした。


「しまっ……!」


 ガキンッ!


 鎌はミオの肌に触れる直前、見えない壁に弾かれたように滑り、火花を散らした。


「え?」


「効いただろ! ナオト式・硬化オイルの効果だ!」


 ナオトが叫びながら牽制用のナイフを投げる。

 ビキニアーマーの露出部分に塗った錬金オイルが、衝撃に反応して瞬間硬化したのだ。


「言っただろ! 防御力は鉄板並みだってな!」


「ナイス! でも、キリがないわよ!」


 倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる。そして――。


「キィィィィ……プシュッ!」


 マンティスたちが一斉に腹部を膨らませたかと思うと、口から紫色の霧を噴射した。


「……!」


「毒霧だ! 吸うなミオ!」


「げほっ! くっ、臭い! 目が、染みる!」


 紫色の毒霧が周囲を包み込む。視界が悪くなり、肌がチリチリと焼けるような痛みを訴える。


「神経毒か? いや、腐食性の酸性ガスだ。このままだと、俺たちの肺がやられる」


「ナオト……! 体が、痺れて……うまく動か、ない……」


 ミオが膝をつく。剛剣の重さを支えきれず、切っ先が地面にめり込む。

 肺が焼けつくような痛みに咳が止まらない。


「キシャアアア!」


 チャンスと見たマンティスたちが包囲網を狭めてくる。

 絶体絶命。

 TRPGなら、ここでGMが『全滅(ロスト)ですね』と冷酷に告げる場面だ。


「だが、詰み(チェックメイト)じゃない」


 ナオトは懐からゴーグルを取り出し、装着した。

 アナログなレンズ越しに、毒霧の成分を視る。


「成分解析。主成分は蟻酸に近い強酸性ガス。なら、中和できる」


 ナオトはベルトのポーチを開き、二つのフラスコを取り出した。

 一つは青色の液体。もう一つは先ほど作った黒色火薬の小瓶。


「ミオ! 伏せろ!」


「……え?」


「耳を塞いで、口を開けろ! 衝撃が来るぞ!」


 ナオトは二つのフラスコを同時に空中に放り投げた。そして、手にした石つぶてを正確に投擲する。


 カキンッ!


 石がフラスコに命中し、空中でガラスが砕け散る。

 青い液体と黒い粉末が混ざり合い、そこに毒霧が触れた瞬間――。


「科学実験の時間だ! 中和・爆裂反応ニュートラル・ブラスト!!」


 カッッッ!!!!


 猛烈な閃光が視界を白く染めた。続いて。

 ドォォォォォォン!! という轟音が荒野を揺るがした。


「きゃぁぁぁっ!?」


 爆風が毒霧を吹き飛ばし、マンティスたちを枯れ葉のように宙に舞い上げる。

 だが、不思議と熱くはない。

 爆発の中心から広がったのは真っ白な浄化の煙だった。


「ゲギャアアアアッ!?」


 マンティスたちが苦しみのたうち回る。

 毒霧が中和され、逆に彼らの呼吸器を焼いているのだ。


「けほっ。……あれ? 体が……楽に?」


 ミオが顔を上げると、紫色の霧は綺麗さっぱり消え去り、爽やかな風が吹いていた。


「ナオト、何したの?」


「簡単な化学だ。あの青い液体はアルカリ性の強重曹水。酸性の毒霧と反応させて、無害な水と塩に変えたんだ」


「爆発は?」


「反応熱を利用して、火薬に着火した。解毒と攻撃を同時に行う、俺のオリジナル錬金術だ」


 ナオトがニヤリと笑い、ゴーグルを押し上げる。

 その姿は魔法使いというよりはマッドサイエンティストのようだった。


「す、すごい! 魔法より魔法みたい!」


「これが知恵だ。さあ、敵は混乱してるぞ。仕上げはお前の仕事だ」


 ナオトが指差す先では、ひっくり返って足をバタつかせているマンティスたちの無様な姿があった。


「オーケー。お礼参りといきましょうか」


 ミオが立ち上がる。痺れは消えた。剛剣を握る手に力が戻る。


「よくも私の美肌を荒らしてくれたわね!」


 ズオォォォッ!!


 ミオの体から立ち昇る殺気が空気を震わせた。


「全員、鉄屑にしてやるわぁぁぁッ!!」


 そこからは、一方的な蹂躙だった。

 混乱したカマキリたちに20キロの質量兵器が次々と振り下ろされる。

 甲殻が砕け、緑色の体液が飛び散る。


 ドガッ! バキッ! グシャッ!


 鈍い破壊音が連続し、マンティスたちは悲鳴を上げる間もなく潰されていく。


「ストライク! 次!」


 ものの数分で荒野には静寂が戻った。

 残されたのはマンティスたちの残骸の山と、肩で息をするミオ。


「ふぅ。スッキリした」


「お疲れ。いい動きだったぞ」


 ナオトが近づき、ミオに水筒を渡す。


「ナオトのおかげよ。あの爆発がなかったら、ヤバかったかも」


「持ちつ持たれつだ。俺の火力じゃ、トドメまでは刺しきれないからな」


「ふふっ。私たち、いいコンビかもね」


「今更だな。さて、戦利品回収(ルーティング)だ」


 ナオトはナイフを取り出し、マンティスの残骸から使えそうな部位を切り取り始めた。


「この鎌は硬度が高い。ナイフの素材になる。毒袋も回収だ。次の毒薬の材料になる」


「うわ、ゲテモノ料理してるみたい」


「生きる知恵だ。お、こいつの甲殻、綺麗だな。磨けば宝石の代わりになるかも」


「ホント? じゃあ私が拾う!」


 二人は泥と体液にまみれながらも、笑顔で素材を集めた。

 スマホはない。ネットもない。あるのは自分たちの手で掴み取った勝利の実感だけ。


「ねえナオト」


「ん?」


「私、今すごく楽しい」


「奇遇だな。俺もだ」


 荒野に沈む夕日が二人の影を長く伸ばしていた。

 その影は一つに重なり、北の空――黄昏の尖塔トワイライト・スパイアの方角を指し示しているようだった。


「よし、今日の稼ぎは十分だ。この先に岩場がある。そこでキャンプにしよう」


「賛成! マンティスの肉って食べられるかな?」


「やめておけ。酸っぱいぞ」


「ちぇっ。じゃあ干し肉で我慢するかぁ」


 二人の笑い声が夜の帳が下りる荒野に響いていった。

 錬金術師と女戦士。

 最強のパーティーは着実に一歩ずつ、伝説への道を歩んでいた。

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