88話 『破壊の序曲』
工場区画の分厚いシャッターに空いた穴から現れたリュミエラが、竜牙剣を振って進行方向の瓦礫と障害物を薙ぎ払う。
シャープな中に艶かしさを内包する、磨き上げられた超硬合金のように平坦で引き締まったボディラインと禍々しい左腕左脚の輪郭は、古代の光熱で歪んでいた。
天然岩盤の上に魔法建材を流した硬質の床が、その一歩ごとに煙を噴く。
“牙”と“鱗”を取り込むことでより高い出力を発揮する偽りの聖女だが、それが全てではない。
星の子の力の本質そのものは、いまや魂魄の記録こと固有形質や、古代レッド・ドラゴン“大牙”の遺品ではなく、彼女の鍛え上げられた実体と共にある。
もちろん、変身すればすぐにでも目の前の女長魂族怪人カトルヴァンセッティエムを消し炭にできるだろう。
しかし、戦闘者の本能が、今ここで余計なパワーソースを使う必要なしと告げていた。
そもそもカトルヴァンセッティエムは、“リュミエラが”倒すべき敵ではない。
「ゲボッ、リュミエラさんごめん、早まっ、た。
もうちょい待ってくれ、解析中だ、今度こそコードを喰ってやる」
蹲ったサンカントの浅黒い体表を、カトルヴァンセッティエムの肉体から伝染した不気味なピンク色のスパークが這い回っている。
先代勇者コード“水晶写し”の行使に最適化された女長魂族怪人の代謝は、猛毒のエネルギー物質である濃縮汚染クリスタル溶液で行われているのだ!
だが問題はないだろう。
サンカントの魂に寄生している元怪人“サンキエム”は、全ての先代勇者コードを捕食できるようにした、と言っていた。
あまりよろしくない性癖と性格をしている“サンキエム”だが、ただ一つ、宿主であり血縁でもあるサンカントのことに関しては百パーセント信頼できる。
その“サンキエム”が可能と表現したのだから、疑う余地なく可能なのだ。
ならば、今リュミエラがやるべきは、愛しい相棒の準備ができるまでに下ごしらえを済ませておくこと。
彼女は幼女じみた姿の怪人に向き直った。
「さて、えーと、カトルヴなんとか、あたしと少し遊ぼうか」
一方のカトルヴァンセッティエムも、並みの怪人ではない。
素早く冷静さを取り戻すと、メタリックピンクのスーツ状エネルギー装甲に包まれた幼い体で、舞うように跳んだ。
齧り取られた右脚から滴る粘液は既に止まり、おそらく何かの媒体を兼ねるであろう透き通ったピンクの棒が生えていた。
「うにゃ、ブレード無理そぉ、うりゃー!」
空中で毬のように回転したカトルヴァンセッティエムが、片足を感じさせない身のこなしでリュミエラを襲う。
残像を描くメタリックピンク棍は、掬い上げるように迫る竜牙剣と衝突。BOOM!
驚くべきことに、単なる魔力の塊と思われたそれは不可思議な爆発を起こし“牙”に耐えた。
カトルヴァンセッティエムはクリスタルを媒介に呼び出した魔物のデッドコピーを操るのみならず、強力な仮想武器すらも生み出してみせたのだ!
更に、リュミエラを困惑させたのは一撃の重さ。
超高密度肉体のサンカントには及ばないまでも、とてつもない怪力を誇る。
だが事実、レンファニウムと星の子の因子が沈着した、極めて鋭く強靭な長身は揺らいだ。
「これは!?」
跳ね返るように跳び天井まで到達したカトルヴァンセッティエムがロケット加速急降下、再度棍を振り下ろす!
リュミエラは収束熱線用の照準を展開しつつ竜牙剣を構えなおし……反射的に攻撃を回避した。
ばさりとはためく赤黒いフードマントとシルバーブロンド。
KABOOMBOOM! 直後、ショッキングピンクの爆発がさらに二連続!
既に爆発の外にいたリュミエラは、素早く照準を合わせ、収束熱線を放つ。
ZZAP! 熱線がメタリックピンクの装甲を削るが、鏡面と内部の二段階で偏向されているらしく、想定より効きが悪い。
諦めて照射を中断し、排熱を行う。
「熱いし逃げるし悲しぃー……」
ふにゃふにゃと呟きながら、隙を消すかのようにデッドコピー魔物を生み出す怪人。
軽く見積もって身長を越えるほどの深さの穴を作る爆発を起こしたにもかかわらず、幼女然とした姿は柔らかく着地している。
デッドコピーを斬り捨てたリュミエラは、その秘密を理解した。
敵はインパクトの瞬間、二方向の指向性爆発を起こし、威力を高めるとともに反動を消していたのだ!
