16,謎の手紙
「スペシャルメニューひとつだって」
調理場で作っている私達に本日何度目かわからないスペシャルメニューの注文が入った。スペシャルメニューとは、私達が直前になって思いついた案で、フレンチトーストのことだ。
メープルシロップやバニラアイスの乗った、値段は張るが一番豪華なもの。頼むのは勿論高位貴族達。
前世のレストランでも看板に朝限定フレンチトーストというものが書いてあったし午前中なのか、食べるのに時間がかかって執事組を長く拝めるからか、子女からの注文が半端ない。
平民だろうが貴族だろうが魔法実習棟に在籍している男性は皆優良物件。年頃の、婚約者のいない人達が必死にアプローチしているのがわかる。甘い声が聞こえてくる。全く。甘いのはスイーツだけにしてほしいものだ。
ひと段落つくこともなく、永遠にフレンチトーストを作り続ける。私がいないと流石に作り続けるのは難しいので午前中限定にしたのがいけなかったのか。まあトースト目当てなら午後は今よりかゆっくりできるだろう。
そこから数十分もすると、疲れた様子のエルシーが乗り込んできて私に抱きついてきた。
これは…吸われている。シャワーは浴びたので汗臭いことはないだろうが石鹸でしっかり洗ったわけではない。こうなるなら香水でも着けてくれば良かったと思うが、香水はお互い苦手な匂いなので速攻で却下。今度から学校に石鹸を持ってこようと決意した。
とりあえず今後のことを決めたのでエルシーの頭をポンポンと撫でる。やはり人混みは苦手なようだ。
社交にもほとんど姿を見せないのはこういったことも理由なので甘えられたら甘やかす。私はエルシー無しでは生きられない。エルシーも私無しでは生きられない。それで良し。
一緒に調理場に立っている女の子達が小さく悲鳴をあげて顔を背けた。
こういったことも最早日常茶飯事。学年一のラブカップルと言われることもしばしば。ただ、注文が殺到している以上、いつまでもこうしている訳にはいかない。
そのことは接客をしているエルシーが一番わかっているからか、数十秒私を吸った後に頬をペチンと叩いて戻って行った。
そして私も気合いを入れ直す。
卵に牛乳と砂糖を入れて混ぜ、パンを浸す。そしてフライパンで焼いてデコレーションする。この単純作業がなかなかに楽しい。絶賛されている声が聞こえる位置にあるのもあってモチベーションにも繋がる。
「エリーゼ様……」
ふいに声をかけられた。
〈どうしました?〉
声をかけてきたのは同じ調理場担当で平民の女の子。
「お手紙を、渡してほしいと、聖女様がいらして…」
とても言いにくそうにおずおずと手紙を私に差し出した。聖女様って確かシエル・マロー、だよね。一方的に見かけたというだけで全く面識が無いのだけれど。
〈ありがとう、目を通してみます〉
敬語なのは癖なのでお気になさらず。タメ口で話すのは竜王、精霊達、精霊王、エルシーくらいなので。
調理場のシフトが外れるのは大体12時。自分の演奏の順番が来る時間は3時。その間に読もう。卵や牛乳で汚れるといけないので能力で読むまで収納しておく。本当に風属性って便利。
調理場の窓から外を覗くと聖女が魔法実習棟を後にしていた。用が済んだのだろう。
目を通すとは言ったが、正直嫌な予感がする。いや、読まなければ何にもならないことはわかっているが、何か嫌な雰囲気がこの手紙には漂っている。ゾワリと背筋に悪寒が走るがそれは無視し、再びフライパンに向き直った。
漸く午前の部が終わり、全体で取られている昼食の時間になった。私も魔法実習棟の皆とお昼を食べるが、頭の中は手紙のことでいっぱいだった。いつ読めば良いか、ここで読んでも良いものか、判断が難しい。
「リーゼ、何かあった?心配事とか」
隣に座っているエルシーが不安そうに私を見る。それに対し、皆もうんうんと同意を示す。そして気付いた。誰も1人で読めなんて言っていない。よし、相談しよう。
〈これを渡されたらしいの〉
手紙を渡すと皆首を捻る。
「あんま…!」
エルシーが手紙に顔を近付けたと思えばいきなり仰け反って咳き込んだ。その背中をさすりながら私も鼻を近付け…
うっ……!
