Chapter2.0.9 熱のこもった
アルク=ヴィッケンシュタイン。
彼女は産まれながらの発明家である。
彼女が5歳で気まぐれに発明した小型通信機は、リベルタ内の通信技術に革命をもたらした。
彼女の姉の指示により、特許を得た彼女はわずか5歳で億万長者に成り果てた。
次々と画期的な発明を繰り出していた彼女は、思念を送受信する機会を作り出した。
これにより会話は不要となった。耳の聞こえない者、喋ることができない者との意思の疎通が可能になり、彼女は表彰され、誰もがその才能を認めた。
その後、彼女は医療の現場に足を運ぶことになった。手術の末、動きもしない見せかけの義足や義手を身につけた少年達がいた。何やら列車の事故に巻き込まれたそうだ。
アルクは彼ら彼女らを憐れんだ。未だ消えぬ全身の痛みに苛まれた若人を見る。まだ若い自分よりもさらに歳は下だろう。
彼女は久々に研究と開発に打ち込んだ。彼女がその気になれば、それらが完成するのにそれ程の時間は掛からなかった。
彼女が生み出したのは着用者の思念を受信し、思い通りに動かせる義手に義足。そして、恒久的に痛みを取り除く鎮痛剤。
彼女は工学だけでなく、医学界からも歓迎された。
そんな彼女の今の関心はただ一つ。熱である。
それも人類でどうにかできる熱ではない。もっと超常的な何かに魅せられているのだ。
それは今、彼女の目の前に立っている。暁ナユタである。
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「君のそれって炎を出す力じゃないよね?」
アルクは散らかった床を整理している。なぜかナユタもそれに付き合わされていた。
「君の体温って平熱で60℃ぐらいだよね?」
倒れていた三本脚の椅子を起こすとナユタに座るように促す。それに従ってナユタは腰掛けた。
「…どこでそんなことを知ったんですか」
「敬語はいいって言ってるのになー」
ぶつくさ言いながら頬を膨らます。
「ほら、触った感じ熱かったし。オレのおもちゃは一応熱センサーもついてるから」
そういえば異常熱源がどうとか騒がれていたか、と思い出す。
「というか、見てたら何となく分かるでしょ」
浮かべる笑みは異質である。何か愛玩動物に向けるような、それでいて恋する乙女のような。
「大方、身体に溜まった熱が君の場合はたまたま炎っていう形で外に放出されてるんじゃない?」
「…凄いですね」
「…そう?」
「ここまで見抜かれたのはアルクさんで2人目です」
産まれてから17年、力を与えられてから8年、自分から語ることはない。
故に彼の力の本流を見抜いていたのはこれまで1人。師匠という名のろくでなし。そこに彼女が追加されたことになる。
「へー、オレ以外で見抜いた奴がいるってことか…」
唇を尖らせてやけに不満そうだ。しかし、彼は誓って自分からは話していない。向こうが勝手に全てを明らかにしただけのことなのだ。
「ま、いいや。ところで今って身体の調子どう?」
「?」
ナユタは一応身体の調子を確かめる。
が、これといって変化はない。というか、未だ何もしていない。実験に付き合えと言うが、何の実験もされていない。
「別に何ともないですけど」
「割と全快?」
「いや、全快にはほど遠いですね」
体内時計に頼るのであれば丸一日戦い詰である。かなり一方的にナユタが蹂躙していたわけではあるが、それでも攻撃は受けるし、気力も体力も尽きていく。
「君が最大のパフォーマンスを発揮するにはどれくらいかかる?」
「まあ、飯食って、水飲んでしばらく寝れば、ですかね?」
オーケーと彼女は頷いた。
適当に壁に触れると再び何かの認証が始まり、スッと壁が別の部屋への入り口になりかわる。
「カモン、ナユタ君。こっちの部屋なら君もゆっくりできるはずだよ」
手を振る彼女に黙ってついていく。そこは広くも狭くもない小部屋だった。
「そこの倉庫にいろいろ食材が入ってるから、適当に食べていいよ」
指差す方向にある扉を横に開ければ、野菜、肉、魚、米、調味料となんでも揃っている。
調理器具から水道まで完備。どれもこれもが真っ新で、使われた痕跡すらない。
「あ、もしよければ適当にオレの分も用意してくれない?ついででいいからさ」
なぜか二台あるベッドに腰掛けると、そういった催促が飛んできた。
割と簡単な物しか作れないがとことわりを入れ、適当に切り刻んだ肉やら野菜やらをぶち込み火を通す。
味をつけたら皿に盛って完成だ。
「わー、いい匂い」
上機嫌な彼女は手掴みでひょいパクっと口に放り込む。騒がしかったはずが急に沈黙するため、何か失敗したかと不安になる。
「これは美味、美味だよ!」
俯いた顔を上げると、目をキラキラさせてナユタに詰め寄った。
「…誰でもこれくらいならできると思いますけど」
そう呟くも聞いちゃいない。
美味だ美味だと、半分ほど食べると、満足したようで、それに伴って落ち着きも取り戻した。
「いやー、久しぶりに火の通ったものを食べたなー」
彼女の生活習慣が心配になる。
「やっぱり、大勢でご飯を食べると美味なんだな」
たった2人で飯を食べただけで何を言っているのだろうか。どこか遠くを見ている彼女に、なぜだかそれは言ってはいけない気がした。
