第116話 完全浄化の凱旋と、昇格の壁
ガシャン! ガシャン!
「ふふふっ、ただいま戻りました! 初心者向けギルドの皆さーん! 無敵の聖戦士と神聖魔法使いの輝かしい凱旋よー!」
「おいミオ、凱旋パレードみたいに両手で手を振りながら入るな。静かに歩けと言っているだろうが。ほら見ろ、ロビーにいる駆け出しの冒険者たちが、お前の威圧感にビビって壁際に張り付いてるぞ」
「いいじゃない、英雄の帰還なんだから! 数十年来の脅威だった第4地下墓地を完全浄化したのよ! もっと大々的に出迎えてほしいくらいよ! ほら、受付のお姉さん! クエスト達成の報告に来たわよ!」
「お、おかえりなさいませ、ミオ様、ナオト様……。その、本日はずいぶんと早くお戻りになられたのですね。あ、あの、今回は……地下墓地の天井や壁を、その、吹き飛ばしたりは……?」
「失礼な。人を爆弾魔みたいに言うなよ。俺たちは敬虔な神の僕として、極めて平和的に浄化を行ってきたんだ」
「へ、平和的……ですか? ミオ様のお持ちになっているその両手剣、信じられないくらいべっとりと、何かの黒い体液のようなものがこびりついていますが……。それに、お二人の鎧からも、ものすごい死臭が漂ってきているのですが……」
「ああ、これはグールと怨霊騎士をぶった斬った時の返り血みたいなものよ! 神聖属性で綺麗に焼けたから不潔じゃないわ! それよりお姉さん、報告よ報告! 依頼されてた地下墓地の定期清掃クエストだけど、想定以上の大戦果を挙げてきたわ!」
「は、はあ……大戦果、ですか? 定期清掃というのは入り口付近の低級アンデッドを適度に間引いていただくという趣旨の初心者向け依頼なのですが……」
「そんなセコい間引きなんてレベルじゃないぞ。最深部の大ボス部屋まで踏破し、ダンジョンからアンデッドが湧き出していた根本的な原因を絶ってきた。ほら、これがその証拠だ」
ゴトリ、と。ナオトはカウンターの上に、どす黒い瘴気を微かに放つ、ひび割れた黒い水晶の破片を置いた。
「ひっ!? な、なんですかこの気味の悪い石は! 見ているだけで気分が悪くなってきます!」
「スキル判定によれば、死霊のオーブと呼ばれる呪物だそうだ。こいつが最深部の祭壇に鎮座し、死体を触媒にして無限にアンデッドを生成していた。俺のメイスでカチ割ってきたから、もうあの地下墓地にアンデッドは一匹たりとも湧かない。つまり、完全浄化だ」
「か、完全浄化? あの第4地下墓地が?」
「おいおい、なんだこの騒ぎは。受付で変な呪物を広げるんじゃない」
騒ぎを聞きつけたのか、ギルドの奥から筋骨隆々の初老の男――ギルドマスターが眉間に皺を寄せて姿を現した。
「ギ、ギルドマスター! ミオ様とナオト様が、第4地下墓地のアンデッドの発生源を破壊し、完全浄化を行ったと……!」
「馬鹿を言え。あの地下墓地は数十年前から教会も手を焼いている厄介なアンデッドの巣窟だ。高位の聖騎士団の一個中隊がかりで挑んでも、最深部の結界に阻まれて甚大な被害を出したほどの危険地帯だぞ? それを、たかだかFランクの冒険者二人が、たった半日で完全浄化しただと? 冗談も休み休みにしろ」
「ちょっとおじさん! 冗談じゃないわよ! 私たち、本当に最深部でレイス・ナイトってデカい中ボスを真っ二つにして、さらに奥の大ボスを倒して、この気味の悪い玉を粉砕してきたんだから!」
「その黒い石ころが証拠だと言うのか? そんなもの、その辺の怪しい魔道具屋で買ってきたガラクタかもしれんだろう。お前たちはかつて、あの墓地に大穴を開けて逃げ出した要注意人物だ。名誉挽回のためにホラを吹いていると疑われても文句は言えんぞ」
「なるほど。NPCの反応としては極めて妥当だな。俺たちのステータスは達人クラスだが、ギルドのデータ上における名声値はまだ底辺のままだからな。言葉だけで信じろという方が無理な話だ」
「ナオト!? なんでアンタが納得してるのよ! せっかく大活躍したのに嘘つき呼ばわりされて悔しくないの!?」
「これもTRPGの面倒な、いや、リアルな手続きの一つさ。大偉業を成し遂げても、それが公の組織に認知されるには時間差がある。ギルドマスター、信じられないというなら、ギルド側で確認の調査隊を出せばいい。俺たちは逃げも隠れもしない。宿屋で結果を待たせてもらうぞ」
