86話 『シルヴェストル崩壊』
「なんなの、あんた」
リュミエラは電撃的な素早さでもってレクタニカに迫り、赤子ほどのサイズしかない、四角くなったり丸くなったり三角になったりする奇怪な頭部を掴んだ。
玩具じみたメタリックなコーティングが熱に負けて煙を噴く。
「ガババッガッヤメ、ヤメロ! オレ様ハ繊細ナンダアァー! 燃エル! 燃エルッテ! Fuckin'Hot!」
「確かに、戦おうって感じではないけど……」
「俺に振られても困るぜ、リュミエラさん」
「ダカラ話ヲッ、ホギュエ゛ー!」
切羽詰った声で喚き散らしながらも、玩具はおとなしく掴まれている。
白熱する掌と接触してなお攻撃してこないというのは、手段がないのか、あるいは本当に重要な用件があるのか?
結局、リュミエラはそれ以上の危害を加えることなくレクタニカを投げ捨てた。
敵であることに違いはないが、殺すべきか話してから殺すべきか、即座に判断できなかったからだ。
「妙な動きしたら、即座に分解するからね」
リュミエラとサンカントは、瓦礫を椅子代わりにしたレクタニカを睨んだ。
表情がよくわからない三角形の瞳、一本線の口。
だが、それは少なくとも記憶と思考を弄られた怪人ではないし、機械部位こそ多いが操り人形でもない。
「ア……アア、理解シテルゼ、手加減感謝スル。アーアー、シルヴェストル合同基地ニ、ヨーコソ。
マ、先ホド廃棄サレタカラ、元合同基地ダケドヨ。
ンジャ改メテ自己紹介シヨウカ。オレ様ハ、機巧悪魔レクタニカ!
偉大ベルトラン博士ノ偉大二番弟子、セジエム様ノ使い魔ダ。カタカタカタ!
アアア、貴様ラ自己紹介イラネエカラナー、オレ様ハ博士データ知ッテル、OKDK?」
「はぁ、それで?」
「オ前ラ、多元宇宙ッテ知ッテルカ? コノ星態系モ、オレ様ノ故郷スピリチュアル悪魔界ナンカモ、ソノウチ一ツナンダゼ、エエッ?
面倒ダカラ説明シネーケド。マー、アー、ウン、ソウイウモンガアル」
「説明できねえんだな、姉ちゃんの方が詳しそうだぜ」
「ファー! 必要ガネエカラ、解ンネエワケジャネエエエ、デダ、無数ノ多元宇宙ハ無数ノ帳デ区切ラレテンダナ。
チナミニ、悪魔ガ色ンナ次元ニ出張デキルノハ、オレ達Worldノ帳ガ薄イカラダ、ケケッ」
「どうでもいいわね、殺そうか」
「ア゛ーッ! マッタ待ッタ、最後マデ聞ケ! ウチノパトロン、シュバルド魔王様……アアト、機密ダケカ? マイイカ。
ウン、博士ハナ、ソノ偉イ人ノ次元研究ヲ手伝ッテンダゼ。But、問題ガ発生シチマッタ。
博士ハスゲーカラナ、ブレイクスルーニ成功シタンダ、ケドヨ、魔王様ノ最終目的ト食イ違ッタ。
博士ハ観察ヤ“勇者”ノ安定製造ノタメニ、帳ヲ通過シタリ選ンダリスル技術ヲ探シテル。
ケド魔王様ハ、超魂族ノ…………ガガピーッ!?
ガギュ……ザリザリザリ……ザザッ、接続成功。要らん事を喋りすぎだRTN」
突然、キンキン響いていたレクタニカの声が変わり、三角形の瞳に金色の光が灯った。
静かで深みのある耳障りと、比べ物にならぬ知性の輝き。
しかし、やはり攻撃してくる気配はない。
何かに気づいたサンカントと、困惑するリュミエラをよそに、話が続く。
「誰?」
「……ふむ、050+5はともかく魃は初対面でした。
私はこれの主、改人マインドレイク・セーズです。それとも、セジエムといった方が通りが良いですか?
