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神とたたかう人でなし。  作者: 瀬々良 未完成
北部戦線の再始動
11/33

Chapter1.0.9 クグルモノ

 ブモオオオオオォォォ!!!


 さすがにうるさい。そんなに大きい声を出さずともこの至近距離では聞こえるというのに。


「悪いけど即効で終わらせる。」


 燃え盛る拳を握りしめて構える。

 いくら少しぐらいいいと言われても不用意にぶっ放せば山火事にまで発展しそうなので最小限度に留めておきたい。

 実戦も久しぶりではあるし、昼間には一度制御不能に陥ってしまっている。それに加えて、今日は疲れているのでこの条件で戦えるのはある意味では都合が良かった。


「クオンとは別行動をしといてよかったかもしれないな。」


 いくら抑えるとはいえ、不測の事態も考えうるので周囲に人がいないのはありがたい。


「しかも…」


 ふと左側を見やれば大きな湖があった。最悪あれを利用すれば消火活動も容易い。

 そういえばエレナは討伐の確率がどうとか指示していたが、俺を狙ってこの場所に着くように派遣したなら大したものだ。そんなところまで考えを張り巡らせるなど人間業ではないが、俗世間が言うには人間ではないようなのである種は当然なのだろうか。


「さすがにでかいな…」


 ついつい本音が出てしまう。

 これに関してはフーリが間違えたとは思えない。つまり、北部戦線ここではこのサイズでも小型ということなのだろう。


「あいつら何か勘違いしてるんだよな…」


 あの2人が中央や西部戦線のことをどう思っているのかは知らないが、明らかに誤解がある気がする。


「それでも、与えられた仕事はきっちりやらないとな!」


 拳に力を込める。身体中に熱が巡るのが感じられた。


「そうそうこの感じこの感じ。」


 長らく忘れていた実戦での力の使い方を思い出してきた。そういう意味では昼間の一件が功を奏しているのかもしれない。


「それじゃあ、猪狩りと行きますか!」


 ブモオオオオオォォォォォォ!!!


 目と鼻の先まで近づいた大きな猪はけたたましい雄叫びを放つ。耳がぶっつぶれそうなほどの重低音が全身に響き渡る。

 いくら普通の人間よりも頑丈で身体能力が高いとはいえ真正面から挑むような真似はしない。真っ直ぐ突っ込んでくる相手は側面をたたくと相場決まっている。

 俺は右側へと回り込み、まずは初撃を当てる。


 ガキンッ!


「さすがに硬いな…」


 やはり人間相手の戦闘とは違い、ただ殴る蹴るでは有効打にはなりそうにない。


「あっちの作戦で行くしかないな。」


 この見様見真似拳法だけで何とかなるならそうしたかったがそうも言っていられないようだ。一発当ててみたら体表が思ったより硬い上に重たすぎてただただ自分の拳が痛いだけだった。

 作戦変更でここからは人でなしの特権をふんだんに使う戦い方へと移行する。誰に見られているとも知れないので正直気は進まないが思いの外切羽詰まっているので手段など選んではいられなかった。

 俺はそのまま右側面へともう一度拳を振るう。


 ガキンッ!


 相変わらずの硬さでダメージが通っている気はしないが、ここまでは想定内。


「燃えろ!」


 すかさず叫ぶ。それと同時に俺の拳から炎が放出される。

 ただし、それは眼前の大猪の方へ、ではなくその逆へ向かって、なのだが。


「おおおぉぉ!!」


 炎の噴射によって大幅にエネルギーを得た俺の拳はその獣を奥へ奥へと押し込んで行く。


 ブモオオォォォ!!


 俺の狙いはこいつに今ダメージを与えることではない。左へとこいつをそらすことだ。

 俺は追加で空いていた拳も叩き込み、足を地から離す。


「はあぁぁぁぁ!!」


 ロケットの理論よろしく俺は噴射される炎の力でさらに獣に力を加える。

 メキメキと大量に木材をなぎ倒しながらその巨体を左方向へと押し込み続ける。


 ブモオオォォォ!!


