Chapter2.0.2 主従
「君たち4人にちょっと頼みたいことがあってね」
七星の頼み事は至ってシンプルだった。
「第一地区方面の探索と調査をお願いしたい」
かつては定期的に北方へと調査を繰り返していたそうだが、ここ数年の人員不足によって何も行っていなかったようだ。
「しかし、私たち4人で行ってしまって大丈夫なのですか?」
「ああ、その辺はたぶん大丈夫だよ。マシロとカイセがいるし、最終手段もある。
それに真北から何か来たら君たちに対処に当たってもらうしね」
そういうことで、クオン、ナユタ、エレナ、フーリの4人はしっかりと無線機まで持たされて、現在、あまり良い思い出の残っていないあの塔のところまで来ていた。
「探索っていってもどうやってやるんだ?」
「小生も分からん。やったことねーし」
このように早々に手詰まりになってしまったために身動きが取れないでいたのだ。
「そういえば、お二人はいつからここに?」
「あー、1年とちょっとかなー」
「それ以前は何を?」
「まぁ、その辺をふらふらと」
「その辺とは?」
全員を置いてけぼりにする速度でクオンが次々とフーリに質問を飛ばしていく。そしてフーリはそれを次々と後ろへと受け流していた。
「ちょっと、クオン嬢、急にどうしたのかな?」
「いえ、これを機に親睦を深めようと…」
「あー、なるほど。親睦を深めるのねー」
クオンが人間関係の構築に手こずっている様をナユタは優しく見守っていた。何を隠そうあのフーリが処理に困っているのでいいぞ、もっとやれという気持ちが湧き上がっている。
「ちょっと、2人とも!私を差し置いて勝手に盛り上がるなんて……私も混ぜなさい!」
3人目の刺客、エレナ=ヴィッケンシュタインの登場により、さすがに終わりが見えなくなると感じたナユタは口を開いた。
「とりあえず外に出て、周辺探索しながらでいいんじゃないか?」
「それもそうですね」
クオンの了承も取り付けて、全員で一度塔を離れる。とりあえずの目的地は前回の戦場跡として、そこからさらに北へ、ということとなった。
「ということで、風利さん。さっきの続きなのですが、ここに来る以前は何を?」
「んー、小生の昔話とか興味ある?」
「あります!」
「…でもなー」
そういえばこいつ、名を名乗るのにもいちいち面倒をかけていやがったなー、とナユタはぼんやり考えていた。
そのため今勿体ぶっているのが本当に触れて欲しくないのか、ただただ勿体つけているだけなのかの判断もつかない。
「ふっふっふー、フーリくんは私の家に雇われてやって来たのです!」
ドヤっと胸を張るエレナは尊大な態度で、ブロンドの髪をサラリと撫で払う。
「え、以前からどこかに所属していたわけではないのですか?」
「あー、まー、うん、1発目がここかなー、こういうのは」
「すぐに言ってくれればいいじゃないですか」
「過去は振り返らない主義なのだよ、小生は」
などとふざけているのか本気なのかもとれない発言に花を咲かせている。
一向の足は順調に前へと歩が進められ、いよいよ戦闘痕というべきか、倒木などが見られ始めた。
「ていうか、小生ばっかりはずるいんじゃね?アンタはどうなんだよ」
「え、俺?」
独り真面目に周囲へと目を向けていたナユタがなぜか標的となってしまった。
「まあ、別に隠すようなことじゃないけどさ」
やれやれと面倒くさそうに首もとを掻いたナユタはそのままひとつため息をついた。
「西部戦線西北部軍第13部隊部隊長暁ナユタでした、どうぞよろしく」
「何て?」
「西部戦線西北部軍第13部隊部隊長暁ナユタでした、どうぞよろしく」
「あ、はい」
きっとそんなに聞いていないフーリは軽く返事だけをした。
「西部といえばとても広大ですがどのように動いていたのですか?」
「あー、えっと…」
投げかけられた疑問にナユタは答えた。
リベルタ管轄領内において最大の版図を持つ西部は、本隊を大量の小隊に分割する中央とは違って、ひとまず全体を四つに区分する。
西部軍、西部中央軍、西南部軍、そしてナユタの所属していた西北部軍だ。
「なるほど、西部には特筆すべき個人が3人いると聞きますが、面識はあるのですか?」
「3人?」
「はい」
「確かに化け物みたいなのには3人会ったことはあるけど1人は絶対違うしな…」
ナユタの記憶を遡れば確かに人でなしの自分から見ても相当の化け物がいた。
しかし、彼が会ったその3人のうちの1人は西部戦線統括理事長ということなので、おそらく彼女の言っていることではないだろう。
「全員じゃないけど会ったことはあるぞ」
「どのような方だったのでしょうか?」
「1人はそれはもう正しい人だった。かなり良くしてもらった方だと思う。もう1人は…」
思い返すとそこまでの面識はない。というのも一度だけ任務で配属されたときに指示していたのが彼女だったのだ。
「あんまりいい思い出はないな……」
馬車馬のようにこき使われた記憶しかひっぺがえすことができなかった。
「…そうですか」
「えらく気にしてるけど、どうしたんだ?」
「いえ、私はあまりにも周りを見ていなかったんだなと思いまして…」
「ふーん」
一気に2人の会話は途切れ静寂が木々の揺れる音を奏でる。もうすぐ湖の辺りに到着するだろう。
「知らん間に西部の話になってません?