二人とも来ると思っていましたよ。予想通り、パーフェクトです、グワワワ、アボガッ!」
WHACK! 唐突な一撃。
リュミエラが止める間もなく、サンカントの重い蹴りがレクタニカを襲う。
まさに玩具のように吹き飛ぶ棒人形。
「ちょっ!?」
「コポーッ! ザリザザザ、やめろ050、通信が切れますよ」
「てめえ、てめえが俺と、俺に!」
「落ち着いてサンカント!」
「ぬガー! あ、ごめ、でもリュミエラさんの」
そのまま棒人形を粉砕しようと輝く拳を振り上げたサンカントを、リュミエラはギリギリで止めた。
通信先は“サンキエム”のライバルであり、ベルトラン一派の大幹部であり、サンカントを操ってリュミエラを拉致した怪人セジエム。
はっきり言って、彼女自身、今すぐ消し炭にしたい相手だ。
直接間接に受けた被害が、サンカントより少ないという一点において怒りを自制できたにすぎない。
ともあれ、通信機代わりのレクタニカを潰したところで無意味なのだ。
最後まで話を聞くしかない。
「危ない危ない。単刀直入にお伝えします。協力してください。あるいは、数日間で良いので休戦をお願いします」
「ハァ? 舐めてんの、ええと、セーズ? あんたらが今まで……」
「実際、極めて心苦しい。それに、あなた方と聖堂騎士団工作部から我々が受けた被害額は、我々が与えたものに匹敵するか、より上回る。
できることなら、真っ先にビオス細胞の餌にしてしまいたい」
「どう考えても、こっちが受けた損失の方が大きいでしょ、バカ?」
「無関係な地域と生き物は考慮していませんよ魃。
上級水晶集めの貴方が狩った獲物や管理に協力している土地の恵みが、我々の損害に含まれないのと同様に」
「あたしもあんま言えないけど、心底クソの理屈ね。で、そのあんたらが今更、何のために休戦よ」
「我々は知識と金のためなら常に努力を厭わない。基本的に、全ての事象は興味に劣る。
しかし、今ある世界の書き換えは望んでいません。現状、解けてない謎がまだあるゆえに、です。
よって、あなた方と、あなた方を通して多次元適応生物“勇者”と管理情報寄生体“聖女”に、急激な変化への対策行動を取ることを望む」
おかしい。
いや、狂った学者の精神構造など解るわけがないのだが、それでも何かが違う。
気づけば、リュミエラとサンカントは戦闘態勢を解除していた。
困惑が憎悪を上回ったのだ。
事態を理解できそうな“サンキエム”は沈黙している。
恐らく、表出しない理由があるのだろう。
「はあ」
「魔王アンドレアスは、共同研究の成果と我々の機材に古代超魂族の技能をミックスし、次元破りの法を完成させました。
彼はシュバルドとルクスコリの戦争を利用し、帳を一枚剥がそうとしています。
帳は、魔力型の生態系から散逸した原初の霊的記憶を蓄えている」
「わかるように説明して」
「この星の帳は……次元と次元の間のではなく、星のシステムを司る帳、大気圏と似たようなものですが。
ともかく、我々の観測では二枚あります。それぞれ生まれた年代が違う。
アンドレアスが破ろうとしているのは、最新の、といっても超魂族の起源とほぼ同等、一億年は昔の話ですが。
彼の真の目的を私と博士が知ったのは、ごく最近です。そして、ほんの半日前まで破られた場合のシミュレートを続けていた。
結果は、億を越える備蓄情報により回帰され、大陸全土の環境が太古の霊的なものとなる。
現代世界の知は散逸してその大半が謎に消え、ガードしていない生物種はゆったりと退化と変異を始める。
次元の壁が薄くなり、より迷い込むものが増える。
そして、霊的生物に近い超魂族は、以前の繁殖能力と戦闘力を取り戻す」
「荒唐無稽ね、信じろとでも?」
「超魂族支配する原始世界が良いなら、信じずとも結構。
確かに、我々のようにガードを施す、あるいは魃の星の子の因子のように適応できるならば、仮に帳の破壊を防げずとも、存在への影響はありません。
しかし、時が混乱し、いくつもの知られざる情報が失われるのは認められない。
我々の優先するものは常に叡智の蓄積。
よってアンドレアスとの関係を切断し、妨害を行う判断に到った。
……ごほん、どうせ聞いているのでしょう、糞サンキエム。
新たなる私が貴様をこの世から消滅させるのはお預けです」
「………………」
理論的で理不尽。理解しがたいが、感じることはできる危険。
二人は、レクタニカの三角形の瞳の奥にある金色をじっと見た。
現在、棒人形の意志はない。
あるのはぎらつく禍々しい知性と、真摯で無情な心。
しばらく黙考していたリュミエラは、少しパサついたシルバーブロンドが触れるほど棒人形に近付き、静かに呟いた。
「協力はできないし、休戦もできない。あたしは休まずあんた達を探して、絶対に殺す。
…………けど怪人セーズ、エリク隊長には聞いたまま伝えたげるわ。
隊長とジョゼさんなら、あたしには無理な政治的、大局的判断ができるはずだから」
レクタニカは、いや、“セーズ”は笑った。
なんとなく、そのように見えた。
……だが!
