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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
魔導連邦ゼルト編

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37/65

第37話 市民ランクの壁と、最底辺のスタート

「ふぅ。食った食った」


「最高だったわ。化学調味料と脂と炭水化物。この世の真理が詰まった味だった」


 ネクサスの下層街、薄汚れた屋台の前。

 ラーメンとコーラで腹を満たしたナオトとミオは幸福感に包まれて夜空を見上げていた。

 頭上には遥か高くにそびえる上層エリアの摩天楼が、宝石箱をひっくり返したように輝いている。


「さて、腹も膨れたし、次は寝床だ。ミオ、希望は?」


「もちろん、ふっかふかのベッド! シャワー付き! あとアメニティが充実してること!」


「贅沢だな。まあ、今の俺たちには金塊がある。一泊数万円のホテルだって余裕だ」


「キャーッ! ナオト様かっこいい! 一生ついてく!」


「現金な奴め。よし、あの上に見える中層エリアに行こう。あそこならまともなホテルがあるはずだ」


 二人は意気揚々と上層へと続く巨大な魔導エレベーターの乗り場へと向かった。

 ガラス張りのチューブの中を、光るカプセルが行き交っている。

 まさに未来都市。サソリを食べていた昨日までとは大違いだ。


「すごい! 自動ドアよ! 勝手に開くわ!」


「感動するポイントが低いな。よし、乗るぞ」


 二人が改札ゲートに近づいた、その時だった。


 ブブーッ!!


 不快なブザー音が鳴り響き、ゲートの前の床が赤く点滅した。そして、空中に無機質なホログラムが表示される。


『警告。市民ランク(スコア)を確認できません。通行不可です』


「……え?」


「なんだこれ。故障か?」


 ナオトがもう一度通過しようとするが、やはり赤い光に弾かれる。

 脇にいた警備ドローンが、ジーッとこちらをスキャンし始めた。


『対象者:IDなし。推定ランク:F (最下層)。上層エリアへの立ち入り権限がありません。直ちに退去してください』


「はぁ!? 退去ってなによ! お客様よ!?」


「ミオ、待て。嫌な予感がする」


 ナオトは周囲を見渡した。

 改札を通っていく他の人々は手首につけたブレスレットや、埋め込まれたチップをかざして涼しい顔で通過している。

 そして、ゲートの横にある看板にはこう書かれていた。


 【市民ランク制度のご案内】

 ・S〜Aランク:上層居住区・行政施設へのアクセス可

 ・B〜Cランク:中層商業区・一般居住区へのアクセス可

 ・D〜Eランク:下層労働区のみアクセス可

 ・Fランク (IDなし):ゴミ虫。道端の石ころ。


「ゴミ虫?」


「意訳しすぎだが、要するにそういうことだ」


 ナオトが顔を引きつらせる。


「この都市は完全なスコア社会だ。金だけじゃない、信用情報や社会貢献度が数値化され、それによって移動できる場所や受けられるサービスが制限されている」


「なにそれ! ディストピアじゃない! 自由の国って聞いてたのに!」


「能力ある者には自由を、無能には管理をってことだろ。俺たちは今、IDすらない不法入国者扱いだ。つまりFランク」


「Fランクだと、どうなるの?」


「このエレベーターには乗れない。つまり、綺麗なホテルがある中層エリアには行けない」


「嘘でしょぉぉぉ!? 目の前に楽園があるのに!?」


「仕方ない。下層で宿を探すぞ。この辺ならランク不問の安宿があるはずだ」


「やだぁ! ここ、鉄屑と油の臭いがするもん! ドルグと変わんないじゃない!」


「贅沢言うな。野宿よりマシだろ」


 ◇ ◇ ◇


 数分後。

 二人は下層街の路地裏にある、ネオンサインがチカチカと点滅する怪しげなホテルのフロントにいた。

 『休憩・宿泊 格安』と書かれた看板はどう見ても健全な宿ではない。


「いらっしゃい。休憩? 泊まり?」


 受付の老婆が気怠(けだる)そうにタバコを吸いながら聞いてくる。


「泊まりだ。ツインで」


「一泊、銀貨5枚だよ。先払い」


(高いな。足元見られてる)