小生別にそんなところが聞きたいわけではなかったんですが?」
「別にお前のために話してたわけではない」
「ひっでーなー」
相変わらずニヤニヤしているふざけたような男は態度も口調も取っ替え引っ替え適当にふらつかせている。
「ちょーっと、皆さん。いつまでも私のことを忘れているんじゃありませんの?」
木々のざわめき、小鳥のさえずりに耳を傾け、癒されようと奮起していたナユタだったが、甲高い笑い声が耳をつんざき、またまた予定を狂わされる。
「私はエレナ=ヴィッケンシュタイン。かの誉れ高き名門中の名門、リベルタ三大財閥のひとつ、ヴィッケンシュタイン財閥が四女ですわ」
「知ってます」
「知ってる」
こうも声高らかに自信満々に名乗られたところで、クオンもナユタもとうの昔に知りえた事実であるし、何なら彼女自身が何度も口走っていた。
「え、何で?」
「いや、お嬢…」
クオンとナユタの反応に理解が追いつかないようにポカンとしていたエレナに呆れたようにフーリが声をかける。
「う、じゃあ、ここに来る前は…」
「えっと、風利さんと一緒なんじゃ…」
「うっ!?」
齢15歳の少女にどんどん追い詰められる財閥令嬢の図式はなかなかに見るに耐えない。
どんどん追い詰められるエレナは涙目になっていく上に、追い詰めている自覚のないクオンの言葉は的確にエレナをえぐっている。
「じゃ、じゃあ、家族構成、アタシは五人姉妹で…」
「え、そうだったんですか?」
とうとうボロが出始めたところで初めてクオンは食いついた。
同じくナユタもあまり込み入った家庭の話などは聞く気にもならなかったし、自分が聞かれても困る節があったので、少し興味を惹かれた。
「ふっふー、そんなに聞きたいというのなら教えて差し上げますわ!」
一瞬でコロリと上機嫌になったエレナは目元から涙を消滅させ、自慢げに話し始めた。
「実は私はヴィッケンシュタイン五姉妹の中の四女なのです」
「それは知ってます」
「それは知ってる」
クオンもフーリももはやエレナが口走りすぎるせいで彼女自身のことはほとんど知ったつもりになっていた。
エレナ=ヴィッケンシュタインのことを全て知るなど、そんなこと、何の覚悟もない彼にも彼女にも背負いきれるものではないというのに。
「あ、う…い、1番上のお姉様は何と私よりもひと回りも年上ですでに財閥の中でも有力の地位についているのです」
自分のことはあっさりと終わらせられてしまい、少し怯みながらもエレナは自分の敬愛する姉妹について語り始めた。
「あ、私聞いたことがあります。確か、ミレア=ヴィッケンシュタインさん…でしたよね?