「理解しました。半分ほど感謝し、博士に伝えます。ですが、あなた方の妨害は極めて危険であり、許容できない。
よって時間を稼がせていただきます。
勇者試験体“Quatre vingt septième”、複製固有形質体“Sécheresse”Se réveiller!!!」
「なっ!?」
跳ね起きた棒人形が、セーズの声でなんらかのキーワードを叫んだ。
リュミエラは直ちに驚異的な反射神経を発揮して飛び退く。
一瞬の後、床が二箇所爆ぜて瓦礫が飛び散った。
サンカントは微動だにしない。
「それでは、あなた方が興趣尽きぬ生を過ごされますよう。従者召集!
ハッ!? クケッ、ケッ、セーズハ悪魔使イガ荒、シィユゥアゲェェェェィィ」
フュオォォン、棒人形の体が、相応の小さな立体魔方陣に吸い込まれてゆく。
しもべへの召集とはいえ、転移は転移だ。
挙動が異様に早い。早過ぎる。
“マインドレイク・セーズ”はすぐ近くに居る?
そんなはずはない。
怪人なのだから、来る途中に気づかないわけがない。
「こっちか!」
床を踏み砕いて急加速したサンカントが、強烈な輝く拳を壁に叩き込む。
十フィート以上も抉れた岩盤の先に、複雑な文様がうっすらと浮いている。
「サンカント?」
「やはり、補助回路。この方角だとすると……」
「“サンキエム”、起きるのが遅い、ってか解読は後でいい、来る」
興味深そうに文様を眺める怪人少年に激を飛ばし、リュミエラは床の穴に向き直った。
赤黒いフードマントが熱と風ではためいて輝く肌が露になり、竜牙剣と鉤爪が薄紅色のオーラに包まれる。
「アオーン!」
「へ、エアロハウンド?」
甲高い吼え声をあげて出現し、即座にリュミエラに叩き斬られた薄青い敵性存在は、怪人でも甲冑兵士ソリオンでもなかった。
もっとも、それは正体不明であることを意味しない。
水晶集めの二人には、全く見慣れた相手。
クリスタル蓄積生物、つまり魔物だ!
「幻影、ではない、せぇい!」
更にもう一、ニ、三匹。
四フィートほどある青い影。全てエアロハウンド!
“サンキエム”のワイヤー触手に絡め取られ、引き裂かれる。
だが、まだだ。
「GRRRRRR!」
「ラパンタル、いやこれは?」
ZAP!
五匹目の青ハウンドを白銀のレンファニウム脚で蹴り砕いたリュミエラは、新たに出現した花葉色の体と長い耳を持つ食肉魔物に偽りの聖女の収束熱光線を向けた。
薄緑のコヒーレント光で額を撃たれたそれは空中で痙攣、消滅した。
ほぼ入れ替わりで、首輪模様のついた赤い二足歩行霊長魔物が走りこんできた。十フィートはある。
最短距離で割り込んだ“サンキエム”が、リュミエラも知らないマシーナリーな挙動の格闘術を叩き込む。
鏡のような饑の攻性結界に包まれた拳が直撃した魔物は空中で爆ぜ、やはり消滅!
動いている時は重みを感じるにもかかわらず、血も、肉も、クリスタルすらも残らない。
かといって非実体アンデッドというわけでもない。
高度な魔法技術でコピーされた刹那的仮想実体だ!
「アレに適合者が居たのか!
リュミエラさん、これは先代勇者コードの一つ、水晶写し。
クリスタルに残された情報からデッドコピーを生成して操ります!
対処は本体かクリスタルの破壊、シュッ、ダメだ、私では怪人サーチが遅い。
あの子に戻ります、ちぇーんじ」
言いつつ、“サンキエム”は牙を剥く土色ワームの頭を割った。
パリンと軽い音を立て消えるワーム。
もはや出現地点は穴だけではない。広間のあちこちから見覚えのある魔物が湧き出す!
