第44話 地下迷宮の実習と、ナオトの絶体絶命
「暗い」
「狭い」
「臭い」
「文句ばっかりねナオト。遠足気分で楽しみましょうよ」
「遠足じゃない、実習だ。それにこのカビ臭さは生理的に受け付けん。高性能空気清浄機を持ってくるべきだった」
「はいはい。ほら見て、鍾乳石が光ってるわよ! 綺麗!」
(発光苔だな。成分分析……ルシフェリン反応か。まあ、光源確保の手間が省けるのはいいことだ)
ザッ、ザッ、ザッ。
地下数百メートル。
ネクサスの地下深くに広がる旧文明遺跡。 王立魔導学園の1年生たちが、班ごとに分かれて迷宮探索の実習を行っていた。
「現在深度、地下20階層。気温18度、湿度80%。不快指数高めだな」
「ねえ、他の班の声が全然聞こえないんだけど。私たち、先に行き過ぎじゃない?」
「当たり前だ。俺が最短ルートをナビゲートしてるんだからな。他の連中はまだ上層でスライムと戯れてる頃だろ」
「ふふん! さすが私の相棒! さっさと課題クリアして、地上でランチにしましょ!」
「ああ。ちなみに今日の課題は最深部に眠る『守護者の証』の回収だ。推定クリアタイムは……あと15分ってところか」
「楽勝ね! っと、敵影発見!」
ガサガサッ!
岩陰から飛び出したのは鉄錆色の体毛を持つ巨大な狼だった。
「グルルルッ!」
「出たわね、アイアン・ウルフ! 経験値になってもらうわよ!」
「ミオ、右だ! 3体いるぞ!」
「了解! クリムゾン・エッジ、起動!」
ブォンッ!
真紅のプラズマブレードが闇を切り裂く。
「はあっ! 一刀両断!」
ズバァッ!!
「ギャウンッ!?」
先頭の狼が悲鳴を上げる間もなく両断され、光の粒子となって消滅した。
「次! そこっ!」
ヒュンッ! ドガッ!
ミオの回し蹴りが2体目の頭部を粉砕する。
強化スーツのアシスト機能による、岩をも砕く一撃だ。
「ラスト!」
(俺の出番なしか。まあ、弾薬の節約になっていいが)
ナオトは腕組みをしたまま、余裕の表情で戦況を見守っていた。
ミオの戦闘力はこの階層の推奨レベルを遥かに超えている。
いわゆる、強くてニューゲーム状態だ。
「ふぅ。終了! ドロップアイテムは……牙2本ね」
「ご苦労。さあ、先を急ぐぞ。この先のエリア、少しマップデータが不安定だ」
「不安定? どういうこと?」
「ゴーグルの解析データにノイズが混じってる。磁場異常か、それとも……」
『警告。前方エリアにて、高密度の魔力反応を検知。種別不明』
(なんだ? ボス部屋か? いや、マップ上ではただの通路のはずだが)
「ナオト? どうしたの? 怖い顔して」
「いや、なんでもない。警戒レベルを上げろ。何かがいるかもしれん」
「オッケー! 何が出てもぶった切るだけよ!」
二人は警戒しながら、さらに奥へと進んでいった。
通路は次第に狭くなり、人工的な壁面から、ゴツゴツとした自然の岩肌へと変わっていく。
ヒュオオオオ。
どこからか不気味な風の音が聞こえてきた。
「ねえ。なんか寒くない?」
「気温低下……12度。冷気か?」
「あそこ! 扉があるわ!」
通路の突き当たりに巨大な石の扉が鎮座していた。
表面には複雑な幾何学模様が刻まれ、微かに青白く発光している。
「解析開始。古代語ルーン文字。意味は封印、そして断絶?」
「開けるわよ? せーのっ!」
ゴゴゴゴゴ。
ミオが怪力で扉を押し開ける。
その向こうには広大なホールが広がっていた。
天井は見えないほど高く、床には無数の水晶柱が林立している。
「うわぁ! 綺麗! 水晶の洞窟!?」
「妙だな。静かすぎる」
ナオトは一歩踏み出し、ゴーグルのセンサー感度を最大にした。
『周囲100メートル、生体反応なし。トラップ反応なし』
(クリアだ。だが、この胸騒ぎはなんだ? SEの勘がバグの前兆を告げている)
「行くわよナオト! 奥に宝箱があるかも!」
ミオが駆け出した。
ナオトも遅れて足を踏み入れる。その時だった――。
カチッ。
ナオトの足元で小さな音がした。
スイッチを踏んだ音ではない。何かが起動した音だ。
「!?」
ドォォォォォン!!
