Chapter2.0.8 アイラブユアーズ
「…脱出不可なのでは?」
何度目かなどいちいち数えていない。燃えかすの山の上で機械仕掛けの破片に腰を据える。その金属は依然として真っ赤で柔らかいが、何のことはない。
(…だいぶ取り戻せてはきてるな)
手袋をしていない手を握って、再び一気に開く。メラメラと小さな灯火が浮かび、また握ると消えた。
長らくまともな実戦から離れていたナユタはどうしても身体を追いつかせることを優先しなければならなかった。
以前のラファエルの襲撃のような惨事は起こってはならない。並の人間なら死んでいるだろう。
たまたま身内の悪運が強かっただけだ。
故にその後の彼はその力との折り合いをつけることにのみ日々注力していた。
それが奏功してか、ここまで何度となる力の解放に際しても、十分に身体はついて来ている。
それは確かな収穫であるが、今の目的はそんな事ではない。
故に彼は口からそうこぼしてしまった。
「脱出不可なのでは?」
廊下、部屋、逐一中を確認し、奇怪な機械仕掛けの大群に襲われる。一掃する。確認する。襲われる。一掃する。
何度もこのフェーズを繰り返し、いよいよ面倒さと疲れが見えてきた。身体ではなく、精神の。
そのための処置として、口から内心を吐露したのである。
(…そろそろ出口が見えないと、まずいんだよな)
難儀ではあるが、こんな身体になってはや8年、間違いなく限界が近づいているのが分かる。
十分に身体はついて来ている。それは確かであるのだが、ことはそう単純ではない。
「よし、次だ」
小休止を終えて、立ち上がる。休むことで回復するものとしないものは明白だ。
多少なりとも体力は戻っただろう。肉体の疲労も和らいだし、歩きっぱなしの脚も休ませることができた。
たった一つ、この異常に渇いた喉を除いて。
「あ」
「!?」
迂闊だった。これまでは必ず細心の注意のもとで、部屋と廊下を入出していたというのに。
慢心、疲労、集中力の低下、急くあまりの焦り。初めて何も考えずに飛び出した、その時に限って。
「ラッキー、見つけたー」
担いでいた何かを放り投げ、廊下の奥から自分のもとへと突っ込んでくる。
ここに落とされてから初めて、人間のような見た目をしていた。
「この…」
相手に対して考えることは数多あるが、とにかくこんなところで出会すのだ、敵である。
すぐさま迎撃の構えをとる。問題は相手が普通の人間であるか、否か。
「…遅い?」
とんでもない勢いで駆け出したはずの人間のようなものは確かに一歩ずつ前進している。
理想的なフォームで走っている、ただ拍子抜けするほど速度は出ていない。
「見つけた見つけた見つけた!」
ようやくと顔が認識できる程度に近づいて、ナユタはつい、構えていた手を下げてしまった。
「エレナ…!?」
違うと、再び上げる。顔は良く似ているが別物で、髪はブロンドであるもののひどく質が悪い。服装も違えば、似ているが声も違う。
とにかく近づいてくる以上、こちらもとるべき手段を取らなければならない。
一撃で気絶させようと、とにかく顔面に向かって拳を放つ…
「ストップストップ!!」
「!?」
サッと両手を上げた女はひらひらと敵意が無いことを主張する。
紙一重で拳を止めた。しかし、未だ信用はできない。女が図っている可能性もある。
「ふむふむ、なるほどなるほど、身体は普通の人間と変わらないと」
寸止めされた拳に安心したのか、不用心に女がナユタの身体をペタペタツンツンと触り始めた。
「この…!?」
本当の本当に、あまりにも敵意や悪意が無さすぎたため、彼はそうされてからもしばらく反応がおざなりになっていた。
慌てて後方へ飛び退き、再び構える。
「あ…ちょっとぐらい触らせてよ〜」
頬をぷっくり膨らませる女はズカズカと近づいてくる。
「…素性も知れない誰かに触らせる身体はない」
とにかく見知らぬ誰かが自身の身体に興味津々であるというこの現状が最も気持ち悪い。
他に言うことは多くあったはずであるが、彼の口から最初に出たのはその言葉だった。
「ん、じゃあ…オレの名前はアルク=ヴィッケンシュタイン、ほら、エレナの姉貴だよ」
「…エレナの」
「ほらほら、手下げてよ。女の子を殴るなんてどうかしてるよ」
やれやれと首を振りながらアルクと名乗った女はナユタを諭しにかかる。
「…失礼ですが、年齢は?」
「ぷっ…本当に失礼だな〜。えーと、19とかだったかな?」
たまらず吹き出した彼女は、指先を頬に当てながら上を眺める。思い出したように自分の年齢を告げた。
「自分の師匠が言うには、子供扱いが許されるのは10歳までだそうです。なので普通に本気で殴ります」
歳上だと分かったため、敬語はやめないことにしたが、未だ剥き出しの敵意は収まりを知らない。
「…そっちじゃ無いんだけどさ。まあ、いいや、君って不法侵入の上に、人のおもちゃを壊して回ってるんだよね」
「おもちゃ?」
おもちゃ、聞いたことはあるし、触ったこともある。特に思い出はないが、レールを繋げて機関車を走らせたり、大小形様々な物体を積み上げて建造物を作ったりするのだろう。
「そういうのじゃなくてさ、いっぱい壊したじゃん。オレの作った自立人形」
襲われたのでやり返しただけである。そうでもしなければ惨殺せんとばかりに数の暴力を振るっていたのだ。
しかし、他人の物を壊して回っているのは確かである。
