27.公証人組合の異変
場所:リセフィア帝国・オルバイン街、『公証人組合』周辺
時間:潜入二日目、深夜
シグリッドは、宿屋の窓から静かに街へと降り立った。夜のオルバイン街は、昼間の喧騒とは打って変わり、深い闇に包まれている。獣人種の住人は夜目が効くため、彼は、闇に紛れるのではなく、**「存在しないこと」**を装うことに集中した。
彼は騎士団で培った高度な潜入術を用いる。背後や頭上の警戒を怠らず、獣人種族の粗大な体躯が作り出す影を縫うように移動した。彼の快晴の空の様な青い瞳は、暗闇の中でわずかな光も捉え、周囲の環境を詳細に分析していた。
1.公証人組合への接近
公証人組合の建物は、市場に近い商業区の一角に建っていた。表向きは街のすべての公的な記録と、資産の公正な契約を扱う場所だが、裏では公爵家の利益を守る要塞と化している。
シグリッドは、向かいの建物の屋根裏から、組合の裏口を監視した。獣人警備員が二人、巡回している。彼らは高い嗅覚を持つが、シグリッドは獣人の嫌がる薬草の匂いを体に軽く纏わせることで、その鼻を欺いていた。
建物内部は、完全に沈黙しているはずだった。しかし、最上階の窓から、不自然な青白い光が漏れているのを確認した。
(やはり、動いている。この時間に、公証人が書類を扱うことはない。魔術師の作業場か…)
2.不審な物音と魔力の痕跡
シグリッドは、裏口の警備員が巡回で遠ざかった隙を突き、建物の外壁を這い上がった。獣人向けに設計された巨大な梁や装飾が、むしろ彼にとって足場となり、迅速な移動を可能にした。
目的の窓のすぐ下までたどり着いた彼は、窓のわずかな隙間から、内部の音と匂いを確かめた。
聞こえてきたのは、微かな魔力の放電音と、紙をめくる規則的な音だった。
そして、部屋から流れ出た**『特異な匂い』**。
「…血の臭いではない。これは、特定の幻惑系魔術に使われる、古い鉱物の粉の匂いだ」
シグリッドは、ローゼンガルテ王国の騎士団副団長として、古今の魔術に関する知識も豊富だった。この鉱物は、人の記憶や視覚に干渉する魔術を安定させるために使われる。
(資産の差し押さえは、強盗ではない。書類の原本を改竄し、関連する証人の記憶を操作している…これこそ、王室派の商人たちが抵抗できない『合法的な手続き』の正体だ)
3.魔術師と公爵家の証拠
シグリッドは、さらに慎重に窓の隙間から部屋の中を覗き込んだ。
部屋の中央には、黒いローブを纏った人影が一人、魔力の光を放つ机に向かっている。間違いなく、可奈の噂にあった**『妙な魔術師』だ。彼の周囲には、大量の書類と、いくつもの公爵家の紋章が入った封蝋**が散乱していた。
そして、その魔術師の隣に、もう一人の男が立っていた。
その男は、昼間、シグリッドを追跡した黒鎧の実行部隊のリーダーだった。
黒鎧のリーダーは、魔術師に指示を出している。
黒鎧のリーダー:「急げ。この土地と契約書の整合性を確認次第、ローゼンガルテ王国への最終報告を行う。内通者への連絡も忘れるな。我々の目的は、王室の資金源を完全に絶ち、王太子殺害の証拠を完全に消し去ることだ」
シグリッドの心臓が、冷たい湖のように静かに、しかし強く脈打った。
(王太子殺害の証拠を消し去る…公爵家は、やはり事件の真の黒幕と繋がっている。そして、この魔術師がその『片付け』の要だ)
「最終報告」という言葉は、彼らの工作が完了間近であることを意味していた。
シグリッドは、これ以上深追いすれば命を落とすと判断し、静かに窓から身を引いた。彼は、今掴んだ情報を可奈と共有し、次の行動を決定しなければならない。
偵察は成功したが、彼らが残された時間は非常に少ないことを悟った。