「ふん、余裕な態度だな。よかろう、大聖堂の専門の調査員に依頼し、第4地下墓地の最深部まで部隊を派遣する。もしお前たちの報告が嘘であれば、ギルドの業務妨害として厳しく処罰するからな。結果が出るまで、最低でも三日は聖都に留まっておけ」
「ええーっ!? 三日も待たされるの!? 面倒くさーい!」
「行くぞミオ。文句を言っても確認プロセスはスキップできない。大人しくダウンタイムを満喫するとしよう」
「もうっ! せっかくの凱旋気分が台無しじゃないの!」
ミオが盛大にブーイングを響かせる中、ナオトは涼しい顔でギルドマスターにうなずき返し、オーブの破片をカウンターに残したまま、不満げな相棒の背中を押してギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
「ぷはぁーっ! 最高! やっぱり戦いの後は分厚いお肉と赤ワインに限るわね!」
「お前、さっきまで嘘つき呼ばわりされて怒り狂ってたくせに、肉の匂いを嗅いだ瞬間に機嫌が直るんだから、本当に単純な構造をしてるな」
「当たり前でしょ! アンデッドって、倒してもお肉をドロップしないし、カビ臭いし、ちっとも美味しくないんだから! ダンジョンに潜ってたせいで失われた私のタンパク質と脂質を全力で補給しなきゃやってられないわよ! すいませーん! この霜降り牛の特大ステーキ、あと三枚追加で!」
「おいおい、いくら金があるとはいえ、遠慮ってもんを知らないのか。この聖都で一番高いレストランのVIPルームだぞ。一食で、底辺冒険者の数ヶ月分の生活費が吹き飛ぶ計算だ」
「いいじゃない! だって三日も足止めを食らうんだもの! あのギルドマスター、絶対に私たちの強さを見抜けてないわね。調査隊が戻ってきたら、どんな顔して謝ってくるか見ものだわ!」
「ギルドのマスターともなれば、実績のない冒険者の報告を鵜呑みにしないのは当然の危機管理だ。むしろ、この三日間のダウンタイムは俺たちにとって丁度いい休息になる。ヴァルドレッド戦に向けた、連携の最終確認もできるしな」
「あー、あの吸血鬼ね。でもナオト、今日のボス戦で証明されたじゃない。私とナオトの永久機関コンボ! 私が前衛でタゲを全部引き受けて、無限のスタミナで大剣を振り回す。ナオトが後ろから回復を連打する。これでどんな敵もすり潰せるわよ!」
「理屈の上ではな。だが、お前のスタミナを全回復させるたびに、俺のMPはゴリゴリ削られているんだぞ。今日はボス戦の最中、アイテムボックスからMPポーションを五本も一気飲みする羽目になった。あれ、すげぇ不味いし、お腹がタプタプになって詠唱中に吐きそうになるんだよ」
「あはははは! 魔法使いって優雅に見えて、案外泥臭いのね。でも、ナオトのおかげで私は心置きなく剣を振れるんだから、もっとポーション飲んで頑張ってよ」
「お前は本当に……。まあいい、俺たちのビルドが、しっかりと噛み合っていることは確認できた。両手剣による物理ゴリ押しと、神聖魔法によるデバフと回復。これなら、あの吸血鬼の血の弾幕にも耐え切りながら、確実にダメージを通せるはずだ」
「ええ! 次は絶対に負けないわ! 真っ二つにして、ドロップアイテムを根こそぎ奪ってやるんだから!」
「さて、この後はレストラン併設のスイートルームに宿泊だ。以前は野宿や、馬小屋に泊まれるかどうかの瀬戸際だった俺たちにとって、高級宿の羽毛布団はまさに資本力の勝利を実感させる、最高の寝心地になるだろうな」
「やったー! お風呂もすっごく広いのよね? 最高のご褒美だわ!」
◇ ◇ ◇
そして、三日後。
二人が再び初心者向けギルドの扉を開けると、そこには三日前とは全く違う、異様な空気が漂っていた。
「あれ? なんか、すっごく静かじゃない?」
「誰も喋ってないな。俺たちを見た瞬間、ロビーにいる全員が息を呑んで固まってる。……おい、奥から大将のお出ましだぞ」
カウンターの奥から、三日前に二人の報告を鼻で笑ったギルドマスターが血相を変えて飛び出してきた。その後ろには申し訳なさそうに縮こまる受付嬢の姿もある。ギルドマスターは二人の目の前まで来ると、おもむろに足を止め、深く、見事な直角の九十度のお辞儀をした。
