Interlude2 熾天使の宴
「…ねぇ〜、何でわざわざ私たちが集められれるのぉ〜?」
「さぁ〜、私に聞かれても分からないよぉ〜。皆はぁ〜?」
「「「知らなぁ〜い」」」
仄暗い空間に間の抜けた声がこだまする。
集められたと豪語する少女たちは皆一様に同じ姿、同じ声、同じ話し方。
可憐な少女たちの宴、ただ眺めていれば、それはそれは温かな気持ちになるような可愛らしい光景だ。
しかし、そこはどこだろう。木々に囲まれた森の中、ひっそりとたたずむ石造りの建物。
一見家にも見えるが屋根がない。地下室にも見えるがその入り口はない。
鬱蒼と生茂る木々が限りなく日の光を、星々の輝きを妨げる。
「…どうやら5番目の個体が消滅したようです」
鈴の音のような声が少女たちの作り上げた喧騒を遮る。
とたんに少女たちは声の方へと振り返り、横一列に整列した。
それは突然のことだった。
まるでそこに現れた存在を祝福するかのように月光が真っ直ぐにその存在を指し示す。
一様に頭を垂れた少女たち。ふと見上げるとそこには少女たちを成長させたような、面影が残る女性が君臨していた。
煌々と光に照らされ、また彼女自身が放つオーラがそれ以上の神々しさを演出している。
彼女が立って初めて分かる。ここは祭壇なのだ。
祭壇などというものを見たことがある人間が果たしてこの世界にいくらほど存在しているのだろうか。
人類が初めて神々を退けてからほとんど全てが破壊されて久しい。
「「「本日もお美しい姿です、母個体」」」
少女たちのうち3人がうっとりとした表情で魅入られたように、さりとて寸分の狂いもなく同じタイミング、同じ声で同じ言葉を吐いた。
「ふふ、ありがとう。あなたたちも皆今日も可愛らしいですよ」
少女たちの元へと降り立った彼女は1人、また1人と全員の頭を撫でた。
少女たちは皆幸せに満ちたような顔をしている。
「5番目が消滅したというのは本当ですか、母個体?」
「母個体が嘘をつくわけないじゃぁ〜ん」
「違うよぉ〜、母個体に心を奪われてちゃんと聞いてなかったから、確認し直してるんだよねぇ〜?」
口々にさっきの3人が言葉を並べる。
母個体と呼ばれた彼女に向けてと、他へ向けて、明らかに言葉遣いも態度も違う。
「構いませんよ、子供たち。ええ、本当です。消滅した彼女の肉体から、魂と授けた権能が私のもとまで帰ってきたのです」
「いったい誰がそのようなことを?」
今まで無言だった少女の1人が母個体に問いを投げた。
「それはね……アスモデウス」
「なっ、そんな馬鹿な…まだ覚醒前だという話ではなかったのですか?」
最後の少女が驚いたように声を上げた。
ここにいる少女は全員で5人。
なぜかその横一列の並びは所々歪に飛んでいる。
「……と私も初めは思ったんだけどねぇ〜」
ここへ来て母個体の持っていたその威厳が一気に弛緩した。
どうやら少女たちに崇められる彼女にも茶目っ気というものが存在したらしい。
「「「ああ、冗談を言う母個体も美しいです」」」
「ふふふ、ありがとう。
…でも彼女が今代のアスモデウスの契約者と接触したのは本当のこと。どうやら不幸にもアスモデウスと契約してしまった女の子が彼の地へと入ってきたみたい」
母個体の言葉とともに、5人の少女たちがざわめき始める。
少女たちは顔と顔と付き合わせ、目と目を向けあい、騒々しく話し始めたのだ。
「彼の地に入ったなんて聞いてないよぉ〜」
「そもそもぉ〜、5番目は何で私たちには何も言わなかったのぉ〜?」
「それはきっと抜け駆けして母個体に褒められたかったからだよぉ〜」
「でもそれにしたってぇ〜、5番目が消滅することなんてあるのぉ〜?」
「母個体、やはりアスモデウスは覚醒してしまったのですか?」
「落ち着きなさい、子供たち」
慈愛に満ちた声が開けた祭壇を包み込む。
母個体は微笑を浮かべて語りかけるのだ。
「結論から言えば、まだ覚醒はしていません。そしてどうやら先代と違い、まだ自力も備わっていないみたいね」
母個体の言葉に少女たちは口々に安堵の声を漏らす。
しかし、ここで一つの疑問が浮かんだ少女たちのうちの1人が母個体に尋ねた。
「それでは母個体、いったい誰が5番目を?」
「それはね…」