 散々に抵抗を見せるがそんなものは無意味だ。一度動き出してしまいさえすれば、あとはこちらの独壇場だ。

 目指す先は左手の木々を抜けたさらに奥。森林の中に突然存在するあの大きな湖だ。あそこに到達すれば俺の勝ちは確定する。


「ぐっ……、あぁぁぁぁぁ!!」


 もはやこの猪は敵でも何でもないただの障害物と化していた。

 俺に今唯一にして最大のダメージを与えているのは自身に与えられた力そのもの。

 何て扱い難い力なのだろうか。たとえ炎を生み出し、それを自在に操ることができても、()()()()はそれができない。


「熱くなってきた!」


 今自分の身体は文字通り燃えるように熱くなっていた。熱い時は熱いと声に出した方が和らぐという精神論がある。決して熱血キャラになったわけではない。

 俺の隊服は耐火性、耐熱性に優れた特別性なのでそこのところは問題はない。


「もうちょっと……」


 推定移動距離100mそこそこ。いよいよ最後の大木をなぎ倒す。


「今…」


 そのまま自重と勢いでなすがままに湖に落ちようとしていた大猪を今度は全力で引き止める。


燃え盛れ(ファイア)!!」


 イメージを持つ。それは全身の熱を掌に凝縮し、拳から放つような、そんなイメージ。


 ブモオオオオオォォォ……


 大猪の全身は一気に燃え上がった。先ほどまでのうるさい重低音はもう響かない。唸るような鳴き声が聞こえてくるだけだ。


「全身燃やされて苦しいのは怪物もいっしょか…」


 何だか急にノスタルジーに浸ってしまった。

 そもそも火刑という風習が昔からあるがあれはいざ死ぬとなると受刑者は大いに苦しんでから死ぬことになる。足先から徐々に燃やされて、全身に火が回っても少しの間は生きている。

 人間でさえそうなのだ。ましてや生命力の強い神獣などはその比ではない。


「でも安心しろ、俺の炎はすぐ死ねる。」


 ブモオオォォォ………

 熱いなんてものじゃ無かった。悪魔の力まで借りて凝縮された俺の炎はあの身の丈30mの巨大な猪を分子レベルで熱分解していく。


 ……………


 そうして静まり返った湖畔には巻き込まれた木々の燃えた残骸と、引きずられた巨大猪が生み出したわだちだけが残っていた。


「あっ……、だめだこりゃ……」


 身体が熱い、だるい。さすがに一度熱暴走(オーバーヒート)してから半日ほどしかたたずの戦闘だ。思っていたより身体は悲鳴をあげていたらしい。


「……湖まで…」


 意識の判然としないままに身体は本能に忠実に目的地を目指す。


「間に合っ……」


 そこで支えきれなくなった身体は北部の冷たい夜の湖へと投げ出された。


「ーーーさん!」


 ほとんど途切れていた意識の中で誰かが自分を呼んでいるような、そんな声が聞こえた気がした。



 ーー時は半日ほど遡る。

 神納木かんのぎマシロとの問答も終わり再び2人は構え直した。


「はっっっ!」


 今度は納刀せずに抜刀状態での剣撃。


「速っ…!」


 間一髪で身体を反らし何とか回避。自分の反射神経をあとで存分に褒めてやりたい。

 しかし、いつまでもこのペースではさすがにきつい。受け一辺倒なので攻撃こそもらってはいないが相手に有効打を入れなければジリジリとやられてしまう。

 どこかで攻めに転じなければ……


「集中が途切れているぞ…!」

「なっ!?」


 彼女の振り下ろす刀は躱したはずだったのだが、そのまま刃をこちらに向けて振り上げてきた。


「くっ…」

「集中しろ、あかつき。怪我をするのはお前だぞ?」


 楽しそうに笑いながら彼女は刀に付着した血を振り払う。


「痛っ……」


 そこでようやくその血の正体が俺の頬から出たものだと気づいた。一閃された頬からはダラダラと血が流れ始めた。


「くそっ…」


 俺は攻撃に気をつけながら自分の掌を頬にあてた。

 何をしているのかと言えば、単純な話傷口を焼いている。


「ふむ、なかなか面白い工夫だな。」


 戦いの最中突然褒められても、それに真っ直ぐ答える余裕などない。


「そりゃ、どうも。」


 少し嫌味っぽくなってしまったが、そんなことは全く気にしていないようだった。

 傷口は焼き終わり、すっかり癒着した。古来から伝わる伝統的な治療法である。これで血が流れ続けるということはないだろう。


「まだまだ!」


 一拍をおいて、素早い剣撃が飛んでくる。


「………」


 もはや声を出す余裕もなかった。


(左、下、上、また左、次は……右!)


 何となく彼女の癖っぽいものが見えてきた。

 と言っても初撃が左から、とどめと思しき一撃が右か正面から飛んでくる、という程度だが。

 しかし、それさえ分かればやりようはある。とりあえずここは一旦距離を取りたいところだ。


「はあ!」


 正面からの牙突を喉元から切っ先紙一重で躱し、俺は後方へと下がる。やはり追撃はない。


「ふっ…不気味だな。何もかもを見透かされているようだぞ、あかつき!」


 ずっと楽しそうに笑っている彼女に俺もつられて口角が上がっているのを感じた。


「次は…こっちから行きますよ!」


 一気に攻勢に出る。

 今日初めての行動に彼女も少し驚いたようだが、その笑顔と余裕は崩れない。


「甘い!」


 彼女は刀が再び俺の右脇を捕らえた。


(読み通り!)


