表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
魔導連邦ゼルト編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/64

第38話 闇の換金所と、ゴブリン銀行の頭取

「痛い」


「狭い」


「ねえナオト。私の背中、鉄板みたいに固まってない?」


「奇遇だな。俺の腰もL字型に固定されたままだ」


 チュン、チュン。


 無情にも朝が来た。

 ネクサスの下層街、高架下の廃棄コンテナ。そこで一夜を明かした二人は、ゾンビのように這い出してきた。


「最悪の目覚めよ。夢の中ではキングサイズのベッドで寝てたのに」


「現実は錆びた鉄の床だ。ほら、起きろ。顔を洗って出直すぞ」


「顔洗う水もないじゃない! あーもう! こんな生活一日だって耐えられない! お金! お金を使いに行くわよ!」


「ああ。そのための資金洗浄(マネー・ロンダリング)だ」


 ナオトはリュックを背負い直した。中には昨日の屈辱の原因であり、唯一の希望である金塊が眠っている。


「目指すは下層の最奥、ブラックマーケットだ。そこに俺たちの救世主がいる」


「救世主って……ゴブリンでしょ? 怪しい予感しかしないんだけど」


「背に腹は代えられん。行くぞ、ミオ。今日は商談だ。舐められたら終わるぞ」


「分かってるわよ。舐められたら、噛みちぎってやるわ」


 ミオがボキボキと指を鳴らす。その目は獲物を狙う肉食獣よりも殺伐としていた。


 ◇ ◇ ◇


 ネクサス下層街、第13地区。

 そこは表の地図には載っていない無法地帯だった。

 違法改造された魔導義手、怪しげな薬、盗品らしき貴金属。

 路地裏にはそんな品々を扱う露店がひしめき合い、様々な種族の亜人や犯罪者たちが行き交っている。


「うわぁ。治安悪そう」


「バッグを前に抱えろ。3秒でスラれるぞ」


「ここ、本当に銀行あるの? 質屋の間違いじゃなくて?」


「マップによれば、この路地の突き当たりだ。見えてきたぞ」


 路地の奥。

 周囲の掘っ立て小屋とは一線を画す、鉄筋コンクリート造りの堅牢な建物があった。

 入り口にはスーツを着てサングラスをかけたオークの用心棒が二人立っている。

 そして、看板には歪んだ文字で『ゴブリン・バンク』と書かれていた。


「銀行っていうか、ヤクザの事務所ね」


「似たようなもんだ。よし、入るぞ」


 ナオトが堂々と入り口へ向かう。


 案の定、オークの用心棒が手をかざして遮った。


「あぁ? ガキの来るところじゃねえぞ。帰んな」


「客だ。頭取に会わせろ」


「予約は?」


「ない。だが、これを見れば会う気になるはずだ」


 ナオトは懐から、チラリと金色の輝きを見せた。金塊の端っこだ。


「ほう。本物か?」


「噛んでみるか? 歯が折れるぞ」


「チッ。いいだろう、通れ。ただし、妙な真似をしたらミンチにするぞ」


 重厚な鉄扉が開く。

 中は意外にも静かで、魔導空調が効いていた。

 カウンターの奥では数匹のゴブリンがソロバンや計算機を弾き、忙しなく書類を処理している。


「いらっしゃいませぇ〜、ケケッ。融資ですかぁ? それとも返済?」


 カウンターの中から眼鏡をかけた小柄なゴブリンが顔を出した。緑色の肌、尖った耳、そして狡猾そうな黄色い目。


「両替だ。頭取を呼んでくれ。大口の取引だ」


「大口ぃ? 人間のガキが、お小遣いの両替ですかぁ?」


 ゴブリンがせせら笑う。


 ナオトは無言でリュックをカウンターに置き、ジッパーを開けた。

 中から一本の金塊を取り出し、ゴトリと置く。


「これでどうだ?」


「ヒッ!?」


 ゴブリンの目が飛び出そうになった。

 慌ててルーペを取り出し、金塊に齧り付くように鑑定する。


「じゅ、純金! しかも、この純度は……99.9%!?」


「在庫はこれだけじゃない。さあ、頭取を呼べ。話はそれからだ」


「た、ただいまぁぁぁッ! 少々お待ちをォォッ!」


 ゴブリンが転がるように奥へ走っていった。


「ふふん。やっぱり現物の力は偉大ね」


「ああ。言葉より重みがあるからな」


 数分後。

 奥の重厚な扉が開き、一匹の老ゴブリンが現れた。

