第50話 港町ポルト・ロッサと、冒険者の流儀
ザッ、ザッ、ザッ。
「暑い」
「日差しが暴力ね。UVケアしてくるの忘れたわ」
「ミオ、文句を言うな。見ろ、着いたぞ」
ナオトが指差した先には白い石造りの建物が斜面にへばりつくように並び、その下にコバルトブルーの海が広がる美しい港町があった。
西の大陸ガリオンの玄関口、自由貿易都市ポルト・ロッサだ。
無数の船が行き交い、カモメの声と活気ある人々の声が混ざり合って聞こえてくる。
「わぁ! すごい! リゾート地みたい!」
「見た目はな。だが、俺の記憶にあるガイドブックによると、ここは海賊と商人と詐欺師の街らしいぞ。治安はお察しだ」
「いいじゃない! 悪党がいるなら、そこにお宝もあるってことでしょ?」
「ポジティブだな。よし、まずは現状確認だ」
ナオトは腰のベルトポーチを探った。チャリン、と硬貨の音がする。
「あった。やっぱりな」
「え? お金?」
「ああ。初期所持金だ。TRPGじゃあ、キャラクター作成時にサイコロを振って初期装備と所持金を決めるだろ? 今回のリビルドで、俺たちには金貨3枚ずつの路銀が支給されている設定らしい」
「へぇー! 親切設計! あ、私もあった! ピカピカの金貨3枚!」
「合わせて6枚か。まあ、当面の宿代と飯代くらいにはなる。だが、武器を揃えるには心許ないな」
「じゃあ、稼ぐしかないわね!」
「そういうことだ。まずは情報収集だ。スマホがない以上、ググるわけにはいかない」
「どうすんの?」
「決まってるだろ。足で稼ぐんだよ。TRPGの基本だ」
◇ ◇ ◇
港の市場は熱気と匂いの坩堝だった。
見たこともない魚、極彩色の果物、怪しげな香辛料。
異国の言葉が飛び交う中、ナオトとミオは人混みをかき分けて進む。
「お兄さん! 新鮮なウツボだよ! 精力つくよ!」
「そこの綺麗なお姉ちゃん! このネックレス、魔除けになるよ! 今なら金貨1枚!」
「勧誘がしつこいな。ミオ、財布はしっかり握っておけよ。全財産スられたら笑えない」
「分かってるって。ねえナオト、お腹空かない? お金もあるし、何か食べようよ!」
「そうだな。腹が減っては聞き込みもできん」
二人は市場の奥まった場所にある一軒の古びた酒場・荒波亭の暖簾をくぐった。
昼間から酒の匂いと紫煙が充満し、目つきの悪い男たちが賭け事に興じている。
まさにファンタジーの酒場という雰囲気だ。
「いらっしゃい! 見ない顔だねぇ!」
カウンターの奥から筋肉隆々のハゲたオヤジが声をかけてきた。
「飯を食いたい。それと、ちょっとした噂話もな」
「あいよ! うちはクラーケンの海鮮丼が名物だ! 噂話は別料金だがね」
「海鮮丼二つ。情報は銀貨3枚でどうだ?」
ナオトが金貨を両替してもらい、銀貨をカウンターに弾く。
オヤジはコインを素早く手で隠し、ニヤリと笑った。
「話が早い客は好きだよ。で、何が知りたい?」
「この大陸にあるという、伝説の魔導書についてだ。影に関する魔法が記されているらしいんだが」
「影、か……」
オヤジは顎を撫でながら、厨房にオーダーを通した。
「そんな眉唾な魔導書のことは知らねえが、影と言えば、ここから北へ3日ほど行った内陸に、黄昏の尖塔って呼ばれる遺跡がある」
「黄昏の尖塔?」
「ああ。あそこは常に夕暮れ時のように薄暗くてな。影の化け物が守る秘宝があるって噂だ。もっとも、生きて帰ってきた奴はいねえがな」
「(ビンゴだな。名前からして怪しい)」
「(お宝の匂いがプンプンするわね)」
ドンッ!
