81話 『鋼の化身』
「ガト!」
「応!」
地形を破壊しながら暴れ回っていた大悪魔ガストルトの動きが、唐突に鈍った。
彼の背中にへばりついていた鞄の悪魔デグレニャも剥がれ落ち、くるくる回転して少女然とした仮想肉体に戻ってゆく。ハイタッチ。
絶好のチャンス。その、はず。
しかし、エリク達は攻撃する事ができず、逆に大急ぎで後退した。その距離、およそ半マイル。
三人の戦闘経験と本能が、危険な前兆を読み取っていたからだ。
実際、判断は正しかった。
灰色の影の領域が著しい速度で周囲に広がり、吸い込むように侵食する!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ザザザザザ……ザザザ……
軍用ゴーグルに内蔵されたインカムが激しい雑音を発している。
ルクスコリ共和国(療養中)陸軍少将ラザルは苛つきながらも、最も信頼する部下からの通信を受けた。
(うワあああ! ザザザ 少将! しょーしょー!!)
(どしたロズ、ちょっとこっち、ザリザリ っお、余裕がね、えッ)
(そんザ、なんじゃねっす、逃げて、ザザ……さい少将!)
(ロズ大丈夫か!?)
(わたしはー余裕でーサリサザザリ……と、あの、消えたはずのでかいのが来てて! 近いです、しょーしょーの装備じゃ、あのですねー)
(ロズ)
(なんですかー)
(来てる、じゃねえ、戦闘中だ馬鹿)
(ふわあああ!? 死んじゃだめっす少将!)
(大丈夫だ、どうにかする)
(あーもう、知りませんからねぇわたし)
(ああ)
(少将のばかやろー!)
ザリザリザザ……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ゴォオ゛ォオオォ……オーン……」
大荒原に極低音の咆哮が響き渡る。
それが出現しただけで、周辺の空間が歪むとすら感じられた。
高さ百六十フィート、幅百二十フィートをそれぞれ上回り、四肢は城塞じみた太さ。重さに至っては想像もつかぬ異形の金属巨人。
仮想鉄製複合装甲に覆われたダークグレーの巨砲が、言葉にし難い威圧感を放っている。
ガコン、ギュオオオン。
角ばったマシーナリーなシルエットの頭部が、地表の獲物を見下ろした。
かの大悪魔の無機質さに奇妙な人間味を与えていたタイガーアイの虹彩は、いまや真昼の陽光をも切り裂くサーチライト。熱い!
エリクは眉を顰めた。無論、ジョゼも。
「なるほど、確かに操縦者。うん、虚偽の記載はなかったな。しかしあれが、あいつが」
呻くようにエリクが呟く。完全に計算外。
斜め後方ではサーチライト照射で迷彩を解除されたラザルが慌てている。
「おい、おいおい」
「あらまあ……」
“そいつ”は実際、極めて有名だ。
シュバルドとルクスコリの軍事関係者で知らないものなど、居ないほどに。
ただ、正体あるいは製造方法だけが不明だった。
エリク達は、重大な軍事機密を知ったことになる。“そいつ”をどうにかできれば。
(いや、まったく非常識だぜ、この世ってやつは)
(ツチヤ、笑い事じゃないぞ)
シュバルド山軍特別特定兵器、魔王の盾、“巨大戦監”グレイトピース……それが、それこそが、大悪魔ガストルトの魂の姿!
仮想肉体のサイズと出力が釣り合っていなかったのも、呪殺弾の効きが悪かったのも当然だ。
元の大きさが、まるきり違う。
「なあエリク殿、“魔王”を倒す倒さない以前に、これどうにかせんとうちの本陣が危なそうなんだが」
「んー、どうしましょうかしら」
浮遊するジョゼの崩れかけたフードローブの裾から、攻撃性の聖光粒子がどろりどろりと滴り落ちる。
光り輝く青い眼が、灰色の怪物を忌々しそうに見据えた。
「処理するしかない! サンクを通して出現連絡はしたし、本陣の防御はまあ大丈夫なはず。
あとは、注意深くやって隙を作れば僕とジョゼでどうにか、多分。最悪飛行隊を呼んで魂爆でもいいが、出来れば避けたい」
素早く方針を固めた三人が巨体と向き合う。
焦りは死を招く。
そもそも、敵はもう一体居るのだ。
見るがいい、グレイトピース右肩三連装砲から小さな影が空中に飛び出し、滑るように接近してきた。
当然、自身とガストルトの修復・補給を終えた黒鞄の大悪魔だ。
濁ったエメラルドのオーラで身を包んだデグレニャは、再びブラックバッグへと……いや、先の変身と少し違う。
最も注視していたラザルが、舞うように飛び退きながらアラートを叫ぶ!
