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14.リセフィア公爵家の追っ手

可奈は、街の衛兵のサイレンのような騒ぎが聞こえ始める前に、荒れた星見台の裏道を駆け上がり、ヴァルハイトの城壁の外側に広がる鉄の山脈へと逃げ込んだ。


山脈は、その名の通り、黒くごつごつとした岩肌が剥き出しになっており、鉄分を多く含む土壌のせいで植物もまばらだった。あたりは荒涼としており、吹き抜ける風は鋭い刃のように肌を刺した。


可奈は、先ほど手に入れた公爵家の紋章入り書類を、隠れるようにして確認した。それは、山脈の特定の地点を示す、詳細な地図の一部だった。


(やっぱり、この人たちは王太子暗殺事件の犯人たちが通った道を探していたのね。ということは、この地図が、その『抜け道』のヒントだわ!)


地図に描かれているのは、ヴァルハイトからリセフィア帝国へ抜ける通常の街道ではなく、人目に付かない、山脈を貫く**『古い鉱山跡』のようなルートだった。そのルートは、地図上で『闇の道(ダーク・ルート)』**と記されていた。


可奈は、地図の示す方角を確認し、警戒しながら山道を登り始めた。足場は不安定で、体力の消耗も激しいが、衛兵や騎士の追跡から逃れるためには、この危険な山道を進むしかなかった。


――山脈の奥深く、三時間後。


可奈は、地図が示す二つの巨大な岩が寄り添ってできた隘路にたどり着いた。周囲には、誰かが最近通ったような痕跡は見当たらない。


(ここだわ。ここが『闇の道』の入り口。でも、どこに痕跡が……)


可奈は、鋭い洞察力で周囲を探した。彼女は地面に目を凝らし、岩肌を注意深く観察した。そして、岩の隙間に、かすかに**「異物」**が挟まっているのを見つけた。


それは、銀色の細い髪の毛。可奈の黒髪とは対照的な、淡い色。そして、この国ではあまり見かけない、上質な絹糸のようなものだった。


可奈は、それを指でそっと摘み上げた。彼女の脳裏に、ネリヴェルでの暗殺現場がフラッシュバックする。


あの夜、王太子を刺した犯人は、マントで顔を隠していたが、マントから覗いた髪の色は、この銀色に近い淡い色だったかもしれない。


さらに、その場所から数十歩進んだ地面には、馬の蹄跡が残っていた。蹄跡は、この荒れた山道には不釣り合いなほど大きく、均整の取れたものだった。それは、儀礼的な騎士の馬か、公爵家のような権威ある者が使用する、特別な馬のものであることを示唆していた。


(間違いないわ。王太子暗殺の犯人たちは、ここを通って逃げた! この道を通れば、リセフィア帝国側に抜けられる!)


可奈は、真犯人に一歩近づいたことを確信した。しかし同時に、この抜け道は、リセフィア帝国からヴァルハイトへ侵入するための道でもある。危険度は格段に増した。


可奈は、短剣と賢者の遺産の箱を固く握りしめた。彼女の決意は固い。真犯人がいる国境の向こう側、リセフィア帝国へ。


「行くしかないわね! こんなところで……負けちゃいられないんだから!!」


可奈は、鉄の山脈の奥に広がる闇の道へと、その小さな体躯を投げ入れた。彼女の追跡行は、いよいよ核心へと向かい始める。


闇の道:氷の黒騎士


可奈が足を踏み入れた『闇の道』は、昼間だというのに光が届かない、陰鬱な採掘坑道のような場所だった。天井は低く、鉄の匂いが充満している。


彼女が数十メートル進んだところで、異変に気がついた。足音だ。複数の靴音、そして金属が擦れる音が、坑道の奥から響いてくる。


(嘘でしょ……さっき倒した人たちの、仲間!?)


可奈が慌てて身を隠そうとしたとき、視界の奥に松明の光が揺れ、五つの影が現れた。彼らは、可奈が倒した騎士や傭兵と同じ、リセフィア公爵家の紋章を身に着けた精鋭の追跡部隊だった。特に、そのうちの一人、厳つい顔をした隊長格の男は、周囲に微かな魔力の光を帯びた斧を担いでいた。


「動くな、小娘! 貴様が、あの二人の馬鹿を倒した逃亡者だな!」


隊長格の男が怒鳴り、部下に指図した。


「四方から囲め! 生け捕りにするぞ。箱は必ず回収しろ!」


多勢に無勢、可奈は即座に判断した。この狭い坑道で囲まれれば、いくら体術に優れていても勝ち目はない。特に、魔力を帯びた武器は危険だ。


「こうなったらやるしかないわ!」


可奈は、全速力で来た道を戻り始めた。彼女は一瞬で坑道を飛び出し、再び荒涼とした山脈の岩場へと駆け上がった。

可奈は、山脈の複雑な地形を利用したゲリラ戦に持ち込んだ。彼女のスタミナと、総合格闘技で培った瞬間的な爆発力は、重装備の騎士たちにとっては驚異的だった。


一人目: 岩陰に潜み、追ってきた足の速い偵察兵を、真横からのエルボーで気絶させた。彼の持っていた革紐を奪い、即座に手足を拘束する。


二人目: 不安定な崖っぷちで、追跡してくる騎士の足の甲を蹴り上げ、バランスを崩させた。騎士はそのまま滑落し、戦線から離脱した。


三人目: 残るは隊長格の男を含む三人。可奈は、岩場に溜まっていた冷たい水たまりを両手ですくい上げ、追ってきた傭兵の顔面に目掛けて叩きつけた。視界が奪われた傭兵に、渾身の首相撲からの膝蹴りを腹部に叩き込み、戦闘不能に追い込む。

しかし、追っ手もただの素人ではなかった。残るは、魔力斧を担いだ隊長格の男と、冷静沈着な剣士の一人。二人は可奈のゲリラ戦術に警戒し、広範囲で挟み撃ちを仕掛けてきた。


可奈は、約三十分の戦闘で体力を著しく消耗していた。呼吸は荒く、足元もおぼつかない。二人の男に追い詰められ、背後を断崖絶壁に囲まれた小さな岩棚に追い込まれた。


「さすがだな、女。だが、ここまでだ」


隊長格の男が不気味に笑い、魔力を帯びて青く光る斧を振り上げた。剣士もまた、可奈の退路を断つように、剣を突きつけている。


(だめ、もう体が動かない……! このままじゃ、捕まってしまう……!)


可奈は革製の箱を抱きしめ、最後の力を振り絞って身構えたが、全身の筋肉が悲鳴を上げていた。剣士が突きを、隊長が渾身の斧を振り下ろす。


可奈は目を固く閉じた。


キィィィィン!


その瞬間、岩場に、耳を劈くような金属音が響き渡った。

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