信じがたい器用さ。
だが、それでも、地力ではリュミエラが怪人の上をゆく!
瞬きよりも早く背後を取った勢いのまま、白銀の脚が小さな背中に吸い込まれる。
メタリックピンクの装甲が抉れ、床に叩き付けられる怪人。
「どういう体してんのよ!?」
「みぎゃー」
普通なら真っ二つになるか、最低でもクレーターを作ってめり込むはずの一撃だが、カトルヴァンセッティエムは妙な音を立ててバウンドし、即座に体勢を立て直した。
素直に理解しがたいほどの高精度な受け身……いや、技術以上に肉体そのものが特殊構造に違いない。
それこそ、リュミエラやサンカントのように。
「わあああん! 厄日だよおおおお!」
ガキンガシャン! BOOMKABOOM!
ウェイトの軽さを最大限活用した羽根毛のような挙動と、全身に仕込んだ加工クリスタルを励起させて行うロケット噴射を併用し、変幻自在摩訶不思議に立ち回るカトルヴァンセッティエム。
光の反射じみて直線的なリュミエラと対照的だ。
無論、リュミエラとてしなやかな肉体を利用した曲線的な動きができないわけではないが、それは彼女の持ち味とは違う。
「しぶとい……」
SLASH! 引き裂く鉤爪がベルトコンベアに、天井に、床に四筋の切断跡を刻む!
反撃にも怯まず更に分厚い三角形の“牙”が横一文字!
「うわわ、わわ、てぇい!」
空間が歪むほどの斬撃をすり抜けるように受け流し、返しに突き出された幼い掌がピンクの爆発を起こす。BOOM!
続いて襲い来る紅色の剣閃を、実体化させた蠢く長虫のデッドコピーが迎撃。
最強クラスの上級水晶集めが操る古代ドラゴンの牙剣の威力たるや尋常ではなく、デッドコピーは瞬時に叩き壊されるが、それでも怪人が次の一手を打つ時間は稼げる。
「強化爆破ぉー」
広がるショッキングピンクの輝きが、ワンテンポ早くバックステップを踏んだリュミエラに迫る。
距離を取ったところにうじゃうじゃと生成される、白いものや、毛の無いものや、牙の多いもの……薄気味悪いデッドコピーの群れ。
「あー……めんどくせえ、ほんと、めんどくさいわ、ん?」
苛立たしい。いっそ、全力で焼き尽くそうかとすら思う。
そんな気分になりつつあったリュミエラだが、ふと気づいた。
蹲っていたサンカントが居ない。
その刹那!
「ひにゃぁあアアァァァアァ!!」
童女じみた甲高い絶叫が響き渡った。
遅れて、デッドコピーたちがピンク色の光に還元されて消滅。
カトルヴァンセッティエムは痙攣して崩れ落ちた。
破壊された大型機材の影から伸びた、数本のワイヤー状魔力ラインが背筋と後頭部に突き刺さっている。
ズクン、ズクン、ズクン。
崩壊しつつある女長魂族怪人から、脈動するピンクの光がラインを通じ移動してゆく。
「ふー、どうにかなったぜ」
長く伸びたワイヤーを引き摺って現れたサンカントが、にやりと笑った。
先ほど浴びた毒のせいか、浅黒い肌にまだ傷が残っているが、概ね大丈夫そうだ。
「遅かったじゃない……ま、怪我はしてないけど。
んで、どうやったのさ」
「物理的に食うのは不可能くせえから、神経系がありそうなとこに中空の魔力触手を打って、後はサンキエムに魂魄からコード自体を引き剥がしてもらった。
んー、めちゃくちゃ強かったわりに目新しい情報は持ってねえな。
この“水晶写し”とかいうのも俺の情報処理能力じゃ操りきれなさそうだし、あーあ……」
幾分がっかりとしている怪人少年だが、リュミエラとしては特に不安材料とは感じない。
幹部らしき怪人セーズが時間稼ぎと称する以上、使い捨てるなんらかの理由があるに違いないからだ。
「なるほど。まあコードの方はサンキエムか、ストレージの中の人のオート操作かどっちかで使えるでしょ」
「まあ、そうなんだけどよ、最近はあんまし“Regagnez”つってこないんだ。
うるさいのは嫌だけど、なんもないとそれはそれで変な感じだぜ」
と、視界の端で何かが。
「ふうん。え、待ってサンカント、まだ動いてる!?」
「んなアホな、いくら怪人でも勇者コード引き抜いてパワーソースごと吸い取って生きてるわけがな」
そこまで言いかけて、二人は硬直した。
転がった頭が数フィート浮き上がり、自然な調子で口を開く。
垂れ下がったピンク色の編み髪が、内臓さながらで不気味だ。
特に苦痛や憎しみを湛えているでもなく、出現時と変わらない。
「はぁー、よく負けたぁ。やっぱり、厄日だよ」
「うわああ!?」
「ああ、あんた何なの……」
「至高者のカトルヴァンセッティエムだよぉ? なんてねぇ、嘘。
怪人としてはもう食われて死んだしさー。このカトルヴァンセッティエムは、バックアップ。
クリスタルの情報保持加工が、カトルヴァンセッティエムの力なの!
