Chapter1.1.0 始めようか希望的観測
「燃えろ!」
炎が放出される。
「はあぁぁぁぁぁ!」
横では大槌を振るうクオンがいる。
「うんうん、頑張れぇ〜。すぐに死んじゃったらもったいないもんねぇ〜。」
前方では少女が1人笑顔で応援している。
「ほらほらぁ〜、のんびりしてると次が来ちゃうよぉ〜。」
その少女の言葉通りすぐに次が湧いて出てきた。
俺たちはその少女と戦っているのではない。少女の呼び出す神獣と戦わされているのだ。
少女はその様をサーカスでも観ているかのように楽しげに観察しているのだ。
「はぁはぁ……」
「大丈夫か、クオン。」
「…はい、まだやれます。」
幸い呼び出される神獣たちは皆俺たちの基準で見ても小型なので何とか持ち堪えている。
「いかんせん数が多いな…」
先に戦った猪型の他にも鳥やら蛇やらが倒してはまた現れを繰り返している。
(もうこっちは満身創痍なんだが。)
1日に2度に渡る戦闘時の暴走は案の定身体を蝕んでいた。
何とか連絡を取る方法が欲しい。増援が来なければこのまま擦り潰されて俺たちは終わるだろう。
「ハッ…全く嫌になる。」
妙案は浮かばないが冷や汗と苦笑が浮かび上がる。
唯一思いついた案は全く使えない。死人を2人から3人に増やせるだけの意味などない案だ。
どうせ命と引き換えに何かを成すなら誰かを殺すより誰かを生かしたい。
「暁さん!」
「っ……!」
意識外からの攻撃だった。クオンの声で何とか反応はできたが、神鳥の翼は俺の横腹を切り裂いていた。
「大丈夫ですか、暁さん。」
「ああ、助かった。ありがとう。」
追撃を避けながら傷口を焼く。
「あらら、もう終わりかなぁ〜。かわいそうにぃ〜。」
相変わらず間延びした喋り方で高みの見物をしている。
「暁さん、あなただけでも逃げてください。あの子の狙いは私一人のはずです。」
肩で息をしながらその大槌振り回す彼女は俺の心配をしていた。
「ハハ…俺の心配よりも自分が生き残ることを考えろ。」
「……私のことはいいんです!このままじゃ暁さんが……」
「大丈夫、大丈夫。このくらいどうってことないさ。」
嘘である。だが無理して口角を上げる。負の感情は連鎖するのだ。それを止めねばならない。
「でも……」
まだ涙目で何かを訴えようとするクオン。しかしそれを遮るのはあの少女だった。
「じゃあぁ〜、次はもうちょっと大きいのを呼んじゃおぉ〜。」
グルルル……
そんな陽気な掛け声の後ろから、現れたのは狼の群れ。もちろん野生の狼のはずもなく全身を銀色の硬い皮膚に覆われている。
その群れの後ろから一際大きな、全長目測20メートル強の身体を持った神狼がゆらりとその身を現にした。
「お兄さんもぉ〜、そのお姉さんが言ってるように早く逃げないとぉ〜、また死んじゃうよぉ〜。」
「?」
またとはどういうことだろう。俺は一回死んで生き返ったなどという特殊な思い出はない。
「あれぇ〜、お姉さん一緒に行動してるのに何も言ってないのぉ〜。」
「……黙って。」
ポツリとクオンが呟いた。
「ふ〜ん、仕方がないから私が教えてあげるよぉ〜。そこのお姉さんと一緒にいるとねぇ〜、皆すぐにぃ〜……」
「黙って!!!」
激昂した。
「え〜、お姉さんが大事なこと隠してるからかわりに行ってあげてるのにぃ〜?」
「黙ってください!そもそもあなたが私の何を知っているのですか!」
俺には何の話かは分からない。しかし、今のクオンは怒りに顔を歪ませているのに顔色は真っ青だった。
「何回も見てきたからねぇ〜。」
「私はあなたに会ったことなどありません。」
「うん、お姉さんに会うのは初めてだよぉ〜。」
「じゃあ、一体何を……!」
「何回も見てるんだよ。」
その少女の雰囲気がガラッと変わった。
「そいつの力をうまく扱えずに自壊していく哀れな哀れな人間たちを…。」
…………
少女の目は捕食者の目、さっきまでその目をしていた狼達も怯えて、静まり返っていた。
「そういう可愛そうな子達をねぇ〜、私が覚醒する前に間引いてあげるのぉ〜。」
一転してさっきまでの調子に戻った。
ただし、その表情はさっきまでの無邪気な子供の笑顔ではなく、快楽に身を落とした恍惚とした笑みへと変わり果てていた。
◆