母個体が口に出したその名前に一同は再び目を見開く。
「どうして…」
「どうしてそんな…」
「低位の悪魔なんかに…!?」
母個体の言葉を信じるならば、そんなことはあってはならない。
少女たちにとって、その敗戦は母個体の名前に泥を塗る行為に等しい。
それほどまでに起こってはいけないことが起きてしまっていた。
「う〜ん、私も今そのことに関しては正直に言って分からないことが多いのだけれど…ただどうにもここ数年の彼の地は不穏な予感がするわ」
母個体も事態をはかりかねていた。
曲がりなりにも自身の子が、自身の権能を与えた5番目の子が、そこまで低位の悪魔の一契約者に消滅させられるなど思ってもみなかったのだ。
それも少女たちには伏せていたが、何の反撃もできず、ただ一方的に蹂躙されていた。
「でも、本当のことなのよ。彼女の魂が教えてくれているの」
「母個体のおっしゃることを疑ってなどおりません」
いくら信じがたいことであっても事実は事実。
そして母個体の言葉を決して少女たちは疑わない。
「そう、ありがとう。それでね、今日はあなたたちに彼女の遺した情報を共有しようと思って集めたの。
どうする?一度私の口から聞きたい?」
「「「もちろんです、母個体」」」
「彼女の記録によれば確認した反抗勢力は6人。最重要標的のアスモデウスの契約者とベリアルの契約者は一緒に行動する傾向にあるそうよ。
残り4人のうち彼女の判断した危険人物は3人、件の悪魔の契約者と…後2人はあまりはっきりした情報はないわ」
「残りの1人は?」
「残りの1人は…うん、さしあたって障害にはならない、と彼女は判断したみたい。私も同じ結論よ」
「「「了解です、母個体」」」
5番目の個体の遺した情報を全て話し終えた母個体は続いて一番端に座す少女の方を向いた。
「頼んでいた調査は終わったかしら?」
「はい、母個体」
少女は直立して、声を上げる。
最も口数の少なかった少女が報告を開始した。
「現在彼の地では、ルシファー、並びにその契約者に一切の動きはありません。また、今後も動き出すような形跡は見受けられません。
何か行動を起こすにしても、妨害は一切入らないものと思われます」
「そう、ありがとう、それは僥倖ね。
あなたたち、これからはアスモデウスを標的とした行動の自由を認めます。可及的速やかに、しかして、一切の妥協と油断なく、万全の態勢を持ってして、標的を抹殺しなさい。
今から5番目の得た全ての情報をあなたたちにも授けます」
母個体が手を掲げる。そこには5つの光球が発現し、少女たちのもとへと飛んでいった。
光球が少女たちを包み込む。
仄暗い空間が一際強い光に包まれた後、すぐにその光は消えていった。
「さあ、あなたたちの活躍に期待していますよ。くれぐれもあなたたちは私を失望させることがないように…頑張ってくださいね」
「「「「「はい、母個体」」」」」
柔らかな微笑を浮かべた母個体は、少女たちの一糸乱れぬ返事に満足し、そして祭壇から消えていった。
「「「ああ、母個体は今日も美しかった」」」
仄暗い空間に残された少女たちはいったいどうするのか。
「ちょっとぉ〜、母個体から任務を受けてたなんて羨ましいんだけどぉ〜」
母個体に対する口調から少女たちの口調は元に戻っていた。果たしてどちらが本当の少女たちなのか、一切の判断はつかない。
「そうだそうだぁ〜」
「そもそもそんな情報どうやって調べたのぉ〜?」
「う〜ん、ちょっと利害の一致した人間とぉ〜、制約に基づいた仲になってぇ〜」
「あぁ〜、そういえば仲良くなった人間がいたぁ〜、とか言ってたっけぇ〜」
「ふふ〜ん、もう少ししたら動き出すしぃ〜。母個体からもらった情報がぁ〜、あの子の喜びそうなのがあったんだぁ〜」
「もう動くのぉ〜?」
「うん、この様子だとぉ〜、アスモデウスの契約者を殺すのも私になっちゃうかなぁ〜」
「すごい自信だねぇ〜」
「そうだよぉ〜、なんて言ったってぇ〜、私とあの子が組んだらぁ〜、たぶん最強だも〜ん」
「なんていう子だったっけぇ〜、その子?」
「え〜っとねぇ〜……」
「クロエ=ヴィッケンシュタインっていうんだぁ〜」
少女たちはそれぞれ自分の居場所へと帰っていった。