彼女の提案した事業が百発百中だと耳にしたことがあります」
「ええ、そうですわ」
長女の反応が良かったので大いに胸を張り直した彼女は再び鼻を高く掲げた。
「2番目のお姉様は技術開発の天才で、3番目のお姉様は…」
「お嬢!!!」
「ひっ!?」
森の中枢、溢れかえる木々のざわめきはかき消され、鳥の群れが一気に空へと羽ばたいた。
エレナの言葉を止めたのは、初めて真剣そうな顔をしたふざけたような男だった。
あろうことか、しかし確かに彼の叫びに含まれていたのは明確な怒気である。
「な、なによ……フーリくん…」
エレナの目元は猛スピードで潤いを取り戻していくのに、いつまでも決壊しない。
彼女はいつものヒステリーの一つも起こさずただ呆然としてフーリのことを見つめていた。
「あ…いや…」
なにが起こったのかはクオンとナユタには分からなかった。
正直に言ってフーリが声を張り上げる様など想像の一つもつかない事象だったのだ。
「ご、ごめんなさい、フーリくん……怒らないで…」
「……っ!」
すっかりと萎縮しきったエレナの姿を目にしてか、その声を聞いてか、ようやくと我に帰ったフーリはバツが悪そうに目線を下へと下げた。
「その…あんまり家族のこととか話しすぎない方がいいっすよ」
戯けてみせようとしても戯けきれていないような声音で彼は告げる。
誰が彼を風利フーリだと思うことだろうか。
「そ、そうね…うん、分かったわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
あまりにも嫌な沈黙が4人の間を吹き抜ける。
フーリはあれから黙りこくって一言も発しないし、エレナはしょんぼりと肩を落として地面との間の虚空をぼんやりと見つめている。
クオンはどうしようもないためずっとキョロキョロしているし、ナユタは頭が痛くなってきた。
(キツイな、この空気は…)
楽しいピクニックムードも何処へやら。耐えられない沈黙の中、フーリは自身に向いた熱視線に気づく。
(…俺にどうしろって言うんだよ…)
キョロキョロと顔色を伺っていたクオンがいつの間にかナユタに視線をロックオンしていた。
信頼されているのは嬉しいが、ナユタとしても対処のしようがない本件に期待を寄せられても困るのだ。
「おい、ちょっと…」
仕方がないのでナユタはこっそりとフーリを傍へと呼びつけた。
「何?」
「お前のせいで空気が最悪なんだが?」
「…それは申し訳ない」
どうやらケロッといつもの調子に戻っているように感じられる。
「どうにかしてくれ」
「えー、小生今そういうのは厳しいっていうかなんというか…アンタに任せる」
「無理だ、っつーかお前が急に怒鳴るからだろ。エレナの顔見てたのか?あんな顔させるなって」
フーリがエレナに叫んだときのエレナの表情がナユタの脳裏から剥がれない。
あんなに悲壮感に満ちた表情をしている人間を彼は見たことがなかった。
何か最上級の信頼を抱いていた誰かに裏切られたような、はたまた絶対に逆らえない誰かに追い詰められたような。
暁ナユタという人でなしには彼女の心の内に抱かれた感情など、到底理解の範疇にないものだが。
「別に小生もそんなつもりはなかったけど…」
「けど?」
「あれ以上は絶対にダメだ」
「あれ以上?」
今ひとつ要領を得ない。
フーリがエレナに怒声浴びせるような確固たる理由が一切分からなかった。
「……あれ以上言うと…」
何かを言おうとしている。そこに何かの理由が存在するのだろう。
ナユタは耳を傾けた。
「いや、何でもない」
再びケロッと下の調子に戻ったフーリはもう完全にいつもの彼だった。
もうしばらくは真剣な彼の姿など見ることができそうにないだろう。そんなすぐに外れる予想を胸にナユタは呆れた。
その裏ではクオンとエレナが話を進めていたようなのだが。
「どうしたんですか、エレナ。落ち着かない様子で?」
クオンは視線による訴えが成功したことを確信していた。ナユタならばこの気まずい空気も何とかしてくれるという期待感が高まっている。
最も彼女のそれはあまりに盲信的なものではあったのだが。
しかし、今の問題はそこではない。
ナユタがフーリを連れて行った後にそれまでボーッとただ虚空を眺めているだけだったエレナがふと顔を上げた。
