第112話 新ビルドの試運転と、地下墓地の再訪
「ガシャン! ガシャン! ガシャン! あはははは! 見てナオト、ギルドの冒険者たちが私たちの装備を見てサァーッと道を空けてるわ!」
「神聖なオーラを安っぽい優越感に使うんじゃない。考えてもみろ、全身から神々しい輝きを放つ聖戦士と、神聖魔法使いが、初心者向けギルドに入ってきたんだぞ。畏敬の念というより、完全に不審者を見る目だ」
「いいじゃない! かつてはヘドロまみれで入店拒否されかけた私たちよ? この圧倒的なステータスと、お金の力で手に入れた権力の味を存分に噛み締めさせてもらうわ!」
「その俗物すぎる発言を聞いたら、本物の聖騎士たちはあきれ返るだろうな。ほら、受付に行くぞ。無駄にヘイトを稼ぐな」
二人は周囲のざわめきを無視し、ギルドの受付カウンターへと歩み寄った。
受付嬢はかつてミオたちを要注意人物として追い出した張本人だった。しかし、今、目の前に立つ眩いばかりの聖職者コンビが同一人物だとは気づかなかったようだ。
「い、いらっしゃいませ、聖騎士様、大司祭様! 本日はどのようなご用件でしょうか? 当ギルドは駆け出しの冒険者向けの斡旋所でありまして、お二人のような実力者に見合う高難易度のクエストは……大聖堂の直轄ギルドの方へ行かれませんと……」
「いや、ここでいい。俺たちのような駆け出しのヒヨッコには、このギルドの依頼が丁度いいんでね」
「ヒ、ヒヨッコ? その国宝級の武具を身につけておられながら、ご冗談を。えっと、失礼ですが、ギルドの登録証を拝見できますでしょうか?」
「ああ、これだ」
ナオトがFランクのギルドカードを提示する。
それを見た瞬間、受付嬢の顔が能面のように固まり、そして血の気が一気に引いていった。
「なっ! あ、あなた方! 指名手配犯のナオトとミオ!? な、なんでこんなところに! 衛兵! 誰か衛兵を呼んで!!」
「大声を出す前にこれを見ろ。教会から直々に発行された、正真正銘の免罪符だ。過去の器物損壊もスパイ容疑も、莫大な寄付金という名の資本力によって浄化されている。今の俺たちは神に愛されし無実の冒険者だぞ」
「め、免罪符!? 審問官長の直筆サイン入り!? う、嘘でしょ……あんな大事件をいくつも起こしておきながら、お金の力で揉み消したっていうの!?」
「大人の世界の交渉術と言ってくれ。ということで、俺たちにはこのギルドで真っ当に依頼を受注する権利がある。お、ちょうどいいのがあるな」
ナオトは掲示板に貼られていた一枚の依頼書を剥がし、カウンターに置いた。
「これを受注する。第4地下墓地の定期清掃。報酬は金貨5枚だ」
「えっ? だ、第4地下墓地って……あなた方が以前、爆薬を使って大穴を開けて逃げた、あの場所ですよ!? よりにもよって、なんでまたあそこに」
「懺悔と贖罪のためさ。かつて自分たちが荒らした場所を、今度こそ神聖なる力で完璧に清掃する。実にふさわしい依頼じゃないか」
「ふふん、そういうこと! 私たち、生まれ変わったのよ! 手続きよろしくね、お姉さん!」
「は、はい。承りました。どうぞ、ご無事で……」
受付嬢の引きつった笑顔に見送られながら、二人は堂々とギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
「ねえナオト。さっきから思ってたんだけど、この鎧、やっぱり重いわ。歩くたびにガシャンガシャン鳴るから、隠密行動だって絶対に無理ね」
「パラディンにステルス性能なんて求めてないだろ。今回は敵を全部引き寄せて、正面から一網打尽にする殲滅戦だから、足音がうるさいくらいがちょうどいい」
