第46話 スコアの闇と、暴走する優等生
カツ、カツ、カツ……。
(奥だ。気配が濃くなってきた)
「ねえナオト。ここ、空気が違うわ」
「ああ。オゾン臭と焦げた電子回路の匂いだ。それに……この耳鳴り」
キィィィィン。
(モスキート音に近い高周波。EMP発生装置の駆動音か)
「気持ち悪い音。頭が痛くなるわ」
「我慢しろ。見えたぞ。最深部だ」
二人の目の前に巨大なドーム状の空間が現れた。
中央には天井まで届く巨大なタワー型の装置が鎮座している。
無数のケーブルが床から伸び、その装置に接続されていた。
そして、その前に一人の男が立っている。
「君たちか。予想より早かったな」
白銀の髪に完璧に整えられた制服を纏った美少年。
胸元には生徒会長のバッジが輝いている。
「カイザー・グロリア。やはり、あんたか」
「僕を知っていたのかい? 転校生」
「状況証拠が揃いすぎてるんだよ。この迷宮の管理権限を持つ者。EMP装置を用意できる資金力。そして、俺たちのような異物を排除したがっている動機」
(ビンゴね。顔に『僕が犯人です』って書いてあるわ)
「ふふっ。優秀だね、ナオト君。君のその解析能力、やはり危険だ」
カイザーが優雅に手を広げた。その背後で装置がブゥンと唸りを上げる。
「ここに来たということは、僕の用意した遊び相手たちは全滅したということかな?」
「遊び相手? あんなトカゲごとき、準備運動にもならなかったわよ!」
「野蛮だね、ミオ君。暴力でしか解決できない低能は嫌いだよ」
「あぁん!? 今なんつった!?」
「まあ待てミオ。おい会長。質問がある」
「手短に頼むよ。君たちの処分の時間まで、あと3分しかないからね」
「この装置……ただの妨害電波発生機じゃないな?」
(さっきからゴーグルの解析班が警告を出しまくってる。この装置、地下から何かを吸い上げてる?)
「ほう。そこまで気付いたか」
カイザーがニヤリと笑った。
その笑顔は優等生の仮面の下にある、歪んだ優越感を隠そうともしていなかった。
「教えてあげよう。これは魔力回収プラントの端末だ」
「回収?」
「そう。このネクサスという都市の真実さ。君たちは市民ランクが何を基準に決まっているか知っているかい?」
「資産、知能、社会貢献度……だろ?」
「表面上はね。だが、真の基準は違う。魔力保有量と従順さだ」
「なんだって?」
「この都市はね、巨大な牧場なんだよ。市民という名の家畜から、効率よく魔力を搾取するためのね」
ザワッ。
ナオトの背筋に悪寒が走った。
SEとしての直感が、システムの全貌を理解してしまったからだ。
(なるほど。そういうことか。IDチップ。街中のセンサー。あれは管理のためじゃない。魔力を微量ずつ吸い取るためのプラグか!)