突然、ホールの入口――ナオトとミオの間にある地面から、巨大な石壁がせり上がってきた。
「きゃあっ!?」
「うおっ!?」
ズズズズズ……ガシャァァァン!!
わずか数秒。
厚さ1メートルはある石の隔壁が天井まで完全に通路を塞いでしまった。
ナオトはホールの手前、ミオはホールの奥。二人は完全に分断された。
「ミオッ! 無事か!?」
ナオトが壁を叩く。
しかし、返事はない。防音性が高すぎるのか、声が届かない。
「クソッ、分断工作か! ありがちなトラップだが、タイミングが良すぎる!」
(インカムだ! 通信回線を開け!)
ナオトは耳元の通信機を操作した。
『……ザザッ……ピーッ』
「聞こえるか、ミオ! 応答しろ!」
『……ザザ……ナオ……ト……? ……聞こえ……ザザッ……』
「ミオ! そこにいろ! 今すぐ壁を爆破して……」
ブツンッ。
通信が途絶えた。ただの圏外ではない。強制的な切断だ。
(ジャミングか!? この短距離で!?)
『警告。システムエラー発生。外部ネットワークとの接続不能。GPS信号ロスト』
(なっ!? ゴーグルがオフラインになっただと!?)
ナオトの視界からAR表示されていたマップやステータス情報が次々と消えていく。
残ったのは赤い警告表示だけだった。
『警告。強力な電子妨害波、および魔力阻害結界を確認』
「マジかよ」
ナオトは冷や汗を流した。
アンチ・マジック・フィールド。魔法の発動を無効化する結界。
そしてEMP。電子機器を狂わせる電磁パルス。
この二つが同時に展開されているということは――。
「俺の装備が全部ただのガラクタになるってことか!?」
カチャカチャ。
ナオトは慌てて懐の魔導拳銃を取り出し、トリガーを引いた。
カチッ。
反応なし。
魔力を弾丸に変換する回路が結界によって遮断されている。
(撃てない。カートリッジは満タンなのに発火しない!)
次は多機能ゴーグル。
暗視モードを起動しようとするが、ノイズが走るだけで何も見えない。
(こっちもダメか。ただの色付き眼鏡だ)
さらにハッキングツール。
端末の画面はブラックアウトしたまま、うんともすんとも言わない。
「詰んだ。いや、まだだ。俺にはまだ知恵がある」
ナオトは深呼吸し、パニックになりかけた思考を強制的にクールダウンさせた。
(状況整理。俺は一人。武器は使用不能。通信不能。そして、この空間には何かがいる)
ヒタ……ヒタ……。
背後の闇から、湿った足音が聞こえてきた。一つではない。複数だ。
(来たな。このタイミングで湧いてくる敵。完全に仕組まれたイベントだ)
ナオトはゆっくりと振り返った。暗闇の中、無数の赤い瞳が浮かび上がる。
グルルル。 シャアアア。
現れたのは、ただのモンスターではなかった。
全身が金属質の鱗で覆われたリザードマン・コマンド。
そして、影と同化するシャドウ・ストーカー。
どちらも、この階層に出るはずのない、上位の知能を持つ魔物だ。
「ハロー。お出迎えご苦労さん」
ナオトは軽口を叩きながら、ジリジリと後退する。背中は冷たい石壁。逃げ場はない。
(数は5体。装備は長剣と槍。連携を取ってくるタイプか)
リザードマンが剣を構え、じりじりと間合いを詰めてくる。その動きには野生の獣にはない統率があった。
(誰の差し金だ? 生徒会か? それとも……もっと上の連中か?)
