第119話 決戦前の休息と、聖戦士の素顔
「んんん~っ! 最高っ! お肉が口の中でとろけるわぁっ! あんなにカチカチの鱗に覆われてた化け物から、こんなに柔らかくてジューシーなお肉がとれるなんて、まさにファンタジーの醍醐味よね!」
「おいミオ、レストランの個室とはいえ、もう少し上品に食えないのか。レッサー・ワイバーンの霜降りステーキなんて、国王の晩餐会でしか出ないような超高級食材なんだぞ。厨房のシェフも、俺たちが持ち込んだ肉塊を見て腰を抜かしてたんだからな」
「いいじゃない! 自分で狩った獲物をその日のうちに最高の調理法でいただく! これ以上の贅沢な休息がある!? ほらナオトも、食べないと冷めちゃうわよ! 遠慮しないでガンガンいきなさい!」
「言われなくても食うさ。それにしても、見事な効果だ。この肉を飲み込んだ瞬間、体の奥底から筋力と体力が底上げされるような、強烈な活力が湧き上がってくるのを感じるぞ。血肉が熱く、たぎるような、恐ろしいまでの生命力だ」
「でしょ!? 美味しいだけじゃなくて、実戦にも役立つ最高の食事なんだから! カビ臭いアンデッドばっかり相手にしてたら、絶対に手に入らないご褒美よ!」
「ああ。強力な魔物の肉を調理して食べると、一時的にステータスにボーナスがつくっていうのは定番だからな。単なるデータ上の数字じゃなくて、実際に肉体が強化される感覚として味わうと、なかなか強烈だ」
「あーあ、ナオトってば美味しいお肉を食べてる時まで、ルールの裁定がどうとかステータスがどうとか、本当に頭の固いゲーマーね。もっと純粋に美味しいって感動しなさいよ」
「感動ならしているさ。ただ、俺の感動のベクトルが効率的なステータス上昇に向いているだけだ。それにだ、俺たちはついにAランクに到達したんだからな。ここまで駆け上がってこれたのも、お前のそのブレない食欲と無謀なヘイト管理のおかげだ。そこは素直に認めてやる」
「そうよそうよ! レベルも上がったし、最強の神聖属性の装備も揃えた! おまけに飛竜のステーキでバフも完璧! 仕上げには気取った吸血鬼を真っ二つにしてやるの!」
ミオはフォークに刺した肉の塊を豪快に頬張り、満面の笑みを浮かべた。二人は心ゆくまで飛竜のフルコースを堪能し、高級宿の最上階に位置するスイートルームへと戻ってきた。
「はあー、お腹いっぱい! もう一歩も動けないわ。ナオト、ちょっと手伝って。この鎧、脱ぐのがすっごく大変なのよ」
「重装甲を着込んだパラディンの宿命だな。TRPGの規定でも、プレートメイルは着脱に数人がかりのサポートと十数分の時間がかかる仕様なんだから、一人で簡単に脱げないのは当たり前だ。……ほら、背中を向けろ」
「そうなんだけどぉ……ほら、ここの肩のバックル外して。あと、腰の固定用の革紐も解いてよ。うーん、きついっ」
ガシャン、ガシャンと、重厚な金属のパーツが一つずつ床のふかふかな絨毯の上に置かれていく。
「ふぅーっ、生き返るわぁ! 筋力ステータスのおかげで軽く感じてるとはいえ、長時間の圧迫は別物よね。ずーっと肩凝り状態だったんだから!」
「おいミオ。お前、その鎧の下……」
「え? ああ、インナースーツのこと? だって、ガチガチの金属鎧が肌に当たったら擦れて痛いじゃない。だから、肌に密着する魔着糸のアンダーウェアを着てるのよ。動きやすいし、汗もすぐ乾くしね」
「いや、機能性が高いのはいいが……密着しすぎてて体のラインが丸出しじゃないか。しかも、生地が透けて肌にペッタリ張り付いているぞ。まるっきり下着と変わらないじゃないか」
「あら、ナオトったら顔を赤くしちゃって。もしかしてドキドキしてるの? ビキニアーマーを着てた頃は散々、同じような格好を見てるじゃない」
「……今のインナースーツの方が目のやり場に困るレベルだぞ。胸の谷間から、へそのラインまで完全に浮き出てるじゃないか!?」
「ふふっ、見とれちゃった?」
「ぷ、プライベートだからって油断しすぎるな! さっさと風呂に入って汗を流してこい!」
「はーい! さーて、この高級宿の自慢の大浴場で、ゆっくり疲れをとってこようかしら! ナオトも一緒に入る? こんなに広くて豪華なお風呂、一人じゃもったいないわよ?」
