第101話 モンスターハウスと、レベルキャップの錯覚
「ねえ、ナオト。やっぱりこの服、スースーして落ち着かないわ。足元がヒラヒラするし、ちょっと動いただけでも風が通って……なんだかくしゃみが出そうよ」
「贅沢言うな。全裸で泥沼を歩き回るよりはマシだろ。残念だが、その服しかないんだ」
「分かってるわよ。でも、心許ないっていうか。今まで分厚い革に守られてたから、ちょっと泥が跳ねただけでも肌に直接当たる感覚があって、変な感じなのよね。安心感がないっていうか」
「紙装甲じゃあ、当然の感覚なんだろうが……やっぱり街に戻った方がいいか?」
「だから、当たらなければどうということはないって言ったじゃない! 直感回避のスキルも取ったんだし、私の反射神経に任せておきなさいって。前衛の壁役が避けて避けて避けまくる、新しいプレイスタイルを見せてあげるわよ」
「その慢心が一番怖いんだよ。お前は昔からダイス運が良いからって調子に乗って、肝心なところでファンブルを出すタイプだからな」
「失礼ね! 今の私はレベルアップの恩恵で絶好調なのよ! ……待って、ナオト。止まって。なんか、おかしくない?」
「どうした? またあのセクハラ植物が隠れてるのか? それともアイテムでも落ちてたか?」
「違うわ。音が消えたの。泥の跳ねる音も、風の音も。それに、なんだか前方から、ものすごく重たいプレッシャーを感じる」
「……俺にもわかった。前方の霧の奥から、五つの魔力波形が接近してくる。おいおい、嘘だろ。この波形のデカさ、さっき死闘を演じた巨大ワニと同等か、それ以上のサイズだぞ!」
ナオトの警告とほぼ同時だった。二人の前方を覆っていた濃霧が巨大な質量によって掻き回され、五体の凶悪な魔物の姿が現れた。
「ゲロォォォォッ!!」
「シャァァァァァッ!!」
「ゴガァァァァッ!!」
「ちょっと、冗談でしょ!? 家みたいな大きさの毒蛙が二匹に、巨大ワニの亜種みたいなトカゲが二匹! それに、泥人形の親玉みたいなゴーレムまでいるじゃない!」
「ヌシクラスの魔物が五体同時だって!? こいつはエリート・パックだ! 未開拓エリアの奥地に配置される、ボス防衛用の遊撃部隊……いわゆる死の小隊だぞ!」
「たった五体なら、さっきの泥人形の群れみたいにパパッと倒しちゃえばいいじゃない! 経験値の塊よ!」
「馬鹿言え、行動回数の優位性を考えろ! 雑魚が百匹いるより、ボスクラス五体が連携してくる方が、圧倒的に全滅率が高いんだ! くそっ! さっそく包囲陣形を組まれてる!」
「迎撃するしかないんでしょ! 私が敵対判定を全部集めるから、ナオトは強力な攻撃の準備をお願い!」
「おい、ミオ! 単独で突っ込むな! お前は今、紙装甲なんだぞ! 一撃かすっただけでも致命傷だ!」
「大丈夫だって言ってるでしょ! いっけぇぇぇぇっ!!」
ミオが泥を蹴立てて、五体の凶悪な魔物の中心へと単騎で飛び込んでいく。
即座に魔物たちが連携攻撃を仕掛けてきた。毒蛙の二匹が左右から逃げ道を塞ぐように粘着質の舌を射出し、正面からは巨大ゴーレムが丸太のような両腕を叩きつける。さらにその後方から、毒トカゲ二匹が致死量の酸のブレスを吐き出した。
「ミオォォォッ!! 全方位からの同時攻撃だ! 避けきれない!」
「ふっ、はぁッ! 遅い、遅いわよ!」
ミオは右の蛙の舌を紙一重のスウェーで躱し、左の蛙の舌を大剣の腹で弾いた。
そして、頭上から降ってくるゴーレムの拳を完璧に受け流し、その衝撃を利用して酸のブレスの射線から離脱する。
「すごい。見える……見えるわ! 攻撃の軌道が、息継ぎのタイミングが、スローモーションみたいにハッキリと分かるのよ!」
「あんな包囲攻撃の中で、一発も被弾していない!? いくらなんでも判定がおかしいぞ!」
「ふふん! 直感回避のスキル、これ最高よ! 攻撃が当たる直前に視界が赤く光って危険を教えてくれるの! それに! そこよっ!」
ミオが泥の上を滑るようにステップを踏み、大剣の斬撃でゴーレムの足元を掬って体勢を崩させた。足場が悪いはずなのに、彼女はそれをものともせずに動きまわっている。
