27,小さな騎士
もうすぐハリス様の結婚式。私とエルシーがガーナメント辺境伯代表として出席する。そしてハリス様の親戚の女の子と対面する日でもある。
ゴッドソン侯爵家の領内にも式場はあるが王都の式場を使うことになったそうだ。私達の屋敷は国境付近なので一週間前から王都に滞在した。
普通に馬で行ったら4日かかる。王宮設置の転移陣の方を使っても良かったが、スノウと走る機会も減ることになるから2人で馬に乗って向かった。出席するのが結婚式でなければ野営というのも考えられるが流石にわかる。宿を取った方が良いと。
宿に着くと初老の女性が部屋まで案内してくれた。私達は一応まだ未婚なので部屋は別だ。同じ布団で寝たことなどもう数えきれないくらいあるが、それとこれとは話が別だ、と。
婚約者であれば前世なら同室は当たり前。この世界でも平民がそう。でも貴族は違う。何だろうこの差。
わからないがそういうものだと言い聞かせて与えられた部屋のベッドにダイブした。この上なくはしたないがスカートも履いていないし誰も見ていないから大丈夫。まだセーフ。
宿というのはどんなのを選べば良いかわからなかったがエルシーに任せたら王族も泊まる宿を取ってくれた。のでとにかく設備が良い。
フカフカのベッドに清潔なシーツは勿論標準装備だが部屋の調度品から高級感が溢れ出ている。王宮のように豪華絢爛とは言えないが色や柄は統一されシンプルながらも私洗練されてますオーラを放っている。品の良さで言えば万丈一致で私が完敗だ。
3つも置いてあった枕の一つを手に取り顔を埋める。久しぶりに枕というものを触った気がする。エイ兄さまの屋敷にいた時は普通のベッドだったけど自室のベッドに枕はない。最早ベッドですらない。
ビロンと伸びた蔓で作ったハンモックにベージュの薄い膝掛けだ。下ろせばソファー、あげればベッド。貴族の屋敷に似つかないが私のお気に入りスポットの一つだ。正式な夫婦となれば両親のように夫婦用の寝室というのが用意されるがそれまではハンモック。
ボフンと音を立ててマットレスに沈み込むと微かに花の匂いがした。
「良い匂い……」
目を閉じるとすぐに寝れてしまいそうだ。でもまだ寝れない。風呂と夕食を済ませないと。そうは思うが落ちる瞼を制御できず、私は暗闇に引き摺り込まれていった。
「……ゼ、リーゼ。起きて、朝」
「ん…………」
自分を呼ぶ声がする。少し目を開けるとこの部屋では見ることが出来ないはずの最愛の人が私の顔を覗き込んでいた。
思わずガバっと飛び起きる。
「私、何時間寝てた!」
「昨日の夕飯前から」
「不覚…!」
ここの食事は元王宮務めの料理人が作っているとのことだったので楽しみにしていたのだ。エルシーの使用人嫌いのせいで食べることは一度も無かったので。
仕事が減ってしまった料理人は一部を除いてこういった貴族用の宿なんかに配属されたそうだ。宿側からも王室からもそれなりに給料は払われるので今のところ暴動は起こっていない。
取り敢えずちょっとした人間不信のエルシーは私が予め用意しておいた朝食を食べ、私は元王宮直属料理人の料理を食べた。めちゃくちゃ美味しかった。私の作るものは家庭的なものが多く、パーティー料理などは作ったことがない。
でもここの料理人はパーティー料理が日常だったわけで。美の化身のような見た目と味だった。思わず合掌をしてしまう。そんな私を見てもエルシーはやはり食べる気にはならないようで、卵焼きをモソモソ頬張りながらパサついた口を潤していた。まあ価値観は人によって違うから私が何とか言う必要はない。
朝食を終えたら荷造りだ。昼前には宿を出て全力で馬を走らせて半日後に王都に着く予定だ。式は明日だからそれまではエルシーの別館に泊まる。
翌日。私は騎士の正装で式場に立っていた。紺系統で纏められた身が引き締まるようなデザインだ。女性用のデザインとはなっているが残念ながら女性らしい胸は全く無いし腰周りもストンと落ちているので女性とも気付いてもらえない。
名乗っても「あれ、辺境伯って女性じゃなかったっけ」的な反応をされる。私が男ならエルシーと結婚できませんがとツッコミたい。
同性婚は許可された。家という括りのない平民は全面的に許可され、貴族も家を継がない者は同性婚が可能になった。家を継ぐ予定のある貴族で同性婚がしたい場合、身分が保証できる別の人に家督を譲ることになる。
