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神とたたかう人でなし。  作者: 瀬々良 未完成
北部戦線の再始動
17/33

Chapter1.1.4 世界に祝福されている

 ギオルド暦146年5月31日

 中央本隊養成学校104期生卒業

 生徒総数1503人

 卒業者数206人

 留年者数642人

 除籍者数655人(内死亡者数362人)


 首席:クオン=クライスツェフ


「凄いよね、途中からずっと成績一番だったし」

「戦闘訓練もほとんど1人で終わらせちゃうもんな」

「二級指定の天使を撃退したって話だし」

「でもあの人と一緒の班の人って誰かいたっけ?」

「噂では、皆死んじゃって形見の武器だけずっと使ってるらしいよ」

「へぇー、可哀想だね」


 感情のこもっていない同情などいらない。


「ここを主席で出るっていうことはもう将来安泰でしょ?」

「何か噂じゃあ明日から中央本隊に配属が決まってるらしい。しかも一桁台」

「凄すぎるでしょ、一桁って。将来有望そうだし今のうちに取り合っておこうかなー」


 邪に近づいてくる人間なんて迷惑だ。


「やめとけって、知らないのか?」

「え、何が?」

「死んだ連中のほとんどがあの人との任務中なんだぜ」

「本当に?」

「ああ、そうらしい。教師連中もきみ悪がってあんまり関わらないようにしてるらしいしな」

「確かにずっと1人でいるもんね」

「あの人と仲良くなったら皆次の任務で死ぬらしいからな」

「そんなのまるで……」


 自分より強かった人(ミハエラさん)でも無理だったんだ。どうしてその逆の人達でどうこうできるだろうか。


 丸聞こえのひそひそ話は彼女にとって慣れっ子だ。

 親友がいたときのそれは羨望と嫉妬が混じったある種前向きに捉えるもので、誰も自分の周りからいなくなった後のそれは悪意と恐怖の入り混じった、彼女の何にも響かないただの空虚な音塊でしかない。


 彼女が自分に貼られた不名誉なレッテルを引き剥がすには、自分よりも強い人間でなければまず不可能だ。

 だから彼女はよりレベルが上のステージへと進む。もはやここには叶えるものは存在しなかった。


 きっと配属先の先輩方は失望するだろう。鳴り物入りで入ってきた実績と実力を兼ね備えた人材が、蓋を開けてみればろくな活躍もしていない無能なのだから。

 彼女が引っ提げた功績は、ほとんどが彼女のものではないのだから。


 その昔、周囲の期待を一身に背負い、純然とした意志を持ち、何よりも約束された将来に目を輝かせて門をくぐった少女がいた。

 五年の歳月を経て、成長した彼女は再びその門をくぐる。悪意と恐怖の念にさらされ、大切な人を失い、淀んだ目をした彼女は、唯一の形見である大槌ハンマーを手に持っていた。


 かつて抱いていた彼女を形作っていた根幹の感情など、今の彼女を苛み、悩ます毒でしかない。


 ◆


 ギオルド暦146年6月1日

 クオン=クライスツェフ、中央本隊第七部隊入隊


「本日より中央本隊第七部隊に配属となりました、クオン=クライスツェフです。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


 彼女の心に何が起こっていようが、彼女の本質は未だその形状を保っていた。

 礼儀正しく、上下関係を重んじ、真面目に規律を守るまだ幼い彼女を皆一様に歓迎した。


 中央本隊第七部隊総勢は32名となり、主には中央区の防衛、要請に応じて辺境へも派遣される実働部隊だ。

 中央本隊はその中枢の守りに本当の主戦力を配置するため、実働部隊は第六部隊以降となり、その中でも上位の実力者、並びに育成のためのベテランと若手が均等に在籍している。


