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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸西部・黄昏の尖塔編

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第49話 サイコロの目と、二度目の異世界エントリー

「きゃぁぁぁぁぁぁッ!!」


「ぐわぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ドンッ! ドササッ!


「はぁっ! はぁっ! はぁっ! 痛い! 熱い! 死ぬ!」


「ぐっ、うぅ! 体が、バラバラに!」


 絶叫。

 幻痛。

 そして、襲い来る強烈な吐き気。

 骨が砕け、肉が蒸発する感覚が脳裏に焼き付いて離れない。


「はぁ、はぁ、はぁ。……あれ?」


「……え?」


 ナオトは激しく呼吸を繰り返しながら自分の手を見た。

 五指揃っている。火傷もない。血も出ていない。

 着ているのは異世界の冒険者服ではなく、着古したグレーのスウェット上下。


「……ここ、は」


「ナオトの、部屋?」


 ミオが床に転がったまま、呆然と天井を見上げている。

 彼女もまた、ボロボロの強化スーツではなく、パジャマ代わりの大きめのTシャツとショートパンツ姿だった。


「……夢?」


「いや、違う。夢にしては痛みがリアルすぎた。死ぬ瞬間の冷たさも、絶望感も、全部残ってる。それに」


 ナオトは震える手で、ローテーブルの上に置かれたスマホを掴んだ。

 画面を点灯させる。


 【日曜 14:30】


「……時間が進んでない」


「え? どういうこと?」


「俺たちが『あっち』に行ったのは確か今日の昼過ぎだ。ピザを頼んで、ゲームを始めて……」


 テーブルの上には冷めかけたデリバリーピザと飲みかけのコーラ。

 そして、一冊の古びた革表紙の本と、多面体ダイスが転がっている。


「戻ってきたんだ。死んだ瞬間に」


「うそ。あんなに冒険したのに? 何ヶ月も旅したのに?」


「こっちじゃ数分しか経ってないってことか。精神と時の部屋かよ」


 ナオトは重い体を起こし、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 一気に飲み干す。

 冷たさが食道を通る感覚が生の実感を呼び覚ます。


「はぁ。生き返った」


「私にもちょうだい! 喉カラカラ!」


 ミオが水を奪い取り、ラッパ飲みする。その野性味あふれる仕草は異世界での彼女そのものだった。


「ねえナオト。これって、どういうこと?」


「整理しよう。俺たちは日本で社会人をやってる。俺はブラックSE、お前は薄給OL」


「言い方!」


「事実は事実だ。で、俺たちはネットゲームのギルドで知り合って、意気投合して、休みの日にこうして俺の家でTRPG (テーブルトークRPG)をする仲になった」


「うん。ナオトん家、大きいモニターあるし、お菓子いっぱいあるし」


「で、今日だ。俺の本棚に見覚えのないツールセットがあるのを見つけた」


 ナオトはテーブルの上の本を指差した。

 タイトルは『惑星オルビス・ワールドガイド』。作者不明。出版社不明。


「この本、設定が凄かったわよね。マップも細かいし、スキル体系も独特だし」


「ああ。俺たちは面白がって、これを使って遊んでみることにした。キャラクターシートを作って、ダイスを振って……」


「そしたら、いきなりあの荒野に立ってた」


「つまり、このTRPGセットは異世界へのゲートってわけだ」


 ナオトが20面ダイスを摘み上げる。虹色に輝く、不思議な素材のサイコロだ。


「死んだら戻ってくる。まさにゲームオーバーでリセット、か」


「ねえ。私たち、あっちで死んだのよね?」


「ああ。ベルゼビュート。あいつに消し飛ばされた」


