第40話 王立学園の入試と、裏口入学のハッキング
「ねえナオト。これ、何の冗談?」
「冗談じゃない。願書だ」
ネクサスの中層エリア、高級マンション、クリスタル・タワーの最上階。
カオスなリビングの左半分、サイバーなコックピット空間で、ナオトは6枚のモニターに囲まれてキーボードを叩いていた。
対するミオは、右半分の猫足ソファで優雅に紅茶を飲みながら、渡された書類をヒラヒラさせている。
「王立魔導学園・高等部・編入試験申込書……。ねえ、私たちいくつだっけ?」
「俺は20代後半、お前も似たようなもんだろ」
「永遠の17歳よ! って、そういうことじゃなくて! 今さら高校生? ミニスカート履いて『ごきげんよう』とか言うの? 無理よ、背中が痒くなるわ」
「我慢しろ。この学園の生徒手帳 (ID)があれば、市民ランクは自動的にAになる。つまり、上層の行政区へのパスポートだ」
「Aランク! 上層のレストラン、行き放題?」
「ああ。それに、学園には貴族の子弟が集まる。コネを作るには最高の漁場だ」
「なるほど。『花より男子』的な玉の輿プランね。悪くないわ」
ミオがニヤリと笑った。
金はある。家もある。あとは社会的地位だけだ。
「でもナオト。入試って明日でしょ? 私、因数分解なんて10年前に忘れたわよ?」
「勉強する必要はない。俺たちがするのは受験じゃない。攻略だ」
ナオトがエンターキーをッターン! と叩く。
モニターに『願書データ送信完了』の文字が表示された。
「年齢詐称、経歴詐称、完了。俺たちは今日から、地方貴族の隠し子という設定の17歳だ」
「設定が重いわね」
◇ ◇ ◇
翌日。
ネクサス上層エリアの入り口に位置する王立魔導学園。
白亜の校舎が浮遊島の上に建ち並び、空には魔法陣が輝く、まさにエリートのための学び舎だ。
その正門を、あり合わせの服で整えた二人がくぐる。
「ねえ。周りの子たち、みんな高そうなローブ着てない? 私、浮いてない?」
「気にするな。試験に受かれば関係ない」
「ナオトはいいわよね、そのすました顔で誤魔化せるから」
二人は周囲の視線を集めていた。
年齢不詳の雰囲気と、場違いなまでの堂々とした態度は、良くも悪くも目立っていた。
「さあ、第一関門。筆記試験だ」
案内されたのはスタジアムのように巨大な講義室だった。
数百人の受験生が並び、それぞれの机にはホログラムのディスプレイが表示されている。
『試験開始。制限時間は60分』
アナウンスと共に、問題が表示された。
【問1】第3次魔導大戦における、賢者アルフレッドの多重詠唱理論の矛盾点を400字以内で論ぜよ。
「…………」
ミオが開始3秒でペンを置いた。
「(……ナオト。終わったわ。何一つ分からない)」
隣の席のナオトに、小声でインカム通信を送る。
「(安心しろ。俺もさっぱりだ)」
「(えっ!? どうすんの!?)」
「(正面から解くとは言っていない。この試験システム、ネットワークに繋がってるな)」
ナオトは涼しい顔で、以前から使っている携帯端末を机の下で操作し始めた。
(セキュリティ・ホール発見。試験サーバーの管理者権限、脆弱すぎるぞ)
ナオトの指が見えない鍵盤を叩くように動く。
彼がアクセスしているのは解答欄ではない。採点システムそのものだ。
「(よし。ミオ、適当に『あ』とか『い』とか埋めておけ)」
「(は? そんなんでいいの?)」
「(今、俺たちの解答IDを模範解答としてサーバーに登録した。つまり、俺たちが書いた答えが正解になる)」
「(うわぁ。最低のチートね)」
ナオトは問1の解答欄に『歴史は勝者が作る』とだけ入力した。
本来なら0点だが、システムはこれを100点満点の完璧な論文として処理する。
「(ついでに、他の受験生の点数をランダムに下げておくか。倍率は低いほうがいい)」
「(悪魔! ここに悪魔がいるわ!)」
『試験終了。ただいま採点中……結果が出ました』
数分後。上位合格者の名前が空中に張り出された。
1位:ミオ (満点) 1位:ナオト (満点)
会場がざわめく。
「誰だあれ?」「満点なんて創立以来初だぞ」という声が聞こえる。
「ふっ。チョロいもんだ」
「心が痛むわ。少しだけ」
◇ ◇ ◇
「続いて、第二関門。実技試験を行います」
場所を屋外の闘技場に移し、試験官である魔導教師が告げた。
試験内容はシンプル。闘技場の中央に置かれた測定用ゴーレムに対し、魔法または武技を放ち、その破壊力と技術点を測定するというものだ。
「では、受験番号101番、ミオ君」
「はーい!」
ミオが軽い足取りで前に出る。
試験官は眼鏡をクイッと上げ、冷ややかな目で彼女を見た。
「君、筆記は満点だったそうだが……実戦経験はあるのかね? ここは温室育ちのお嬢ちゃんが来る場所ではないのだが」
「あら、心配ご無用です先生。壊しちゃっても、請求書は来ませんよね?」
「ハッ、生意気な。このゴーレムはオリハルコン・コーティングが施されている。傷一つつけられたら合格にしてやろう」
「へえ。オリハルコンね」
ミオがニヤリと笑った。
その笑顔を見て、観客席のナオトは額に手を当てた。
(あいつ、フリだと思ったな)
「じゃあ、遠慮なく!」
ミオが腰から、使い慣れた魔鉄の剣を抜き放った。
度重なる激戦を潜り抜け、メンテナンスを繰り返してきた愛剣だ。
「魔力充填! エンチャント・ファイア!」
ブォンッ!