「高ランクの市民は、より多くの魔力を持つ上質な電池だ。だから優遇される。逆に魔力の少ないFランクはゴミとして扱われる」
「ふざけんな! 人間を電池扱い!?」
「合理的だろう? 彼らは魔力を提供する代わりに、安全と娯楽を与えられている。ウィンウィンの関係さ」
(ドルグの生体炉と同じ発想だ。どいつもこいつも、ろくなシステムを作らねえな)
「だが、君たちは違う。君たちはバグだ」
カイザーがナオトたちを指差した。
「システムに従わない。管理できない。そのくせ、莫大な魔力と技術を持っている。特に君だ、ミオ君」
「……あ?」
「君の魔力は異常だ。規格外すぎる。放置すれば、都市の魔力循環システムに過負荷をかける恐れがある」
「だから……殺すって?」
「排除と言ってくれたまえ。あるいは、この装置のコアとして有効活用してあげてもいい」
カイザーがパチンと指を鳴らした。
装置の一部が開き、中から巨大なガラス管が現れる。そこには緑色の液体が満たされていた。
「ここに入れば、君の魔力は永遠に都市のために役立つ。名誉なことだろう?」
「はっ」
ミオが鼻で笑った。剣の柄に手をかけ、殺気を隠そうともしない。
「お断りよ。私の魔力は私のもの。私の体も、私の人生も、全部私のものよ!」
「誰かのために犠牲になるなんて、真っ平ごめんだわ! ましてや、あんたみたいなスカした野郎のためになんてね!」
「愚かだね。個人の自由など、システムの前では無力なのに」
「システム? 知ったことか!」
ナオトが一歩前に出た。
手には動かないはずの端末が握られている。
「おい、カイザー。お前、SEを敵に回した意味、分かってるか?」
「何?」
「システムってのはな、必ず穴があるもんなんだよ。特にお前みたいな、自分が完璧だと信じてる奴が作ったシステムにはな」
「負け惜しみか? その端末はEMPで死んでいるはずだ」
「ああ、死んでるさ。無線はな」
ナオトは端末から伸びる細いケーブルを、足元の床――わずかに露出していた配線ダクトの亀裂に突き刺していた。
(有線接続。アナログな手段だが、一番確実だ)
「なっ!? いつの間に!」
「お前がペラペラと悪役の演説をしてる間だよ。アクセス承認。制御システム、ハッキング開始」
『警告。外部からの不正アクセスを検知。ファイアウォール、応答なし』
「バカな! 私のシステムが!?」
「セキュリティが甘いんだよ。生徒会長権限のパスワード、『KING』か? 単純すぎて欠伸が出るぜ」
「き、貴様ぁぁぁ!」
「ミオ! 今だ! 装置をぶっ壊せ!」
「合点承知!」
ブォンッ!
ミオが地を蹴った。魔剣クリムゾン・エッジが火を噴く。
「その澄ました顔、恐怖で歪ませてやるわ! 必殺・メガトン・スラッシュ!」
ズバァッ!!
真横に振られた一撃が、装置の基部を襲う。しかし――。
ガギィィィン!!
「硬っ! 弾かれた!?」
剣と装置の間、数センチの空間に見えない壁が出現していた。
障壁だ。それも、桁違いの強度の。
「ふ、ふふふ。危ないところだった」
カイザーが冷や汗を拭いながら笑った。彼の手には虹色に輝く水晶玉が握られている。
「まさか、ここまで追い詰められるとはね。予定より早いが、使わせてもらおう」
(なんだあの石? 鑑定。測定不能!? 魔力値がカンストしてる!?)
「それは……賢者の石!?」
「レプリカだがね。都市中から集めた魔力を結晶化したものだ。これがあれば……」
ゴゴゴゴゴゴ!
空間が震え始めた。
カイザーの体が宙に浮き、背中から光の翼のようなものが噴出する。
「私は神になれる!」
「うわ、出た。ラスボス特有の巨大化フラグ」
「ミオ! 離れろ! エネルギー波が来るぞ!」
「キャッ!?」
ドォォォォン!!
カイザーを中心にして全方位に衝撃波が放たれた。
ミオが吹き飛ばされ、ナオトも壁に叩きつけられる。
「ぐっ! なんだこのデタラメな出力は!」
「ハハハハ! 素晴らしい! 力が溢れてくる!」
カイザーの姿が変わっていく。
制服が弾け飛び、全身が白銀の鎧のような外殻に覆われていく。
優等生の面影は消え、そこには異形の怪物が立っていた。
「我はシステム! 我は秩序! バグどもよ、消去してくれる!」
(暴走したか。魔力中毒の末期症状だな)
「ナオト! あいつ、ヤバいわよ! 魔剣の出力じゃ相殺できない!」
「ああ。単純な魔力勝負じゃ勝ち目はない。だが」
ナオトは口元の血を拭い、ニヤリと笑った。
「攻略法がないわけじゃない」
「あるの!? 早く言いなさいよ!」
「あいつの力源は、あの装置とリンクしてる。つまり、供給元を断てば弱体化する」
「でも、バリアが張ってあって近づけないわよ!」
「バリアは魔法だ。なら、俺がシステム側から設定を書き換えればいい」
ナオトは再び端末を操作し始めた。
指が残像に見えるほどの速度でコードを打ち込む。
(時間との勝負だ。あいつが俺たちを消し炭にするのが先か、俺がプロテクトを破るのが先か)
『エラー。管理者権限の競合が発生しています』
「小賢しい! 死ねぇ!」
カイザーが手をかざす。
無数の光弾がナオトに向かって降り注ぐ。
(来たッ!)