「おお、お、下がれえェ!」
ZZZZZAZAZZZAA!
背中を向けたデグレニャの鞄から虫の巣を想起させるオブジェクトが現れ、無数の銃弾を吐き出した!
爆発が連鎖し、合成音に近い怪音波を伴うまでに至った、高密度の金属の嵐をギリギリで回避する三人。
一方のデグレニャは隙を消すように回転しながら、そのまま変異を開始する。
白いドラゴンの頭の下半身が金切り声とともに伸び太り、長い首に沿って長魚の鰭じみた暗色の刃が出現。
上半身もそれに追従して変化、人形少女の印象はそのまま数倍に。
背部の牙付き鞄はもはや鞄ではなく、扉に近い。
ガストルトのグレイトピース化により位置情報を隠蔽することができなくなったためか、より重火器を運用すべく大型化したようだ。
上半身だけでエリクやラザルの全身と大差なく、下半身は天上に住まうナーガの王を想起させる威容!
少女の口、鞄の裂け目、ドラゴンの顎、それぞれに白く輝く牙が並び、遠目からですら触れるだけで切れそうに鋭い。
濁ったエメラルドのオーラはボディの伸長に伴って変質し、禍々しい血ルビーの輝きを示している。
これが少女悪魔本来の造型なのだろうか? エリク達には判断できない。
できないが、更に状況が悪化したのは間違いない。
当初デグレニャの対応をラザルに丸投げする予定だったエリクは、対“大魔王”用のカードを一つ切らざるを得なくなった。
ラザルはマントを翻して消えた。
(ツチヤ、ツチヤ、融合しろ)
(仕方ねえか、だが肉弾戦いける保証はねえぞ、つうか多分勝てん)
(立ち回りでどうにかする、やれ!)
(しゃーねえな、勇者だもんよお、アーマリーモード起動)
「ジョゼ、ラザル、サポート頼む!」
言うが早いか、エリクはカーキ色軽鎧の装甲板を数枚引き千切った。
ペンタクル文様が刻まれた無数の紙符が舞い上がり、彼を包み込む。
符はエリクの魔力を吸い込みながら地元素を発生させ、大量の金属繊維となって蔓草のように縒り合わさり新たな姿を形作ってゆく!
渦を巻く繊維により外骨格が形作られ、タイル状の装甲がそれを覆う。
元の倍の体格、倍を遥かに凌ぐ増幅された“勇者”の力!
ZZZZZAZAZZZAA!
浮遊するブラックバッグが再び分厚い弾幕を放つ。
完成した鈍色の強化外骨格アーマー、特殊パワード・スーツに包まれたエリクが大きく一歩を踏み出し、流線型の昆虫じみた頭部でブラックバッグを睨む。
カリカリカリカリ、自動防御フィールドとタイル装甲の合わせ技に弾き返される弾丸。防御性能も高い!
三つの口で舌打ちしたブラックバッグは、弾切れを起こした箱型機関銃ユニットを投げ捨てた。
「「「はっはは、それが戦闘形態か、クソ勇者ァ」」」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれないな?」
ガッ、ジャキリン! 新たに三本のロケットランチャーが生きた転送門であるブラックバッグの背中から出現する。
汚れたルビーの瞳が、即座に視界内の二人をロックオン。ファイア。
筒が火を噴き、二本の翼付き徹甲弾が飛ぶ!