二人の前に山盛りの刺身 (のようなもの)が乗った丼が置かれた。
紫色の吸盤がついた切り身が、まだピクピクと動いている。
「へい、お待ち! クラーケンの踊り食い丼だ! 一杯につき銀貨5枚だ!」
「生きてるわね」
「新鮮な証拠だ。いただこう。これで残金は金貨5枚と銀貨数枚か」
ナオトが恐る恐る口に運ぶ。
コリコリとした食感と濃厚な旨味が広がる。
「ん! 意外といけるぞ」
「ホントだ! 美味しい! あっち (日本)のスーパーの半額刺身より全然美味しい!」
二人が舌鼓を打っていると、店の入り口が乱暴に蹴り開けられた。
バンッ!!
「おいババア! じゃなかった、オヤジ! 今月のみかじめ料、まだ払ってねえよなァ?」
入ってきたのは上半身裸に革のベストを羽織り、曲刀を腰に差した男たち。総勢6名。
薄汚れたバンダナに、欠けた歯。絵に描いたようなチンピラ海賊だ。
「げっ。食事中に最悪」
(お約束のイベント発生だな。ステータス鑑定、解析。ふむ、レベルは15前後。装備は粗悪品。今の俺たちなら問題ない相手だ)
酒場の客たちが、関わりたくないとばかりに視線を逸らす。
海賊たちはカウンターに向かおうとして、ナオトたちのテーブルで足を止めた。
「あん? おいおい、見ねえ顔だな」
リーダー格の大男がナオトたちのテーブルにドカッと足を乗せた。
泥だらけのブーツから、砂が海鮮丼に入りそうになる。
「おい。埃が立つだろ」
「あぁ? よそ者がデカイ顔してんじゃねえよ。ここを通るなら通行税を払いな。金貨10枚だ」
「金貨10枚? ボッタクリもいいとこね」
ミオが呆れたように箸を置く。
リーダーがミオの顔を覗き込み、下卑た笑みを浮かべた。
「へへっ、金がねえなら姉ちゃん、その体で払ってもいいんだぜ? 海賊ギルドの慰安旅行に連れてってやるよ」
ギャハハハ! と取り巻きたちが笑う。ナオトは溜息をつき、残りの海鮮丼をかき込んだ。
「ごちそうさま。ミオ、食ったか?」
「ええ。でも、デザートがまだよ」
「そうか。ちょうどいい運動相手が来たぞ」
ナオトが顎で海賊たちをしゃくる。ミオはニッコリと笑い、席を立った。
「ねえ、おじさんたち。表へ出なさいよ。店が汚れるから」
◇ ◇ ◇
酒場の裏路地。
ゴミ箱と木箱が積まれた狭い空間で、海賊たちがナオトとミオを取り囲んでいた。
「へへっ、逃げ場はねえぞ! 後悔させてやる!」
リーダーが曲刀を抜き、舌なめずりをする。
「ナオト、実験台にしていい?」
「ああ。今回リビルドしたステータスのテストには丁度いい。敏捷性に極振りしたんだろ?」
「そ! あと運もね! 見てなさい、私の新しい力!」
「やっちまえ!」
号令と共に、二人の手下がミオに襲いかかる。
錆びた剣が振り下ろされる――はずだった。
シュッ!
ミオの姿がブレた。
次の瞬間、彼女は手下の背後に回り込んでいた。
「え?」
「遅い。止まって見えるわよ」
ドガッ!
ミオのローキックが男の膝裏に炸裂する。
ゴキッという嫌な音と共に男が体勢を崩す。
「うぎゃあっ!?」
「隙ありっ!」
ズドン!