 ミオが自分の体を抱きしめ、身震いした。


「怖かった。本当に死ぬかと思った。というか、死んだ感覚があった」


「トラウマもんだな。SAN値チェックが必要だ」


 しばしの沈黙。

 窓の外からは平和な日本の休日の音が聞こえてくる。

 子供の笑い声、選挙カーの演説、遠くの電車の音。

 平和だ。安全だ。理不尽な暴力も、魔族もいない。


「ねえナオト」


「ん?」


「明日、何曜日?」


「月曜日だ」


「会社、行く?」


 ナオトはスマホのカレンダーを見た。明日の予定には。

 『9:00〜 進捗会議 (デスマーチ)』

 『13:00〜 仕様変更対応 (理不尽)』の文字。


「行きたくないな」


「私も。明日、あの上司の顔見ると思ったら、吐き気がする」


「奇遇だな。俺もだ」


 二人は顔を見合わせた。そして、同時に視線をテーブルの上の本に向けた。


「ねえ。あっちの世界、大変だったわよね」


「ああ。サソリに追い回され、ゴブリンと戦い、魔将軍に殺された」


「お風呂もないし、トイレも不便だし、命の保証もない」


「……でも」


「「あっちの方が、百倍楽しかった!!」」


 声が重なった。

 二人はニヤリと笑い合った。狂気じみた笑顔ではない。冒険を知ってしまった者の、どうしようもない渇望の笑みだ。


「決まりだな。こんなクソみたいな現実(リアル)より、命がけの異世界(ファンタジー)だ」


「ええ! それに、負けたまま終わるなんて私のプライドが許さないわ!」


「リベンジマッチといこうぜ。ただし、作戦が必要だ」


 ナオトは『惑星オルビス』のルールブックを開いた。

 ページをめくる手が、キーボードを叩く時よりも軽い。


「前回の敗因は準備不足とレベル差だ。いきなり魔将軍に挑むのは、レベル1で魔王城に行くようなもんだ」


「装備も貧弱だったしね。私の剣、一撃で折られちゃったし」


「だから、次はもっと着実に強くなるルートを選ぶ。見てみろ、このマップ」


 ナオトが指差したのは大陸の西側。広大な未開拓領域が広がるエリアだ。


「西の大陸・ガリオン。古代遺跡とダンジョンの宝庫。未だ文明の手が入っていないフロンティアだ」


「へぇ! 宝探し! 冒険! いいじゃない!」


「ここなら、魔王軍の目も届きにくい。まずはここで経験値を稼ぎ、強力なレアアイテム(アーティファクト)を収集する」


「レベル上げね! TRPGの基本!」


「ああ。それに、このルールブックによれば、西の果てには神殺しの武装が眠る迷宮があるらしい」


「神殺し! それがあれば、あの生意気なハエ男(ベルゼビュート)も倒せる?」


「理論上はな。どうする? シナリオは『西の果て、開拓と冒険の旅』だ」


「採用! あ、ちょっと待って」


 ミオが自分のキャラクターシートを取り出し、消しゴムでゴシゴシと書き直し始めた。


「なにやってるんだ?」


「メンテナンスよ! 敏捷性にもっとポイント振って、あと運も上げとこ。ついでにバストも2センチアップ!」


「最後のはステータスに関係ないだろ」


「モチベーションに関わるの! ナオトは?」


「俺は……そうだな。SE (システムエンジニア)としてのスキルは一旦封印だ。代わりに錬金術と解析にポイントを振る。現地でのアイテム作成と魔法の理解に特化する」


「サポート特化ね! いいわよ、前衛は任せて!」


「準備万端だな。さあ、行こう!」


 ナオトはピザを一切れ口に放り込み、コーラで流し込んだ。


「行くぞ、ミオ。二度目の異世界エントリーだ」


「ええ! 次はハッピーエンドにしてやるわ!」


 ナオトがダイスを手に取る。20面ダイス。運命を決めるサイコロ。


「ターゲット、西の大陸。転移(ログイン)!」


 カラカラカラッ!


 ダイスがテーブルの上を転がり、止まる。出目は――20(クリティカル)


「「よしっ!」」


 カッ!!