だからねだからね、それの応用でカトルヴァンセッティエムの精神は入れ子なわけ!
危険だってので、封印されてたのー、つまんないよねぇ?」
「そう。んで?」
「え? ミッションの時間稼ぎも終わったし、別になんもないよぉ。
流石に魂魄完全破壊じゃバックアップあっても生き返れないし、あ、カピテーヌ様なら別だけどさー。
あ、いや、ある、あるある! えっとね、えっとね、セーズ様がね、カトルヴァンセッティエムの骨は瘴気が主成分なんだって!
あーあ、動けないとつまんない、デリートしよーっと。
……先に行くね、ハカセ」
カラン、一人でまくし立てたカトルヴァンセッティエムの頭が落下し、砕けた。
細く澄んだ音を立てて、頭と胴が結晶化してゆく。
長魂族の少女に見えた怪人の体は、表皮以外のほぼ全てが強度に汚染された異常エネルギー物質に置き換わっていたのだ!
後には、不気味なピンク色のクリスタルの山と、ボロボロの白衣ローブと、ごく僅かの粘液が残された。
「言うだけ言って、勝手に消えんじゃないわよ後味悪い……はぁ、セシュレースの奴も起きてこないし、隊長に連絡取りましょうか」
「おう、えーっと通信機、通信機壊れてねえよな」
ザリザリザリ…………
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「そうだ、方向はそれでいい、離陸後直進だ」
「ハイ隊長」
不気味に歪んだ空の下、一機の戦闘飛行機械が舞い上がった。
パイロット以外の乗組員は、補給を済ませて“大魔王”アンドレアスの追跡態勢に入った“勇者”エリクと“光の聖女”ジョゼ、そしてルクスコリ共和国陸軍少将ラザルだ。
大荒原でのルクスコリとシュバルドの戦いはまだ続いているが、彼らはもはやそちらを気にかけていない。
事態は一刻を争う。
「ねえエリク、通信が入ってるみたいだけど」
「んん、これは、リュミエラさんか? えらく早いが」
ザリザリザリ……
(あーーーー! 隊長! やっと繋がった!)
「エリクだが、どうした“幽体”」
(いまどこです?)
エリクは首をかしげた。どうもおかしい。
おかしいといっても別人の疑惑というわけではなく、声も通信番号も間違いなくリュミエラだ。
いくらなんでも多相生物がもう一体、しかも彼の腹心二人を簡単に処理できるような強さの者が居るというのは警戒しすぎであろう。
だが、普段の通信と比べても、慌てすぎているようだ。
「出発したばかり。距離的にはだな、おいノエ隊員、どれぐらいで着く」
「ハイ隊長、ええと……」
(まだ戦闘に入ってないなら大丈夫ですね、えーと、ですね、信じられないかもしれませんが、聞いてください)
「ん? ああ、すまんノエ、後でいい」
「ハア」
(極めて、極めて異常な情報です。無視しても構いません)
「何をわけのわからないことを」
(まず、大魔王はルクスコリ、あるいは大陸全土規模の異変を起こそうとしています。加えて、隊長の進む先にターゲットだけでなく、ベルトラン一味の主戦力が出現する可能性が高いです)
「ちょ、ちょっと待て、まずいだろ」
(最後まで聞いてください! ここからが重要、というか、ええと、あた、我々は半壊したシルヴェストル地下基地を攻略し、残存戦力を仕留めて、通信ですがあちらの幹部と会話のやり取りを行いました)
「ふむ?」
(ベルトラン一味は、大魔王と仲違いしたようです。細かな目的まではわかりませんが。我々が会話した幹部は、一時的に協力したい、と)
「…………情報、感謝する」
(我々は奴らの真意を確かめるべく、もう一つの基地に向かいます)
「了解。無理はするなよ」
(はい)
ザリザリザリ……
通信が切れる。
思考の中で“勇者”としてのエリクと、聖堂騎士団工作部隊長としてのエリク、そして魂の同居人ツチヤが意見を交わす。
どう解釈し、どう周囲に伝えたものか、すぐには判断できなかった。
だいぶ最終決戦が近いです。




