85話 『分かれ道』
激しい爆発と振動。そして、似合わぬ精緻な光のラインが砂塵の隙間を走る。
カシャン! カシャン! カシャン!
古代の絵文字を想起するアナログ文様と集積回路のディジタル文様が絡み合う、奇怪な立体魔方陣。
歪む空間の中から、魔法銀の輝きを持つ細身の何かが降り立った。
「存在の安定は確認されました」
ザリザリザリ……
「ハイスピード転移ヲ再開シテクダサレ」
メカニカルな音声アラート。
「否。アンカーを撃ち込まれています。魔力ロンダリングが必要と推測されます」
「ガガガピー、クリアランス装置ハ権限ヲ要求。ナオ当施設ハ****後*******」
「私のマスターコードを認証せよ」
「NO! 緊急モード起動中!」
「…………? 了解」
PASS1:******** ****
PASS2:******** ****
「急ヲ要シテ認証スルガ、廃棄ヲ急グノコト」
不機嫌そうに黄金色の髪を靡かせた影は、床に空いた穴へと消えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……んでさ隊長、結局のところ何がどうなったんです?」
体を軽く焼き清め、前もってサンカントに準備させておいた替えの上下とフードマントを身に纏ったリュミエラが、溜め息をついて地べたに座り込んだ。
着慣らしたラヴァ・ワーム革の上質なフィット感も、目の前の慣れ親しんだ知人と相棒も気分を昂揚させるには至らない。
当然だろう。
少し離れた場所では今なおルクスコリ共和国軍と魔のシュバルド王国軍が戦闘を続行中で、この場のメンバーも各々が不測の事態を抱えている。
気晴らしに横の怪人少年を抱き寄せかけたリュミエラは、寸前で現在の彼の“中身”が異なることを思い出し、中止した。
彼女は、今なお“それ”に多少の苦手意識を持っているのだ。
行き場をなくした真紅の左腕と四本の鉤爪が地面に当たり、拳ほどもある石を熟れた果実のように切り裂き、潰す。
あまり彼女らしくない、無頼じみて不遜な態度だったが、上司たる“勇者”エリクは特に咎めるでもなく喋り始めた。
彼自身、別部署の将官であるラザル・シャルトルがこの場にいなければ、喚き散らしていただろうから。
「確実に言える事は、“魔王”暗殺作戦の第一が失敗に終わった、それだけだ。
基地に居たアンドレアスらしき超魂族は、まったくの別人だった。
まあ偽者とはいえ曲がりなりにも多相生物。シュバルド内でかなりの権限を持っていたようだがな。
ともかく僕とジョゼ、それにラザル少将で逃げた大悪魔を追う。
先ほど本部と通信を取ったが、“サンキエム”の報告にあった空間変動と、大荒原の外部からくる“魔王”反応が陸軍情報部でも確認されたらしい。
もっと言えば、さっきジョゼが探査した大悪魔の移動経路と該当座標に関連性があるようだ」
「むう、私は急いで伝えましたのに、エリク隊長が戦闘続行するから無駄な消費が……」
エリクの話に割り込んだ“サンキエム”がサンカントの体を使い、肩をすくめる。
“彼女”も他の皆同様に不機嫌であった。
「今更蒸し返さんでくれサンク、悪いとは思っている。
いずれにせよ悪魔の方は別としてグレゴア大佐だったか、あれを処理する必要はあったのだし。
今こっちから伝えるべき事は以上かな、ところでリュミエラさん、幽体ドラゴンはどこへ行ったんだ? まさか」
「あ、いや別に消滅したりはしてませんよ、成層圏での消耗と損傷が予想より激しくて先に補給に行かせました。
“R”と“エアフォルク”は問題なかったんですが、さっき爆発したガラク……こほん、ベルトランの大型兵器と戦闘になりまして。
霊的実体そのものは重篤ではないけども、マリエットさんに用意してもらったクリスタルで足りるか怪しいところです。