それはちょうどクオンの意図を汲んだようにナユタがフーリを連れ出したところだったのだ。
「フーリくんはどこに行っちゃったの?」
弱々しい声で呟くようにクオンに尋ねた。
「えーと、今、暁さんとおしゃべりでもしているんじゃないですかね?」
とにかく空気が悪いからどうにかしたいという自分の心理は悟られたくない。
「……昔からそうなの…」
「え?」
エレナのそれは独り言ではない。どう考えたってクオンに向けられた声で、もちろん当人もそのつもりだ。
「家を飛び出してからアタシがね、お姉様達の話をするとあーやってとっても怖くなるの」
思い出したかのように彼女の震えが止まらなくなる。
「いつも優しいフーリくんが怒るの。怒られるとアタシ、怖くて泣き出すこともできなくなっちゃうの」
座り込んだエレナはガクガク震える膝を手で抱えてうずくまる。慌ててクオンは彼女の背中に手を添えた。
「何でだと思う?」
「何がですか?」
「どうしてフーリくんはアタシが家族の話をするのを嫌がるのかな?」
分からない。クオンにはサッパリだ。たぶん世界中の誰にも風利フーリにしか分からない答えだとクオンは思った。
どうしてエレナは本人に聞かないのだろう。クオンからしてみればそう思う。それでもエレナにはできない。
「アタシはこんなにも……」
ただ…
「何だってしてあげられる、何だって許してしまえるくらい…」
もしも彼女が風利フーリだったのなら。
「お姉様が大好きなのに…」
絶対に、聞きたくなかった言葉だろう。
わいわい騒ぎながら男性陣が戻ってくる。
風利フーリの表情を見るにもういつもの調子に戻っているのだろうか。
(さすがは暁さん)
彼女の彼に対する尊敬の気持ちが危険なほどに膨らみつつあることに本人も気づいていない。
いずれ彼を真から理解するために圧倒的に邪魔なその感情ができれば小さくなることを願うばかりだ。
「すんませんした、お嬢!」
座り込んでいるエレナの前で手と手を合わせて謝罪するフーリはすっかりといつものふざけたような男に戻っていた。
「……」
若干の戸惑いでもあったのかエレナは少しフーリの様子をチラチラと見た後意を決す。
「アイタッ!」
勢いよく立ち上がると彼女の広げられた手は縦を向き、頬…ではなく思いっきり彼の頭に振り下ろされた。
「今回はこれで勘弁してあげますわ」
綺麗に決まったチョップに頭を抱えてもんどりをうつフーリ。それを見たエレナはクスクスと笑っていた。
ピピピ…
何を自分は落ち込んでいたのだろう。
サッパリとその事を忘れ去ったエレナはいつも通り、いや、いつもよりもなお晴れやかな顔で先陣を切った。
「さあ、遅れてしまった分しっかりと調査しますわよ!」
ズケズケと森の奥へと歩んでいくエレナを、顔を見合わせた3人は慌てて追いかけていくのだった。
「ここがナユタくんとクオンちゃんの戦った跡ね」
ようやく第一目的地に着いた一行は次の指針を決めることにした。
とは言っても大まかには先ほどと変わらず、このまま4人で北の方を散策するのだ。
『ちょっと、聞こえるかい?』
突然無線機から声が聞こえた。
本当に突然の声だったのでクオンが若干肩をびくつかせたことには触れない。
「聞こえてますわ」
『おや、君が出るなんて珍しいけど…まあ、いいや。君たちの現在地はどの辺りかな?』
自分たちのいる場所を詳細に伝える。最も以前と戦闘地跡といえばすぐに片はついたのだが。
『なるほど、ちょうど良かった。その付近で敵影っぽいものが発見されたそうだから、適当に片付けておいてね、よろしく』
それだけ言うとブチっと無線を切ってしまった。
「……え、いるんですか?」
あまりの風雲急を告げた現実にポカンとしていたクオンが我を取り戻す。
「ふふふ、ここはフーリくんにお任せよ!」
超絶ド級に自信満々にエレナは言い放った。フーリも面倒くさそうではあるが否定はしない。
「ちょっと待ってくだせーよ」
彼は両目を瞑り、眉間に指を当てる。
以前にも見たその光景だ。どうやら索敵をしているようだ。
「……ん?……あちゃー…」
しばらく経つと目を開けてそんな嘆息をあげた。