しかし、エリクとジョゼは動かない。
砂塵がゆらめいた影から、ロケットランチャーよりもずっと細い発射音。炸裂クロスボウ・ボルト。
BOOBOOM! 空中衝突により弾体が破損。驚くべき精密さ。
迎撃した長魂族は、いつの間にか消えていた。あれの迷彩も侮れぬ。
先に呪殺のボルトから受けた痛みが僅かにフラッシュバックする。三重の歯軋り。
胎が燃えるような怒りが湧き出すが、背後で地響きを立てるグレイトピースの頼もしさがそれを鎮めた。
デグレニャは、ブラックバッグは笑った。
敵を殺す算段は立っている。あるじの為にも。
「「「キィーハハハー! 行くぜガト!」」」
「ゴオオオオォ……」
「「「一人一匹、長魂族はデザート!」」」
「Y-E-A-H!」
きりもみ回転飛行で加速したブラックバッグが、光の檻をグレイトピースに向け展開しようとしていたジョゼを突き飛ばした。
集中を乱された粒子はばらけ、ジョゼの体内に戻ってゆく。
ジョゼはブラックバッグに向き直り、不快そうに輝く触手を蠢かせた。
「私は、ルクスコリを侵略したアンドレアスを倒さなくてはいけないのですけれど」
「「「不可能だぜ、“聖女”。私とガトがいるからな? 貴様はここで消え、“勇者”はガトに、グレイトピースに殺される」」」
「言ってなさい」
火薬と光が交錯する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
グォルルルル!
蒸気と振動、そして影。
一歩ごとに地鳴りと土煙を巻き起こしながら、戦監グレイトピースの異常巨体が迫る。
エリクはパワード・スーツの調子を確かめた。
彼の背後では愛しいジョゼが、汚れたルビーのオーラに包まれた怒れるブラックバッグと戦闘中だ。おそらくラザル少将も。
心配ではあるが、今は仲間を信じて放置するしかない。
「さて、一応、一対一だが」
(エリク、あんたの力を信用しないなんてこたないが、本当にどうにかなんのかね)
(わからん……わからんがツチヤ、二匹のうちどっちか処理できれば、あとは軍に任せてアンドレアスを探せるだろう)
(まあ、そうだな?)
「ゴォォオォ……VRRRRR」
グレイトピースが右腕をエリクに向けた。
警戒されている。
ギラつくサーチライトがエリクを捉えた。
ガリガリガリ! 馬鹿げた口径の三連装砲の照準が固定される。
エリクはジェットパックを起動し、飛ぼうとした。
BOOMBOOMKABOOOM!
連続した発射音が空を切り裂く。
大気が揺れ、運悪く近くを飛んでいた鳥が音だけで骨ごと砕けて消滅。
頑強なパワード・スーツが軋む。
砲弾を回避したエリクは、爆風で吹き飛んだ。
魂の同居人ツチヤの罵声が精神に響く。
(冗談じゃねえぞ、こんなんどうしろってんだよ!)
ジェットパック制動で立て直し、素早く着地。
風と音で耳がおかしくなりかけている。
(頭部を砕いて、体内に侵入すればどうにか)
(無茶を言う……やるしかねえのはわかるがな)
タイル装甲の下から取り出した符をばら撒く。
舞い踊る符は、エリクが前もって組んだプログラムの制御を受け、円筒形を描いて広がってゆく。
濃縮した地元素で空間を隔離し、領域内の物理法則を書き換える破壊魔法バスター・マターⅡ。
これならば、グレイトピースの装甲も抜けるはず。
魔力の渦が広範囲に広がり。
DOOOM!
「ギュゴオ゛オ゛オォ!」
ロックオンが、外れた。
七万トンを超える超重存在が、何の前触れもなく軽く数百フィートはジャンプした。
馬鹿げている。物理法則はどうなっているのか。しかし現実だ。
グレイトピースは空中で左肩18.2インチ砲を撃った。
だが、さすがに照準を合わせるまでの余裕はなかったらしい。
巨砲はエリクを掠めて地表を爆砕するにとどまった。KABOOM!
ワンテンポ遅れて発動した大破壊魔法は、空中にいるグレイトピースの下をすり抜けてゆき、脚部装甲表面をわずかに、ほんの僅かに傷をつけただけだ。
エリクは空中で再び符を。
「うおああああ!?」
家よりも太い腕が砲撃の反動を利用して加速し、衝撃波で安定を失ったエリクを襲う。
重さという概念を鋼で塗り固めた、挽き潰すその拳!