「馬鹿言え。俺は後でゆっくり入る。お前は長湯してのぼせるなよ」
「えー、つまんないの! 背中くらい流してくれてもいいのに!」
ミオはからかうようにウィンクをして、鼻歌交じりに脱衣所へと消えていった。ちゃぷん、と心地よいお湯の波打つ音が、豪華な扉の向こうから聞こえてくる。
「はぁぁぁ……極楽ぅ……。ねえナオト、聞こえてるー?」
「聞こえてる。扉越しに大声を出さなくても、ここは貸し切りのスイートルームなんだから普通に話せば届くぞ」
「だって、お風呂場が広すぎるんだもの。大理石の湯船からだと声が響いちゃって。それにしても、HPの回復だけならナオトの神聖魔法をかければ一瞬なのにね。こうやってゆっくりお湯に浸かるのって、本当に贅沢な時間だわ」
「物理的な傷は教典の祈りで回復できても、精神的な疲労度の回復には、美味しい食事や温かい入浴、そしてふかふかのベッドでの睡眠といったダウンタイムのアクションが不可欠だからな。ここでしっかりリフレッシュしておかないと、明日からの長丁場に響く」
「分かってるわよ。……ねえ、ナオト。なんだか不思議ね。私たちが初めてこの世界に降り立った時はゴブリンやスライム一匹にビビって、宿屋にも泊まれなくて野宿ばかりしてたのに」
「ああ。所持金ゼロのどん底から始まって、指名手配犯にまで堕ちて、二回も死に戻りの経験をした。まさに波乱万丈のハードモードだったな」
「それが今じゃ、Aランク冒険者で、影の倉庫には使い切れないくらいの金塊があって、こんなにいい部屋でお腹いっぱい飛竜のお肉を食べてるんだもの。本当に、ロールプレイングゲームのサクセスストーリーを地で行ってる感じ。なんだか夢みたいだわ」
「俺たちが知恵と勇気を振り絞った結果だ。ずっと挑戦も続けてこれたしな。それに、ピースがかみ合わなければ、ここまで急速に盤面をひっくり返すことはできなかった」
「ふふっ、本当にチート級の急成長よね。でも、吸血鬼を倒すための一番のチートはナオトが金塊に物を言わせて買い占めた二千本の聖水じゃない?」
「使えるリソースはすべて使うと言っただろう。どれだけ俺たちのステータスが高くても、あの吸血鬼のギミックは厄介だ。空間把握による絶対回避や、広範囲に降り注ぐ血の弾幕。まともに殴り合えば、また時間を稼がれて、あいつの再生能力でジリ貧になる」
「だから、私の挑発スキルで無理やりタゲを固定して、その間にナオトが上空から聖水の絨毯爆撃を仕掛けるのよね。絶対に避けられない物量の神聖属性ダメージで溺れさせる……えげつないけど、これ以上ないくらいの最適解だわ。ナオトの執念、恐るべしね」
「ああ。あいつがどんなに素早く動こうと、戦場全体を聖水で埋め尽くせば回避判定すら発生しない。ルールの裏を突くようなやり方だが、あの不死の特性を打ち破るには、これくらいの暴力で押し潰すしかないんだ」
「なんだか、私たちが正義の味方なのか、極悪非道な魔王軍なのか分からなくなってくるわね。あっちからしたら、理不尽な天災が降ってくるようなものよ」
「俺たちの属性は混沌・善といったところだろうな。目的のためなら手段は選ばないが、結果的に世界は救う。お前はそれでいいだろ?」
「もちろん! あいつには完膚なきまでに叩きのめされた借りがたっぷりあるんだから、情けなんて一切かけないわよ! 二千本の聖水で、あの気取った顔をぐちゃぐちゃにしてやるんだから!」
「当然だ。俺たちは最強の神聖パーティーとして、あの死地に帰還するんだ。お前の両手剣、そして俺の神聖魔法と二千本の聖水があれば、負ける要素は一つもない」
「ええ! お風呂から上がったら、武器の最終メンテナンスをして、明日は朝一番で聖都を出発よ! いざ、リベンジマッチね!」
大理石の湯船に身を沈めながら、ミオは闘志に満ちた声を響かせた。
極上のディナーと癒しの入浴によって心身を回復させた二人は、ついに訪れる魔将ヴァルドレッドとの最終決戦に向け、確かな自信を胸に宿していた。
束の間の休息は終わりを告げ、いよいよ彼らは因縁の死地へと再び足を踏み入れる。