「割とこっちに集まってきてる感じっすね。でっけー塊が二つとまばらに何匹か。雑魚そうですけど、いかんせん数が多めっぽい」
ふむふむとエレナが頷くと。
「どっちの方が大きいの?」
「あっちっすね」
「じゃあ、私が1人で片付けますわ、皆はもう片方をよろしく」
それだけ言い残すと全く周りの意見も静止も聞かずにフーリが指差した方へとかけて行った。
「行ってしまいましたけど、1人で大丈夫なのですか?数が多いと言っていましたが…」
「まあ、たかだか100匹くらいでお嬢は止められんよ」
「100!?」
未だかつてクオンは100からなる群れが一度に襲いかかってきたところを見たことはない。
「まあ、この辺じゃ割と普通だよ。それにお嬢はそういうのとは相性いいし」
「確かにあの雷なら広域殲滅タイプか…」
ナユタも納得はしたがさすがに1人で行くのはどうかと思ってしまう。
「大丈夫大丈夫、お嬢はあれでも実は化け物みたいに強いから……まあ、本当の化け物はそういう群れを刀やら拳で全部追っ払う残りの2人なんだけど」
北部戦線の防衛隊員の都合上、特に2人が来るまでは、基本単独任務である。ただしエレナとフーリは二人行動が常のため、援軍ゼロの孤軍奮闘を余儀なくされるのがマシロとカイセだ。
しかし彼女らに失敗はない。もし失敗していたら北部戦線はもう壊滅していたのかもしれない。
「あっちはお嬢に任せたし、あとはこっちだな」
フーリの示す方角から確かに騒つく音が聞こえる。その数はよく分からないが、以前のように遠くからでも分かるような大型個体はいない。
「どうしよっかなー」
「何がだ?」
「まー、しゃーないし、こっちは小生がなんとかするか」
フーリの提案にはさすがのクオンもナユタも驚いた。
彼が無茶を言っているからとかそういうことではなく、こういう厄介ごとの対処に1人で当たろうとする彼が果たして本物なのかと疑わしくなったからだ。
「えー、何その目ー。何か心配とかしてくれるのかと思ったんだけど」
視線から感情を読み取ったのか、やれやれと肩をすくめる。
「あ、すいません…風利さんも1人でなんとかできると?」
「いんや、微妙」
「ダメじゃないですか」
心配したらしたでこのザマだ。やはり3人で一気加勢に挑んだ方が現実的に思える。
「まー確かに小生は、お嬢やマシロの姐さん、カイセの旦那みたいに強くはないし、もちろんアンタよりも弱いし…」
チラッとナユタを見ながらそう言った。
「たぶんクオン嬢よりも弱い。うん、小生は北部でたぶん1番弱い」
「何を自信満々に言ってるんだ、お前は」
堂々と最弱宣言をかました彼はしかし、いっそ不敵なほどにふざけたような笑みを浮かべている。
「アンタらは討ち漏らしと元から群れを外れてるやつを遊撃しといてもらえればそれでいい。なーに、適材適所ってやつよ」
スッと目を細めるフーリは何かを見透かしたように。
「たぶんだけど、アンタは多対一好きじゃないし、クオン嬢は苦手だろう?」
「「!?」」
暁ナユタは多対一が嫌いである。もちろんこの一は自分だ。
ハッキリ言ってしかし、苦手ではない。なんなら得意な方だ。けれどもあまりやりたくはない。最後の手段にとっておきたかった。
クオン=クライスツェフは多対一が苦手である。周りのために多を一身に引き受ける。そういう戦いは嫌いではない。
しかし必ず彼女を無視するようにその多は辺りを荒らし尽くす。
ある単独任務では多勢で押し寄せる獣の群れに、処理落ちした彼女は呆然と守るべき住民が食い殺されるさまを見ていることしかできなかった。
各個撃破に動いても、周りから聞こえる悲鳴が彼女を焦らせ、自分をほっぽり出して周りを襲い続ける獣に戸惑いを隠せず、何も救えない現実に絶望してしまう。
彼女は悲劇的なまでに多対一に向いていない。
「そういうわけなんでフォローよろしく」
なぜか完全に見透かされたことに驚愕していた2人に向かって軽々しくそう告げた後、彼は大きく息を吸った。
身体全身に酸素を全て取り込むように、深く深く。
そして唱えた。
「【薙げ…ベルフェゴール】」
一陣の風が吹いた。
風利フーリは颯爽と、2人の前から姿を消していた。
しかし確かに彼が向いていた少し離れたところから、獣たちの最期の叫びがひたすらにこだましていた。




