↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/35

13.要塞都市ヴァルハイトと隠者ロザリンド

鉄の山脈を越える獣道を二日かけて踏破した可奈は、疲労困憊の末に、目的の要塞都市ヴァルハイトへとたどり着いた。


ヴァルハイトは、アルスタームのような華やかさとは無縁の、武骨で厳めしい街だった。リセフィア帝国との国境に位置するこの都市は、巨大な石壁と、常に警戒心をむき出しにした衛兵たちに守られている。


街全体がグレーの石造りで、建物は低く、窓は小さく作られており、まるで巨大な軍事基地のようだ。道行く人々も、商人よりも兵士や傭兵が多く、誰もが剣や斧といった武器を身につけている。空気は張り詰め、一触即発の緊張感が漂っていた。


(これが国境の街……ネリヴェルやアルスタームとは全然違うわね。こんなところで騒ぎを起こしたら、問答無用で捕まるに決まってる)


可奈は、道中で購入した茶色の帽子とストールで顔を隠し、背中に隠した小さな革製の箱をしっかりと抱え直した。彼女は目立つことを避け、壁に沿って静かに歩を進めた。


彼女の当面の目的はただ一つ、イアンから託された荷物を、「星見台」にいる隠者ロザリンドに届けることだ。


可奈は、近くで休憩していた傭兵らしき男に、声を潜めて尋ねてみた。


「あの、すみません。この街に、『星見台』ってありませんか?」


男は、可奈を一瞥し、鼻で笑った。


「星見台? お嬢ちゃん、ここは物見台と砲台しかない街だ。そんな優雅なもんがあると思うのか?」


「で、でも、街で一番高い場所にある、古びた建物だと聞いたんですが……」


「一番高い場所? ああ……それなら**『昔の天文台跡』**のことかもしれねぇな。もう何十年も使われていない、山脈に向かって突き出した塔だよ。兵舎の裏の、誰も行かない寂れた場所だ」


男は、面倒くさそうに方向を示した。可奈は、短く礼を言い、その寂れた方角へと急いだ。


言われた通り、兵舎の裏を抜けると、道は急速に荒れ、石畳は土砂に埋もれかけていた。そして、開けた山肌の先に、古びた円形の石造りの塔が立っているのが見えた。それが、間違いなく星見台だった。


塔は半分崩壊しており、苔むして蔦が絡みつき、もはや廃墟にしか見えない。誰かがいる気配は全くない。


(隠者って言うくらいだもの、こんな場所よね。でも、本当に人がいるのかしら?)


可奈は、革製の箱を胸に抱き、警戒しながら塔の入り口を探した。入り口は、倒れた石材に隠れて見えなかったが、可奈がその石材を組み合わせてできた隙間から中を覗き込むと、奥から微かに香炉の匂いと、水の流れる音が聞こえた。


可奈は、意を決して狭い隙間から塔の内部へと滑り込んだ。


内部は、外見からは想像できないほど整理されていた。崩れた天井から差し込む光が、中央に置かれた小さな祭壇のようなテーブルを照らしている。テーブルの上には、複数の水晶や、羊皮紙が広げられていた。


そして、その祭壇の前に、一人の女性が立っていた。


彼女こそが、隠者ロザリンドだった。年齢は可奈とシグリッドの中間くらいに見えるが、正確にはわからない。深い紺色のローブに身を包み、そのローブのフードで顔の半分を隠している。しかし、そのフードの奥から覗く瞳は、まるで夜空の星を映したように深く澄み切っていた。彼女の肌は青白く、まるで光を浴びたことのない者のようだった。


ロザリンドは、可奈が入ってきたことに微動だにせず、静かに言った。


「ようこそ、運命に導かれし者。やはり、あなたが来るのを待っていましたよ。賢者の遺産を持った旅人さん」


可奈は、その言葉を聞き、身が竦むのを感じた。


「あ、あなたが……ロザリンドさん? 私、アルスタームのイアンさんに頼まれて、これを……」


可奈は、革製の小さな箱を差し出した。


ロザリンドは、その箱を一瞥したが、すぐに可奈の顔に戻した。


「ああ、その箱は、私のところに来るべきもの。ですが、すぐに渡す必要はありませんよ。その箱は、今、あなたという存在が持つべき、唯一の鍵ですから」


「鍵……?」


「その箱は、リセフィアと騎士団が欲しがるほどの**『力』を秘めていますが、同時に、あなた自身が持つ『異世界の力』**と深く共鳴している。そうでなければ、あなた以外の誰も、この箱を爆発させずに持ち運ぶことなどできはしない」


ロザリンドの言葉は、可奈がレンタル装備を拒絶された現象と繋がった。


「ということは……私が武具を装備できなかったのも、この箱と関係があるってこと?」


「おそらくは。あなたは、この世界とは異なる**『法則』に縛られている。そして、この箱もまた、この世界の法則を逸脱した存在。同質の存在だからこそ、あなたは箱を運べるのです。そして、この箱はあなたにとって『真犯人を追い詰めるための、最高の餌』**となる」


ロザリンドはそう言うと、祭壇の横にある小さな袋を手に取り、可奈に差し出した。


「報酬です。金貨二十枚。これだけあれば、しばらくは食料と宿に困ることはないでしょう」


可奈は、そのずっしりとした重みに驚き、初めてまともな金銭を手にしたことに安堵した。


「ありがとうございます。イアンさんは、あなたに箱を渡せば報酬が手に入ると……」


「私は、あなたに次の道を示すためにここにいる。真犯人の手がかりは、このヴァルハイト周辺にあります。そして、それを追うあなたは、間違いなくこの国、そして大陸の運命を左右することになる」


ロザリンドは、再び可奈の瞳の奥を見つめた。


「ですが、覚えておきなさい。あなたを追う騎士、シグリッド・ロンバルノ・ブローマンは、あなたにとって**『運命の対』となるでしょう。追う者と追われる者、騎士と逃亡者。その関係は、すぐに変わる。彼は、あなたの行動を止めたいのではなく、『真実』**をあなたから見つけたいだけなのです」


可奈は、ロザリンドの言葉に、シグリッドとの激しい戦闘と、その後の彼の疑惑に満ちた瞳を思い出した。


「運命の対……」


「さあ、急ぎなさい。あなたの持つ箱が、すでにこの街の**『ある人物』**を引き寄せています。彼らは、リセフィア公爵家の追っ手。真犯人の手がかりを追う前に、あなた自身の身が危ない」


ロザリンドの警告を受け、可奈は一瞬にして緊張を取り戻した。


「わかりました。こうなったらやるしかないわ! 真犯人の手がかりを探して、身の潔白を証明する!」


可奈は、金貨と、そしてまだ手放すことのできない「賢者の遺産」の箱を抱え、急いで星見台を後にした。要塞都市ヴァルハイトでの追跡行が、今、幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。