聖都の郊外へと続く街道を歩きながら、二人は新装備の感触を確かめ合っていた。
やがて、見覚えのある薄暗い石造りの入り口が見えてくる。
聖都郊外、第4地下墓地。かつて彼らが所持金ゼロの危機に瀕し、聖水を十五本も無駄使いした挙げ句に天井を崩落させた因縁のダンジョンである。
「着いたわねぇ。あれ? ナオト、見て。あの入り口の上のところ、石の色が明らかに違うわよ」
「ああ。俺が火薬玉で吹き飛ばした支柱と天井の崩落跡だな。あの後、修繕されたんだろう」
「なんか、継ぎ接ぎだらけで不自然ね。でも、ちゃんとお金を払ったって思うと、なんか感慨深いかも」
「感慨に浸ってる場合か。中に入るぞ。ここはアンデッドの巣窟だ。俺のクレリックとしてのパッシブスキルが、すでに内部から反応を拾っている。気を引き締めろよ」
「任せなさい! 今の私には白銀の断罪剣があるんだから! どんな骨クズだろうと、まとめて粉砕してあげるわ!」
二人は石造りの階段をゆっくりと降り、ひんやりとした冷気とカビ臭い空気に満ちた地下墓地へと足を踏み入れた。
「相変わらず、薄暗くてジメジメしてるわね。壁の骨が青白く光ってて、趣味が悪いったらありゃしない」
「この青白い燐光はアンデッド特有の魔力の残滓だ。……ミオ、剣を構えろ。さっそくお出ましだぞ」
カチャ、カチャカチャ。
通路の奥から乾いた骨の擦れ合う音が響いてくる。
現れたのは錆びた剣と盾を持った人骨の群れ……スケルトンだった。
「出たわね、不浄なゴミのお掃除の時間よ。ナオト、前の時は私の斬撃が骨の隙間をすり抜けちゃってダメージが通らなかったけど、今度はどうするの!?」
「今回、小細工は必要ない。お前の両手剣の重量と神聖属性の攻撃判定を信じろ。骨の隙間なんて関係ない、鎧ごと叩き切るつもりでフルスイングだ」
「なるほど。神聖属性のごり押しと、剣の重さで粉砕するのね。オッケェェェイ! 行くわよぉぉぉっ!!」
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
ミオが足音を鳴らしながら、猛然とスケルトンの群れに向かって突進した。
かつての剣士のような軽やかさはなく、大砲の弾のような質量の突撃だ。
「はあああああっ!」
ズガァァァァァン!
ミオが振り抜いた巨大な両手剣が、先頭のスケルトンの盾ごと、その肋骨を木端微塵に粉砕した。
大剣に付与された神聖属性の光が弾け、周囲のスケルトンたちを巻き込んで浄化の炎で焼き尽くしていく。
「すごいっ! 何これ、豆腐!? 私の剣、骨を豆腐みたいに粉々にしてるわよ!」
「低級のアンデッドにとって、ミスリル銀の神聖属性はオーバースペックの特効武器だからな。よし、俺も前衛に参加するぞ」
ナオトはスケルトンの数を数えながらミオの隣へと並び立った。
後方で魔法の詠唱だけをする気弱なヒーラーではない。彼の手には鈍い輝きを放つミスリルのメイスが握られている。
「ミオ、そのまま前面の敵を薙ぎ払ってヘイトを稼げ。お前の後ろへ回ろうとする敵は俺がもぐら叩きの要領で頭蓋骨をカチ割る」
「了解! 二人で暴れるなんて、なんだか新鮮ね」
しかし、意気込みとは裏腹に、二人の連携は最初から完璧とはいかなかった。
「シャァァァッ!」
ミオの薙ぎ払いを躱したスケルトンの一体が、錆びた剣をミオの脇腹へと突き出してきた。
以前の彼女なら直感回避のスキルで軽々と身をよじって躱していただろう。
ミオは以前からの癖で、反射的にステップを踏もうとした。
「あっ、やば……!」
しかし、重装甲のせいで足がもつれ、バランスを大きく崩してしまう。
ガキィィィンッ!