「もう少しお喋りしたいけどぉ〜、部外者が邪魔だよねえ〜。皆、あのお兄さんをやっちゃえぇ〜。」
周りの狼達が一斉に暁さんへと襲いかかった。
「あっ……」
助けに行かなければ…そう思っているのに身体が動いてくれなかった。私よりも彼の方が身体は限界なのだ。今や私の方が動けるし戦える。
現実の実力差的にはあり得ないことが今起こっている。
いつもと同じだ。いつもと同じようにまた私は失ってしまう、失わせてしまうのだ。
「ねぇねぇお姉さん。」
ビクッと身体が硬直する。私を殺すと宣言した少女の接近に気づけないほど私は参ってしまっていた。
「お姉さん、友達あんまりいないでしょ?」
何を言い出すのだろうこの少女は。
スーっと身体をなぞられる感覚。少女はその綺麗な指で私のお腹をなぞりあげた。
「だってさぁ〜……」
彼女の目つきがまた変わる。
「お姉さんと仲良くなった人って皆すぐに死んじゃったよね?」
ドクンッと鼓動が速まるのを感じた。
「な、何を……」
「あはは、お姉さん嘘つけないでしょぉ〜。全部顔に出てるよぉ〜。それにここが凄く速くなってるぅ〜。」
少女が私の左胸をつんつんと突いてくる。
「きっと皆おかしな死に方だったんじゃないかなぁ〜?お姉さんのこと守って死んだりぃ〜、いっしょに戦ってたら不測の事態に巻き込まれたりぃ〜。」
「あっ……ぁ…」
少女の言葉を否定することなどできなかった。脈打つ心臓の音が私の耳を支配していく。全身が震えて止まらなくなる。
「全部お姉さんのせいだよ。」
私の耳元で少女が呟いた。今までとは打って変わったきっぱりとした口調で。
「ぁっ………」
声も出なくなった。立ってもいられなくなった。呼吸が速くなる。心臓が締め付けられる。血の気が引いていくのも何故だか自分で分かった。ただ呆然と少女の全てを見透かしたような目を見つめることしかできない。さっきまでは見下ろしていたその目も今や見上げた先にある。
「クオンッ!!」
暁さんの声が聞こえた。その声でようやく身体が動き始めた。ぎこちなく目線を声のする方へ向ける。
満身創痍の彼は襲いかかる無数の獣を焼き殺し、逆に肉を喰いちぎられながら、それでも私の元へ駆けつけようと死に物狂いで戦っていた。
「暁さん…」
そうだ、彼はまだ戦っている。私が立たないでどうするんだ。
彼の姿に勇気をもらって少し震えがおさまった。立たなければ、立って戦わなければ…。
「無駄だよぉ〜。」
「うっ!」
なんてことなどない。ただ立ち上がろうとしたら肩を押さえつけられただけだ。ただそれだけで私は立ち上がれない。
「お姉さんはそこでお兄さんが死んでいくのを何もできずにただ見つめるっていう大事な仕事があるんだからぁ〜。」
「ふざけないでください!」
私はキッと少女を睨みつける。同じことを何度も繰り返さないために、誰も死なせないために強くなると決めたのだ。こんなところで負けるわけにはいかなかった。
「ダメだよ、お姉さん。そんな生意気な目をしちゃぁ〜。おしおきだぞぉ〜。」
そう言うなり彼女はどこからともなく小石を取り出した。
「ズド〜ン。」
そんな間の抜けた声とともにその小石を指で弾く。
「え……」
最初は痛みなど感じなかった。ただ左肩の辺りがいつもより熱くなった。何だろうか。それが気になって自分の目で確認する。思うように動かなくなった左腕がダランと地面に向けて垂れ下がっていた。そして私の胴体と腕を繋ぐ肩口には真っ赤に染まった一つの大きな風穴が空いていた。
「痛っ……」
この程度の反応で済むような痛みではなかった。しかしもうこれ以上の反応を示せるほど精神に活力は漲っていなかった。
「……っ!?どうして?」
「え?」
「……やっぱり、お姉さんにはすぐに死んでもらった方がいい」
少女の顔から笑みが消えた。ここまで自分を弱らせて、嬲って、痛めつけて。私はもう死に体なのに初めて彼女の持ち続けていた余裕が消えた。
「ごめんね、お姉さん。お姉さんには恨みはないけどそいつを、滅するのが私の仕事だから」
「あなたはさっきから何を言っているんですか」
「お姉さんはさ、どうして自分の周りでばっかり人が死んでいくのかって考えたことある?」
「………」
「ありゃ、ダンマリか〜。でもお姉さんやっぱり顔に出ちゃうよね〜。……教えてあげようか?」
