26,卒業
「季節と年の移り変わりってのはなんでこう面倒なのかねぇ」
私、エリーゼ・ガーナメント。あれから時が経ちまして、現在16歳でございます。卒業式目前です。
少し前に王族に双子が生まれたとのことで祝い事に出席したばかりなのに次は卒業パーティー。因みに第一王子の名前はアルマ、第二王子の名前はルイだそうだ。アルマ殿下とルイ殿下。
シルス様とアンナ様の子供のことだからと出席したが、卒業パーティーなど一欠片も興味がない。寧ろ欠席したいくらいだ。しかも在校生以外は出席できない。つまり頼みの綱であるエルシーもいない。
いるのはわんこのイナ様と社畜予備軍で既にへとへとになったハリス様、相手ができたというリスト殿下くらいだ。それ以外は同じ科でもあまりプライベートで関わりがない。
「10代らしからぬことを言うね」
「当然よぉ。私に家督を譲った瞬間父さまが冒険者ギルドにほくほく顔で戻ったんだから。パーティーなんて出たら仕事に手がつけられない!私の要領の悪さはエイ兄さまが匙を投げるほどのものなのに…」
エイ兄さまははっきりとは言わなかったものの、「エルと助け合うんだよ」と半分戦力外通告を私にした。私はもう半泣きである。
前世年齢と合わせればもう28なんだけどなぁ。エイ兄さまはまだ19なのに、9も年上の私の方が能無しなんて。卒業とは全く関係のないところで悲しくなる。
「まあ、書類仕事が苦手なのは想定内だし、僕は今日行かないから進めるとこ進めておくよ。会合も近いし」
「うう…」
慰めの言葉が辛い…。そして会合も緊張で吐きそう。会合とは4年に一度、オリンピック感覚で開かれる近隣諸国との交流会のようなものだ。
開催国の伯爵家以上の高位貴族で成人している人はほぼ全員出る。例に漏れず、私とエルシーも出ることになっている。
辺境伯当主として、政治だの何だのに参加しないといけない。正直言って自信がない。脳筋科で学園生活を送ったし屋敷に帰っても軍と一緒にいることが多かったし、はっきり言って貴族同士の駆け引きというものが全くできない。
嫌味を言うのにも色々な意味が包まれるなんて面倒でしかない。不満があるならはっきり言えやと思ってしまう。
「僕もリーゼもほんと、社交向いてないよね」
対人恐怖性とまではいかないが出会った人のほとんどを信用できないエルシーに、駆け引きが苦手で剣を振るうのが好きな私。確かにそういう意味でもお似合いかもしれない。
気合いを入れるために頬を数回引っ叩き、椅子に掛けた騎士科のジャケットを羽織った。
「よし、気合い入れた。行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
この後は転移陣でエイ兄さまの屋敷に行ってそこから馬で学園に行く。寮暮らしの人は卒業式が終わって卒業パーティーが始まる前までには荷造りを終えなければならないが私はいつもよりゆっくりだ。普段は担当の人に任せるブラッシングも自分でできる余裕すらある。
「もっと忙しくなったらお前と出かけることも減りそうだな」
私の馬、スノウは生まれた時から私と常に一緒で、多分スノウが死ぬまで一緒だ。それなのに書類仕事が増えればその分外出は減る。領主館に行くだけなら転移陣がある。馬を使う機会はガクッと減るだろう。それは走るのが好きな子には辛いはずた。
でもスノウはその綺麗な顔を私の肩に押し付けて平気だよといった風に鼻を鳴らした。私はそんなスノウを撫でる。ひたすらに、それはもう撫でまくる。
暫くわっしゃわっしゃし続けて式直前に引き摺り出された。ハリス様に。馬と戯れたせいで少し外に跳ねてしまった髪や顔を舐められた時に剥がれかけた化粧などをささっと直してくれた。
当然ハリス様は私が普段使っている物が何か知らない。でも鏡に映ったのは屋敷を出る前に見た私。
「凄いですねぇ〜」
ほえーっと感心する。
「僕の親戚の女の子もお転婆で、身なりを気にせず外で遊ぶ子ですから嫌でも覚えますよ」
ああそれで。納得したが親戚の女の子感覚か、とも思う。これでも領主なのだが。
「エリーゼ様の話を聞かせる度に目をキラキラさせて聞くんですよ彼女は。誰に否定されても自分を貫き通すその信念も、言動と顔のギャップも、全てが好きで憧れだと、尊敬しているのだとよく言ってます」
私の話を聞かせているのにも驚いたし、私に対して憧れや尊敬の念を持ってくれる人がいることにも驚いた。
「ち、因みにいくつですか?」
「今年9つになりました。将来は学園の騎士科に進み、女性騎士として辺境伯の門を叩きたいとのことです」
「そ、それはどうも…ありがとうございます……」