どのみち吐息用の瘴気吸収と防御物質の再生成に時間が必要なので、最短でも明日ぐらいまでは動かせませんね。
あーどうしよ、“サンキエム”、ガラクタは転送でどれぐらい動いた?」
「六十マイルほど西南西、反応の切れ方からして地下。
細かい状況に関しては途中からかかったジャミングもあって不明です、ああ、これがこの位置になるとすると、町があるのか。
すると…………」
先代勇者コードにより展開した魔力物質の糸で地面に簡易的な地図を描く“サンキエム”。
周囲を警戒しながら、なにやら別の情報源と通信しているラザル少将を除いた全員が、それを覗き込んだ。
空中で聖光による追跡調査を行っていたジョゼも、いつの間にやら降下してきている。
「あ、この山の麓ならシルヴェストルですわね。ほらエリク、開戦初期に役場が爆撃されたあの」
「待てジョゼ、確か引き払わせて陸軍がなんか建てたんじゃあなかったか。
そうなると、どうなるんだ? いや違うな、道を塞いだだけか、ベルトランが転送ポイントに設定したのが開戦前か後かが問題だが。
魔力漏出対策や警備を考えれば拠点が無い事は考えづらい、とはいえ」
「隊長、現場に着けばサンカントでどうにでもなると思います。
怪人反応もそうだし、“サンキエム”に各種チェックしてもらえば抜けはほぼないでしょ。
にしても六十マイルかあ、直後に戦闘が想定されるのに走るのは、ううん」
各種情報を聞くたび、リュミエラの口から溜め息が漏れる。
彼女は(もちろん、サンカントも)数十マイル程度かつ、余計な荷物がないならば燃料車を遥かに超える移動能力を持つ。
だが、車同様に補給は必要であるし、ラザルやジョゼと異なり魔法技術を用いた長距離飛行も苦手だ。
加えて、エリクやマリエットのようにジェットパックを仕込んでいるわけでもなく、できない。
固有形質である星の子の力こと、偽りの聖女を運用する関係で、通常の戦闘者が使用する装備類やシステムのほとんどが適合しないのだ。
その欠点をうまく補えるのが、しもべである幽体ドラゴンのクロマクなのだが……
「移動は問題ない。状況が変わったせいで、どうせ僕達“魔王”追跡班も陸軍の飛行機械で移動するしかないんだ。
ということでな、肩身は狭いかもしれないけど一緒に本部に戻って送ってもらえ。
それよりも、突入するのは本当にリュミエラさんとサンカントだけでいいのか?」
「単独で怪人と勝負できて、あたしの戦闘に巻き込まれても生命活動に支障がなく、派閥的なあれこれや聖堂騎士団工作部関連とサンカントの秘密にも影響がない助っ人なら、いくらでも欲しいですけど」
「無茶を言うな」
「言ってみただけです、隊長」
「うむ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ご武運を」
わずかに雲がたなびく戦場の空を、ルクスコリ陸軍の小型戦闘飛行機械が飛び去ってゆく。
ウェポンベイより投下されたリュミエラとサンカントは隠蔽も兼ねて自由落下し、地上すれすれで樹を蹴って着地した。
あたりは深い森に覆われており、昼下がりにもかかわらず薄暗い。
「さて“サンキエム”、探査をよろしく」
「あー、えーとリュミエラさん」
「んにゃ?」
「姉ちゃん、半日ぶっ通しで情報処理やってたから休憩と整理が必要だってよ」
「うげぇ」
「いや、探すだけなら俺でもかわんねえし!」
「そっか、んじゃお願い」
「おう!」
ギザギザの牙を見せて笑った怪人少年の掌から無数の粘糸が湧き出し、伸び広がる。
捕食した勇者コードに起因するいくつかの神秘的技術が組み合わさって生まれた力のラインは、一本一本がある程度の感覚を持つのだ!
