第108話 TPK(全滅)と、現代での作戦会議
「がはっ!!」
「ひゃああっ!!」
息を吸い込む強烈な破裂音と共にミオとナオトは同時に跳ね起きた。
身体を貫かれた絶対的な死の感覚が脳髄をガンガンと揺らしている。
「血! 血がとまらない! ……って、あれ? ここは!?」
「ハァッ、ハァッ! し、心臓が! く、苦し、い……!?」
二人は体をまさぐり合い、そして周囲の景色を見渡した。
そこは赤黒い霧が立ち込める絶望の湿地帯ではない。
エアコンの微かな駆動音が響き、カーテンの隙間から見慣れた街灯の光が差し込む、現代のナオトの部屋だった。
「……戻って、きた。死に戻りの待機状態だ。俺たちはまた、現実世界に帰還できたんだ!」
「よかったぁぁぁっ! 本当に死んだかと思った! くうぅぅぅ、素っ裸で泥の上に転がされて……最悪の気分だったわ!」
「死の感覚は最悪だが、物理的なダメージが残っていないのが救いだ。パーティー全滅の処理は正常に行われたらしい」
ナオトは額ににじんだ冷や汗を乱暴に拭い、テーブルの上に広げられた、惑星オルビスのルールブックをガバッと引き寄せた。
「安心するのはまだ早いぞミオ! 重要な確認が残ってる! 死ぬ直前に強行した、影の倉庫の状態がどうなったかだ!」
「そうね! もしスキルが使えなくなってたりしたら、私たちの全財産が水の泡! 早く、早く確認して!」
ナオトが震える指でルールブックのページを開く。
数秒の沈黙の後、ナオトの口から深大な安堵の息が漏れた。
「……無事だった。スキルは失われてない。ミオの大剣、錬金素材、狩猟した高級食材、そして大量の金塊。俺たちが身につけていた物はすべて倉庫の中に保護されている。アイテムの全ロストは免れたぞ!!」
「やったぁぁぁぁっ!! 結果的にはナオトのファインプレーね! 剣のロストも回避できたわ!」
「ああ、土壇場の悪足掻きで無茶なことをしたからな。アクセス権が失われたんじゃないかと内心ヒヤヒヤだった。影の倉庫についてはこれで良かったが、まったくの無傷というわけにはいかない。ステータス画面を見てみろ。デスペナルティが課せられているぞ」
「え? ステータス? ……嘘っ、私のレベル、すっごく下がってる! あんなに湿地帯で経験値稼いだのに!」
「俺もだ。経験値が大幅に没収され、レベルが25まで巻き戻されている。なるほど、これがこのセッションのデスペナルティの仕様か。レベルがゼロになる初期化じゃない。達人ランクに到達する節目であるレベル25のチェックポイントまで、進行度が強制リセットされたんだ」
「レベル25への巻き戻し……。あんなに苦労して上げたのに、すっごく悔しいわ!」
「でも、アイテムを全ロストするよりは一万倍マシだ。それに、このレベル25への巻き戻しというシステム仕様は俺たちにとって最高のアドバンテージになる」
「アドバンテージ? レベルが下がったのに?」
「このタイミングなら、ノーペナルティでクラスチェンジが可能だからだ。チェックポイントからの再開処理を利用して、別のクラスとしてレベル25からリスポーンできるんだよ」
「本当!? じゃあ、レベル1の初心者からやり直さなくても、いきなりレベル25の新しい職業になれるの!?」
「そうだ。レベル25に達するまでに習得可能なスキルポイントが全額付与されるから、自由にスキルを選択して新しいビルドを構築できる。あの吸血鬼の絶対耐性をブチ抜くための対策ビルドをな」
「やるわ! 私、次は絶対にダメージを通せる職業にする!」
「アンデッド特効を持ち、かつ前衛でヘイトを稼げるクラス……銀武器特化の聖戦士だな。神聖属性の付与スキルと、重装甲による防御力を併せ持つ、対吸血鬼の最適解だ」
