Intro.2 エレナ=ヴィッケンシュタインという才能
エレナ=ヴィッケンシュタイン。
天下に轟くリベルタ三大財閥が一つ、ヴィッケンシュタイン財閥の四女である。
四女、つまりは財閥のトップに立つことはない。
五姉妹である彼女らは長女の生い立ちにより、継承権が少しばかり複雑ではあるが、それでも彼女がトップに立つことは絶対にない。
彼女は決してこのような辺境で、しかも生死をかけて戦うべき人間ではない。
ただのうのうと生きていれば、ただのうのうと生きていけるはずのそういう人間であったはずである。
それでも彼女はここにいる、戦場にいる、戦っている。
それは何故か、彼女が異常な人間であったからか、人間とは呼べない何かだったからか。
違う。
もし彼女が全てを包み隠さず話すなら、それは幼い彼女にとっての当然。
もしその当然を生み出した張本人が語るなら、それは天国にも似た極上の快楽。
もしそれを側から見ていることしかできなかった人間が答えるなら、それは救出しなければならない惨事。
もしそれを救出した人間が証言するなら、それは誰がどう見たところで変わらない、ただの地獄である。
◆
「………んんっ」
陽光差し込む寝台の上、他の隊員のものよりかは幾ばくか豪華なそれを下に敷き、エレナ=ヴィッケンシュタインは目を覚ました。
「眩しい…」
朝から目を突く鬱陶しい光を受けて、彼女はカーテンへと手を伸ばした。
遮られて暗がりへと転じた室内で、しかし彼女は再びカーテンを開け放つ。
もう北部に来てからの1年と少しですっかり慣れてしまっていたけれど、これは何年も何年も、どれくらいかはハッキリ覚えていない、けれども確かに長い間手を伸ばしても手に入れられなかったものなのだから。
「あら、今日もクオンちゃんは朝早くから頑張ってるのね」
窓から外を眺めた彼女はそう言った。
窓の外には誰もいない。誰が見ても生い茂った緑、透き通った青それ以外は何も見えない。
もちろん彼女が見てもクオンが見えているわけではない。生い茂った緑の中に見える動物であったり虫だったり、透き通った青を飛び回る鳥だったりが見えるだけだ。
そもそも窓から見える範囲にクオンはいない。
しかし、彼女には聞こえている。どちらかといえば後ろの方から激しく息を切らしたクオンの声が。
「いけない、これじゃあまた盗み聞きになってしまうわ!」
彼女が秘密の話を聞いてしまったことをクオンに告げて早二週間。正直に話した彼女をクオンは決して責めなかった。
しかし、してしまったということよりも盗み聞きという行為自体をクオンはあまり好ましく思っていない様子だった。
お友達の嫌がることをする者はお友達ではない。
彼女のその勝手な判断は彼女にその行為を辞めさせる。決して彼女自身が望んで盗み聞こうとしたわけではないのだが。
ピピピ……
どこかからこの長閑な風景に一切似つかない電子音が鳴り響く。
たまに響くこの音の正体は一体何なのだろうか。まるで彼女にだけ聞こえていて他には誰にも聞こえていないように、誰もその音を聞いた者はいない。
その正体が何なのか、つまりは彼女も疑問に思っていた。
ピピピ……
「あれ、何を考えていたのだったかしら?」
次の瞬間、彼女の思考は一層晴れやかになった。
脳裏には一切何の疑念もない。そのかけらも片鱗も、何一つ思考の端から端まで存在しない。
「ーーーー」
しかしやはりボーッと外を眺めているだけの時間はいいものだった。
彼女がかつていたところは自然とは無縁でどこか閉鎖的なところだったから。
「ーーー嬢」
それにしても今朝はいつも起こしに来る彼がなかなか現れない。もしかするとお寝坊さんなのかもしれない。
仕方がないから起こしに行ってあげよう。
「お嬢!」
バンッと扉が勢いよく開け放たれた。
「もう、フーリくん。今朝は来るのが遅いんじゃないの?」
窓から扉へと振り向いた彼女は破顔していた。
「いや、ずーっと呼んでるのに出て来なかったのはお嬢でしょうが!」
扉を開けた彼は血圧が低そうな顔をして、しかし、それにしてはよく声が出ていた。決して寝起きではないのだろう。
「あら、そうなの?」
彼女は一瞬キョトンとしたが、何かを思い出したかのようにそのまま続けて。
「ごめんなさい、全然聞こえていなかったわ」
300メートル以上離れた森の中、少女の切らした息を聞き取っていた彼女は、事も無げにそう言った。