展開された糸が岩の隙間、樹の陰、土の裂け目へと潜り込んでゆく。
しばらく後。
「怪人反応ありだぜ、北に一マイル……これは、地下か」
「サンカント、数は」
「一匹、だと思うけど、なんか、うお゛!?」
BOOM! 微かな爆発音が響いた。リュミエラにも聞こえる。
遅れて数度の振動と、怪しげなエネルギーの流れ。
「急ぎましょ」
「うん、それでさリュミエラさん」
「どったの」
「や、なんでもない。行って殺すんだ、鎖を解くために」
「あたしは、どうなんだろう?」
「うん?」
「しつこいガラクタに左腕とファルギ村の皆の家財のつけを払わせる。
奴を取り逃したのがあたしである以上、それは決定事項で揺らがない。
だけど、わからない」
ばさりと赤黒いフードマントがはためき、いくつかの古傷が走った透けるように白い肌と、左腕から肩にかけてを彩る真紅の鱗が露になった。
基本的にハイパーアクティブなリュミエラが、悩みの感情を他人に向けることはそれほど多くない。
星の子の力を完全に受け継いでからはなおさらだ。
訝しむように振り向いたサンカントは、浅黒く長い指でゴーグルをはね上げると、怪人特有の黄金と黒の瞳でリュミエラの顔を覗き込んだ。
“光の聖女”ジョゼによく似て整った造作、やや荒れてはいるが見事なシルバーブロンドのセミロング。
だが、あらゆる光を吸い込む虚無的な黒さの虹彩と、地の底から沸き出るような鋭い威圧感は、生粋の戦士たる彼女独自のもの。
怪人少年は思う。
頼もしく、熱く、愛しく、不定だ。星のように。
「リュミエラさん?」
「今もだけど、たまに、本当にたまにさ、思うことがある。
もしかしたら、ベルトランの非人道実験も、シュバルド軍の爆撃も、あたしの腕も、取るに足らないことなのかって。
誰が、どこが消えても、世界は普通、気にしないよね。
ソレイエルの視力か、地核の炎の寿命が尽きるまではさ。
だから、あたしはあたしの好きな…………あ、いや、違うわ」
オーン、ごく薄い不協和音と共に凶悪なドラゴンのオーラ紋が立ち上る。
透けるような肌が熱を発し、木陰の精霊めいてぼんやりと明滅した。
するりと伸びたリュミエラの左腕が、サンカントの肩を掴んだ。
熱く滑らかな真紅の鱗が柔らかく触れ、鋭い四本の鉤爪が怪人少年のリザードスキンジャケットと、絞り込まれた筋肉が浮いた浅黒い皮膚に食い込む。
サンカントはずらりと並んだギザギザの牙を打ち鳴らし、己の鎖骨から流れる血を無視して笑った。
「ああ、違うぜ」
冷たく重い人造勇者の肉体が活性化し、早回しで傷が塞がってゆく。
リュミエラは照れくさそうに手をどかして、鉤爪に付着した相棒の体液を舐め取った。
とろりとした滑らかな舌触りと金属と薬の混ざり合った美味が味蕾を刺激し、安定剤じみて余計な情動を鎮めにかかる。
彼女は古代ドラゴン的思考を振り払い、平静を取り戻した。
「ハァー、ごめんね、連続で変身したりとか暴れまくったりすると、時々他の生き物なんかどうでもいいってなるの。
薄ぼんやりとしてはいるけど、古いあたしがね。
んん、まだ偽りの聖女拡張領域の制御力が足りてないかなあ」
「別に完全に制御しなくていいと思う。
だって普段も、光っても、変身してる時も結局は同じリュミエラさんだろ。
俺なんかさあ、変な“勇者”っぽいのと姉ちゃんで、俺じゃない、俺と一続きじゃないのが二人もいるんだぜ」
「ま、そうかも」
「行こうぜ」
「っと、急ぐんだった」
二人は、年経た魔物でもそうはいくまいというほどの素早さと静かさで、森の奥へと走り出した。
……しかし、隠密性も、急ぐ必要すらもなかったのだ。
現場にはすぐに辿り着いた。
シルヴェストル村跡地、ルクスコリ陸軍に閉鎖された山道からしばらく進んだ先。
斜めに切り立った崖の内側、痩せた木々の陰に目的の入り口はあった。
ただし、過去形だ。
「ああん? 確かにこの下のはずだぜ」
仮想質量を操作して、割れた岩盤を含む瓦礫を退かしながらサンカントが首をひねる。
“出入り口のように見えなくもないもの”を中心に、真新しい破壊の跡が直径百フィートを超えて広がっている。
ここで何が起こっていたのか? わからない。
「ちょっと代わりなさいサンカント」
偽りの聖女を集中し、漆黒の虹彩を見開く。
高出力で放射された不可視の危険な波長、毒の光が、分厚い障害物をすり抜ける……視界が飛ぶ……リュミエラの前には何も無い。
岩の向きや空間の歪み、近場の生体反応を透かした放射は灰色の視覚情報となって流れ出す。
「ハァー……っふは、よし、見つけた。
そっちの岸壁の奥に通路が埋まってるから、ぶっ壊して。
今あんたが掘ってるところは、搬入口かなんかっぽいけど奥まで崩壊して入れないわ。
時間があれば塞がれてる方から入るほうがいいかもだけど、無いし。
あと、もうばれない様にとか、そういうのいらないかな、機械やらなんやらが動いてる気配、全然ないもの」
「わかったぜ」
怪人少年の両の拳に収束する、煌く鏡の破壊のオーラ!
