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16.山道にて

シグリッドに背負われた可奈は、鉄の山脈の荒れた獣道をゆっくりと下りていった。捻挫した足首はズキズキと痛むが、シグリッドの安定した背中のおかげで、不安は薄らいでいた。


可奈は、彼の耳元で静かに尋ねた。


「あの……シグリッドさん。なぜ、私を助けたんですか? あなたは、王太子暗殺事件の容疑者である私を、最も強く追っていたはずなのに」


シグリッドの足は、岩場を一歩一歩、正確に踏みしめる。その重い甲冑から想像できないほど、彼の足取りは静かだった。


「私の目的は、王国を揺るがす真の元凶を突き止めることだ」

彼は低い声で答えた。

「君の動きは、暗殺者のそれではないと、最初から気づいていた。丸腰で、逃走経路も杜撰。しかし、君が持つ**『異世界の武術』と『無魔力体質』**は、この国の魔力に深く関わる。君の存在そのものが、事件の鍵だと判断した」


「無魔力体質……」


可奈は、ヴィリベルクで武具を爆発させた時のことを思い出した。あの時、エルフの受付嬢ミアは**「魔力はゼロなのに、身体能力が特級冒険者」**と驚愕していた。


「私の体には、魔力がないんです」可奈は打ち明けた。「この世界に来てから、そう自覚しました。武具を身につけようとすると、体がそれを拒絶するかのように、武具が爆発してしまうんです」


シグリッドは、僅かに背中の可奈の体温を感じながら、静かに分析する。


「それは、私が独自に調べた情報と合致する。君の『無魔力体質』は、この世界を構成する**『基幹魔力』**と極めて相性が悪い。それはまるで、異なる周波数の波が衝突し、増幅される現象に似ている」


「周波数……?」


「ああ。魔力とは、本来、自然界と生体を結びつけるエネルギーだ。だが、君の体には、その自然界の魔力を取り込むための**『回路』が存在しない。その結果、君がこの世界の魔力を持つ物体に触れると、物体が持つ魔力回路が過剰に反応し、『魔力暴走』**を引き起こす。それが、武具の破壊に繋がっている」


可奈は目を見開いた。彼女の「トラブル体質」の異世界版の説明だ。


「じゃあ、私が『賢者の遺産』と呼ばれる箱を持っても壊れなかったのは……?」


「その箱には、特殊な**『魔力遮断結界』が施されている。ロザリンドは、君の体質を知っていて、それを君に託したのだろう」シグリッドは推察した。「だが、その箱が、公爵家の追っ手や、我々騎士団に狙われている理由は別にある。それは、王太子暗殺事件の『核心』**だ」


シグリッドは、足を止め、可奈を背負ったまま、闇に包まれた山脈の岩壁を見上げた。


「君が背負っているのは、単なる遺産ではない。それは、リセフィア公爵家が目指す**『王国の転覆』**を防ぐための、最後の切り札だ。そして、私は、その切り札を、真の敵の懐に持ち込むために、君を利用させてもらう」


可奈は、シグリッドの肩越しに、漆黒の夜空に輝く星々を見つめた。


「利用、ですか。随分と正直ですね」


「建前は不要だ。私たちは、利害の一致によって結ばれた、一時的な協力関係だ」シグリッドは断言した。「私が求めるのは真実。君が求めるのは冤罪の証明。目的地は、リセフィア帝国の最前線都市『ダグノス』。そこで、真の黒幕が君を待ち構えている」


可奈は静かに頷いた。


「わかりました。ただし、目的地に着いたら、私はすぐに足を洗います。それまでの間だけ、あなたの命令に従います」


可奈は、シグリッドの首に回した腕に、わずかに力を込めた。この冷徹で、強大な騎士が、今は自分の命を託せる唯一の男だと、彼女は直感していた。


シグリッドは、再び静かに歩き始めた。彼の背中は、もはや追跡者ではなく、共に困難な道を進む、一人の戦士の背中だった。

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