それか第二夫人までなら娶って良いことになっているのでそれを使うか。身分が高い貴族でパトリック様とイヴァン様が前例を出したので前世のような差別はほぼない。一部の人は毛嫌いしているようだが。超絶ブラコンイリア様を除くアルスフィールド侯爵家とか。
知り合いに騎士が多いが彼らのほとんどは家を継ぐ予定がないのでもうすでに数組は夫夫や婦婦がいる。休憩時間のイチャイチャを見せつけられるのでこちらも負けじと見せつけていた。
「あーーーーー!辺境伯さまだーーーーーーーーーー!!」
耳をつん裂くような高音が遠くから聞こえてくる。そして私の名前を呼んでいる。
「あ、コラっ!申し訳ございませんっ!ほらメイ、辺境伯様に謝りなさい!」
辺境伯…辺境伯様だってぇ……なんか、良いな。
「初めまして!ゴッドソン子爵家のメイです!9歳です!わぁ……!本物の辺境伯様だぁ………!会えて嬉しいです!!!」
これは、大分重症かもしれない。
「初めまして、メイ様。ガーナメント辺境伯のエリーゼです」
若干圧に気圧されながらも何とか自己紹介をする。一緒にいたはずのエルシーはいつの間にか一歩どころか3歩以上後ろで完璧に気配を消していた。メイ様のテンションは推しを前にしたオタクのように上がりまくっている。
流石にまずい。ゴッドソン子爵家はハリス様のところの侯爵家の分家みたいなものだ。彼女の態度一つで世間がハリス様の評価を下げることになりかねない。親はあたふたしていて全く役に立たなそうだ。今のところ正気を保っている私が注意するしかない。
「メイ様、少し声のボリュームを落としましょう。メイ様の言動でゴッドソン家は何をしているんだって思われてしまうかもしれないです。侯爵家と子爵家の名誉を守るのも騎士の大事な仕事ですよ。いつもお淑やかにしろという訳ではありません。そんなこと言われたら私だって嫌ですし。ただ、沢山の人がいる場でだけお嬢様のふりをしましょう。戦うためには擬態も必要ですよ」
目線を合わせて務めて優しい声色で注意した。9歳くらいなら理解できるだろう。
「私の態度がハリス兄ちゃんの評価を下げる…辺境伯様の評価も下げる……。はい、お嬢様頑張ります。教えていただいてありがとうございます」
さっきとはうって変わって落ち着いた声が返ってきた。
「そのいきですよ」
頭を撫でるとメイ様は少しくすぐったそうに笑った。多分、今まで公の場で何か粗相をしても子爵家は高位貴族が主催するお茶会などには参加しないから注意を受けることがなかったのだろう。
後ろの子爵と夫人はキラキラした目で私を見ている。そりゃそうか。夫人が言っても全く聞いていなかったメイ様が私の言葉には従ったのだから。
始まった式はつつがなく終わった。お互い瞳の色をアクセントに取り入れていた2人は凄く綺麗だった。特に白と青のグラデーションになっているウエディングドレスは本当に綺麗。参列者からも賞賛の溜め息が漏れる。
これがもし私が着たら全身真っ白になっていた。次期侯爵夫人であるジャンヌ様は淡い金の髪だから良いけど私の髪は白。髪とドレスの境界線がわからなくなりそう。
王族と違って披露宴はないのでこのままガーデンパーティーが始まった。お昼時くらいから夕方まである少しフォーマルなお茶会といった感じのものだ。
シルス様とアンナ様も出席する。護衛と称してパトリック様とイヴァン様も。
談笑し、場が温まってきたところでハリス様とジャンヌ様が登場だ。ガーデンパーティー用のドレスはほんのりピンク色に染められていた。ハリス様の瞳の色だ。ハリス様はハニーピンクだけど。
そんなガーデンパーティーで、私はメイ様に尊敬の念を送られ続けていた。どこの芸能人ですかと思うほどのインタビューを受けてせっせとメモするメイ様を眺めている。
民や大切な人を自分の手で守りたい。その意思があるなら貴女はもう立派な騎士ですよ。そう言いたいところだが小っ恥ずかしいので無言を貫いている。
いずれできる子供も自分にこんな瞳を向けてくれるだろうか。向けてほしい。そう思わずにはいられない。
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(16歳)
・エルシー・ウォルフラン(19歳)
・ハリス・ゴッドソン(16歳)
・メイ・ゴッドソン(9歳)
・ジャンヌ・ゴッドソン(18歳)