 仕立ての良いスーツを着こなし、指には宝石のついた指輪をいくつもはめている。いかにも守銭奴といった風貌だ。


「お待たせしましたなぁ。私が頭取のガメツ・ゴブリンですわ」


「ナオトだ。こっちは連れのミオ」


「ほうほう。して、その金塊を換金したいと?」


「ああ。手持ちの14本全てだ。相場で頼む」


「14本! ヒィッ、こりゃまた」


 ガメツ頭取が舌なめずりをした。

 その目がナオトとミオの薄汚れた格好をじろりと舐め回す。


「なるほど。見るからに訳ありですなぁ。どこぞの遺跡か、あるいは銀行からお借りしてきたものですかな?」


「出所は不問。それがここのルールだろう?」


「ええ、ええ。もちろん。ですがねぇ、お客さん」


 ガメツ頭取がニヤリと笑った。


「最近は相場が変動しておりましてな。それに、刻印を消す手間賃、リスク回避の手数料、もろもろ含めますと」


 頭取が電卓を弾き、提示した。


「買取価格は相場の3割。金貨400枚ってところですなぁ」


「はぁ!?」


 ミオが声を上げた。


「3割ぃ!? ボッタクリもいいとこでしょ! この金塊1本から金貨なんて100枚近く作れるはずよ! 14本なら1400枚はあるでしょ!」


「ケケケッ、それは表の銀行での話ですわ。ここは裏。足のついた金なんて、スクラップ同然の価値しかないんですわ」


「嫌ならよそへ行ってくだせぇ。ま、出口を出た瞬間に、ウチの若い衆が強盗しちゃうかもしれませんけどねぇ?」


 周囲にいたゴブリンたちが、ゲスな笑みを浮かべて武器をチラつかせる。完全に足元を見られている。


「ナオト。これ、完全にカモられてるわよ」


「そうだな。舐められたもんだ」


 ナオトは溜息をつき、一歩前に出た。

 そして、カウンターに手をつき、ガメツ頭取を至近距離で睨みつけた。


「おい、ガメツ頭取。俺を田舎者の世間知らずだと思ったか?」


「……あ?」


「相場の3割? 寝言は寝て言え。昨今の魔導産業の発展により、(ゴールド)の需要は急増している。装飾品としてだけじゃない、魔導回路の触媒としてな」


「……ッ」


「特にネクサスのような魔導都市では、純度の高い金は引く手あまただ。この金塊は旧時代の精錬技術で作られた、不純物ゼロの最高品質だ。溶かして回路に使えば、伝導率は現在の製品の1.5倍は出る」


「な、なぜそれを……」


「さらに、お前たちの換金ルートも割れている。お前たちはこれを溶かしてインゴットに鋳造し直し、工業用レアメタルとして大手メーカーに卸しているんだろう? その際のマージンは相場の1.2倍。つまり、俺たちから3割で買い叩けば、お前たちは莫大な差額をポケットに入れることになる」


「現在の金の取引価格は1グラムあたり銀貨5枚。上昇トレンドだ。手数料を引いても、最低7割。金貨100枚は堅い」


「ぐぬぬ! き、貴様、何者だ!?」


「ただの冒険者だ。だが、数字にはうるさいタチでね」


 ナオトの理詰め攻撃にガメツ頭取が脂汗を流す。

 情報の非対称性を利用した詐欺が、まさか看破されるとは思わなかったのだろう。


「チッ! 詳しいようだが、ここは俺のシマだ! 俺が3割と言ったら3割なんだよ!」


 ガメツ頭取が開き直り、机をバンと叩いた。


「おい! こいつらを摘み出せ! 金塊は没収だ!」


 その合図と共に入り口にいたオークの用心棒たちがドカドカと入ってきた。

 総勢5名。棍棒やナイフを構えている。


「へっへっへ、ガキども。痛い目見たくなかったら荷物を置いてきな!」


「はぁ。やっぱりこうなるのか」


 ナオトがやれやれと肩をすくめる。そして、隣にいたミオに視線を送った。


「ミオ。交渉決裂だ」


「待ってました! 私のターンね!」


 ミオが一歩前に出る。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいた。ただし、目は笑っていない。


「ねえ、おじさんたち。私、今すっごく虫の居所が悪いの」


「あぁん? なんだ嬢ちゃん、震えてんのか?」


「昨日からお風呂入ってないし、固い床で寝て背中は痛いし、お腹は空いてるし。その上、私の老後の資金をスクラップ呼ばわりされたわ」


 ミオが腰の魔鉄の剣に手をかける。


「スクラップになるのはどっちかしら?」


 ブォンッ!