すかさず、みぞおちに掌底を叩き込む。
強化スーツのアシストはない。だが、今のミオには鍛え直したキャラクターの基礎スペックがある。
「ぐべっ!?」
男は泡を吹いて気絶した。
「なっ!? なんだあの女、速ぇぞ!」
「魔法か!? 囲んで叩け!」
残りの4人が一斉に飛びかかる。しかし、ミオは舞うように攻撃を回避していく。
「はい右! あ、足元がお留守よ!」
バキッ! ドカッ!
(凄いな。以前は装備の性能頼りだったが、今の動きは洗練されている。死の経験が、あいつの生存本能を研ぎ澄ませたか)
ナオトは少し離れた場所で腕組みをして分析していた。すると、リーダー格の男がナオトに狙いを定めた。
「テメェ! 魔法使いか! 先に詠唱を止めてやる!」
リーダーがナイフを構えて突っ込んでくる。
「死ねぇぇ! もやしっ子!」
「おっと。俺をただの魔法使いと思うなよ」
ナオトは慌てず騒がず、腰のポーチに手を入れた。
取り出したのはガラスのフラスコ。中には緑色の液体が入っている。
「錬金術・テストNo.3。即席・粘着スライム!」
パリンッ!
ナオトが足元にフラスコを叩きつけると、緑色の液体が爆発的に膨張し、リーダーの足に絡みついた。
「うわっ!? な、なんだこれ!? ネバネバする!」
「強力な接着剤だ。乾燥するまで3時間は取れないぞ」
「くそっ、動けねえ! テメェ、卑怯だぞ!」
「誉め言葉だ。知識と道具で勝つのが俺の流儀なんでな」
ナオトは動けないリーダーの鼻先に指を突きつけた。
「さて。とどめは任せたぞ、ミオ」
「らじゃー!」
ミオが最後の一人を回し蹴りで沈め、ニタニタと笑いながらリーダーに近づく。
「ひぃっ! ま、待て! 悪かった! 許してくれ!」
「通行税、だっけ? 金貨10枚?」
「い、いらねえ! タダでいい! 友達だろ!?」
「あらそう。でも、私の技術料は高いわよ?」
ドガッ!!
ミオの右ストレートがリーダーの顔面を捉えた。
男は白目を剥いて、スライムに足を取られたまま後ろに倒れ込んだ。
――戦闘終了。所要時間、3分。
「ふぅ。いい運動になったわ」
ミオが拳をフーフーと吹く。
「お疲れさん。さて、TRPGの醍醐味、戦利品回収だ」
ナオトは気絶した海賊たちの懐をまさぐり始めた。
「おお、こいつら意外と持ってるぞ。金貨が5枚、銀貨が20枚。回復薬が2つ。お、こいつは良い地図を持ってるな」
「装備は?」
「ボロボロだ。売っても二束三文だな。だが、これでお金の心配はなくなった」
ナオトは奪った金貨袋を放り投げ、ミオがパシッと受け取る。
「初期装備の金貨だけじゃ心許なかったけど、これで黄昏の尖塔への準備が整えられそうだな」
「うん! ねえナオト。私、分かったかも」
「なにがだ?」
「スマホがなくても、ハッキングできなくても私、強くなれるわ」
ミオが自分の手を見つめる。
「自分の体と、知恵と、運。それだけで冒険するのって、なんか生きてるって感じがする!」
「そうだな。女神様も、これを見たかったのかもしれん」
ナオトは海賊たちが落とした粗末な短剣を拾い上げ、腰に差した。
最強の武器はない。便利なアプリもない。だが、隣には頼れる相棒がいる。
「行くぞ、ミオ。目指すは北の遺跡、黄昏の尖塔だ」
「ええ! 伝説の魔導書、ゲットしに行くわよ!」
二人は路地裏を出て、太陽の照りつける大通りへと歩き出した。
その背中は以前よりも少しだけ大きく、そして逞しく見えた。
西の大陸での冒険はまだ始まったばかりだ。