 ギオルド暦146年6月13日

 この日、クオン=クライスツェフは12歳となった。


 第七部隊配属となって初めての彼女の誕生日を仲間達は盛大に祝うことを提案した。

 親睦を深めるという意味もあるし、何よりどこか俯きがちな可愛い後輩に前を向かせてあげようという彼らの真心がこもっていた。


 しかし、事態は風雲急を告げた。

 北部で何か凄惨な事件が起こったため、その対処に当たった隊の穴埋めを第七部隊が任されてしまったのだ。


 任された場所は小さな街。その上普段は街から出ない限り危険はない。

 北部で何が起こったのかは知らないが、すぐに済ませて交代の番が来るだろう。

 そうすれば帰って彼女を祝おうと第七部隊の面々はそう思いながらも落ち着いて任務に当たった。


 この日起こった2つの悲劇が2人の少女に暗い影を落としたことを知る者は少ない。



 ギオルド暦146年6月13日、クレタ街防衛戦

 出撃人員:中央本隊第七部隊全隊員

 被害状況:クレタ街半壊


 ーーーーーー死者89人、内9人が第七部隊の隊員である。



 ダメだった。また自分の周りで人が死んでいった。

 12歳の誕生日というめでたいはずの1日を枯れない涙を流しながら終わらせた。


 でも、まだ分からない。本当にたまたまなのかもしれない。

 もう彼女に止まっている余裕などありはしない。



 ギオルド暦146年6月29日、???征伐

 ーーーーーー死者63人



 まだ、それでもまだ彼女は。



 ギオルド暦146年7月18日、???防衛戦

 ーーーーーー死者72人



 まだ、まだ……



 ギオルド暦146年8月3日

 ーーーーーー死者92人



 まだ…



 ギオルド暦146年8月25日

 ーーーーーー死者105人



 ………



 ギオルド暦146年9月20日

 ーーーーーー死者126人



 ああ、そうか。もしかしたら、自分が誰かと一緒に任務に行くから、だから大事な人が次々、一般市民も同じようにいなくなってしまうのか。


 彼女はもう道は一つしかないと感じた。

 周りの何も見えなくなった彼女は気づけば単独での任務についていた。

 彼女は全く失念していたのだ。


 クオン=クライスツェフが決して強いはずなどないということを。



 ギオルド暦146年10月31日

 クオン=クライスツェフ初の単独任務

 失敗


 ーーーーーー死者238人



「…………はは」


 なぜだろう。どうして何もうまくいかないのだろう。

 いったい自分の周りで、自分のせいで何人死んだのだろう。


 死ぬ目には何度もあってきた。その度に誰かに助けられて、身代わりのように誰かが死んでいった。

 助けられなかった誰かが、直前に目の前で遊んでいた子供たちが気づけば跡形もなくなっていた。


 大事な仲間を失って、誰かと一緒にいるのが怖くなって、1人で行動をとってみれば失敗する。


 想定外の事態に毎度のごとく巻き込まれた。

 それは単独でも複数でも平等に。

 単独任務で起きたそれはまず自分は助からないはずだった。

 しかし、多くを殺した化け物達は自分に構わずなぜか帰っていった。

 気づけば無傷の自分と、瓦礫と粉塵、血溜まりだけが残っていた。


「……ははははは」


 単独任務の報告を終え、沙汰を待つ彼女は夕暮れの中、当然自分しかいない自室でへたり込んだ。


 もう涙も何も出ない。

 死に触れすぎて、そのたびに涙が出て、感情が摩耗して、おかしくなっていた。


「……あははははは」


 乾いた虚な笑い声だけがひっそりと響く。


「あー」


 突然何かを思いついたように見慣れたようで見慣れない天井を仰ぐ。


「もう、死んでしまいたい」


 ひびだらけのクオン=クライスツェフの根幹がついには砕けた。

 クオン=クライスツェフという人間が死んだ。

 彼女は知らぬ間に、死ぬために戦うようになっていた。

 もうこれ以上自分が生きていては周りの見知らぬ誰かにまで影響が及ぶ。大事だ人までそこに至らしめる。


 しかしどうしてだろう。どうしてか、そんな理由で、その程度のことでは彼女は死にたくなかった。


 真面目で、実直で、真摯で、責任感があり、由緒正しき家柄に生まれ、将来を嘱望され、周囲の期待に応えるために努力を怠らず、生きていることへの感謝を抱いていた、そんな少女はもういない。


 真面目で、実直で、真摯で、責任感があり、由緒正しき家柄に生まれ、嫉妬と悪意に晒され、過大な評価だけを背負い、生きることに苦痛を抱いた彼女は、結局のところ、他人のために自分を殺せるほどの高尚な人間にはなれなかったのだ。


 心が荒んだところで与えられた任務を拒める彼女ではなかった。


 ギオルド暦146年11月14日

 ーーーーーー死者53人



 あれ?



