第117話 レベルアップの暴力と、Bランクへの強行突破
「ガタゴト、ガタゴトって……ああもう! この貸し切りの馬車、サスペンションが全然効いてないじゃない! お尻が痛いわ!」
「俺たちの着ているミスリル銀の聖鎧やチェインメイルの重量に耐え切れるだけの頑丈な荷馬車をチャーターしたんだ。乗り心地まで追求するのは贅沢ってもんだぞ」
「それはそうだけどぉ。ねえナオト、本当にこのクエストやらなきゃダメなの? 私、ぜんぜんモチベーションが上がらないんだけど」
「ギルドでお前も納得しただろうが。俺たちがいかに実力を持っていようと、一度の昇格は最大2ランクまでという規定は変えられない。だからまずはDランク最難関のクエストをクリアして実績を積むんだよ」
「実績のことは分かってるわよ! 私が文句を言ってるのは、その討伐対象についてよ! 呪われた廃村のグール・ロード討伐って、またアンデッドの巣窟じゃないの! スケルトンとかグールとか、骨と腐ったお肉ばっかりで、倒しても絶対に食べられないじゃない!」
「お前は食欲でゲームをプレイしてるのか? TRPGの醍醐味は戦闘とロールプレイだろうが」
「私のロールプレイの根源は美味しいご飯なの! ダンジョンに潜ってモンスターを倒すなら、ぷりっぷりのオークの丸焼きとか、ワイバーンの霜降り肉とか、そういう、倒した後に美味しくいただけるドロップ品がある奴がいいの! カビ臭い幽霊やゾンビなんて、倒しても塵になるだけで何の足しにもならないじゃない!」
「あのな、俺たちの最終目標は魔将ヴァルドレッド……あの厄介な吸血鬼の討伐だぞ。アンデッド系のモンスターはあいつの絶対回避や再生能力を打ち破るための最高の予行演習になるんだ。それに俺たちのステータスを考えてみろ」
「ステータス? 体力とか筋力とか?」
「そうだ。あの第4地下墓地で元凶のオーブを破壊して完全浄化なんて大偉業をやらかしたおかげで、莫大な経験値が入った。俺たちはサラッとレベル27まで上がってるんだからな。達人クラスの中でも、さらに頭一つ抜けたレベルだ」
「あ、言われてみれば確かに! このすっごく重たかった両手剣も、木の枝みたいに軽く振れるようになってたわ!」
「お前のパラディンとしての筋力も、俺のクレリックとしての信仰心も、すでにDランクの適正レベルを遥かにオーバーしている。だから、こんなクエストはただの消化試合だ。サクッと更地にして、即日帰還して、美味しいステーキでも食いに行けばいい」
「即日帰還してステーキ! その言葉が聞きたかったわ! よーし、モチベーションが湧いてきた! さっさとその廃村とやらを大掃除してやるわよ!」
◇ ◇ ◇
馬車が目的地に到着すると、そこは重苦しい灰色の霧に包まれた薄気味悪い廃村だった。崩れかけた家屋の影から無数のグールたちが這い出してくる。
「うわぁ。聞いてはいたけど、村中がアンデッドで埋め尽くされてるじゃない。これ、普通のDランクパーティーなら、村の外に野営地を作って、数日がかりで数を減らしていくような攻略法が必須な難易度ね」
「確かに相当数のアンデッドがたむろってるな」
「でも、今の私たちにはチマチマした作業、必要ないわよね?」
「当然だ。レベル27の暴力を存分に見せつけてやれ」
「オッケェェェイ! さっさと片付けてやるわよ! はい、注目~! 生者のお肉が食べたいのなら、ここまでおいで! 神罰の標的!」
ミオが大剣を掲げて叫ぶと、黄金色の波動が廃村全体に広がった。その途端、村中に潜んでいた数百体のグールたちが、一斉に血走った目をミオに向け、猛烈な勢いで広場へと殺到してきた。
「よし、村中の敵のヘイトがお前に集中したな。それじゃあ俺も、最高の支援魔法をかけてやる! 大いなる光よ、我が祈りに応え、不浄を討ち払う破邪の刃をここに顕現させ給え! 聖光の武器付与!」
詠唱が終わると、ミオの大剣とナオトのメイスが太陽のように眩く輝きだした。
「わあっ!? エンチャントが前よりすごくなってる!? 剣が光りすぎて、直視できないくらいよ!」
「ステータスが上がった分、付与される神聖属性ダメージも跳ね上がっているからな。さあ、あとは好きに振り回せ!」
「ステーキ! ステーキ! 最高級のステーキのために! オラァァァァッ!!」
ミオが両手剣を水平に薙ぎ払った。ただの一振りだった。
しかし、その一撃は光の津波となって広場を駆け抜け、群がってきた数十体のグールを瞬く間に真っ白な塵へと変えた。
「あはははは! すごーい! 剣を振った風圧だけでアンデッドが消滅していくわ! まさにオーバーキルね!」
「俺も負けてられないな。ミオの薙ぎ払いから漏れた敵はこのメイスで……そいっ!」
ナオトがメイスを軽く振り下ろすだけで、グールの頭蓋骨はスイカのように弾け飛び、浄化の炎に包まれて消え去った。