「それは、まあ、ごめんなさいとしか…」
「ぷっ…うひひ、律儀だね、ますます気に入ったよ。暁ナユタくーん」
吹き出した彼女は涙を拭きながら絶賛する。決して知らせてなどいない彼の名前を使って。
「初対面のはずですが…誰に聞いたんですか?」
依然として握る拳に力がのる。
名前だけとは限らない。情報は筒抜け、襲ってくる自立人形の産みの親、自分に対する奇妙な執着、彼女を敵と断ずるにはピースが揃いすぎている。
「えーと、妹の友達かな。名前は…」
そこでニヤッと笑うと彼女はなぜかジリジリと後方へと足を進める。
怪しいが、ここに来て初めて出会した人間だ。再び見失えば脱出の機会を失うかもしれない。
同速でナユタもついていく。
彼女の背が壁に張り付く直前、つまり彼女が彼と初めて目を合わせた地点。
彼女は投げ出したそれを拾い上げながら告げた。
「ラファエルだったかな?」
「!!」
「動くな!!」
その名を聞いて即座に攻撃に移った。
しかし、その手も足も止まる。彼女の一喝に空気が揺らいだ。
「…お前」
それはどちらに言ったのか分からない。
「おー、怖い。うん、おとなしくしてくれれば気概は加えないよ、君にも、これにも」
ギロリと睨む彼を何のその。悠々と語る彼女はどこから取り出したのかナイフを突き立てる。
風利フーリの喉元に。
「…本当に?」
「うん、嘘じゃない」
逡巡したナユタであったが、観念したのかため息を一つつくとダラリと手を下げた。
「…ふぅ、物分かりが良くて助かるよ」
よく見ると彼女の背には小さな鞄のような、道具袋がぶら下がっていた。
「これ、着けて」
そこから投げ出したのは一対の腕輪。手錠と呼ぶには緊迫感は無く、バンドと呼ぶには重厚な腕輪。
「それを着けてくれないと安心できない」
地面に転がるそれを見て、熟考するナユタだったが、意を決してそれを拾いあげる。
両腕に取り付けると少しビリビリする感覚に襲われた。
「良かったー」
ニヤッと笑っていた彼女は満面の笑みに変わる。
屈託のないその顔に、これまでの言動、ナユタはどうしても彼女が真に敵には思えなかった。
「あ、あとこれ、あげる」
フワッと投げられたそれを手に取る。
「喉、渇いてるんでしょ」
何か液体の入ったボトルだった。
「大丈夫、毒なんて入ってないから」
「……」
彼は無言で蓋を開ける。臭いを仰ぐが何か有害な臭いはしない。
飲み口に口をつけるとそれを口内に流し込んだ。
「わお、初間接キスだ」
「ごほっ!?」
思わず気管に入った液体を咳き込んで、どうにか追いやる。
もう口をつけているなど考えもしなかった。
「じゃ、ついてきて」
そう言うと彼女はフーリを担いだまま歩き出す。
今後ろから攻撃すれば、そんな気持ちが芽生えない訳でもない。
しかし、彼女がまだ奥の手を隠している可能性もある。この腕輪にもどんな機能が備えられているか分からない。
それに、自分に命の水を分け与えてくれた彼女に、そんな不義理なことができるほど、人間終わってはいなかった。
無言の彼女の背についていくこと数分、この建物の造りにナユタは驚嘆した。
彼女が触れれば壁は道となり、階段となり、扉となる。
そうしていくらか、上るよりは下る動きが多かっただろうか。ある地点でようやく彼女は振り向いた。
「入って」
彼女が壁に触れる。奇怪な電子の声が鳴った。
『…認証。コード02』
ここまで幾度と繰り返されたこの過程の上で、初めて導かれたそこは彼女の私室だろうか。
促されるままに中に入るとそれはそれは物が散乱している。
その多くは金属片やネジ、工具、何に繋がるかも分からないコードなどエンジニアな気質を感じさせるものだ。
「これは一応閉じ込めとかないとね、そういう指示だし」
部屋の奥には巨大な檻がある。そこにフーリは放り込まれ、鍵をかけられた。
「大丈夫大丈夫、ちゃんと意識が戻ったら飯も出すし、怪我の手当もしてあげるって」
表情からナユタの言わんとしていることを察知したのか、彼女は笑ってそう言った。
「…で、俺はなんで連れてこられたんですか?」
「あ、敬語は別にいらないよ、オレと君ってそんな仲じゃないんだから」
「はあ…」
空返事をすることしかできない。
やはりこう言ったところで先立つ感情は気持ち悪いということだ。彼女が何を思って自分との距離を詰めてきているのかが分からなかった。
「オレの望みを叶えてくれるなら、衣食住も提供するし、よっぽどのことがない限り身の安全も保証する。それも2人とも」
彼女はガチャガチャと音を立てながら、人が1人居座れるだけのスペースを空ける。
「脱出したい君にメリットはないかもしれないけどさ」
また彼の心を見透かしたように言う。しかし、そこから先は真剣極まりない顔になっていた。
「これは出さない方がいい。これは本当は狙われてるんだ。仲間だと知られれば、君も容赦はされない」
「それはどういう…」
「ここから先はこれに自分で聞いて欲しい。オレはもううんざりだ。関わらないと決めた」
諦念が透けて見える彼女の口ぶりにこれ以上聞き咎めることは不可能だと判断する。
「あなたの…」
「アルクでいいよ」
「…アルクさんの望みというのは?」
この奇妙な契約の最も重要な点、彼女の望みとは何か。
「簡単だよ」
彼女は笑いながら言った。
「オレの実験に付き合って欲しい」
それは善意と狂気の入り混じった、危ない、優しい笑みだった。




