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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸東部・無法地帯編

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第36話 輝く人工島と、文明の味

「ねえナオト。船、まだ?」


「待ってろ。今、交渉中だ」


「早くしてよぉ。汗で髪がベタベタする。私のキューティクルが死滅しちゃう」


 ザザァ……。


 荒野の崖下にある、腐った木材と重油の臭いが漂う桟橋で、ナオトとミオはうずくまっていた。


 背中にはパンパンに膨らんだリュック。

 顔は泥と煤で真っ黒。服はボロボロ。どこからどう見ても、荒野で遭難した難民か、あるいは指名手配犯だ (実際、後者である)。


「おい、アンちゃん。本当に払えるんだろうな?」


 あご髭を生やした屈強な男が、疑わしげな目で二人を見下ろしている。

 彼が操るボートは魔導エンジンを搭載した小型の輸送艇だ。


「金貨はない。だが、これでどうだ」


 ナオトはポケットから小指の先ほどの赤い石を取り出した。

 以前、渓谷での死闘の末に倒した骸骨将軍スケルトン・ジェネラルの残骸から回収した、魔石の欠片だ。


「ほう。中級魔石か。純度は悪くねえな」


「市場価格なら金貨2枚にはなる。ゼルトまでの渡し賃としては十分だろ? 釣りはいらない」


「へっ、気前がいいねぇ! 乗んな! ネクサスまで30分で送ってやるよ!」


 男がニヤリと笑い、タラップを降ろす。

 ナオトは振り返り、ヘタリ込んでいるミオに声をかけた。


「商談成立だ。乗りこむぞ」


「やったぁぁ! 船だ! 屋根がある! 椅子がある!」


 ミオがリュックの重さも忘れて飛び起きる。

 二人は転がるようにしてボートに乗り込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 ブオォォォォン!