 部屋がまばゆい光に包まれる。

 日本の日常が遠ざかり、再びあの熱く、激しく、そして自由な世界が二人を迎え入れる。


 ……。  …………。


 ザザァァァン。 ヒュオオオオ。


「ッ!?」


「うぷっ! しょっぱい!」


 光が収まると、二人は砂浜の上に転がり落ちていた。

 潮の香り。強い日差し。そして、目の前に広がる青い海。

 背後には鬱蒼としたジャングルが広がっている。


「着いた。西の大陸だ」


「成功、したのよね? 私たち、また戻ってきたのよね?」


「ああ。ダイスの目はクリティカルだった。五体満足、健康そのものだ」


 ナオトは砂を払いながら立ち上がる。

 着ている服は転移の瞬間にイメージした通りのファンタジー衣装だ。

 ナオトは厚手のローブに革のベルト。

 ミオは動きやすいレザーアーマーとショートパンツ。


「やった! ザマァ見ろベルゼビュート! 私たちは不死身よ!」


「大声出すな。モンスターが寄ってくるぞ」


 その時だった。


『何度でも、学びなさい』


「……え?」


「なんだ、今の声」


 二人は同時に周囲を見回した。誰もいない。ただ風が吹いているだけだ。

 だが、その声は鼓膜ではなく、脳の奥底に直接響いてきた。


『この世界を正しい結末へ導くために』


 鈴を転がすような、それでいて厳格な女性の声。どこか懐かしく、そして絶対的な響きを持っていた。


「誰だ! そこにいるのか!」


「ねえナオト。今の声、すごく綺麗だった。女神様、とか?」


「女神? TRPGのゲームマスターってことか?」


「おい! もっと教えてくれ! 『正しい結末』ってなんだ!? 俺たちは何をすればいい!」


 シーン……。


 返事はない。ただ波の音が繰り返されるだけだ。


「行っちゃったみたいね」


「思わせぶりなGMだ。だが、一つだけハッキリしたことがある」


「なに?」


「何度でもって言ったよな。つまり、俺たちが死に戻りできたのは偶然じゃない。あの存在が意図的に俺たちをループさせてるんだ」


「私たちに期待してるってこと?」


「そうらしいな。勇者か、あるいは捨て駒か。まあいい。チャンスをくれたことには感謝しよう」


 ナオトは懐に手を入れ、ある物を取り出した。

 黒い長方形の板。日本から持ってきたスマートフォンだ。


「あれ? ナオト、それ」


「電源が入らない」


「え? 充電切れ?」


「いや、違う。バッテリーは満タンのはずだ。だが、うんともすんとも言わない。まるで、この世界が拒絶しているみたいにな」


 ナオトは黒い画面を見つめながら静かに思考を巡らせた。

 これまでの冒険。ベルゼビュートとの戦い。そして、ネクサスの管理AI・マザーの言葉。


 『効率』『管理』『搾取』


「ミオ。俺はずっと違和感があったんだ」


「違和感?」


「ああ。ドルグの機械化都市。ゼルトのサイバーパンクな管理社会。あれは全部、このファンタジー世界には異物だった」


「確かに。魔法があるのに、なんであんな無機質な機械文明が発達してたのか、不思議だったわ」


「あれは魔族が作ったシステムだ。人間という資源を効率よく管理し、魔力を搾り取るためのな」


「人間を電池にするための檻ってこと?」


「そうだ。つまり、この世界において高度な科学技術やデジタル文明は魔族の象徴なんだよ」


 ナオトの言葉にミオがハッとする。


「じゃあ、私たちがスマホを使ったり、ハッキングしたりするのは……」


「魔族の土俵で戦ってるのと同じだ。だからベルゼビュートには通じなかった。奴らはその道の頂点だろうからな」


 ナオトはスマホを高く掲げた。太陽の光を反射して黒い筐体が光る。


「女神が俺たちに求めているのは、そんな裏技(チート)じゃないんだ」


『正しい結末へ導くために』


 先ほどの声が蘇る。女神が望む世界。それは機械に支配された管理社会ではなく――。


「汗と涙と、剣と魔法。そういう泥臭い力で勝ち取る未来だ」


「なるほどね。郷に入っては郷に従え、ってことか」


「ああ。このスマホはもう不要だ。俺たちの足を引っ張る呪いのアイテムになりかねん」


「捨てるの?」


「未練はあるか?」


「ううん。ないわ!」


 ミオがニカッと笑った。


「だって私、TRPGプレイヤーだもん! ファンタジーに来てまでスマホポチポチしてるなんて、ロールプレイとして三流でしょ?」


「違いない。一流の冒険者は地図とコンパスで旅をするもんだ」


 ナオトは腕を振りかぶった。


「さらばだ、文明の利器よ! 俺はこの世界のアナログな冒険者になる!」


 ヒュンッ!


 スマホが放物線を描いて飛んでいく。キラリと光り、そして――。


 ポチャン。


 波間に消えた。

 それはナオトとミオが現代人から異世界の住人へと生まれ変わった瞬間だった。


「あーあ。捨てちゃった」


「せいせいしたよ。これで、俺の職業(ジョブ)はSEから錬金術師(アルケミスト)に完全移行だ」


「私はOLから女戦士(アマゾネス)ね! でもナオト、一つ問題があるわ」


「なに?」


「スマホを捨てたってことは地図もメモ帳もないってことよ。それに、女神様は『何度でも』って言ったけど、また死に戻りしたら、こっちで手に入れたアイテムやお金はどうなるの?」


「また全ロスする可能性が高いな。毎回レベル1からやり直しじゃ、いつまで経ってもベルゼビュートには勝てん」


「でしょ? どうすんのよ!」


「対策はある。さっきルールブックを読み返した時に見つけた秘宝を覚えているか?」


「えーっと……なんだっけ? 無限の水瓶? 空飛ぶ絨毯?」


「違う。影の倉庫(シャドウ・ポケット)だ」


 ナオトが記憶の中のルールブックのページを反芻する。


「『影は魂の写し身なり。肉体が滅ぶとも、影は魂と共に在り』。このスキルがあれば、アイテムを自分の影の中に収納できる」


「魂と一緒に? ってことは、死んでも持ち越せる?」


「その可能性が高い。いわば、魂に紐付けされたクラウドストレージだ」


「すごい! それがあれば、最強の資産運用ができるじゃない!」


「その魔導書が、この西の大陸のどこかにあるはずだ。まずはそれを手に入れる」


「了解! それが当面のメインクエストね!」


「そういうことだ。よし、まずは情報収集だ。近くに港町があるはず」


「ポルト・ロッサね! 美味しい海鮮丼があるってガイドに書いてあった!」


「お前、食い物のことだけは記憶力がいいな」


「生きる活力だもん! さあ、行くわよナオト! 冒険の始まりよ!」


 ミオが砂浜を駆け出す。

 ナオトもローブの裾を翻し、その後を追った。

 スマホはない。ネットもない。

 あるのは自分たちの知恵と力、そして広大な未知の世界だけ。


(見ていてください、女神様。そして、ベルゼビュートは絶対に許さん)


 ナオトは空を見上げた。


(次は俺たちの流儀(ロールプレイ)で、必ず攻略(クリア)してみせる)


 波の音が二人の新たな旅立ちを祝福するように響いていた。

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