思考を巡らせるが、今は答えが出ない。
目の前の死神をどうにかしなければ、次の瞬間には首が飛ぶ。
「おいおい、寄ってたかってイジメか? 俺はただの貧弱なSEだぞ?」
「シィッ!」
リザードマンが踏み込んだ。速い――。
ナオトは反射的に横へ飛んだ。
ガキンッ!
石壁に剣が突き刺さり、火花が散る。直前までナオトの頭があった場所だ。
「あぶねぇ! 回避スキルがなかったら死んでた!」
ナオトは転がりながら、ベルトのポーチに手を入れた。
電子機器がダメでも、アナログな道具なら使えるはずだ。
「あった! 最後の切り札! 閃光弾!)」
ナオトはピンを抜き、敵の足元へ投げつけた。
カラン、カラン。
「目ぇ閉じろよ!」
……。 …………。
シーン。
「は?」
爆発しない。光らない。
ただの金属の筒が虚しく転がっているだけだ。
「不発!? いや、まさか!」
ナオトの脳裏に魔導デパートの店員の説明が蘇る。
『この閃光弾は最新の魔導信管を使っておりまして……』
「魔導信管! 魔法が使えないエリアじゃ、ただの文鎮かよ!!」
「ギャハハッ!」
リザードマンが嘲笑うように鳴いた。ナオトの焦りを見透かしているようだ。
「クソッ。文明の利器に頼りすぎたツケが回ってきたか」
ナオトは立ち上がり、腰のナイフを抜いた。これが唯一、機能する武器だ。
しかし、相手は金属の鱗を持つリザードマン。ナイフ一本で勝てる相手ではない。
(勝率はゼロ。逃走成功率も……限りなくゼロに近い)
シャドウ・ストーカーが影から実体化し、ナオトの退路を塞ぐ。完全包囲だ。
(ミオ。助けに来てくれなんて言える状況じゃないな。あいつも壁の向こうで閉じ込められてる)
冷や汗が目に入る。心臓の音がうるさいほど響く。これが死の気配か。
荒野でのサバイバルとは違う、逃げ場のない閉塞感と絶望感。
「上等だ。足掻いてやるよ」
ナオトはナイフを逆手に持ち替え、低く構えた。
SEとしての意地。バグだらけのシステムでも、最後までデバッグを諦めない執念。
「シィッ!」
リザードマンが剣を振り上げる。
同時に、シャドウ・ストーカーが爪を立てて飛びかかってくる。
(右、剣の軌道。左、爪の風切り音。同時攻撃か)
ナオトの思考が加速する。スローモーションの世界。死が迫る。
その時。
ドォォォォォォォン!!!!
凄まじい轟音が響き渡り、足元の地面が大きく揺れた。
「!?」
ナオトも、モンスターたちも、動きを止めた。
音は頭上からではない。
横から――いや、このエリアを分断している壁の向こうからだ。
ズズズズズ!
分厚い石壁に亀裂が走る。
蜘蛛の巣状に広がるヒビ。
そして、その中心が赤熱し、溶け始めている。
「なんだ? 爆破? いや、この熱量は……」
ドガァァァァン!!
壁が内側から弾け飛んだ。瓦礫と共に紅蓮の炎が噴き出す。
その炎の中に一つの影が立っていた。
「見つけた!」
低い、地を這うような声。怒りと殺意を煮詰めたような、ドス黒いオーラ。
「ミオ?」
煙の中から現れたのはミオだった。しかし、いつもの能天気な彼女ではない。
髪は逆立ち、瞳は金色に輝き、手にした魔剣からは制御しきれないほどの魔力が溢れ出している。
「私のナオトに手を出そうなんて」
ミオが剣を一振りする。それだけで、衝撃波が発生し、周囲の水晶柱が粉々に砕け散った。
「いい度胸ね。全員、ミンチにしてあげる」
(ひえっ。モンスターより怖い)
ナオトは安堵と共に新たな恐怖 (ミオのブチ切れ)を感じて一歩下がった。
絶体絶命のピンチは去った。しかし、ここからは別の意味での災害が始まる予感がした。