 ミオが剣を抜いた瞬間、赤い魔力が刀身を包んだ。


「やっちまえ!」


 オークが棍棒を振り上げる。しかし、ミオの動きの方が遥かに速かった。


「遅い! ソニック・スラッシュ!」


 ザンッ!


 一閃。オークが持っていた棍棒が、まるでチーズのように真っ二つに切断された。


「あ?」


「次! 邪魔する奴は薄切りにするわよ!」


 ミオが踏み込む。狭い店内を赤い残像が駆け抜ける。


「ひぃッ!? 剣が見えねえ!」

「ま、魔法剣士か!?」


 ドガッ! バキッ!


 ミオは剣の峰と、強化された蹴りを駆使して、オークたちを次々と無力化していく。

 殺しはしない。だが、確実に心を折る暴力だ。


「オラオラオラァ! 3割!? ふざけんじゃないわよ! こっちは命がけで稼いだ金なのよ! 1割たりとも渡さないわよ!」


 最後に残ったオークが恐怖で腰を抜かして後ずさる。


「ひ、ヒィィッ! 化け物ぉぉ!」


「誰が化け物よ! か弱い乙女に向かって!」


 ドゴォォォン!!


 ミオの回し蹴りがオークを吹き飛ばし、頭取の座るカウンターの壁にめり込ませた。

 パラパラと瓦礫が落ちる。


「……ひッ」


 ガメツ頭取が椅子の上で震え上がった。

 目の前には湯気を立てる剣を持ったミオと、冷徹な目で計算機を叩くナオト。


「さあ、頭取。交渉再開といきましょうか」


 ナオトがカウンター越しに身を乗り出す。


「レートは8割。手数料は2割で手を打ってやる。その代わり」


「そ、その代わり?」


「俺たちの身分証(ID)代わりの裏口座を作れ。この金貨を電子データ化して、どこの店でも使えるようにするんだ」


「そ、そんなこと規則で……」


 ダンッ!!


 ミオが剣をカウンターに突き立てた。刃が頭取の鼻先数センチを掠める。


「出来るわよね?」


「で、ででで、出来ますぅぅぅッ! 喜んでぇぇぇッ!」


 ガメツ頭取が涙目で叫んだ。


 ◇ ◇ ◇


 数十分後。

 銀行を出た二人は一枚の黒いカードを手にしていた。


「勝った」


「勝ったわね。完全勝利よ」


 カードには金色の文字で残高が表示されている。

 『残高:120,000,000G (ガバス)』


 この街の通貨レートで、およそ金貨1200枚分に相当する、目が眩むような大金だ。


「手数料2割取られたけど……それでも1億オーバーよ! サラリーマンの生涯年収の半分を一瞬で稼いじゃった!」


「ああ。金塊1本で金貨100枚近く作れる計算だからな。14本なら妥当な線だ。これだけあれば、家を買ってもお釣りが来る。文字通り、人生が変わる金額だ」


 ミオがカードに頬ずりし、空に掲げた。ネオンの光を受けて、ブラックカードが妖しく輝く。


「やったぁぁぁぁ! ついに! ついに文明人の仲間入りよ! いや、支配者階級よ!」


「長かったな。これで野宿ともおさらばだ」


「ねえナオト! 行こう! 上へ! 中層エリアへ! 高級マンション借りて、家具も全部新品にするの!」


「ああ。今夜こそ、シャワー付きのふかふかベッドだ。それに、最強のPC環境も整えるぞ」


 二人は顔を見合わせ、ハイタッチを交わした。

 スラムの冷たい風も、今は心地よい勝利の風に感じられる。


「待ってなさいネクサス! 成金冒険者が経済を回しに行ってやるわよ!」


 意気揚々と歩き出す二人。

 その背中にはもう迷いも疲れもなかった。

 あるのは欲望と、それを満たすための圧倒的な財力だけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