第110話 地獄の沙汰も金次第と、輝く免罪符
「暗いし、カビ臭いし、石の床は冷たいし、もう最悪よ」
「贅沢言うな。泥沼に素っ裸で放り出された地獄に比べれば、屋根と乾いた藁のベッドがあるだけマシだろ。ここを五つ星ホテルのスイートルームだと思ってくつろげよ」
「ナオトの比較対象がおかしすぎるわよ! せっかく新しいクラスに転職して、意気揚々と聖都に降り立ったのに、開始早々に牢屋行きなんてあんまりじゃない!」
「まあ、過去のプレイングのツケが回ってきただけだ。TRPGにおいて、街で暴れて犯罪フラグを立てまくれば、衛兵に捕まるのは当然だからな」
「冷静に分析してる場合!? さっきの隊長さん、審問がどうとか、手足を切り落とすとか物騒なこと言ってたわよ! このままじゃ私たち、拷問されて処刑イベント直行じゃない!?」
「安心しろ。ここが狂信的な宗教国家である以上、相手が神の教えよりも現実の利益を重んじる腐敗した連中であることは明白だ。交渉の余地は十分にある」
ガチャリ、と重々しい鉄格子の扉が開く音が地下牢に響き渡った。
「静かにしろ、罪人ども。審問官長であるこの私が、直々に貴様らの魂の汚れを量ってやろう」
現れたのは豪奢な刺繍が施された法衣に身を包み、でっぷりと太った腹を揺らす中年の男だった。その十本の指にはこれ見よがしに宝石の指輪がはめられており、およそ清貧や信仰とは無縁の、脂ぎった笑みを浮かべている。
「これはこれはご丁寧にどうも。俺たちが特級の要注意人物、ナオトとミオです。そちらのお偉いさんが、俺たちの命の決定権を持っているということで間違いないですか?」
「口の減らない小僧だ。貴様らの罪状はすでに聞いている。地下墓地の破壊、屋敷の放火、そして何より、特務調査員を騙った国家反逆罪。どれをとっても即刻火あぶりに値する大罪だ」
「ひぃっ! ひ、火あぶり!?」
「だが、慈悲深き女神様は迷える子羊にも等しく贖罪の道を用意しておられる。法典によれば、いかなる重罪であろうとも、その罪の重さに相応しい贖罪金を奉納すれば魂は浄化され、現世での罪は許されるとある」
「ほう。つまり、罰金を払えば見逃してくれるというシステムですね。分かりやすくて助かります。で、その贖罪金とやらはおいくらで?」
「ですが、慈悲深き女神様は迷える子羊にも等しく贖罪の道を用意しておられる。……教会の法典によれば、いかなる重罪であろうとも、その罪の重さに相応しい贖罪金を教会に奉納すれば魂は浄化され、現世での罪は許されるとある」
「ほう。つまり、罰金を払えば見逃してくれるというシステムですね。分かりやすくて助かります。……で、その贖罪金とやらはおいくらで?」
「……ふん。地下墓地の修理費、屋敷の再建費、そして国家に対する反逆の罪を清めるための寄付金。すべて合わせて……金貨一万枚だ」
「い、一万枚ぃぃっ!?」
ミオが鉄格子に張り付いて絶叫した。
金貨一万枚。それは一国の国家予算にも匹敵する数字だ。平民が一生かかっても稼げる額ではない。
「払えるわけがないだろう? これは実質的な死刑宣告なのだよ。貴様らのような薄汚い底辺冒険者は大人しく神の裁きを受け――」
「なるほど、金貨一万枚ですね。いいでしょう。一括で払います」
「は?」
異端審問官長の言葉がピタリと止まった。
ナオトは鉄格子の奥で床を見据えながら、影の倉庫の中に意識を向ける。
「ミオ、少し下がってくれ。……影の倉庫、部分展開」
ナオトの足元に黒い影の沼が広がり、そこから眩い黄金の輝きを放つ、ずっしりとした直方体の塊が、次々と吐き出されて石の床に積み上がっていった。
ガチャンッ! ゴトッ! ガチャンッ!