と、ドウ! エリクの踵が火を噴いた! 寸前の加速回避。
地面に激突したグレイトピースの巨拳は岩も土も関係なくゼリーのように削り取り、クレーターを作った。
大量の土石が飛沫となって降り注ぐ。
ジェット制御のパワード・スーツがやや不安定ながらも器用に攻撃をかわし、グレイトピースの上を取る。
エリクの精神へ、魂の同居人から思考の速度で罵声が飛ぶ。
(防御を気にしろ!)
(信用してるぞツチヤ)
(畜生ォー! まだ追撃来るぜ!)
マシーナリーな装甲頭がガリガリと回転し、サーチライト瞳の軌跡が飛翔するエリクを追い回す。
グォゴゴゴルルルル! 重油と魔力と蒸気が唸る!
右肩18.2インチ砲が駆動、照準がエリクに、射出。KABOOM!
広がる衝撃波。
「ぬおおお、おお、はァー、いける、いけるはず」
自身のジェットパック噴射とグレイトピースが起こす衝撃の負荷に“勇者”の力で強引に耐えながら、エリクは呟いた。
直撃さえしなければ、何とかならないこともない。
外れた弾丸が成層圏へと消えてゆく。
エリクは再び符を展開しようとした。
しかし。
「ゴォォォォ……」
BATARATARATATATATATA!
背面対空機関砲で空を薙ぎながら、悪魔戦監が身を起こす。意外に素早い。
エリクの領域が吹き散らされる。
地上からの巨大サーチライト瞳と、飛行パワード・スーツの複眼がかちあう。
遮光率の自動調整を行っていてなお、恐るべき光量。
(ダメだエリク、もっと慎重にいかねえ、ぐお排煙!?)
大量の黒い煙が音を立てて迸り、エリクに纏わりついた。
狭まる視界と、ジェットパック出力低下。暗い!
WHACK!
「おごあーッ!?」
エリクは燃えるような衝撃を受け、羽虫じみて叩き落とされた。
一瞬よぎった灰色の影は、グレイトピースの掌。
ギュオオオン、右腕砲が動く。
「…………ガ」
照準が解除され、駆動が止まる。
グレイトピースが発生させていたものとは別の地響き。
(これでいい、本来、飛ばない方がいいんだツチヤ、僕は大地の勇者だぞ)
(なるほど)
そして、地表が隆起した。
砦よりも頑健な悪魔の両脚に圧縮された土が絡み付く!
エリクは無駄に符を撒き散らしていたわけではなかった。
この瞬間を待っていた。通常の数百、いや数千倍の規模の大地束縛!
もっとも、いくら彼が大量の土を操れるといっても視界すべてではないし、グレイトピースほどの相手ともなるとそう長時間拘束できない。
元素に包まれたエリクは地表と地中の境を駆け抜け、敵の後ろへと。
「ゴオォ……ゴボアァアァ!」
濃灰色の巨体が、とてつもない膂力でバインドを引き剥がしにかかる!
噴出する蒸気。左脚が抜けた。割れる大地。グレイトピースは再感知したエリクに、三百六十度回転するマシーナリーな頭と砲身を向けた。
しかし、その時間は有益だ。下準備が終わっている以上、とりあえずはそれだけの隙で足りる。
グレイトピースの頭部と胴体は、既にバスター・マターⅡの領域内に入っている。
円筒形の巨大な力場が歪曲し、元素瓦礫が生成されてゆく。
(エリク、中断!)
「っとととと、と、またか、面倒臭い……はぁ、少しは削ったと思うが」
位置交換で消失する巨大な影。
やはりというべきか、破壊領域の大半は空を切った。
エリクの攻撃をすり抜けながら新たに出現したのは、ぬめる長魚を思わせる挙動が不気味な飛行物体。
無駄な消費を抑えるべく、慌てて地元素と符を再吸収するエリクとツチヤ。
背後から聖光粒子構成物が砕かれた時特有の耳障りな金切り声と、グレイトピースのハイ・ボリュームな砲撃音。
ジョゼとラザルを頼ることはできない。あちらはあちらで忙しい。
大型サーチライトと入れ替わりで、汚れたルビーの光がエリクを捕捉した。
白いドラゴンの顎から突き出た長い砲口が、燃える弾丸を吐く! BASSS!