 エンジンが唸りを上げ、ボートが水を切り裂いて進む。

 水しぶきが上がり、遠ざかっていく荒野の輪郭が闇に溶けていく。


「さよなら、砂漠。さよなら、サソリ。二度と来ないからね。来世でも会いたくないわ」


 ミオが船尾で中指を立てて別れを告げている。

 ナオトは船首に立ち、進行方向を見据えていた。

 風が強い。だが、その風にはどこか懐かしい都市の匂いが混じっていた。


「見えてきたぞ。あれが俺たちの目的地だ」


 水平線上に浮かぶ巨大な影が次第に鮮明になっていく。


「うわぁ」


 ミオが言葉を失った。それは巨大な人工島だった。

 島全体が金属のシェルで覆われ、無数の摩天楼が天を突いている。

 ビルの壁面には巨大なホログラム広告が踊り、空には魔導車や飛行船が行き交い、街全体がネオンサインの光で極彩色に輝いていた。


「魔導連邦首都・ネクサス。科学と魔法が融合した、この大陸で最も進んだ都市だ」


「すごい。東京みたい……いや、未来都市?」


「サイバーパンク・ファンタジーだな。地下から汲み上げた魔力(マナ)を電力のように使ってインフラを維持してるんだ」


 近づくにつれて、街の喧騒が聞こえてくる。

 電子音、サイレン、人々の声。

 それは荒野の静寂とは真逆の圧倒的な生活音の奔流だった。


「人がいる。たくさんいる」


「人口200万人だそうだ。スラムの住人を含めればもっといるだろうな」


「ねえナオト。あそこに行けば、私たちも人間に戻れる?」


「どうだろうな。あそこは金とコネが全ての世界だ。荒野よりも弱肉強食かもしれないぞ」


「怖がらせないでよ! でも大丈夫、私たちにはアレがあるもんね」


 ミオが背中のリュックをポンと叩く。重厚な金属音がした。


「ああ。地獄の沙汰も金次第だ。着くぞ」


 ◇ ◇ ◇


 ボートは薄汚れた貨物用の桟橋に接岸した。

 正規の入港ゲートではない。密入国者や運び屋が使う裏ルートだ。


「ここからは自分たちで行きな。関税職員に見つかるんじゃねえぞ」


「助かった。いい船だったよ」


 ナオトとミオは船を降り、コンクリートの岸壁に足を下ろした。

 足元が揺れない。

 土でも砂でもない、舗装されたアスファルトの感触。


「硬い。平らだ。歩きやすい!」


「感動するポイントが地味だな。行くぞ。まずは入国審査(チェックポイント)を抜ける」


 桟橋の先には簡易的な検問所があった。

 警備ドローンが浮遊し、不機嫌そうな係官が通行人をチェックしている。

 二人の薄汚れた格好を見るなり、係官が露骨に眉をひそめた。


「おい、そこ止まれ。IDを見せろ」


「ID?」


「身分証だよ。ないなら入国税だ。一人銀貨10枚。払えないなら強制労働施設行きだ」


「銀貨10枚!? 高っ! ぼったくりバー!?」


 ミオが抗議しようとするが、ナオトがそれを制した。

 係官の目は笑っていない。ここで騒ぎを起こせば即ゲームオーバーだ。


「生憎だが、銀貨の持ち合わせはない」


「あぁん? 金がねえのか? じゃあ体で払ってもらうか? そっちの嬢ちゃんは洗えば高く売れそうだしな」


 係官が下卑た笑みを浮かべ、警棒を弄ぶ。

 ナオトは冷静に溜息をつき、懐に手を入れた。


「銀貨はないと言ったが……資産がないとは言っていない」


 ナオトはリュックのジッパーを少しだけ開け、中身をチラリと見せた。

 街灯の光を反射して、鈍く光る黄金の輝き。純度99.9%のインゴットだ。


「なっ!?」


 係官の目が点になり、次に飛び出した。


「き、きん!?」


「シッ。声を出すな。見ての通り、両替に行く途中なんだ。これじゃ銀貨10枚なんて小銭は払えないだろう?」


「そ、そうですが……しかし規則で……」


「融通を利かせろ。いいか、今ここで俺たちを通せば、両替後に入国税の5倍を払ってやる。後払いだ」


「ご、5倍!?」


「銀貨100枚だ。お前のポケットマネーにしてもいい。だが、もしここで俺たちを追い返せば、お前はこの太客を逃すことになる。どっちが得か、公務員なら計算できるよな?」