「疑って、誠に申し訳なかった!! ナオト殿、ミオ殿!!」
「うおっ、急に態度が変わったな。声がデカいぞおっさん」
「大聖堂の調査隊から報告を受けた! 第4地下墓地の最深部において、アンデッドの魔力反応ゼロ! 怨霊騎士の残骸と、見事に粉砕されたネクロポリス・コアの痕跡を確認したと! お前たち……いや、あなた方が本当に、あの脅威を取り除いたのだな!」
「だからそう言ったじゃない! 遅かったけど、やっと私たちの実力を認めたのね」
「ああ、疑ってすまなかった。数十年来の聖都の脅威を取り除いてくれたこと、ギルドを代表して心から感謝する。これは教会とギルドからの特別報酬だ。受け取ってくれ」
ギルドマスターが差し出したのは、ずっしりと重い皮袋だった。中には金貨がぎっしりと詰まっている。
「やったー! お小遣いゲット! これでまた美味しいステーキが食べられるわ!」
「金より名声値のアップがありがたいな。これでこのギルドでの俺たちの扱いは、指名手配上がりの底辺じゃなくなったわけだ。よし、ギルドマスター。クエストの完了報告も済んだことだし、次の依頼を受けたい」
「おお! さっそく次の仕事を受けてくださるか! あなた方ほどの英雄ならば、どのような依頼でも……!」
「俺たちが欲しいのは最高難易度の実戦経験だ。この初心者向けギルドじゃ物足りない。大聖堂の直轄ギルドに張り出されているような、AランクやSランク級の、一番ヤバいアンデッド討伐の依頼を回してくれ」
「Aランク、Sランクの依頼……ですか。それは……その……」
ナオトの要求を聞いた瞬間、ギルドマスターの顔からスッと血の気が引き、気まずそうに目を泳がせた。
「どうした? 俺たちの実力は証明されたばかりだろ。大ボスを単独撃破したんだ、それくらいのクエストを受ける資格はあるはずだ」
「じ、実力は間違いなくAランク、いや、それ以上であると私も確信しております! しかし……ギルドの規定が、それを許さないのです」
「は? 規定?」
「はい。冒険者ギルドの運営上の慣習と申しますか……いかに莫大な功績を挙げようとも、一度の昇格で上げられるランクは最大2ランクまでと、厳格に教会の法典に定められているのです」
「なんだって?」
「お二人の現在のランクは一番下のFランク。ですので、今回の特例的な大功績を最大限に評価したとしても、昇格できるのはEを飛び越えて……Dランクまで、ということになりまして……」
「はああああああっ!?」
ミオがギルドの天井を突き破らんばかりの大声を上げた。
「ちょっと待ちなさいよ! 数十年来の脅威をたった二人で叩き潰したのよ!? 実力はAランク以上ってアンタも認めたじゃない! なんでDランクみたいな中途半端なところでお預け食らわなきゃいけないのよ!」
「も、申し訳ありません! ですが、規定は規定でして! それに、お二人は過去に大穴事件を起こした要注意人物という書類上の記録も残っておりまして、上層部も一気に高ランクの権限を与えることには慎重になっており……」
「アホくさ! 世界を救うレベルの実力があるのに、なんでまたドブさらいみたいなクエストをチマチマやらなきゃいけないのよ! これだからお役所仕事は!」
「……落ち着け、ミオ。ギルドマスターの言う通りだ」
「ナオト!? アンタ、これで納得いくわけ!?」
「腹は立つが、仕方がない。ゲームの面倒な仕様だ。プレイヤーが、いかに裏技やチート級のビルドで強くなっても、ゲームマスターはストーリーの進行度をすっ飛ばすシーケンスブレイクを嫌う。段階を踏ませてプレイ時間を稼がせる、典型的な進行制限ってやつだ」
「なによそれー! すっごくイライラするわね!」
「嘆いても運営には逆らえない。地道に実績を積み上げるしかないさ。ギルドマスター、Dランクで受けられる依頼の中で、一番難易度が高くて、一番経験値が稼げそうなアンデッド討伐を出してくれ。片っ端からクリアしてやる」
「は、はいっ! 直ちにDランク最難関の依頼書をご用意いたします!」
圧倒的な力を見せつけながらも、お約束の壁に阻まれ、渋々ながらも新たなクエストに挑む二人。
魔将へのリベンジの道のりはまだ少しだけ続きそうだった。