「なっ……!? き、貴様、魔法の収納袋を持っていたのか!? それに、その足元にある光り輝く塊は……まさか!」
「純度99.9パーセントの金塊です。一本でちょうど一キログラム。金貨に換算すれば、一本あたり金貨百枚分の価値は優にある最高級品ですよ」
「き、金塊だとぉぉぉっ!?」
審問官長の目が信じられないほど見開かれ、顔に脂汗がどっと吹き出した。
「ねえ、ナオト! これ、大変な思いをして手に入れた、私たちの財産じゃない! 本当に払っちゃうの!?」
「命には代えられないだろ。……ここに金塊を百五十本出しました。金貨一万五千枚相当の価値です」
「ひゃ、ひゃくごじっぽん……! い、一万五千枚……!」
審問官長は鉄格子にすがりつき、震える指で黄金の山を指差した。その呼吸は荒く、目は血走っている。
「要求額は金貨一万枚でしたね。残りの金貨五千枚分は慈悲深き女神様と……他でもない、我々の魂の導き手となってくださった審問官長殿の個人的なご尽力に対する、ささやかなお布施としてお受け取りください」
「お、お布施! 私、個人の!?」
「ええ。俺たちはかつて過ちを犯しましたが、今や心から反省し、女神様への深い信仰心に目覚めました。この寄付金によって、我々のすべての罪状が白紙となり、この聖法国で不自由なく活動できる無罪の証明をいただけるのであれば、これほど安いものはありません」
「そ、そうだな! その通りだ! お前たちの、その……純粋な信仰心! 確かにこの私が受け取った!」
先ほどまでの冷酷な態度はどこへやら、審問官長は鉄格子の鍵を自らガシャンと開け、這いつくばるようにして牢屋の中へ飛び込んできた。そして、積み上げられた金塊の山に頬擦りをして、恍惚とした声を上げた。
「ああ、なんという黄金の輝き! これこそ女神様の愛の証! 見事だ、若き信徒たちよ! 貴様ら……いや、あなた方の過去の些細な行き違いなど、大いなる神の愛の前には塵芥に等しい! 今この瞬間をもって、あなた方のすべての罪は浄化されたと、この私が保証しよう!」
「ちょ、ちょっとナオト。このおじさん、完全に目が$のマークになってるわよ。さっきまでの偉そうな態度から180度変わったじゃない」
「地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものだな。腐敗した組織との交渉クエストなんて、金を積めばダイスを振るまでもなく自動成功になるイージーゲームなんだよ」
「はっはっは! 素晴らしい! 実に素晴らしい! 衛兵! すぐに羊皮紙と羽ペンを持て! この敬虔なる若き信徒たちのために、教会の最高権威による免罪符を直ちに発行するのだ!」
「ありがとうございます、審問官長殿。これで我々も、晴れて女神様の教えの下で、正義の冒険者として活動できますよ」
「うわぁ。ナオトのエセ神父っぷりも堂に入ってるわね」
数十分後。
ミオとナオトは地下牢のジメジメした空気から解放され、聖都の眩しい太陽の下へと歩み出ていた。
「ふぅ。一時はどうなるかと思ったけど、無事に出てこれたわね」
ミオが大きく背伸びをする。その手には教会の上層部から正式に発行された、立派な印章付きの免罪符が握られていた。
「ああ。金塊を大分消費したが、これで過去の失敗は揉み消せた。俺たちはもうお尋ね者じゃない。この聖法国のどこを歩こうが、誰に咎められることもない自由の身だ」
「それにしても、金塊百五十本って……よく考えたらとんでもない額よ!? あの腐敗したおデブ審問官の懐に五千枚分も入ったなんて、なんだか腹が立つわ!」
「気にするな。あの湿地帯の絶望的な盤面から、装備と命とアイテムを丸ごと持ち帰れたことを考えれば安い必要経費だ。俺たちの手持ちの資金はまだまだこんなもんじゃないからな」
「まあ、確かにそうね! 死んで全部失うのに比べたら、全然痛くないわ!」
「それに、厄介な指名手配ステータスを解除できたことで、この街のすべての施設が利用可能になった。教会が発行した免罪符という最強の身分証もある。これでようやく、俺たちの待ちに待ったシティフェイズの開始だ」
「シティフェイズ! ってことは、いよいよお買い物ね!」
「ああ。対吸血鬼用の装備を揃えに行くぞ。まずは鍛冶屋通りだ。お前のための最高に硬くて、最高に神聖なパラディン装備を見立ててやる」
「やったぁぁぁっ! 心細い紙装甲から卒業できるのね! 銀のピカピカの鎧にしてね! 絶対に、どんな攻撃も弾き返すようなやつ!」
「任せておけ。俺たちに死の恐怖を刻み込んだあのヴァルドレッドに、二度とダメージ判定すら出させないような、鉄壁の対策ビルドを完成させてやる」
二人は教会の尖塔を見上げながら、不敵な笑みを浮かべた。
死から這い上がり、強大な資本力で障害をなぎ払ったゲーマーたち。
彼らの反撃のための準備が、本格的に幕を開けようとしていた。