 パチンッ!


 刀の側面に左手の炎をまとった掌打を浴びせて下方へとはたく。


「なっ!?」


 ここに来て初めて彼女の焦ったような顔が見えた。


(行ける!)


 俺はそのまま身体をひねり、握っていた右の拳で弧を描く。

 さしもの彼女でもやや体勢を崩したままではこれは防げないだろう。


「はあぁぁぁ!」


 刀も下がり、無防備になった彼女の右半身へありったけの力を込めて……


 メリッ!


 俺史上最強の裏拳をお見舞いした。


「ぐっ……」


 彼女の身体が後方へと弾け飛ぶ。


「はぁ、はぁ……くそ!」


 今の攻めは心臓に悪い。二、三度は死線をくぐった心地だ。


「意地が悪い……」


 それを証拠に太腿からはドクドクと血が流れていた。さっきの頬の傷よりははるかに深い。

 最後の拳を当てる直前に防御不可能と見た彼女はあろうことか攻撃へと転じてきた。防御など度外視で攻勢を仕掛けた俺はもろにそれをくらってしまったわけだ。


「もう立ち上がらないでくれよ……」


 傷口を焼きながら、そう切実に願った。


「そんな悲しいことを言ってくれるな、あかつき…」


 砂埃が晴れると同時に立ち上がった彼女は笑っていた。


「楽しいのはこれからだろう?」


 そうして立ち上がった彼女の顔は精神的なことなのだろうか、さっきよりもいっそう不気味に見えた。


「ハハ…マジか……」


 反撃を受けながらも渾身の一撃をくらわせたにも関わらず笑顔で立ち上がり、まだ戦おうというのだ。心の底からそんな間の抜けた声が出てしまったのは許してほしい。


「はははは…本当に久しぶりだぞ、人間相手にここまで追い詰められたのは!」

「全然追い詰められてるようには見えませんがね。」


 皮肉の一つでも言ってやらねばやってられない。


「メフィストフェレスも見つからない今、すっかり鈍ってしまうと思っていたが、お前のおかげでそうはならなそうだな!」


 そう叫んだ彼女の周りには何か、あえて言うなら“暗闇”としか形容できない禍々しい何かが集まってくる。


「何だ…これ……」


 彼女の周りに集まる得体の知れない何かに言葉が出ない。


「はははは、まだ名前も知らない悪魔も今日は答えてくれているようだぞ。これなら私も()()で戦えそうだ。」


 そう言ってこれ以上なく奇妙でおぞましい何かを引き提げた彼女は一歩、また一歩と近づいてくる。


「ハハ……冗談じゃない…」


 冗談じゃない。こっちは致命傷は避けているとはいえ、傷だらけなのにたいして、向こうは今から本気を出すと言っている。拳で与えたはずの攻撃もまるで効いていないようにしか見えない。


「さあ、構え直せあかつき。ここからが本当の真剣勝負だ。」


 彼女の笑みはその感情に呼応するようにますます不気味になり、彼女の綺麗な黒い宝石のようだったその目も徐々に淀んでいく。


「これだから人でなしは……」


 冷や汗が止まらない。一つ間違えれば死ぬかもしれない。そんな恐怖と戦いながら構えをとる。


「それでは次は…私から行くぞ!!」



 ーーーーーん!



 これは死んだかもしれない。

 走馬灯のように全てがゆっくり見える。

 彼女の笑顔も、振るう刀の切っ先も、周りの“暗闇”も、何もかもがはっきりと見えているのに、身体は動かない。


(あぁ、死んだ)


 自分の命を完全に諦めたときに()()()()()()



 ーーーーさん!



 全身が燃え上がるように熱くなった。久しく味わうことの無かったその身体中の力の全てを外へと引っ張り出されるような奇妙な感覚。

 身体がいうことを聞かない。また本能に任せて暴れまわったりするのだろうか。

 意識はある。しかし、自分を俯瞰しかできない。神々は常にこんな風に人間を見ているのだろうか。


「ーーーーー」


 狂気の笑みを浮かべたまま何事か叫び、切り掛かってくる女剣士が1人いた。

 俺自身はどうだろう。この奇妙な感覚に呑まれて彼女と似たような笑顔を浮かべているのではないだろうか。


「全く仕方がないな、君たちは。」


 意識さえも吹き飛んで無くなろうかという直前に何故だかそんな声が耳に届いてきた。


 パァン!