咳き込んだ。これは王妃が着けていた香水よりはまだマシではあるが、それなりに強烈だ。私達に憐れみの視線を向けながらエイ兄さまは息を止め、手袋をして封を開けた。そして、再び首を傾げた。
「どうした、読まないのか?」
その反応にレイ様が不審そうにする。
「読めないんです。これでも貴族の端くれですから各国の言語は全て押さえてはいますがこんな文字は見たことがない。古代文字でもなさそうですし…」
「貸せ」
ひょいとその手から取り上げたレイ様もまた、読むことはできなかった。
結局戻ってきたので私が目を落とす。
っ…!
そこに書いてあったのは、懐かしい文字だった。漢字や平仮名、カタカナが多く使用された日本語。私の読めない漢字もあるが大体は読めた。
これを書いたのが聖女なら、聖女は私より年上の転生者。
ゲームとか攻略対象といった文字の他に、シルス様やアンナ様、隣国の王、フレイクス・アルタイル陛下の名前まで書いてあって、それはまるで生前から彼らを知っているような口ぶりだった。
「読めるの?」
拒絶されたら潔く消えよう。そう決意して頷いた。
「何て書いてあるか、教えてもらえる?」
いつもよりゆっくり喋るエイ兄さま。私を安心させようとしてのことだということは瞬時に理解した。
〈終わったら、絶対言う、から。今は、言えない、です〉
それに対して私が言えたのはそれだけだった。他人からこんなにあからさまに敵意を剥き出しにされたのは初めてだ。手紙には私に向けた憎悪の気持ちが殴り書きのように綴られていた。
殆どというか、全く面識の無い聖女に。
あの時感じた黒い笑みは気のせいじゃなかった。
正直不安定なこの状況で皆を泣かせられる演奏ができるかはわからないが、泣かすのがベテラン素人ピアニストだ。
「そうだね、確かアクア様がいらっしゃるから会ったら手紙のことを伝えておくね」
エイ兄さまはそう言って私の頭をポンポンと撫でた。そしてエルシーも。また別館に集合になりそうだ。
ああ、そういえば、リスト殿下は私に従順な子に育った。自分の意見を言いはするが、基本的に私の言葉で動く。数ヶ月に渡る教育のお陰だ。
最近はシルス様が「仕事が一つ減って助かるよ」と空を仰いでいたので早めに終わって良かった。王宮の方でも大人しく学園の勉強や魔道具について調べ物をしているそう。
精霊達も私がリスト殿下を教育するとは思っていなかったからか従順になったことを伝えると、目の光が無くなった。死んだ魚のような目、と言えば良いだろうか。
手紙はとりあえずもう一度収納に戻して劇場の方に向かう。午後にシフトを入れている人達はここで仕事だけどエルシーやエイ兄さまは来てくれる、とのことなので一緒に。2人共既に執事服から制服に着替え直している。そしてミスターコンでまたフォーマルな服に、と着替えを何回もするらしい。大変だ。
かく言う私もエプロン服、演奏衣装、制服、と3回着替えるのだが。劇場が見えてくるにつれて、緊張でおかしくなりそうになったが、リアル王子様のキスによって全部吹き飛んだ。
仮面を着けていない方の頬をペチンと叩き、ワルツが響き始めた劇場に入った。
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(12歳)
・エリオット・ガーナメント(15歳)
・エルシー・ウォルフラン(15歳)
・レイ・ウォルフラン(15歳)
・マリー・エバネン(15歳)
・リスト・サリバン(12歳)
・イナ・ガイアス(12歳)
・イリア・アルスフィールド(16歳)




