第43話 ナイトプールの誘惑と、水着の防御力
「どう? ナオト」
「あー」
「感想は? 30文字以内で述べよ」
「布面積がバグってるな。テクスチャの読み込みエラーかと思ったぞ」
「失礼ね! これはエーテル・シルク製の最新モデルよ! 店員さんが言ってたわ、『見た目は薄いですが、水属性魔法に対する耐性はSランクです』って! さらに絶対撥水と形状記憶のエンチャント付きよ!」
「防御力 (物理)はゼロに見えるがな。紐だろ、それ。紐と、申し訳程度の布切れだろ」
「違うわよ! これはマイクロ・ビキニ・アーマーよ! 見た目の攻撃力はカンストしてるでしょ?」
「まあ、否定はしない。目のやり場に困るくらいにはな」
「ふふん! 素直でよろしい! で? 似合う?」
「ああ。似合ってるよ。悔しいがな」
「キャーッ! ナオトに褒められた! 今日は雪が降るかも!」
「茶化すな。はぁ。本当に行くのか? アクア・エデン」
「当たり前でしょ! 王立学園の親睦会よ? 社交界デビューよ? 貴族たちに私のプロポーションという名の暴力を見せつけてやる絶好の機会じゃない!」
「平和的な暴力だな。俺はパラソルの下で荷物番をしてるよ。水着になるのは精神的苦痛だ」
「ダメよ! ナオトも泳ぐの! せっかくお揃いのブランドで海パン買ったんだから!」
「お揃い言うな。ったく、気が重い」
「ほら、行くわよ! ナイトプール! パリピの聖地へ!」
◇ ◇ ◇
ズン、ズン、ズン、ズン。
重低音のダンスミュージックが空気を揺らす。
「うわーお! すごい! 見てナオト! ここ室内!? ドームなのに星が見えるわよ!」
「天井に投影されたホログラムだ。それにしても、チャラいな。空気がピンク色に見えるぞ」
「キャハハ! 見て見てー、あそこのカクテル、光ってるー!」
「マジウケるー! 映えるー!」
「君たちぃ、どこのクラス? 俺、騎士科の3年なんだけどさぁ」
(聞こえてくる会話のIQが著しく低いな。これが陽キャの巣窟か。SAN値が削れる)
「ナオト、何しけた顔してんのよ! ほら、私たちも飲みましょ! すいませーん! このトロピカル・マナ・ジュース、一番高いやつ二つ!」
「おい、勝手に頼むな。ん? なんだその色は。蛍光ブルー?」
「飲む美容液だって! アルコール度数15%!」
「高いな! まあいい、飲むか。シラフじゃやってられん」
カチンッ。
「ぷはぁーっ! 甘っ! でも美味しい!」
「かき氷のシロップの原液みたいな味だな。おいミオ、何か羽織れ。周囲の視線が痛いぞ」
「えー? いいじゃない、減るもんじゃないし。ほら、あそこの男子たち、鼻の下伸ばして見てるわよ。ふふん、私の魅力にひれ伏しなさい!」
「露出狂かお前は。……ん?」
「どうしたの?」
「10時の方向。VIP席を見ろ」
「VIP席? あ、あれは」
「先日、パンまみれにしてやったアルベール伯爵家の次男、ランバート君だ。あと、その腰巾着ども」
「げっ。あいつらも来てるの? 最悪。テンション下がるわぁ」
「様子がおかしいな。ニヤニヤしながら、何かをプールに流し込んでいるぞ」
「え? 何あれ。小瓶? 毒?」
「多機能ゴーグル、起動。ズームイン。対象物をスキャン。成分解析開始」
『解析完了。主成分:高粘度スライム抽出液 (80%)、工業用潤滑オイル (15%)、界面活性剤 (5%)。判定:極めて滑りやすい液体』
(なるほど。そういうことか)
「ナオト? 何だったの?」
「特製ヌルヌルローションだ。それも、業務用の高粘度タイプだな」
「はぁぁぁ!? 低俗! なに考えてんのあいつら!」
「古典的だが効果的な嫌がらせだ。プール全体をローションまみれにして、女子生徒を転ばせたり、水着を透けさせたりする気だろう。あのニヤけ面、完全に盗撮目的だぞ」
「最ッッ低! 変態! 通報よ通報! 今すぐ警備員を!」
「待て。面白い。泳がせよう」
「はぁ!? あんたも変態なの!? 見たいの!?」
「違う。害意のあるイタズラは往々にして仕掛けた本人に返るものだ。俺がちょっと演出を加えてやる」
「演出? また悪い顔してるわよ」
「端末接続。施設管理システムへアクセス。セキュリティ・レベルC。ザルだな。照明制御システム、掌握完了。排水ポンプ、逆噴射モード待機」
「ねえ、何する気?」
「見てれば分かる。さあ、ショータイムだ」
◇ ◇ ◇
「キャアアアッ!?」
「な、なによこれ! 水が……ヌルヌルする!」
「きゃっ! 滑る! プールから上がれない!」
「いやぁぁ! 水着が! 肩紐が滑って落ちるぅぅ!」
ザワザワ……!
「ギャハハハハ! 見ろよあの様! 傑作だ!」
「スライムローションの効果てきめんだな!」
「おい、あそこの子! ポロリしそうだぞ! 録画しろ録画!」
(ランバートたち、完全に調子に乗ってるな。そろそろか)
「ちょっと。呼んだ?」
「ひぇっ!? だ、誰だ!?」
「あんたたちの悪巧みなんてお見通しよ。で、これが証拠品ね」
バシッ!