 それと同時に何かが破裂するような音がした。

 それに気づいたときには俺の身体から炎となって吹き出していた熱はすっかり元に戻り、目前の女剣士も“暗闇”から解放されていた。

 それだけ確認したところで、今度こそ俺は意識を手放した。


 ーーーあかつきさん!



 ハッと目を覚ます。

 そこは試合場の砂の上でも医務室のベッドの上でもない。真っ暗な湖の岸辺で天を見上げていた。もっとも星空と俺の間には心配そうに顔を覗き込む少女がいたのだが。


「良かった、気がついた…」

「…クオンか、どうした?」

「どうしたじゃないですよ。私の持ち場が終わったので加勢に来たらあかつきさんが湖に落ちて…それで私は必死で……。」


 そう言った彼女は小刻みに震えていた。当然だろう、この寒空の中びしょ濡れでずっと俺の容態を見てくれていたのだから。


「ありがとう、助かったよ。」


 本心のままに言葉を吐き出す。意識を失ったまま水中へと沈んでしまえばさすがに洒落にならないからな。


「……本当に、よかったです。また、私のせいで…!」

「おいおい、泣いてるのか?」

「泣いてません!」


 そう毅然と言い張る彼女は目を真っ赤に腫らして、少し鼻声になっていた。


「ハハハ、そうか。」


 ようやく身体に力が入るようになった。上体を起こしてみる。大丈夫、これなら動けそうだ。


「他のところから何か情報は?」


 そう尋ねるとクオンは何やら困ったような表情をしていた。


「どうした?」

「その……無線機が水没して壊れてしまって、連絡がとれないんです。」

「………」

「………何か言ってください!」


 なるほど、本当に後のことなど省みずに飛び込んだようだ。それほどまでにこの少女を焦らせてしまったのは俺の落ち度ではあるのだが。


「……まぁ、塔のところまで戻れば2人とももういるんじゃないか?」

「そうですね、もう身体は大丈夫なのですか?」

「うん、動くくらいなら問題ないよ。」

「それでは戻りましょう。」


 立ち上がったクオンは俺を引っ張りあげようと片手を差し出してきた。


「おっ、ありがとう。」


 行為に甘えて手をとり、立ち上がる。

 立ち上がって初めてクオンの背後の巨木から何か光るものがこちらを射止めているのが見えた。


「危ない!!」

「きゃっ!」


 クオンを突き飛ばす同時にその光の筋が一直線に飛んでくる。


「くそっ、行くぞ、ベリ……」


 間に合わない。俺はとっさにその手を前にかざす。


「ぐっ……!」


 掌に当たったそれは骨を砕き、手の甲へと貫通したところでようやく止まった。


あかつきさん!」


 それを見ていたクオンが悲痛な叫びをあげるのが聞こえた。


「何だこれは?」


 真っ赤に染まったそれを掌から引き抜いた。止めどなく流れ続ける血などもはやどうでも良かった。


「木の…枝!?」


 それは何の変哲もないそこらの木から生えているようなただの木の枝だった。


「大丈夫ですか、あかつきさん?」


 心配そうにクオンが俺を見上げているが、はっきりと言って相手にしている場合ではなかった。


(誰だ、これをやったのは?)


 その高さはちょうど俺の胸の位置、つまりはクオンの頭の位置。明らかにどっちかの命を狙っている。

 加えてこの枝だ。木の枝程度で骨が砕けるほどの破壊力、相手はおそらく人間ではない。


「あらら、手負いの契約者と覚醒前なら簡単に仕留められると思ったんだけどなぁ〜。」


 そんな鈴の音のような綺麗な声とともに背丈はクオンよりも少し小さいくらいの少女がくだんの巨木の裏から現れた。


「う〜ん、枝じゃなくて石にした方が良かったかもねぇ〜。」


 そう言って俺に近づきながら笑顔を向けてくる。


「でもすごいねぇ〜、さすがはベリアルの契約者だよぉ〜。腐っても元七大魔公の一席を担ってただけのことはあるよねぇ〜。」


 いったいどこから見ていたのか。俺の契約した悪魔のことも何もかも見透かしたような透き通った目をした少女だった。


「うん、君はいいや、今回は見逃してあげるよぉ〜。所詮はもう有象無象の一柱だしねぇ〜。」


 俺への興味はそこで終わった。すぐにその少女はこの場にいるもう1人に目を向けた。


「だけどぉ〜…」


 俺の横で立ち上がったクオンは自身に向けられる敵意に気づいたようだ。一気に雰囲気が変わる。


「うん、そっちの君は殺さないとねぇ〜。」


 何でもないように告げたその少女からはこの世に存在していてはいけないようなそんな異物感が漂っていた。

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