「この布のワンピース、すっごく軽いわ! 重たい鎧のせいで制限されていたスピードが、完全に解放されてる! 私の敏捷ステータスの本来のポテンシャルよ!」
「なるほど、そういうことか! 防具の重量判定がゼロになったことで、回避の無敵時間が大幅に延長されてるんだ! それに直感回避のパッシブ効果とパリィのスキルが合わさって、回避特化ビルドとして機能している!」
「防御力なんていらなかったのよ! 私は今日から回避盾として生きていくわ! さあナオト、敵のヘイトは完全に私に向いてるわよ! 一網打尽にして!」
「よし、それなら俺も全力でサポートに回るぞ! 環境錬金適正の力を見せてやる! ミオ、あいつらをできるだけ一箇所にまとめてくれ!」
「了解! おらおらおらぁっ! かかってきなさい、泥んこども! 私の一撃は重いわよぉぉっ! ほら、こっちこっち!」
「ナイスだ、ミオ! ダイラタンシー現象の応用で、あいつらの周囲の泥をコンクリート以上の硬度へ変える!」
「ガ、ゲロォォォッ!?」
「ゴガァァァァッ!?」
ミオを追って密集した五体の魔物たちが、突然カチカチに硬化した泥に足を取られ、その場に縫い付けられた。
「動きを止めた! トドメだ、ミオ!」
「任せて! これで、フィニッシュよぉぉっ! はぁぁぁッ!」
身動きの取れない五体の魔物に向かって、ミオが流れるような連続攻撃を叩き込む。一切の無駄がない、洗練された殺戮のステップ。巨大な大剣が次々と魔物たちの急所を捉え、絶命させた。
「ふぅ。終わったわ。五体とも、完璧に片付けたわよ」
「信じられないな……ヌシクラス五体を相手に完全勝利。ノーダメージクリアだ。しかも、お前のワンピースには血の一滴すら跳ねていない」
「だから言ったでしょ! 当たらなければどうということはないのよ!」
「ああ、認めざるを得ないな。今のお前の回避力はシステムの想定をぶっちぎりで超えてるんじゃないか?」
「ふふっ、ナオトの錬金術もすごかったわよ! あんな風に敵の動きを封じ込めるなんて!」
「俺の環境錬金適正も、予想以上のぶっ壊れ性能だ。地形効果によるマイナス補正を消すどころか、逆に利用して無限にデバフをかけ続けられる。MPの燃費も最高にいい」
「うん! それに、二人でボスクラスを五体も同時に撃破したんだから、経験値いっぱいもらえたはずよ! わたしたち、もっと強くなっちゃうわね!」
「ああ、膨大な経験値だ。うーん、でも、必要経験値のカーブがエグいな。高レベル帯特有のインフレか。これだけの経験値を得ても、俺たちのレベルは2つしか上げられないぞ。これから先は簡単にレベルアップできそうにないな」
「たった2レベル? ちょっとガッカリね。でも、今の私たちの強さはレベルの数字以上だもの! だから、そんなに気にならないわ!」
「その通り。重要なのはレベルの数字じゃなく、ビルドの完成度だ。紙装甲の回避ビルドと、錬金術のデバフビルド。普通ならピーキーすぎて安定しないはずだが、俺たちのプレイヤースキルと合わされば、ボスのギミックでも完封できる。システムを完全にハックした気分だ」
「なんだか、もうこの世界には私たちの敵なんていない気がしてきたわ! ワイバーンを倒した化け物? 上等じゃない、そいつがこのエリアのボスなら、私たちがこの手で最強の称号を剥奪してやるわ!」
「さて、強敵を倒した余韻に浸るのはこれくらいにして、魔物の解体作業にかかるぞ。肉は鮮度が落ちないうちに回収しておきたいからな」
「さすがナオト、食い意地が張ってる私への気遣いができてるわね! このトカゲの尻尾の肉、ステーキにしたら絶対に美味しいわよ!」
「とりあえず、食用になりそうな部位だけを急いで回収するぞ」
「はいはい!」
「そうだ。街へ戻ったらの話なんだが、無くなった防具を新調しようじゃないか」
「本当!? 約束よ! 今度の防具は可愛くて、防御力が高くて、おまけに動きやすいやつがいいわ!」
「分かったよ。じゃあ、サクッとこのエリアの最強ボスを狩って戻るか」
「賛成! 早くそのボスを倒して、お買い物と豪華な祝杯よ!」