「!?……あなたにそんなことが分かるはずがありません。私でも分からないのに…」
「ふふ、本当に分からないのかな?認めたくなくて、気づいてないふりをしてるだけじゃないのぉ〜?」
あー、嫌だ。そんな目で、そんな何もかもを見透かしたような目で私を見ないでほしい。
少女に対しての奇妙な嫌悪感が増幅していく。こんな感情も彼女には全てバレているのだろうか。
「……あなたが私にそれを教える意味は何です?」
「意味なんて無いよ。ただ何も知らずに死んじゃうのはかわいそうだと思ってねぇ〜」
「……あなたに私の命を狙われる理由がない」
「理由?」
「はい」
そうだ、ずっと疑問だったのだ。出会った当初からある彼女への本能的な嫌悪感、そして彼女が私を死へと誘おうとしていることが。もちろん私と彼女の間に面識などない。自慢ではないが記憶力はいい方だ。向こうは私を知っているようだが私は知らない。
「そんなもの、おまえがアスモデウスで私が熾天使、それ以外にあるはずがないだろう」
言われた意味が全く理解できなかった。理解が追いつかなかったのではない。それ以前の問題だった。
少女が一瞬見せたその本質に触れたとき、私の中で初めて感じられた生命の危機に脳が余分な思考を放棄したのだ。
全身に怖気が走る。今も少女は、少女の姿をした化け物は私の目の前から動かない。逃げなければ、その気持ちとは裏腹に私の身体は恐怖ですくみ、一歩たりとも動かなかった。
◆
「えーい、鬱陶しい」
巨狼が一度遠吠えをあげれば小型の狼がわらわらと集まる。何匹燃やしてもまた次の群れが集まってくる。
ハッキリ言って詰みが見えていた。もうとっくに体力も底をついていた。気力を燃やして身体を動かす。燃え上がり続けていた掌の感覚はもう無い。全身傷だらけで傷口を焼いて塞ぐなんていう暇は存在しない。
(クオンはどうなってる?)
死際のギリギリまでの意識をパートナーの彼女の方へと向ける。
そこには苦々しい表情を浮かべて肩口をおさえるクオンがいた。凝らしてみれば、おさえられた肩口には真っ赤に染まっており、血が溢れ出していた。
(くそっ、こんな奴らはとっとと片付けて、あっちの加勢に行かなきゃならないのに……)
我ながら情けないにも程がある。こんな数だけの寄せ集めに苦戦してしまうのだ。西部戦線で長らく怠けていたツケがこの窮地に如実に現れる。過去の自分を呪いたいができないことを望んでも仕方がない。
(あれを、使うしか無いか……)
しんどい上に命に支障を来すためできれば使いたくは無かったが、出し惜しみをしていられる余裕は無い。使わなければ死ぬかもしれない、使っても死ぬかもしれない。ならば使う方にかけるしかなかった。
それに、昔自分を救ってくれた誰かのせいか、あいにく諦めは悪い。
「燃えろ!」
瞬間の炎の噴出で群れてきた狼どもを吹き飛ばす。何匹かは起き上がるがこの距離なら問題はない。
「………」
息を吸う、息を吐く。目を瞑り意識を体の内側へと向ける。身体の内へと全身の熱が集中していくのが分かった。
何も聞こえなくなった。何も感じなくなった。もしかしたら今の今身体のどこかを喰いちぎられているかもしれない。
身体の外へと向かっていく意識を内へと繋ぎ止める。
悠久に感じられたその時間はある一瞬で終わりを迎えた。身体の内に溜まった熱は臨界点を突破する。
ある瞬間、その目はすっと見開かれた。そこで気づく。先ほどまで自分を取り囲んでいた狼の群れは跡形もなく消えていた。自分を中心に円状に焦土が出来上がる。残るは親玉ただ一匹だ。
意識はある。どうやら現時点では成功している。身体は思った通りに動かないが、もう動かすしかない。
「…熱暴走……」
叫ぶ気力も沸き起こらない。ただのろのろと立ち上がりゆっくりと一歩、また一歩近づく。
グルルルル……
ヤツは一歩後退したがもう遅い。両手を前へ、掌打の構え。
「……消えろ」
グル………ーーーーーーー
自分を構築する熱が半分ほど消えた。それはただ橙色の熱線となって眼前の巨狼の脚だけを残し、消しとばした。
「あとはあっちか……」
もはや身体は動かしていない。ただ何かに引っ張られるように暁ナユタの身体はクオン=クライスッェフの方へと進むのだ。