「そこのベッド使っていいから…休み終わったら声かけてねー」
ひらひらと手を振ると彼女は元いた部屋へと帰っていく。足取りは軽く、満面の笑み、それでもその背中は随分と小さい。
食器を流しで洗った後、指さされたベッドに座る。全くと言っていいほど使われた形跡はない。
ガバッと仰向けに寝転がり、天井を眺めながらナユタは思案する。
こんな一瞬で何が分かったかといえば、そこまではないのであるが、彼女は、アルク=ヴィッケンシュタインは、そんなに悪い奴ではないのかもしれない。
少なくとも彼には善人に見えた。
整理すると、彼女の希望はナユタが実験に付き合うこと、何の実験かは未だに分からない。
実験に付き合えばナユタも、未だ目覚めないフーリも安全は保証される。
いくらか彼女の自分に対する目線が気持ち悪いというか、怖気が走るときがあることを除けば、彼女自身にはなんの問題も見受けられない。
そうするとここではもう1人が問題となってくる。
(『オレの妹』ね…)
彼女の妹の友達と言ったか。その名前を聞き逃すわけにはいかなかった。一応殺されかけた因縁もある。
(でもアイツはマシロさんにぶった斬られたはず…)
以前襲ってきたラファエルと同じであるならば、それは確かに神納木マシロによって消滅したはずだ。
彼女のが言う妹の友達はもう存在しないのだろうか。情報が少なすぎて何とも言えないが、最悪の想定をするならば、ラファエルが複数存在しているかもしれない。
そんなことを考えているうちに。
身体も頭も眠りにつき。
目が覚めたときには。
隣にアルク=ヴィッケンシュタインが寝転んでいた。
「うわっ!!」
勢いよく起き上がったナユタは急速に覚めた頭を回転させる。慌ててベッドから飛び降りて彼女を見据える。
彼女はペロっと舌を出して笑った。
「大丈夫だって、何にもしてないからさ、まだ」
むくっと起き上がると彼女はパンパンと裾をはらう。ボサッとして若干色の薄いブランドの髪はそのままだが、額にはゴーグルが取り付けられ、ツナギを腰に巻き、上半身はシャツ一枚という状態だ。
一応年頃のナユタは目のやり場に困りつつも、身構えていた身体の緊張を解いた。
「いやー、寝てる間の体温も高いのかなーって気になってさ」
「…で、どうだったんですか?」
「うん、熱かった」
自分の知らない身体の秘密をまた一つ知った。
「調子戻った?」
下から伺うような視線。その目は無邪気にキラキラとしている。
「まあ、はい」
「オーケー、じゃあ、これから実験開始だな…うひひ」
耐えきれずに溢れた笑いが、背中に寒気を走らせる。自分はいったい何をさせられるのだろうか。ここへ来て不安が募る。
「こっちこっち」
手招きするアルクについていくともといた部屋。檻の中にいるフーリはどうやら未だ目覚めていない。
「フーリはまだ寝てるんですか?」
「ん、あー、そーだな」
彼女は少し、というかかなり彼の話を避けたがる。ナユタのことを話すときとフーリのことを話すときで声音が全く違うのだ。
「…いったい誰にやられたんだ」
ナユタはまだ知らないのだ。誰が風利フーリをここまで痛めつけたのか。
「アルクさんは…」
「本人に聞いて」
ナユタが何を聞こうとしているのかを先回りするように、アルクは言い放つ。これまで話してきた中で最も強い語調で、消え入りそうな声で。
「…わかりました」
おそらくそれは彼女ではない。彼女が普通の人間なのはもう分かっている。彼女が人の道を外れていないのは分かっている。
アルクが何やらスイッチを押すと、物が散乱した床が膨らんでいく。
部屋全体を揺らす振動が収まると、膨らんだ床は真四角にせり上がり、どうやらさらに下へと繋がっているようだ。
「実験って言っても極悪非道なことはやらないよ。今日は何よりもまずデータが欲しい」
彼女について行き、下へと向かう。
そこはだだっ広い何も置かれていない空間だった。
「とりあえず君の力の限界を見たいかな」
さらっとそんな死ぬ思いのことを言ってのけると、ナユタの腕を掴む。
「うん、問題は無さそうだな」
彼の両腕につけられたバンドをマジマジと見つめると、すぐにいつもの調子で頷いた。
「オレは近くで見てるからさ、オレが死なないように注意しながら、今から言う通りにしてみてくれる?」
スチャっとゴーグルを下げるとそれなりの、絶対にナユタが力を解放させれば危害が及ぶような距離で座る。
腰に下げた鞄から何とも分からない機械を取り出した。
「じゃ、とりあえずいったん全力で」
平気でそんなことを言う。
「危ないのでもっと離れてください」
ナユタはそう言うのだが。
「大丈夫」
「危険なんて恐れてたら、研究なんてできないだろ?」
ゴーグル越しに見える瞳は爛々と輝いていて、それはとても狂った色をしていて、どこかに後ろ暗い感情を帯びていた。
「…どうなっても知りませんからね」
「死ぬのだけは勘弁」
「…善処します」
狂っているのはお互い様か。
互いに顔を見合わせて笑みを交わすと、ナユタは叫ぶ。
「【燃えろ、ベリアル】」
瞬間に放たれた熱波は一瞬で部屋を包み込んだ。
「これだよこれだよこれだよこれ!」
苦しいナユタのすぐ近くで、熱に侵されながらも笑っている。彼女の狂気の笑みはしばらく収まりそうにない。