 ギオルド暦146年11月22日

 ーーーーーー死者40人



 何だ……良かった



 ギオルド暦146年12月1日

 ーーーーーー死者12人



 今日は()()()()()()死んでなかったんだ……。



 しかし、彼女は出世した。

 いよいよ任務の度に出る人死にの原因が彼女かもしれないと疑いの目を向けられた頃、入隊から一年とわずかしか経っていないにもかかわらず、彼女は副隊長の座まで登り詰めていた。


 ◆


 ギオルド暦147年8月4日、

 ジゲン=クライスツェフは年甲斐もなくはしゃぐ気持ちが抑えられなかった。

 齢6歳までではあるが手塩にかけて育てた孫娘との久しぶりの再会である。


 かねてから手紙や通話によるやりとりが行われてはいたが、それも孫娘が正式に中央本隊に入隊してから1年と少しはそれもめっきり途絶えていた。


 望んでではないが中央本部でそれなりの地位にいた彼は、どうやら孫娘に今日、本部への出頭命令が出されたという情報を知るや否や、さっさと公務を切り上げて勝手に会いに行くことを決意した。


 恐らく真面目な孫娘のことなので呼ばれた時間よりもかなり早く到着することだろう。

 ならばサプライズとお茶目心を働かせ、正面入り口で待ち伏せでもしてあげようと、押し寄せる年波も何のその、年齢より随分と若々しい彼はそこに仁王立ちしているのだ。


 子供の成長は早いもの、女児ならもう第二次性徴期を迎えているのだろうか。何にせよ、見た目も自分の記憶とは幾ばくかの相違があるだろうが、自分の孫娘への愛情があればそんなもの看破できると満々の自信を滾らせていた。


「おい、クライスツェフ伯はあそこで何してるんだ?」

「確か孫娘が来るから外で待ち伏せするとか言って飛び出して行ったはず」

「うげー、孫コンってやつかー。ちょっときついなー」


 通りがけの職員達がコソコソ話しながら通り過ぎようとする。


「聞こえているぞ」

「「ひっ、す、すいません!」」


 雰囲気も一転、威厳たっぷりの声音に驚いた2人組は慌てて立ち止まり何度も頭を下げる。


「はっはっは…構わんぞ。今の儂は機嫌が良いからな。何ならお前たち2人も儂の可愛い孫娘を見ていくか?」


「すいません、通ります」


「おっと、失礼……して、どうだね?」

「い、いえ、僕たちは……なあ」

「え、はい、お孫さんとの時間に水を刺すわけにもいかないので…し、失礼します!」


 言葉だけを置き逃げて、すたこらさっさと走り去っていく2人組の背中を悪戯が成功した子どものような笑顔で見つめる老人が1人だけ残された。


「さて、いつ来るのかなぁ、儂の孫娘は……」


 二時間後……


(おかしい)


 孫が来ない。

 聞いていた出頭命令の時間の一時間前から待ち構え、聞いていた出頭命令時間の一時間後になっても姿が見えない。

 かれこれ二時間、仁王立ちをしているのでさすがの彼も足腰が震えていた。


 いったいどういうことだろうか。

 確かに6歳の頃から我がもとを離れた孫娘ももう14歳。

 自分の知らぬ存ぜぬところでいろいろな経験を経た結果として、真面目な孫娘は変わってしまったのだろうか。


 いや、それとも多感な年頃だ。彼女の生い立ちを考えれば周りの人間との相違に苦悩する時期かもしれない。

 周囲の大人や社会に対する不満が析出し、命令違反という形でそれが発揮されることも考えられる。

 端的に言えば、反抗期である。


(可愛い孫娘に反抗なんてされたら、儂死んじゃうよ)