 ナオトは畳み掛けるように交渉(ブラフ)を仕掛けた。

 金塊を見せるだけでいい。金を持っているという事実こそが、この街では最強のパスポートなのだ。


「……ぐっ」


 係官はゴクリと唾を飲み込み、周囲を見回した。そして、小声でささやいた。


「いいでしょう。特別措置です。その代わり、必ず戻ってきて払ってくださいよ! 顔は覚えましたからね!」


「ああ、約束する。俺は契約(ビジネス)には誠実だ」


 ゲートが開く。

 ナオトは涼しい顔で通り抜け、ミオの手を引いた。


「ちょ、ナオト。本当に5倍も払うの?」


 ミオが小声で尋ねる。


「払うさ。必要経費だ。それに、コネを作っておけば後々便利だからな」


「うわぁ。悪徳商人みたいな顔してる」


「褒め言葉として受け取っておく。行くぞ」


 ◇ ◇ ◇


 ゲートを抜けた先はネクサスの下層街(ダウンタウン)だった。

 頭上には上層階を支える巨大な配管が走り、路地裏には怪しげな露店やネオン看板がひしめいている。猥雑だが、活気に満ちた世界。


「すごい! 明るい! 夜なのに昼みたい!」


「光害レベルだな。さて、まずは何を」


「ご飯! ご飯! 絶対にご飯!」


 ミオがナオトの袖を引っ張り、ゾンビのような形相で叫んだ。


「もう限界! 胃袋が自分を消化し始めてる! 何か胃に入れないと死ぬ! 温かいもの! 味が濃いもの!」


「分かった分かった。あそこの屋台でいいか?」


 ナオトが指差したのは路地裏にある一軒の薄汚れた屋台だった。

 『魔導ラーメン』と書かれた赤い提灯が揺れている。

 客は労働者やチンピラばかりだが、そこから漂ってくる匂いは――。


「いい匂い。醤油と……豚骨? それに化学調味料の暴力的な香り!」


「ジャンクフードの王様だな。行くぞ」


 二人は屋台のカウンターに滑り込んだ。

 リュックが重すぎて椅子がミシミシと鳴る。


「へいらっしゃい! 何にする!」


 頑固そうな店主が声をかける。


「ラーメン二つ! 大盛り! 肉マシマシ! あと餃子! それとコーラ!」


 ミオが食い気味に注文した。


「あいよ! スタミナ魔導麺、特盛二丁! 黒聖水ブラック・ホーリー・ウォーターを二本な! 代金は先払いだ!」


「ツケで頼む」


「あぁん!?」


「冗談だ。これで足りるか?」


 ナオトはポケットに残っていた、最後の銀の粉 (スケルトン戦の残り)が入った小袋を置いた。

 純銀の粉末だ。ラーメン数杯分にはなるだろう。


「ちっ、銀粉かよ。まあいい、座りな」


 数分後。

 二人の前に湯気を立てる丼と、黒い炭酸飲料の瓶が置かれた。


「来た」


「神よ」


 丼の中には茶色く濁ったスープ、縮れた太麺、そして分厚いチャーシューが山のように積まれている。

 そして、冷えた瓶に入ったシュワシュワと泡立つ黒い液体。


「まずは乾杯するか」


「うん!」


 二人は瓶を手に取り、カチンと合わせた。


生還(サバイバル)に、乾杯」


「乾杯!」


 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。


「ぷはぁぁぁぁぁっ!!」


 ミオが叫んだ。


「美味しいぃぃぃ! 喉が痛い! 炭酸が食道を焼いていく! 砂糖の味がするぅぅ!」


「強炭酸だな。カフェインが脳に直撃する。これだよ、この毒々しい味が欲しかったんだ」


 ナオトも涙目で瓶を見つめる。

 ただの砂糖水と炭酸ガス。だが、今の二人には最高級のエリクサーよりも尊い文明の味だった。


「次はラーメンよ! いただきます!」


 ズズッ! ズルズルズルッ!


 ミオが猛烈な勢いで麺をすする。

 スープが飛び散るのもお構いなしだ。


「んぐっ! はふっ! あぁ〜〜〜」


 一口食べた瞬間、ミオの動きが止まった。

 箸を持ったまま、天井を見上げる。

 その目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。


「おい、どうした? 熱かったか?」


「違うぅ。美味しいのぉ」


 ミオが泣きながら笑った。


「しょっぱい。脂っこい。体に悪そうな味がする。サソリの肉とは違う。これは人間の食べ物よぉ」


「そうだな」


 ナオトも麺を口に運んだ。

 インスタントに近い、安っぽい小麦の味。塩分過多のスープ。

 だが、その温かさが、冷え切った内臓と心をじんわりと溶かしていく。


「生き返ったな」


「うん。私たち、生き延びられたんだね」


「ああ。地獄の荒野を越えてな」


 二人は並んでラーメンをすすった。

 周りの客は薄汚れた格好で号泣しながらラーメンを食べる二人を奇異な目で見ているが、そんなことはどうでもよかった。

 今この瞬間、世界で一番幸せなのは間違いなくこの二人だ。


 ズズッ、ズズッ。


 丼の底が見えるまでスープを飲み干し、二人は同時に息を吐いた。


「ごちそうさまでした。世界一のフルコースだったわ」


「同感だ。さて」


 ナオトは立ち上がった。

 腹は満たされた。次は寝床の確保だ。


「この路地を抜けた先に宿があるらしい。行くぞミオ」


「はーい!」


 店を出ると、冷たい夜風が火照った頬に心地よかった。

 見上げれば、ビルの谷間から切り取られた夜空には、人工のネオンと、本物の星が混じり合って輝いている。


「ねえナオト。これからのことだけど」


 ミオがリュックを背負い直して言った。


「まずは宿で一週間寝る。お風呂に入る。新しい服を買う。それから……」


「それから?」


「この街で一番になるわよ」


「一番? 何の?」


「決まってるでしょ! 冒険者として、お金持ちとして、そして……最高のコンビとしてよ!」


 ミオがニカっと笑い、Vサインを作った。

 泥だらけの顔の中で、白い歯だけがキラリと光る。

 ナオトは呆れたように肩をすくめたが、その口元もまた、確かに笑っていた。


「大きく出たな。まあ、いいだろう。元手 (金塊)はある。スキル (SE脳)もある。そして相棒 (お前)もいる」


 ナオトはネオン輝く摩天楼を見上げた。

 ここからは新たなステージだ。

 荒野のサバイバルは終わったが、今度はこの欲望渦巻く都市での社会的サバイバルが始まるのだ。


「システム・オールグリーン。ミッション・フェーズ4、都市攻略を開始する」


「了解! ついていくわよ、リーダー!」


 二人は光の洪水の中へと歩き出した。

 その背中に背負った重いリュックはもはやただの荷物ではなく、彼らの未来を切り拓くための翼のように見えた。

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