それをモグラを叩くようにリズムよく潰してゆく二人。
まるできりがない。
「畜生、姉ちゃんやる気ねえのかあるのか、オ、うおおお、まだでてくんのかよ」
六本脚の装甲昆虫馬を引き裂くサンカント。
消える馬の影から横から太い牙を備えた長虫が!
「キシャア鬱陶しい! これでも喰らえ!」
KABOOOOM!
業を煮やしたリュミエラは、竜牙剣にパワーソースを集め、最初にハウンドが出現した床の穴に遠当て気味に振り下ろした。
高熱を含む古代ドラゴンの星の力が炸裂し、融けるように飛び散る岩石。
地中から炙り出された怪人が、いくつものクリスタルが編みこまれた服をジャラジャラ鳴らし、背後に向けて銃を撃ちながら逃げ出す。BLAMBALM!
奇怪な桃色の髪が特徴的な、小柄なというよりも幼い女長魂族。
「ひ、あわわわわ、わた、やめ、カトルヴァンセッティエムちゃんは戦うのキライキライキライ」
喋りと見かけだけは非戦闘的だが、明らかに敵を殺す気だ。
怪人であることを全く知らない相手なら、有効なカモフラージュなのかもしれない。
「VRRRR!」「ミャゴー」「PURURURURU!」
次々と実体化し、行く手を塞ぐ魔物のような何か!
サンカントの方には更に多くが向かっている。
それらを砕きながらリュミエラは変身するか否か一瞬考え、やめた。この程度の敵に使うのは無駄な消費だからだ。
代わりに、えらく長い名前の怪人に光のサイトを合わせる。
単に焼き殺せば良い。
偽りの聖女の収束光線は魔力粒子ではなく純粋な光、つまり光速。
最初の照準が合っていれば基本的に回避できない。
ZZZAP!
「おお゛っと?」
しかし今回ばかりは間が悪く、偶然か狙ってか割り込んできたもう一人に、光が途中で遮られる。
背中を少し焦がしたカトルヴァンセッティエムは、これ幸いと物陰に隠れようとした。
まとめてぶち抜くべく出力を上げるリュミエラ。
だが新手はけろりとしている。むしろ排熱で周囲の岩や魔物のデッドコピーにダメージが入っている。
反射がないため鏡面加工や耐熱ではないし、魔力を感じず遮光結界でもないようだ。
……ただ単に効いていない!
リュミエラは訝しみ、照射を中止した。
「ハァー、サンカント! 怪人をやりなさい!」
「おう、楽勝だぜ!」
「いーやーだー戦わないーーー!」
威勢良く返事をしたサンカントの操る、粘着魔力ワイヤーがカトルヴァンセッティエムを襲う。
怪人女はデッドコピーを生成しながらどたどた走り回り、瓦礫を蹴り、投げ、抵抗する!
一方のリュミエラは怪しげな新手、怪人でない方と相対していた。
確実に初見なのだが、どこか見覚えのある印象だ。
身長五フィートほどの肉付きが薄い女性型で、透けるような白い肌。
半袖にハーフパンツという非常な軽装で、靴は履いておらず武器も持っていないが、両の手指足指に若いドラゴンじみたクリーム色の鉤爪を備えている。
そして、ああ、これは……見よ! シルバーブロンドのショートヘアと、虚無のように黒い虹彩を持つ瞳を!
女は鋭い犬歯を見せてにやりと笑い、鈴を転がすような声を発した。
「こんにちはお母さん。わたしはセシュレース」
「……認知しないわよ」
シャリン、シャリン。
攻撃的な表情を浮かべたセシュレースが爪を鳴らす。
硝子めいた涼やかな音色。
滑らかな真紅の鱗が爪の根元から広がり、その両手両足を覆った。
怪人図鑑そのよんじゅう
〔勇者試験体八十七番『カトルヴァンセッティエム』〕
形質学者ベルトランの非人道的改造により新たな記憶と奇妙な能力を得たエルフの少女。
非常に強力な勇者コードを持つモンスターマスターで、見かけと言動からは想像もつかない凶悪な戦法を使用する。
シルヴェストル基地の地下で長いこと休眠していたが、大幹部セーズの起床命令により覚醒してリュミエラ達を襲った。
ショッキングピンクの長い三つ編みがチャームポイント。
・おおきさ
4フィート8インチ、85ポンド。
・装備
ベルトラン式耐元素ローブ
36口径ハンドガン
情報保持加工済みクリスタル各種
・特殊魔法と能力
「水晶写し」
「僧術Ⅰ」
「ベルトラン怪人基本セット」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――