 悶々と一人あれでもないこれでもないと理由を思案しながら、うんうんと唸るご老体。

 道行く人々は好奇の目を向けてすぐ恐怖感からそそくさと逃げていく。入り口の前にいるのが本当にたちが悪い。

 それなりに立場のある人間というのは扱いに困るのである。


「もしかしてお祖父様ですか?」


(誰じゃ、儂のことをお祖父様などと呼んでいいのは可愛い孫娘だけで……孫娘!?)


 言われてみればどこか聞き馴染みのある声、鮮明に記憶に残っているそれと違うのは声変わりでもしたのだろう。

 ガバッと声のした後方へ振り返るとかつての面影をそのままに成長した孫娘が、その小柄な体躯に似つかわしくない巨大な大槌(ハンマー)を半ば引きずるように持って立っていた。


「来た時にもしやと思っていたのですが急いでいたので確認を怠っていました。すいません」

「………」


 どうにも腑に落ちないのは一体いつ彼女がここを通ったのか。二時間前から陣取っていた彼でさえ彼女の存在に気づけないでいたのだ。


「たぶん二時間弱前頃にここを通ったのですが、お祖父様のような方が誰かと話していたので気になって戻ってきたのです」


 ガツーンと脳髄に響く衝撃がこだまする。

 ジゲン=クライスツェフ一生の不覚。実の孫娘に気づかない。


 軽く失神しかけている彼のことなどつゆ知らず、本当に久しぶりの祖父との相対に興奮を隠しきれない様子のクオンはいよいよ彼に近づいた。


「本当に久しぶりですね、お祖父様」

「…ああ、そうだね、クオンちゃ…」


 晴れやかな笑顔で挨拶をするクオン。

 ああ、長らく会ってはいなかったが彼女は昔のままで…


「……()()()クオンちゃんなのかい?」


 ただ何年も会わなかったからではない。刮目して見ているのも事実だ。

 しかし、近くまで来てようやくジゲン=クライスツェフは理解した。どうして自分が可愛い可愛い孫娘を見逃すようなことが会ったのか。


 外見が違う。時の流れを考えれば至極当然である。

 声が違う。時の流れを考えれば至極当然である。

 態度が違う。時の流れを考えればよそよそしくなるのも至極当然である。

 当然は当然である。当然ならば彼は、ジゲン=クライスツェフは、クオン=クライスツェフを見逃すはずがないのだ。


 目が違う。彼の知るクオン=クライスツェフの目は輝いていた。

 笑顔が違う。彼の知るクオン=クライスツェフの笑顔は弾けていた。

 雰囲気が違う。彼の知るクオン=クライスツェフの雰囲気はそれはもう陽だまりだった。

 何よりもクオン=クライスツェフがクオン=クライスツェフたる何かが完全に欠如していた。


「いやですね、お祖父様。私は正真正銘、クオン=クライスツェフですよ」


 あははと笑ってみせる彼女。

 彼女はきっと心の底から笑っているつもりなのだろう。ただかつての彼女を知る彼にとってその笑顔はクオン=クライスツェフではないのだ。その目も、雰囲気も、何もかも。


「それでは私はこれで失礼します」


 そこから先待ちに待った孫娘との再会の時間は呆気なく終わりを迎えた。

 当初、時間が許すなら夕食でもと考えていた彼だったが、とうとう彼女を呼び止めることができなかった。

 見るに耐えない彼女と長く時間を共にすることなど彼にはできなかった。


(……いったい何が起こっている?)


