8,ピアノと涙
流血騒ぎから大分時が経ち、誰もが夏休み明けの10月に行われる学園祭に意識が向き始めた。前世では学園祭などなかったので初めての行事。
エルシーやエイ兄さまなど魔法造形が得意な人は既に作品作りを始めている。
そして私も剣以外で何か披露してくれと言われて何かないかと悩むこと5分。
私、趣味でピアノやってたわ、と。とは言っても前世の有名クラシックやアニソンしかわからないしまだ作曲などやったことない。
指が上手に使えるようになってからは毎日魔法と同じくらい狂ったように練習して今やシューベルトの魔王が弾けるほど。でもまあどんなに技巧曲が弾けても一番好きなのはやっぱりベートーヴェンのエリーゼのために、だけどね。
自分の名前が入ってる曲だから。
ピアノ弾くって言った時はびっくりされた。まだ家族とエルシーにしかお披露目していなかったのもあって腕に期待もされてなさそうだったので技巧の中で気に入っていた何曲かを弾いてあげた。
そしたら「こっちも規格外な腕前だな」とのことだったので披露をするはこびになった。本当は絵を描いても良かったが風景画か人物画で迷ったのでそれは没になった。
絵を描けることを知ったエルシーが私に私の肖像画を要求してきたので今は鏡を見ながら下描きをしている。いや、めっちゃ恥ずかしい。でもエルシーの肖像画と交換してもらえるので。
因みにエルシーの方は一流の画家が描いたものなので私も描いてもらおうとしたが丁重に断られてしまった。ので自作で。夏休み始まる前か序盤までに仕上げてピアノの方の練習に入りたい。
今やってたのは即位しているのにまだ結婚式を挙げていないシルス様とアンナ様にサプライズで贈りたくて譜面に起こしたばかりのパッヘルベルのカノン。
この曲は強弱をつけても凄く優しい音色を響かせてくれるので私の中で結婚式の日に演奏したい曲No.1。ので学園祭ではやらない。
今の第一候補はベートーヴェンの月光第一楽章。第二候補はベートーヴェンの歓喜の歌。
もう二度と聴けないけど頑張って譜面に起こしたのでできればどちらも弾きたいと学園に訴えたら2曲くらいなら…と許可が出た。暗めの曲と明るい曲。この2つを同時に演奏できる日が来るとは。
このまま何もないで学園祭を迎えてほしいものだ。
歓喜の歌なら私が前世、学校のピアノを使わせてもらって弾いたことがある。
確か小4だったから弾き終わった後のギャラリーからの拍手が凄かった。あれで友達ができたくらいだ。月光はずっと弾きたかった曲で耳コピでやっていたが結局完成することもなく死んだ。皆には特に不完全燃焼だった月光を聴いてもらいたい。
貴族は新しい物や芸術に興味がある人が多いので上手くいけば私の今の不名誉な噂も散る…かもしれない。と願う。
これも皆には内緒にしたい。初見で感動してもらいたいから。と精霊達に言えば場所を用意してくれた。
花畑の中に一台のグランドピアノがある物語のような場所だった。早く弾きたくてウズウズしてしまい、下描きをマッハで終わらせてピアノ椅子に腰掛けた。此処にいる間は部屋の扉に「外出中」と書かれた札を貼ってある。
『エリーゼ、せっかくだから可愛くしてあげル』
と、お洒落好きなイトが私にフワッとしたワンピースを着せ、髪飾りを着けてくれた。剣も馬もしないので丁寧に化粧まで。
鏡を見せて貰ったけど流石としか言えない。仮面で覆われていない方の顔は完璧に可愛くされている。
俄然やる気出てきた。水場を作って範囲は狭いけど雨も降らせた。これで私の精霊達は皆来れる。譜読みの段階だけど元々知ってる曲だし軽く片手ずつ音を取ってからゆっくり両手で弾いた。速い部分もあるから音を間違えて覚えないように丁寧に弾いていく。
ハノンは特に技巧曲を弾く前は必須なので剣や魔法と同じように毎日やる。
今日は不完全燃焼に終わった月光第一楽章。全体的に似たようなフレーズが多く、暗譜が難しいと個人的には思う。まあ、気合いで暗譜するけど。好きだから。歓喜の歌は既に暗譜済みなので月光が終わってからやる。
鍵盤をなぞるように指を滑らせる。不気味で怖い、無限の絶望、無の世界の音楽とも言われていたようだ。
でも私的には誰にでもある悲しみや辛さを上手く音で表現しているようで色々な人を救う音楽だと思っている。
前世、家族を亡くした私が初めて聴いたクラシックだったのもあって思い入れの強い曲の一つだ。少しでも人の心に響く音を奏でたい。誰かを救おうとかそんなことは思ってないけど心の重いものを音楽で軽くしたい。
練習ではあるが心を込めて弾いた。
最後の一音を弾き終わると一瞬の沈黙の後、拍手が上がった。側でずっと聴いていた精霊達だ。そして初めはいなかったはずの精霊王。
「凄いな。ここまで弾けたんだ」
〈キース、来てたんだね〉
「精霊達に呼ばれた。凄いから来てってな。因みにさっきまでヒスイもいた」
ああ、そういう経緯で。あれ、何でさっきまでって。ヒスイは何処行ったんだろ。
「ヒスイは感動のあまり号泣して去ってったよ。今度はハンカチを持参することをお勧めしておこうかな」
へえ、あのヒスイが号泣…。嬉しい。普段泣かない人を私の演奏で泣かせられたんだ。でも…
〈まだまだ未完成だよ。もう1曲と併せて学園祭までに完璧に仕上げてみせるから〉
「ここから更に良くなるのか。観客席涙の海になるんじゃないか?」
『エリーゼ、すごいすごい!ぼくね、いままできいたきょくのなかでね、これがいちばんすき!がくえんにはいけないけど、ここでいっぱいひいてね!』
〈ありがとう、マリン。いっぱい弾くね〉
『当日の化粧は任せテ』
〈イトもありがとう。頑張るね〉
当日聴きに来ることができない精霊達のためにも此処に来る回数を増やそう。
〈あ、そうだ。私ね、シルス様とアンナ様の結婚式で弾きたい曲があってね、それも聴いて欲しいんだ。今度譜面持ってくるから〉
『任せてぇ』
『聴いてやらんこともない』
ヨルは手をヒラヒラと振り、ヒイロはそっぽ向いて返事をした。が、若干目元が赤くなっていたので普段泣かなそうな人こそこういうのに弱いのかなと思った。
それを悟られないように敢えてぶっきらぼうに振る舞ったのかもしれないがそのせいで逆に勘付かれてるよと教えてあげたい。
そうだ、学園祭ではこの間ヒイロに貰った髪飾りをつけよう。ライの加護が掛かった髪留めは装飾が殆どないので普段使いしやすいがステージに立つには少々心許ない。
その点あの髪飾りは見た目に重きを置いたものなのでステージの上でも映えるだろう。
態度には出さないように頑張って塩を貫くヒイロ。着けたいと言っただけなのにこんなに喜んでもらえるなんて嬉しいな。イトも張り切り出した。まだ夏休みに入ってもいないのに。
翌日、ピアノの練習を始めたことを昼食時にエイ兄さま達に報告すると楽しみにしていると言われた。曲名はまだ伏せておいてる。
マリー様は魔法科の友達に広めてくれるとまで言ってくれてこれは頑張らないとと思う。
とりあえず何も起きないことを願って練習に勤しむことにした。あと絵ね。
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(12歳)
・精霊王キース
・エリーゼの精霊達