刀身が紅蓮の炎を纏う。
安物の剣ではない。ナオトとの旅で磨き上げられた、実戦仕様の輝きだ。
「なっ!?」
試験官がその魔力密度に目を見開く。しかし、ミオは止まらない。
「私のストレス解消法、見せてあげる! 必殺・入試ブレイカーッ!!」
ズドォォォォン!!
ミオが炎の刃を全力で振り下ろした。
オリハルコンのコーティングが熱で溶解し、その下の装甲ごと真っ二つに両断される。
さらに、余ったエネルギーが背後の地面を走り、闘技場の防壁を豆腐のように切り裂いた。
ガシャァァァァン!!
ゴーレムが爆散し、破片が試験官の足元に転がる。
「…………」
会場が静まり返った。試験官は口をパクパクさせ、眼鏡をずり落としている。
「あ、やりすぎちゃった?」
ミオがテヘッと舌を出す。
「ご、合格! Sランク合格だ! だ、誰か! 壁の修理を!」
◇ ◇ ◇
「続いて、受験番号102番、ナオト君」
「はい」
ナオトがダルそうに前に出る。
ミオの派手なパフォーマンスの後だ。会場の期待値は上がっている。
「君も何か凄い魔法を使うのかね?」
「いいえ。俺は魔法使いじゃないんで」
ナオトは背中のホルスターから、使い込まれた無骨な武器を取り出した。
旅の道中で愛用し、幾度もの修理と改造を重ねてきた連射式クロスボウだ。
「道具を使わせてもらいます」
「ボウガンか? ふん、魔力のない落ちこぼれか。まあいい、やってみたまえ」
新しいゴーレムが召喚される。
ナオトはゴーグルをかけ直し、肉眼でターゲットを観察した。
(観察眼。ゴーレムの装甲パターンは第3世代型か。胸部装甲の下、第4関節の継ぎ目にわずかな隙間あり)
ナオトはクロスボウを構えることなく、腰だめで軽く狙いをつけた。
装填されているのはただの鉄の矢ではない。スラム街のジャンク屋でかき集めた部品で作った、即席の徹甲雷管付きボルトだ。
「構造的欠陥を発見」
ナオトが引き金を引いた。
バシュッ。
乾いた発射音が一度だけ響く。
魔法のような派手な閃光はない。しかし――。
カキンッ! ドォン!
放たれた矢はゴーレムの胸部装甲のわずかな隙間、数ミリの急所に吸い込まれた。
そして内部で雷管が炸裂し、動力伝達シャフトをピンポイントで破壊した。
プスン。
ゴーレムが糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「……え?」
試験官が目を疑う。外傷はほとんどない。しかし、ゴーレムは完全に機能停止している。
「内部破壊です。最小のコストで最大の戦果を。それが俺の流儀なんで」
ナオトがクロスボウをくるりと回して背負う。
静かな衝撃が会場を包んだ。
派手な破壊力のミオに対し、理解不能な精密射撃を見せたナオト。
二人の異物が学園に強烈な爪痕を残した瞬間だった。
◇ ◇ ◇
翌日。
学園の掲示板に二人の名前が張り出された。
【特待生合格】
ナオト・クロサワ ミオ・アカギ (※学費免除、特別寮の使用許可)
「勝った」
「勝ったわね。完全勝利よ」
高級マンションのリビングで二人は合格通知を見ながらシャンパンを開けた。
「これで晴れて、俺たちは市民ランクAだ。上層エリアのすべての施設が利用できる」
「学費免除ってのがいいわね! 浮いたお金で服が買えるわ! それに新しい武器も!」
「お前、まだ買う気か……」
「当然でしょ! 明日から学園生活よ? 貴族たちに舐められないように、最新トレンドでキメていかなくちゃ! 今の剣じゃちょっと古臭いし!」
「はいはい。まあ、ひとまずはミッションコンプリートだ」
ナオトはソファに深く沈み込み、天井を見上げた。
裏口入学、成功。だが、これは始まりに過ぎない。
明日からはプライドの高い貴族生徒や、ガチガチの階級社会との戦いが待っているのだ。
「ねえナオト。学校、楽しみ?」
「どうだろうな。残業がないなら、どこでもいいさ」
「私は楽しみ! イケメン貴族と運命の出会いがあるかもしれないし!」
「不純だな」
「青春は不純なものなのよ!」
二人の笑い声が広い部屋に響く。
元社畜の二人が挑む、遅れてきた (そして歪んだ)青春学園ライフ。
その幕が今、上がろうとしていた。