「痛っ……くない! ダメージはないけど、すっごく体勢が崩れちゃったわ!」
「馬鹿! 重装甲のパラディンが紙装甲の時と同じ回避アクションをしようとするな! 避けようとするからバランスを崩すんだ、どーんと構えて攻撃を受け止めろ!」
「分かってるわよ! 頭では分かってるんだけど、体が勝手に避けようとしちゃうのよ!」
ミオを叱責したナオトもまた、すぐさま自分の手癖の悪さに直面することになった。
ミオの脇をすり抜けてきたスケルトンに対し、ナオトは無意識に腰のポーチへ手を伸ばしてしまったのだ。
「食らえ、特製火薬……って、ないんだった。爆弾持ってない」
「ちょっとナオト! アンタも錬金術師の時の癖で爆弾投げようとしてるじゃない! 今はメイスを持ったクレリックでしょ!」
「くそっ、体に染み付いたプレイングの癖は恐ろしいな。ええい、なら物理で粉砕だ。ふんっ!」
ナオトは慌ててメイスを振り下ろすが、近接戦闘に不慣れなため、大振りになりすぎていた。
メイスはスケルトンの頭を掠めるだけで、空振りに終わってしまう。
「くっ、当たらない。魔法を遠くから投げるのと、ゼロ距離で鈍器を振るのじゃ、間合いの感覚が全然違う」
「ほら、言わんこっちゃない! 二人して前職の癖が抜けきってないじゃないの!」
「うるさい、まだチュートリアルの途中だ。すぐに適応してやる」
チグハグな動きでスケルトンと乱戦を繰り広げる二人。
しかし、その不格好な戦闘は長くは続かなかった。
「あれ? ナオト、なんだか急に剣の重さが気にならなくなってきたかも」
「ああ。俺もだ。メイスの重心の感覚が急にしっくりと手に馴染んできた」
ミオが両手剣を振るう軌道が徐々に無駄のない洗練されたものへと変化していく。
ナオトがメイスを振るうタイミングも、スケルトンの動きを的確に予測した無慈悲な一撃へと研ぎ澄まされていった。
「うらぁっ!」
グシャァッ!
ナオトのメイスがスケルトンの頭蓋骨を見事に粉砕し、燐光の残滓を空中に散らした。
「すごいわナオト! クリーンヒットじゃない!」
「これがレベル25……達人クラスのステータス補正か。プレイヤーの意識と身体能力のズレが強引に最適化されていく。戦いながら、このクラスの正しい動きが体にインストールされていく感覚があるぞ」
「本当ね。避けようとする本能も、なんだか薄れてきたわ。私は動く要塞。私は絶対に倒れない壁。よし、いけるわ!」
ミオは両足でしっかりと石畳を踏みしめ、巨大な両手剣を水平に構え直した。
「さあ来なさい骨クズども! まとめてホームランにしてあげるわ!」
ズバァァァァンッ!!
ミオの凄まじい薙ぎ払いが、迫り来るスケルトンを一掃する。
そして、その攻撃の反動で生じたわずかな死角をナオトが完璧にカバーした。
「逃がさん!」
ドゴォォォンッ!!
ミオの剣をすり抜けたスケルトンの側頭部に神聖属性を帯びたナオトのメイスが容赦なく叩き込まれる。
「あはははは! いいわよナオト、最高のもぐら叩きね!」
「俺たちの新しい戦闘スタイルが形になってきたな。前衛でゴリゴリに殴り合いながら浄化する、物理特化の神聖パーティーだ!」
達人補正の恩恵を受け、二人の連携は瞬く間に完成の域へと達していた。
圧倒的な物理の暴力でスケルトンの群れを粉砕した二人は、充実した笑みを浮かべながら、意気揚々と地下墓地のさらに奥へと歩みを進めていった。