「グォォォォォォッ!!」
その時、広場の奥の廃教会から、一回りも二回りも巨大な醜悪な化け物が姿を現した。全身から毒々しい紫色の瘴気を放つ、この廃村のボス、グール・ロードだった。
「出たわね! さっきまでの雑魚よりは少し歯ごたえがありそうだけど!」
「ミオ! あいつは猛毒のブレスを吐く厄介なボスだぞ! 一撃で仕留めろ!」
「言われなくても! 私のディナーの邪魔をする奴は真っ二つにしてやるわ! 神聖なる一撃!」
ミオが深く踏み込み、下から上へと渾身の力で大剣を振り上げた。
ボスが威嚇の咆哮を上げる暇すら与えない、出鼻を挫く一撃。
極大の神聖属性の光が巨大なグール・ロードの胴体をいとも容易く一刀両断にした。
「ギャアアアアァァァァッ……!!」
断末魔の叫びと共にボスの巨体が真っ白な浄化の炎に包まれ、塵となって空中に溶けていく。
「よし、ボスの討伐完了だな。ミオ、俺をガードしててくれ。この村に染み付いたアンデッドの呪いごと、まとめて消し飛ばしてやる。――迷える魂に浄化の鉄槌を! 完全浄化!!」
ナオトが教典を掲げ、廃村全体を覆い尽くすほどの強烈な純白の光を放った。
重苦しい霧も、不気味な廃屋もすべてが浄化され、光の波が過ぎ去った後には色とりどりの花が咲き乱れる、見渡す限りの美しい更地が残った。
「えっと、ナオト。これ、やりすぎじゃない? なんか、神聖な聖域みたいなお花畑になっちゃったわよ?」
「……レベルアップのせいか。魔法の威力が俺の想定を超えていたな。呪われた土地を上書きして、ちょっとした聖域に変わったようだ。まあいい、これで文句なしの完全討伐だ。帰るぞ」
◇ ◇ ◇
「ただいま戻りました! 初心者向けギルドの皆さーん! Dランククエスト、サクッと完了よ!」
「ひっ!? お、おかえりなさいませ! って……ええっ!?」
ギルドの扉を開けて意気揚々と入ってきた二人を見て、受付嬢は信じられないものを見るような目で悲鳴を上げた。
「ど、どうされたのですか!? お怪我ですか!? 忘れ物ですか!?」
「失礼ね! ちゃんと依頼を終わらせてきたのよ! ほら、これが討伐証明のボスの魔石よ!」
ミオがカウンターの上に淡く紫に光る魔石をゴトリと置いた。
「ば、馬鹿な! お前たち、聖都を出発してからまだ半日も経っとらんぞ!?」
騒ぎを聞きつけて奥から飛び出してきたギルドマスターが、目をひん剥いて魔石と二人を交互に指差した。
「Dランク最難関のクエスト、想定を遥かに超えるタイムでクリアしてきたぞ。おまけに、あの廃村の土地の呪いごと浄化して、綺麗な花畑に変えておいた」
「は、花畑……だと!? 数十年間、立ち入る者すべてを呪殺してきた最悪の廃村を、たった半日で更地にしたと言うのか!? お前たち、一体どれほどの力を隠し持っているのだ!?」
「さて、ギルドマスター。俺たちはDランクの依頼に対し、ギルドの想定を遥かに上回る常識外れの戦果……オーバーキルを出したはずだ」
「そ、それは……確かに、信じ難い偉業だが……」
「冒険者ギルドの規定にはこうあるはずだ。特例的な大功績を最大限に評価した場合、一度の昇格で最大2ランクまでのスキップを認めると。俺たちは今回も、その最大2ランクアップの特別昇格を要求する」
「なっ! 連続で特例の2ランクアップだと!? そんな無茶苦茶な昇格ペース、前代未聞だぞ!」
「ルールブックに違反しているか? システム上、可能な措置のはずだ。これ以上の足踏みはご免だな。俺たちをさっさとBランクに上げろ」
ナオトは一切の感情を交えない、冷徹なゲーマーの目でギルドマスターを睨みつけた。正論と規定を盾に取られたギルドマスターはぐうの音も出ず、滝のような冷や汗を流しながら崩れ落ちた。
「わ、分かった! 今回も特例中の特例として……二人をDランクから一気に……Bランクへと昇格させることを承認しよう!」
「やったぁぁぁっ! おじさん、物分かりがいいじゃない!」
ミオがロビーの真ん中で飛び跳ねて歓喜の声を上げた。
ギルドマスターの手から、銀色に輝く真新しいBランクのギルドカードが、震える手で渡される。
「よーし。これで面倒なランク上げは一段落ね。ねえナオト、Bランクのクエストなら、スケルトンとかグールじゃなくて、もっと美味しくてお肉がたっぷり採れる大型モンスターの討伐依頼があるわよね」
「お前、頭の中は肉のことしかないのか? Bランクのクエストになれば、ドラゴンの亜種や高位のキメラなんかも出てくるんだぞ。油断すれば一瞬でこっちが肉塊にされるんだからな」
「ドラゴン!? ドラゴンのステーキ!? 最高じゃない! さあナオト、さっそく掲示板を見に行きましょうよ!」
はしゃぐミオを横目に、ナオトまた、美味しく調理したお肉を思い描くのだった。