「ああっ! 僕の特製ローションの空き瓶が!」
「ち、違う! それは僕の美容液で……肌に潤いを……」
「往生際が悪いわね。罰として、あんたたちも混ざってきなさい! そのふざけた頭、冷やしてやるわ!」
「な、なんだ貴様! 暴力反対! 僕は貴族だぞ!」
「知るか! ここは戦場よ! 喰らえ、ミオ・キック!」
ドガッ! バキッ! ズダンッ!
「ぐべっ!?」
「あがっ!?」
「ほげぇぇぇっ!」
ドボォォォン!! バッシャァァァン!!
「ぶくぶく……! ぬ、ヌルヌルする! 上がれない!」
「滑る! 水着が! 僕の特注水着が脱げるぅぅ!」
「助けて! ローションが口に入った! 不味い!」
「ふふん! いい気味! 私の強化ブーツを舐めないことね! さて、ナオト! 仕上げをお願い!」
パチンッ!
「了解。照明操作、実行」
カチッ。
ブツンッ!!
「「「キャあああああっ!?」」」
「消えた!? 電気が!」
「真っ暗! 何も見えない!」
「停電!? 何が起きたの!?」
『あー、テステス。生徒の皆さんに告ぐ。現在、システムエラーにより照明がダウンしました。復旧までその場を動かないでください。繰り返します、安全のため、その場を動かないでください』
(ふぅ。これで女子たちの尊厳は守られたな。暗闇ならポロリしても見えない。ランバートたちの間抜けな姿だけは赤外線カメラでバッチリ録画しておいたが)
「ナオト」
「ん?」
ズルッ!
「きゃっ!?」
ドサッ!
「ぐっ!?」
「……あ、ごめん」
「おい。何やってるんだ。スパイク履いてるだろ」
「だ、だって……デッキチェアの上はツルツルなんだもん。それに暗くて見えなかったし」
「……重い。どけ」
「無理よ。滑って立てないもん。ここ、すごくヌルヌルする」
(近い。近すぎる。ミオの体温がダイレクトに伝わってくる。濡れた水着の感触……柔らかい……ココナッツの香り……)
「ナオト」
「なんだ」
「……ドキドキしてる?」
「不整脈だ。あとで医務室に行く」
「ふふっ。素直じゃないんだから。ねえ、聞こえる?」
「何をだ」
「ナオトの心臓の音。トクン、トクンって。……すごく速い」
「……走ってきたからだ」
「嘘つき。ここ、デッキチェアの上よ? ずっと座ってたでしょ?」
(クソッ、誤魔化しきれないか。この状況、TRPGなら精神抵抗判定のクリティカル失敗だ。理性が蒸発しそうだ)
「もう少しだけ、このままでいてあげる」
「誰目線だ」
「やなの?」
(やなわけあるか。だが、これ以上はマズい。俺の男としての尊厳に関わる)
「照明が復旧するまでだぞ。あと1分で予備電源が入る」
「1分か。短いね」
「長いさ。今の俺には永遠に感じる」
「ふふっ。あったかい」
(ミオが……胸に顔を埋めてきた。濡れた髪が首筋にかかる。おい、勘弁してくれ。俺は聖人君子じゃないんだぞ)
……。 …………。
パッ!
「あ」
「点いたな」
「ちぇっ。空気読めない電気ね」
「助かった。心停止するかと思った」
「ふふん! 私の魅力にKOされた?」
「ノーコメントだ。さあ、帰るぞ。これ以上ここにいると風邪を引く」
「そうね。見て、あいつら」
「うわっ。ランバートたち、警備員に引き上げられてるぞ。全裸で」
「キャハハ! ヌルヌルで滑って水着が脱げたのね! あー面白い!」
「女子たちがゴミを見る目で見てるわよ。社会的に死んだわね」
「自業自得だ。さあ、行くぞ」
◇ ◇ ◇
ザッ、ザッ、ザッ。
「ふぅ。外の風が気持ちいい」
「ねえナオト。帰ったら、お風呂に入りましょ。ヌルヌルを洗い流さないと」
「ああ。ジャグジー全開でな」
「ねえ」
「なんだ」
「背中、流してあげよっか?」
「ッ!?」
「さっきの続き、してもいいわよ?」
(悪魔の囁きだ。だが、ここで乗ったら負けな気がする)
「丁重にお断りする! 俺は! 一人で! 入る!」
「ちぇっ。意気地なし! ヘタレ! 童貞!」
「うるさい! 最後の一個は余計だ!」
「あははは! 顔真っ赤ー!」
「夕日のせいだ!」
「もう夜よ!」
「クソッ。早く帰るぞ! 腹減った!」
「はいはい。今日の晩ご飯、何にする?」
「そうだな。ヌルヌルしないものがいい」
「じゃあ、唐揚げね! カリッカリのやつ!」
「採用だ」
「ねえナオト」
「まだあるのか」
「ありがとね。助けてくれて」
「仕事だ」
「ふふっ。頼りにしてるわよ、相棒」
(相棒、か。まあ、悪くない響きだ)
「さあ、競争よ! マンションまでレース! 負けた方が唐揚げあげるの!」
「望むところだ!」
ダッ!!
「あ! フライング! ずるい!」
「勝てば官軍だ!」
「待てぇぇぇ!」