「それ最高! でも待ってナオト。クラスチェンジしたら、前の職業で覚えたスキルはどうなっちゃうの? 私がお気に入りだった直感回避とかは消えちゃうの?」
「いや、死ぬ前に得たスキルは所持したまま引き継がれる仕様だ。だが、注意しろ。スキルの性能は新クラスのステータスに引っ張られる。パラディンは筋力と耐久が高い代わりに敏捷ステータスが低い。直感回避のスキル自体は発動しても、お前の素のスピードが落ちるから、今までみたいに高確率で敵の攻撃を避けきることはできなくなるぞ」
「なるほどね。でも、問題ないわ! 避けられない分はパラディンの分厚い重鎧と大盾でガッチリ防いでみせる!」
「いい判断だ。なら、俺は錬金術師改め、アンデッドメタに特化した神聖魔法使いだ」
「ナオトが回復役になるの!? 環境錬金適正のスキルはどうするのよ!」
「俺のステータスも、知力から信仰心へと書き換わる。環境錬金適正のスキルは残るが、知力補正が消えるせいで大爆発はもう起こせないだろうな。だが構わない。その代わりにレベル25までのクレリックのスキル……アンデッド退散、完全浄化、聖光の武器付与をすべて最大レベルで取得する。回復とバフ、そしてアンデッドへの絶対的な殺意だけで構成された特化サポーターだ」
「ふふっ、極端すぎるビルドね! でも、それなら変態吸血鬼の再生能力も絶対に無効化できるわ!」
「ああ。パラディンとクレリック。システム的な相性はこれ以上ないほど最高だ。問題はこの新しいビルドでリスポーンする場所だな」
「そうだった! 私たち、あの泥沼の湿地帯で死んだから、またあそこからスタートなの!?」
「その心配はない。ルールブックのマップ画面を見てみろ。全滅時の救済措置として、リスポーン地点はすでに行った事のある地域の中から自由に選択できるようになっている」
「ファストトラベルが使えるの!? やったぁ! 親切設計じゃないの!」
「俺たちの新しいビルドには強力な銀の武器と防具、それに大量の聖水が不可欠だ。影の倉庫に金塊があるから資金に問題はないが、それらの最高級品を売っている場所へ飛ぶ必要がある。それに、パラディンとクレリックの立ち回りに慣れるための経験も積んでおきたい」
「銀の武器が豊富で、教会関係のアイテムが揃っていて、アンデッドの練習台がいる場所……。あそこしかないじゃない!」
「ああ。俺たちのリスポーン地点は聖法国ヴァルドリアだ。世界教の総本山であり、神聖属性の武具と対アンデッドのノウハウが最も集まっている宗教国家。あそこなら、今の俺たちが求める装備がすべて最高品質で手に入る」
「決まりね! 聖法国に飛んで装備を買い揃えたら、低級アンデッドをボコボコにして新しいスキルの練習をするわ!」
「キャラクターシートの書き換えは完了だ。ステータスの再分配も終わった。……準備はいいか、ミオ。俺たちに屈辱的な敗北を味わせたあの吸血鬼に、ゲーマーの恐ろしさを叩き込んでやるぞ」
「もちろんよ! 次あいつに会う時は、ただのディナーだなんて絶対に言わせない。私が銀の剣で、あいつの心臓を串刺しにしてやるんだから!」
向き合った二人は力強く拳を突き合わせた。
恐怖も絶望も、すでに彼らの心からは消え去っている。
「さあ、逆襲の始まりだ! リスポーン座標、聖法国ヴァルドリアにセット!」
「対ヴァンパイア特化パーティー、いざログインよ!」
ナオトが20面ダイスを手に取った。異世界へアクセスするキーアイテムだ。
投げ出されたダイスがテーブルの上を転がっていく。
カラカラカラッ……コト。
出目は――20。
カッ!!
部屋の中に眩い光が溢れ出した。
ミオとナオト。二人のプレイヤーによるリベンジが始まった。