 もちろん彼の耳にも多くの彼女の功績が届いていた。わざわざ調べなくても届くその数々に彼は調査を怠ったのだ。

 彼女を自分の手元から手放すということは彼にはその責任が付きまとっていたはずなのに、孫娘可愛さに彼は怠慢をはたらいた。


 翻って彼は彼女の動向を徹底的に調べ上げた。

 ただ何もそこまでの調べは必要なかった。すぐさま見つかる夥しいほどの死の事実がその答えだったのだ。


(………)


 ジゲン=クライスツェフは彼女の、クオン=クライスツェフの取り扱いを完全に誤った。

 彼女の母、彼の娘が死んだときから分かっていた、絶対に握っておかなければならない手綱はもう手放されて久しい。


「………っ!」


 彼は急いで通信機を手に取った。

 こんな旧式の、もはや過去の遺物と化したものを未だに利用している人間などほとんどいない。

 ただ今から連絡をとる彼女との通信手段はこれしかない。なぜなら彼女は北部戦線にいるからだ。


「… … … …」


 通信音が響く。こんな受信待ちの時間も今や煩わしい以外の何者でもない。


『こちら()()=()()()()()()()()

「……儂だ」


 クライスツェフを名乗る彼女は愛想のない答えに彼もまた返す。この二者間に挨拶など不要。この程度で事足りる。


『……ははは、これはこれは義父殿、そろそろだと思っていたよ』

「ふん、相変わらず食えない義娘だ。言わずとももう分かっているというのだろう」


 彼は一度目頭を強く抑え、何かを決心した。苦渋の、彼の全てをかけるようなそんな決断だった。


「…クオンちゃ……いや、クオン=クライスツェフをお前に預ける」

『……相変わらずは義父殿も変わらんだろう。常々身内には甘い男だ。私以外のな』


 対する相手は打って変わって心底楽しそうだ。自分を卑下しているはずが、決して自分を卑下していないように聞こえる。


「……もう彼女を普通の人間として扱ってはいけないところまで来てしまっている」

『はぁ、だから言ったんだよ。もっと早くから私に預けておくべきだったんだ』

「そんなことが……っ!」


 誰が彼女のような異端に可愛い孫娘を引き渡すものか。今でさえ本当はこんなことなどしたくはなかった。愛娘を失った彼が未だ健在なのは孫娘の存在が大きいのだから。


『まあまあ落ち着いて落ち着いて……悪いようにはせんよ。……あなたの愛娘の、ミライ=クライスツェフとの約束だからな』


 詳細は追って伝えること、彼が諸々の処理を受け持つことが確約されて、この場での通信は終わりを迎えた。



 ギオルド暦147年8月26日

 クオン=クライスツェフに無期限謹慎命令発令



 いったいこの命令自体にどれほどの効果があったのか。はっきりとしたことは分からないが、しかし、中央本体における不測の事態、不慮の事故、そして何より死者の数が激減したという。