9歳の子供が漠然とした夢を持つことはよくあることだ。だがここまで具体的に決めている人はほとんどいない。ましてや貴族令嬢で。
“普通”の貴族令嬢は玉の輿に乗って身分が高く容姿淡麗、頭脳明晰の男性に嫁ぐということが良しとされていて私のように騎士になる者は蔑視の対象になる。
私ほどの身分であればあからさまにそれを向ける人はいないが下位貴族にはどうだろうか。その子は子爵家の令嬢らしいし、攻撃対象にならなければ良いが。
「これを、渡しておいて下さい。何かあった時、守れるかもしれません」
そう言ってハリス様に渡したのは南の辺境伯の家紋が入れられた剣のストラップ。何にでも加工できる素材と大きさ。ピアスにしても良いし髪飾りやネックレスにしても良い。
辺境伯当主が認めたとなれば、少しは彼女の身を守れるはずだ。自分を慕ってくれる人が傷つくところは見たくない。
「良いのですか?一介の子爵令嬢に」
「初期投資ですよ。その子が大きくなった時、楽しみにしています」
「そういうことでしたら…ありがとうございます。彼女も喜ぶでしょう」
ハリス様はストラップをそれは大切そうに握りしめて丁寧にハンカチに包んでポケットにしまった。新品とは言い難い、代々伝わる物とは別の、模造品のようなストラップを。
本物はもっと大きく、とても身に付けられるものではない。そこで出たのがストラップ式の家紋だ。
辺境伯領に住んでいる人は大体持っていて、観光に来る人も土産で買うことがある。が、今渡したのはその2つとも違う。
模造品だが色味がより本物に寄せてあり、ずっしりと重い。そして領主のサイン付き。私が模造品を数十個作らせて自らの手で彫った。
実に大変だった。見る人が見れば必ずわかる。土産用のはもっとちゃっちい。決してサインの安売りをしている訳ではない。必要だと判断できた人に渡すだけだ。
式典中ではあるがチャット感覚でメモ帳を介してずっと喋ってた。お陰でつまらない校長の話しでも寝ずにすんだ。
終わり良ければ全て良し。終わり良くなくても全て良し。ポジティブシンキング。
卒業証明書を受け取ったらこの学園ともおさらばだ。本格的に仕事が始まり、今までよりも忙しい日々を送ることになる。
それに、両親の強い希望もあって結婚式は挙げることになるし、来たいと言ったシルス様達友人の希望通り、王都ですることになった。
領主だから後継も必要。人のを見る分には良いが自分がとなると途端に恐怖で体が震えてくる。外部からの痛みに強くても内部からの痛みには弱い可能性もある。
精霊達が、魔法を弄ればエルシーに痛みを肩代わりさせることもできると言っていたがそれをする気はない。双子を産んだアンナ様に聞いたところ、めちゃくちゃ痛かったらしいから。
日本でも出産は鼻からスイカを出すくらい痛いと言われていたし、男性が同じことをしたら死ぬとも言われていたから。
でもその話を聞いていたエルシーはせめて半分でもと訴えてきた。まだ出来てもいないのに。正直自分が痛い思いするのは嫌だけどエルシーが痛い思いするのも嫌だ。
「どうしようかね〜」
「何が?」とイナ様。
「エルシーとの結婚と後継についてちょっと考えてたんです。出産って痛いらしいですし。エルシーは痛みを背負おうとするし」
「痛みを背負う?そんなことができるのか?」
「はい。魔法を弄れば肩代わりさせることができるそうです」
私の言葉に嫡男ハリス様は顎に手を当てて真剣に考え始めた。後継を作るには女性の負担が高すぎる。男は何の役にも立たない。
そういった考えをしているから彼にとっては痛みを代わりに受けるのは魅力的なことに思えたのかもしれない。
「ああ、出産についてアンナ様に聞いたら、痛みに関してはシルス様は全く役に立たなかったと言っていましたよ。努力が全てから回っていたと。ハリス様もご婚約者と話し合った方が良いと思いますよ」
「はい、ありがとうございます」
ハリス様は同じ侯爵家の令嬢と婚約したそう。卒業と同時に入籍して1ヶ月後に挙式だそうだ。既に各家に招待状は届いている。うちにも届いているので服の用意は既にしてある。
ゴッドソン家の親戚である例の子爵家も招待されている。楽しみとのことなので若干緊張している。憧れの女辺境伯エリーゼの印象を付けられていたら落胆されそうで。
まあそんなことはおいておいて、さっさと帰って自分の仕事やんなきゃ。エルシーに任せっぱなしだといずれ捨てられそうだから。
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(16歳)
・エルシー・ウォルフラン(19歳)
・イナ・ガイアス(16歳)
・ハリス・ゴッドソン(16歳)
・スノウ