 ナオトは眉をひそめたが、背に腹は代えられない。

 懐に手を入れる。しかし、そこにあるのは――。


「……あ」


「どうしたのナオト? 払っちゃってよ」


「ない」


「え?」


「銀貨がない。さっきのラーメン屋で最後の銀粉を使い切った」


「はぁ!? じゃあ文無し!?」


「いや、資産はある。これだ」


 ナオトはリュックから、鈍く光る金塊を一本取り出し、カウンターに置いた。


 ゴトッ。


 1キログラムの純金。時価数億円。


「これで頼む」


「…………」


 老婆は金塊を見つめ、次にナオトの顔を見つめ、そして――。


「帰んな」


「は?」


「うちは両替屋じゃないんだよ。そんな延べ棒出されても、お釣りなんてあるわけないだろ。それに」


 老婆が目を細める。


「刻印がないね。どこの銀行からくすねてきたんだい? 足のついた金なんて、扱ったらこっちが警察にしょっ引かれるよ」


「ッ……!」


「出直しな。細かい銀貨を持ってきな」


 シッシッ、と手を振られる。


「ち、ちょっと待ってよお婆さん! これ本物の金よ!? 銀貨5枚なんて端金でしょ!」


「使えない金はただの重りだよ。さあ、帰った帰った」


 バタンッ!


 小窓が閉められた。


 ◇ ◇ ◇


「追い出された」


「追い出されたわね」


 路地裏の冷たい風が吹き抜ける。

 二人は呆然と立ち尽くしていた。

 背中には数億円分の金塊。しかし、ポケットには1円もない。


「ねえナオト。これって、どういう状況?」


「流動性リスクだ。資産はあるが現金化できない。コンビニで1万円札を出してお釣りありませんって言われてるのと訳が違う。そもそも偽札扱いされてる」


「つまり?」


「つまり……今夜の宿代すら払えない」


「いやぁぁぁぁっ! なんでよぉぉ! 大金持ちになったはずでしょぉぉ!」


 ミオが頭を抱えてしゃがみ込む。

 文明社会の壁は荒野のモンスターよりも高く、そして冷たかった。

 システムに適合しない者は、たとえ金を持っていても客として扱われないのだ。


「どうする? このままじゃ、ネクサスの路上でホームレスだぞ」


「そんなの嫌! 絶対イヤ! あ、そうだ! 売ればいいじゃない! 質屋とか!」


「普通の店じゃ無理だ。さっきのババアが言った通り、この金塊には旧王立銀行の刻印がある。正規ルートで持ち込めば、強盗犯として通報されて終わりだ」


「じゃあどうすんのよ! この金塊、ただの漬物石!?」


「いや。捨てる神あれば拾う神あり、だ」


 ナオトはニヤリと笑い、ゴーグルのディスプレイを操作した。下層街のマップに怪しげなアイコンが表示される。


「この街には表の経済圏とは別に、裏の経済圏があるはずだ。IDのない不法入国者や、犯罪者が利用するブラックマーケットがな」


「裏?」


「そこなら、足のついた金塊でも換金してくれる場所があるはずだ。……検索ヒット。ゴブリン銀行」


「ゴブリン……銀行?」


「名前からして胡散臭いが、背に腹は代えられん。行くぞミオ。まずは軍資金を作る。話はそれからだ」


「分かったわよ。毒を食らわば皿までね。でもナオト」


「なんだ?」


「今夜の寝床はどうすんの? もう銀行閉まってる時間でしょ?」


「あー」


 ナオトは周囲を見回した。

 薄汚れた路地裏。廃棄されたコンテナ。そして、雨風をしのげそうな高架下。


「野宿だな」


「ふざけんなぁぁぁぁ! 文明圏に来てまで野宿ぅぅぅ!?」


「仕方ないだろ! IDがないんだから! ほら、あのコンテナの中なら風は来ないぞ」


「私の華やかな都会デビューが! オシャレなカフェでお茶するはずだったのに!」


 ミオの悲鳴がネオン輝くサイバーパンクな夜空に吸い込まれていく。

 魔導都市ネクサス。光と闇が交錯するこの街で、二人の底辺からの成り上がり生活が幕を開けた。

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