エリクは冷静に長メイス状に成型した濃縮元素を振って、それを叩き逸らした。
大型少女悪魔の挑発が三重に聞こえる。
「「「私だぜ、ファッキュー!」」」
「…………チッ」
ZZZAZAZZZAABOOM! ZZAZAZABOOZZZZAZZZA!
ブラックバッグから降り注ぐ金属の嵐に、時折榴弾が混ざる。物量作戦。
追加装甲を断続的に精製して対抗するエリクだが、中々隙がない。
攻撃が途切れない……更に!
「「「ゲボァーッ!」」」
粘りつく油の濁流。増粘ナフサの吐息!
濃密な掃射に耐えるエリクの周囲にベチャベチャと汚らしく飛び散った粘液が、鮮やかなオレンジ色に燃え上がる。
火の海だ!
(やべえぞエリク)
(気が向かんが潜る)
(了解、元素操作開始)
泡立つ地表に、鈍色の昆虫人間装甲パワード・スーツが沈んでゆく。
地中移動は移動速度が著しく落ちるが、仕方がない。
このままブラックバッグの猛攻の前に留まり続けていては、酸素も地元素も削りきられてしまう。
「「「ア゛……逃げられると思うなよ?」」」
射撃が止む。
ブラックバッグは鞄の口を大きく開き、取っ手のついたコンテナ状大型機材を取り出した。
人形のような幼い顔が歪み、血に塗れたルビーの光が明滅する。
「「「探査開始ィー!」」」
BEEEEEEP! 周辺一帯に高周波が放たれる!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
はるか上空、オドンの風と宇宙線が降り注ぐ成層圏。
大荒原の喧騒をまるで感じさせない、静かな世界。
排気で空を汚しながら陣取っていた二隻の航空輸送艇も今はなく、ぼんやりと輝く宇宙と空の地平線が広がっていた。
「げふ、逃げる、なア゛、わ、あ……お゛ぐっ、無理しない程度に追っかけてクロマ、ぐぁ」
「クワー!」
冷たい防御物質が殆ど剥がれ落ち、薄い飴色の不定形実体を晒す幽体ドラゴンが、薄い大気の中をふらふら進む。
その滑らかな背では、変身の解けたリュミエラが、身体各所の粘膜から薄紅色の液体を漏らしながらクロマクに指示を飛ばしている。
液体は血ではなく、過負荷を受けた偽りの聖女が吐く劣化エネルギー物質。
滴る廃液はボロボロに劣化した赤黒フードローブに染み込み、細かなコランダム状の赤い結晶を作っていた。
そんな彼女の視線の先およそ一マイルに、各所から煙とスパークを上げながら空域を離脱してゆく白銀色の直方体。
「ごめ、ちょっ、ごふ。っと、ちょとだけ休むから、頼む」
「クワー……」
「すぐ、復旧する、うぇぇ、っ」
カピテーヌとの根競べには勝利したリュミエラだが、余裕はない。
パワーソース自体は残っているものの、変身の反動で乱れた偽りの聖女を安定化させないことにはまともに動けないのだ。
しかも、損傷させた分を差し引いても飛行速度は向こうに分があり、少しずつだが現在進行形で距離が開いている。
かといってここまで追い詰めて見失うなどあってはならないし、身体の調整も急がなくてはいけないし、逆に殺されるのも最悪だ。
慎重かつ大胆に追跡しなくてはならぬ。
そして…………
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
KABOOOM!
18.2インチ砲弾の炸裂!