「はっはっは、こんなところで不貞腐れていたのか、我が愚姪よ」

「……叔母様?」


 トワ=クライスツェフが現れた。

 突然謹慎を命じられ、あてがわれていた自室も理不尽に追い出された彼女は祖父のもう使っていない別宅に身を寄せていた。

 何をするでもなく、日がな一日中座り込んでぼーっと窓から外を見る。

 少々山奥にあるそこに人がやってくることはなく、よって関わることもない。

 このまま誰に見られるでもなくひっそりと過ごそうと、もう誰の死ぬさまも見ずに親友の元へ行こうとそう考えていた。


「おおかたここで誰の目にも触れずに野垂れ死のうとでも思っていたのだろう?【疫病神】の最期には相応しかろうがそうはさせんぞ」

「……放っておいてください。あなたと私の間に関係性なんてありません。一度や二度顔を合わせた程度でしょう」


 座り込んで俯いたまま閉ざす。もうこれ以上誰とも関わりたくない。

 周りで人が死ぬのも嫌だが、今の彼女はそれ以上に人の目に晒されるのが嫌だった。


「甘ったれるな、お前に拒否権はない。お前の祖父に預けられたし、お前の母には任せられた、お前に権利はないが私には義務がある、来い」

「痛っ…離してください!」


 おかしい。確かに女性にしては多少差は高いが、それでもこんな力がいったいどこから出ているのか。

 終始余裕の笑みで、今も力を入れている素振りすら見えない。


「はっはっは、軽いなお前も。信念も何もかもすっからかんなお前らしい」


 快活な笑い声とともにそんな毒をあっさりと吐くトワ=クライスツェフ。

 そんなことを言われてしまっては弱りきったクオン=クライスツェフでさえ数々の無礼も相まってカチンと来る。


「何なんですか、私はもうどこにも行きたくないんです、誰にも関わりたくないんです!!」

「嘘だな」


 目を細めたトワ=クライスツェフはピシャリと言い放った。ここに来て、初めて彼女は声音を変えた。


「お前はここにこもっていてもどうせそのうちまた外に出る。人と関わる。そいつらは死ぬ」


 何を根拠に、と憤ったクオンに彼女は続ける。


「お前はそういう人間だ、いや、もうお前は立派な()()()()だよ。現にお前は……そうだな、初めのは別か、中央本体に所属してからのことを考えてみろ。瞬間だけだろう、死者を思って心が痛むのは?」

「なっ……そんなことは…」


 ない、と言い切ろうとした。

 言い切れなかった。

 思い出されるのは親友の死のみ。他の者の、それがたとえ共に戦った戦友だとしても、死を悼む感情が湧いてこなかった。


「はっはっは、図星だろう。そして考えてみろ。お前が尻尾を撒いて逃げてきた理由は何だ?自分が死なせた誰かへの罪の意識か?」

「そうに決まって…」

「違うな」


 またピシャリと言い切った。

 クオンに反抗する気などもう起こらなかった。

 トワ=クライスツェフのその目が、自分がひた隠してきた醜悪な姿の全てを詳らかに見透かされていそうで。


「お前はもう死んだ有象無象のことなんてたいして考えていないだろう?お前が気にしているのは自分のことだけだ。お前はただ自分の周りで人が死んでいく事実に疲れただけだ」

「うっ……」


 言われてしまった。

 彼女自身も気づいていた。

 いつの日からか自分が死んだ人間のことなど考えていなかったことに。

 いつの日からか死んだ人間の数だけが自分にのしかかっていたことに。


「……たとえ…たとえそれが事実だとしても、私はもうここから出る気なんて…」

「出るさ。断言しよう、お前は出る、一月と持たんだろう。お前は自分の都合さえ良くなればすぐ行動する。そういう人間だからミライではなくお前が選ばれたんだろう」

「お母様ではなく……?」


 どうしたというのだろう。自分の虚構まみれの皮をベリベリと剥がし続けた彼女の言っていることが急に分からなくなった。

 どうしてここで自分の母の名前が出てくるのか。


「何、別に私はお前のことを蔑んでいるのではない。称賛しているのだ。しかし…生まれて間もないお前に乗り換えるとは、魂レベルでそうだったんだろうさ。はっはっは、とんだ才能の持ち主だよ、お前は」


 一つ大きく息を吸い、トワ=クライスツェフは声を出す。


「今日からお前は私の下で生活してもらう。何、悪いようにはしない。お前は私以外の誰に会う必要もない。その上、お前を悩ますそれも、私なら解決できるかもな…」


 最後の言葉が決め手となった。

 もう彼女から逃れることなどできはしない。そもそも祖父の命令とあるならば初めからクオンに逆らう余地などなかったのだが。

 それに【疫病神】と呼ばれる彼女のそれを解決する方法を、本当に彼女が提示できるならばどうしても知りたい。

 それができればもう、自分が苦しまずに済むのだから。


 その後トワ=クライスツェフの下でクオンがどういう生活を送ったのか、さして語るべき重大事項はない。

 ただ彼女はひたすらに、煽られ、蔑まれ、痛めつけられ、それと同じくらい、もてはやされ、称賛され、大切にされた。


 そして…



 ギオルド暦149年8月26日

 中央本体第七部隊所属クオン=クライスツェフ、第七部隊及び中央本隊より除名並びに北部戦線への異動命令


 クオン=クライスツェフに尊大な心を植えつけて、序列戦においてその全てを打ち砕くまでの全てが、実はトワ=クライスツェフの策略であったことを彼女は知る由もない。

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