「させないっ!」
ドガガガガッ!
ミオがナオトの前に飛び出し、剣を回転させて光弾を弾き飛ばした。
「ミオ!」
「集中しなさい! あんたの背中は私が守るって言ったでしょ!」
「ああ、信じてる!」
「早くして! こいつの攻撃、一発一発が戦車砲並みよ! 腕が痺れる!」
「あと30秒! ファイアウォール、最終層!」
『アクセス拒否。認証コードが必要です』
(クソッ、またパスワードか! こいつのパスワードの傾向は……自己愛、選民思想、そして……)
(神か? いや、もっと即物的だ。こいつは結局、システムに依存してるだけのガキだ)
ナオトの脳裏に食堂でのランバートの言葉が蘇る。
『スコアこそが全て』
「これだ! 『SCORE (スコア)』!」
ターンッ!
『認証成功。管理者権限を取得しました』
「ビンゴォッ!!」
ナオトが叫ぶと同時にカイザーの周囲に展開されていた光の障壁がフッと消失した。
「な、なんだ!? バリアが……消えた!?」
「今だミオ! 丸裸だぞ!」
「ナイスハッキング! 待ってましたァァッ!」
ミオが地面を蹴る。
強化スーツのスラスターが全開になり、赤い彗星となってカイザーに肉薄する。
「このっ! 勘違い野郎がぁぁぁ!」
「ひぃッ!? くるな!」
「授業料を払ってもらうわよ! 必殺・紅蓮乱舞!」
ズババババババババッ!!
一瞬の間に、数十閃。光の刃がカイザーの白銀の鎧を切り刻む。
「ギャアアアアアッ!」
「トドメッ! 顔面崩壊拳!」
ドゴォォォォォン!!
ミオの左拳がカイザーの顔面に深々とめり込んだ。鎧が砕け、中の優等生の顔がひしゃげる。
「ぶべらっ!?」
カイザーはボールのように吹き飛び、背後の装置に激突した。
バチバチッ! ドッカァァァン!!
装置が爆発し、黒煙を上げる。
供給を絶たれたカイザーの変身が解け、ボロ雑巾のようになった少年が床に転がり落ちた。
「……はぁ、はぁ。ざっとこんなもんよ」
ミオが剣を納め、髪をかき上げる。
ナオトは端末を閉じ、ゆっくりと歩み寄った。
「勝負ありだな、会長」
「う……うぅ……。馬鹿な。僕が……Fランクごときに」
「ランクなんて飾りだよ。重要なのは、中身と使い方だ」
ナオトはカイザーを見下ろし、冷たく言い放った。
(さて。こいつをどうするか。殺すか? いや、それじゃあ後味が悪い)
(それに、この事件を利用して、もっとデカい花火を打ち上げてやるのも一興か)
「ナオト、どうすんのコイツ? 埋める?」
「いや。生かしておく。最高の証人としてな」
「証人?」
「ああ。明日は学園祭だろ? 全校生徒の前で、こいつの悪事を暴露してやるんだよ」
「うわぁ。性格悪い」
「最高のショーになるぞ。都市機能の掌握と、ハッキング・ライブだ」
ナオトはニヤリと笑った。
その笑顔は倒れている悪役よりも遥かに凶悪に見えた。
地下迷宮の闇の中で、反逆の狼煙が上がった。
次なる舞台は華やかな学園祭のメインステージ。
そこで行われるのは、前代未聞の公開処刑だ。