SMAAAAAAAAASH!!
砂利となって吹き飛ぶ岸壁。
ぽっかりと空いた暗い穴、仮称シルヴェストル基地に、二人は入っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
地下の道のりは、実際のところ平穏無事といってよいだろう。
瓦礫まみれで照明もないが、強力な暗視能力を持つサンカントの改造瞳と、偽りの聖女の影響であらゆる波長を視るリュミエラには無関係だ。
そして、曲がりなりにも敵の拠点だというのに何も襲ってこない。
なんらかの工場と思しき大部屋も、セキュリティが高そうな扉も破壊されている。
部屋こそ多いが、破壊されつくしているか空き部屋かで、まともな家具も機材も見当たらぬ。
サンカントの中で休息中の“サンキエム”を叩き起こして調べさせたが、施設の機能自体が動いておらず、情報系も断絶しているとの回答。
二人は、七つ目の捻じ曲がった下り階段を進んでいった。
カツン、カツン、カツン、カツン。
「もうちょい下の方に怪人反応が一つだけあるんだけど、全く動いてねえ」
「こんだけ近いと、あたしでも判るわよ……あと、よくわからない気配が一つ。
どこかで感じたような、それより薄いような、ううん?」
「リュミエラさんさ、床に穴あけてみる? 早そうだぜ」
「詳細がわかんないし、無理に不意討ち狙うこともないでしょ」
「…………崩れても困るか」
カツン、カツン、カツン。更に下る。
もはや階段というより、崩れかけた洞窟の坂道。
真新しい破片が無数に転がっている。先の爆発によるものか。
「この先に怪人、いやもう一層下? っつか何だこれ」
へし折れた金属扉の隙間から、無数のがらくたや崩れた魔法陣が見える。
壁らしきものは随分と遠く、ひびこそ入っているが天井も高い。
大部屋、いや大広間といっても過言ではなかろう。
ちょっとした工場ほどはあるのでは?
少なくとも、リュミエラはそう感じた。
二人は、注意深くその空間に踏み込んだ。
「いる」
リュミエラの瞳が、屑鉄をはじめとする山と積まれた理解不能な物体をすり抜け、奥にいる何者かを補足した。
“それ”には見覚えがある。
右手に握った大型の二等辺三角形刃、竜牙剣、ラヴァ・ワーム革のフードマントに固定された紅の大鱗、真紅の鱗に包まれたリュミエラの左腕、白銀の骨を思わせる艶かしいレンファニウムの左脚、それぞれに禍々しい古代ドラゴンのオーラが集中する。
彼女は先手必勝で切り刻み、焼き殺す予定だった。
何故なら、ベルトランに組するものは基本的に情報というものを吐かないからだ。
ついでに言えば、“それ”は怪人でないため、サンカントに捕食させる必要もない。
だが、ある種必然とはいえ、“それ”も二人の存在に気づいていた。
そして、加熱されたリュミエラを制すように瓦礫の中から飛び出し、口を開いた。
玩具のような一本線の口をぱかりと開いた。
“それ”は戯画化されたヒト型をしていて、非常に小さい。
身長二フィートもないのではないか。
棒状の手足に、四角な頭。機巧悪魔!
「HEY魃、三年振ダナ……ット、ア゛アーッ! 待テ、攻撃スンナ、マアマアマア、チョット話、聞イテケヨ。
オレ様ハ、レクタニカ。知ッテル? 知ッテルッケ? ドーダッケナ? 知ランカ。
ソコノエート、エート、アー、050+5ダッタカ、博士ハ何ツッテタカ、ソウ、サンカント・サンク君。
アレダ、アレ、重要、ソノ、重要ナノサ、オレ様ニモ、Fuckinなテメエラニモ。
マジダゼ、絶対聞イタ方ガ、ナ、ナ、ナア?」
「はあ」
「どうすんの、リュミエラさん」
「そりゃ、始末するに決まってるでしょ……」
戦闘用に体温を引き上げたリュミエラの足元から煙。
続いて、輝く拳を構えたサンカントが一歩踏み出す。
「頼ム! 喋ラセロ!」
コミカルな挙動で距離を取ったレクタニカが、カタカタ震える。
その声色から、嘘らしきものは伺えなかった。