ジョゼが光の粒を滴らせながらふわりと避け、エリクとラザルは転がるように逃れた。
ブラックバッグの操る機関砲が炎の線を描いて三人を追う。
予定よりずっと消耗が激しい。
なにしろ、恐るべき“大魔王”の側近である二体の大悪魔は全くサイズも戦法も異なるくせに、グレイトピースの能力で瞬時に位置が入れ替わるのだ。
連続使用には制限があるようだが、そういう問題でもない。
真っ当な手段で処理する算段が立たぬ。
「私がやるしかないようですわね」
「ダメだジョゼ! まだその時では」
「けど……!」
「「「っせーぞおォ」」」
急降下してきたブラックバッグの下半身にずらりと並んだ鰭状の刃が聖光触手を切り裂き、ジョゼに迫る!
エリクは腕からトゲを伸ばして刃を止め、サブアームでロケットランチャーを構えた。
「この、悪魔め」
「ゴォォォ!」
BOOM! BOOM!
5.1インチ副砲を用いたグレイトピースの支援砲撃が、エリクの反撃をインターラプト!
火工品の大悪魔であるブラックバッグ=デグレニャに対し、通常弾の効きが極めて悪い事を利用した力技。
笑いながら爆炎に乗って上昇するブラックバッグ。
ラザルが呪殺のクロスボウ・ボルトを打ち込もうと。
「おい待て、何か!」
「む」
「あら、これは?」
叫ぶラザル。
エリクとジョゼは一瞬だけ視線を上に向けた。
上空を横切ったシュバルドの飛行機械がウェポンベイを開いている。
パワードスーツの複眼で機械的に視覚が増強されているエリクと、聖光で自動的に遠見が可能なジョゼには、ラザル以上にはっきり見えた。
二つの影が、落ちてくる。シュバルドのミリタリースーツを着込んでいる。
自殺行為としか思えないが、湧き上がる漠然とした不安。
だが、困惑しているのはエリク達だけではない。
「「「なにしに来やがった、死ぬぞてめえら!?」」」
「ジャア゛ァマァア゛ア゛アア!」
遅れて空を見たブラックバッグが三つの口で喚き、グレイトピースが吼える。
どうやら、あちらにとっても予定外の出来事。
投下された二人は、エリク達と大悪魔の間に降り立ち、全く同時に同じ内容を喋った。
「お戻りください、主がお呼びです」
「「「ハァ? 主様なら従者召集あんじゃねえか、わけわかんねえ事言うなや、こっちは“勇者”と“聖女”を」」」
「急ぎです、我等が止めます」
「「「馬鹿じゃねえの? 私に部下を無駄に殺す趣味はないわ」」」
BOOM!
グレイトピースが18.2インチ砲を撃つ。
KABOOOOM! 燃え上がる地面! 特殊榴弾だ!
爆発に巻き込まれかけたエリクとラザルが慌てて後退。
新手の二人は、全く動かずに炎と土砂を浴びた。
「……GOFF……お急ぎを」
「「「マジかよ、どうなってるのさ、主様」」」
「コオ゛ォォォ……」
何か不可解なことが、起こっている。
怪人図鑑そのさんじゅうご
〔悪魔『サミュエル』〕
シュバルド軍のアンドレアス派悪魔将校の一人。深みのあるジェットの虹彩とグレーの癖毛、筋肉質の四肢が特徴的な少年の仮想肉体を持つ。
彼はアンドレアスの配下ではあるが、大悪魔デグレニャと違って直接のミニオン契約は結んでおらず、生け贄の魂魄を依り代に安定化している。
シュバルド山軍所属。
・おおきさ
5フィート3インチ、134ポンド。
・装備
シュバルド式ミリタリースーツ
鉈
・特殊魔法と能力
「完全燃焼」
「悪魔基本セット」
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怪人図鑑そのさんじゅうろく
〔悪魔『ショーゲツ』〕
シュバルド軍のアンドレアス派悪魔将校の一人。虚無的な月長石の虹彩と曇った夜空を思わせる不思議な長髪を備えた、大柄な女性の仮想肉体を持つ。
彼女はアンドレアスの配下ではあるが、大悪魔ガストルトと違って直接のミニオン契約は結んでおらず、生け贄の魂魄を依り代に安定化している。
シュバルド海軍所属。
・おおきさ
6フィート1インチ、152ポンド。
・装備
シュバルド式ミリタリースーツ
鎌
・特殊魔法と能力
「ZOC」
「悪魔基本セット」
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