80話 『アーチ・デーモン』
終章前半部あらすじ
(かねてより争っていたルクスコリ共和国と魔のシュバルド王国が、ついに大荒原南部で激突した! 荒れる大地と軋む大気、忌まわしき色の空!
星の子、古代レッド・ドラゴンのミームを完全に受け継ぎ、二年半の休眠から目覚めたリュミエラも、戦いと無縁ではいられない。
幽体ドラゴンのクロマクを駆り、光熱の化身となって成層圏を駆ける彼女と相対するは、怨敵カピテーヌが操る怪物的機動装甲、シャトレーヌ。
そんな中、ルクスコリ軍対魔王兵器、聖堂騎士団工作部隊長“勇者”エリクは、“光の聖女”ジョゼを伴って“大魔王”アンドレアス・エルネストの暗殺に挑む。
裏切りの怪人サンカント&サンキエムの情報支援を受けて進む二人は、鉄と火薬の悪魔デグレニャの介入に悩みながらもアンドレアスの処理に成功する。
だが、なんたることか。二人が殺した“大魔王”は全く別の超魂族、シュバルド山軍大佐グレゴア……つまり、影武者。一体全体、本物はどこに消えた?
復讐の陸軍少将ラザルと合流し、先を急がんとする“勇者”と“聖女”の前に、新たな魔王の腹心が立ち塞がる)
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軍人としては少しばかり細身の肉体を、シュバルドのミリタリースーツで包んだ新手の悪魔は、タイガーアイの瞳で周囲を睨めつけた。
「ルクスコリの屑ども」
まるで合成音声のように平坦で低い声。
綺麗に刈り揃えられたブラウンの髪と、整ってはいるが無機的な印象を与える顔にも変化はない。
だが、それでも、エリク達三人は、悪魔の感情の動きを感じた。
「随分とお怒りだな、“大魔王”の護衛らしくもない」
挑発し、出方を伺うエリク。
だが、彼は困惑していた。恐らく、ジョゼやラザルも。
目の前の男は、何者か? それは、わかる。
魔のシュバルド王国首長“大魔王”アンドレアス・エルネストの側近、大悪魔ガストルト。
公式の場にも時折現れるため、間違いない。
エリクとジョゼに至っては、モーリス市の地下で直接会ったことすらある。
そこまではわかる……が、何故ここに。
いや、それよりも、アンドレアスの影武者がエリク達を誘い込み、死を賭して足止めした理由は?
疑問は尽きぬ。
と、エリクの思考に魂の同居人が割り込んできた。
(おい)
(なんだツチヤ、符のデフラグに忙しいんだけど)
(確かガストルトっつうのはシュバルド山軍特定兵器だよな、資料で見たぜ)
(ああ、しかし)
(しかし?)
(奴の能力には不明な点が多い、広く知られているのは顔だけだ)
(資料には操縦士とあったが)
(そう、操縦士。けれども、“何の”操縦士なんだ? 前にやった時は、らしい動きすら一切無かった)
(ふーむ、あの妙な移動と関係あるのかね……で、どうするエリク)
(悪魔相手じゃ取材もできないし、無視してアンドレアスを探すべきではある)
(逃がしてくれるか? やる気満々だぜありゃ)
(だな、それに少将の事もあるし)
(処理前提で回避は状況次第、かね)
(ああ)
神経伝達の速度でやり取りされる思考情報。
エリクは瞬きほどの間に、とりあえずの方向性を決定した。
横のジョゼは聖光粒子の増産中だ。
“聖女”による他者の強化は、粒子の活力低下と同期して漸減するため、定期的に更新を行う必要がある。
餌を与えられるのは、本人のみ。
そうして、青いローブの隙間から漏れ出した蠢動する光の粒は、意志を持つかのように群れをなしてエリクとラザルに感染した。
一仕事終えたジョゼが溜め息をつく。
集中により、吐息にも光が含まれている。
「困ったもんですわ、思いません? エリクも、少将も」
「ああ」
「まったくだぜ、ところでエリク殿、“大魔王”を探すなら俺が連中の足止めすっぞ。
悪魔って奴は主を消せば消えるんだろ?」
ラザルの虚無的な笑み。
長魂族の情動は、近しいものにしか理解できない。
どこまで本気か、エリクとジョゼにはわからぬ。
「考慮はするけれど、最終手段だ」
「なら、優雅に殺して去るしかねえな」
「…………」
渇いた荒野に、緊張が高まる。
遠くでは様々な激戦が繰り広げられているが、二人の大悪魔も、エリク達も、いまだ動かない。
いや、動けない。
戦闘態勢に入った強者達の展開するエネルギーの渦が周囲に漂っている。
……と、上空から何かが墜ちてきた。ドウン。
黒と、銀と、炎。飛行機械のスクラップか?
各人の視界を、砂煙が掠めた瞬間。
「オオオオ!」
ゴウ! エリクが猛然とジェットパック加速、強烈な負荷に“勇者”の肉体で無理矢理耐えて音を抜き去る!
追従する影は“ツチヤ”の操作するマシン・ゴーレム。
祝福された輝く直刀が突き出され、ガストルトを襲う!
ラザルは長魂族ならではの反応で、呪殺のクロスボウ・ボルトを合わせた。
やや遅れて、脈動する聖光が大樹の根じみて地を這い進む。
だが、ガストルトはデグレニャを小脇に抱えたまま。
シャトヤンシー効果で縦の線を引いて輝く虹彩も、高速で迫りつつあるエリクではないどこかへ飛んでいる。
動かない。
暗いブラウンの縞。
「ア……」
きらり煌く歪んだ光の針の道。
「お、止め、ア゛ア!」
大気を裂く呪われた黒いボルト。
「あら」
輝き蠢く光の粒。
「な!?」
必殺の聖堂騎士団式祝福ランジ。
「う、ぐ、おお!」
濁ったエメラルドの燃える瞳。
「みゃー」
ラザルの肩を祝福された直刀が貫いた。
遅れて、エリクの背に呪殺のボルトが突き刺さった。
マシン・ゴーレムは急停止した。
攻撃用に地面から生やした聖光粒子を慌てて調整し直したジョゼが、回復触手をラザルの肩とエリクの背に当てる。
二人は傷の苦痛と治癒の快楽に耐えながら、それぞれクロスボウと大地のペンタクル紙符をすぐ横のデグレニャに向けた。
直後、四フィート強しかない少女の似姿が熱い煙に包まれる。
白い煙の中に黒い影。
ボルトと紙符が止まった。
蒸気の中からスイと出た両腕に止められた。
歪んだ景色の中で揺らめく輝きはタイガーアイ。
グォルルルル!
巨大スチーム・タービンじみた怪音が鳴り響き、大気を揺らす!
「ちょっとエリ、くぁァ!?」
KABOOOM!
救援をかけようとしたジョゼが、全く別方向から襲い来た爆炎に包まれて吹き飛んだ。
玩具のように振り回されたエリクは地面に叩き付けられ、軽く二十フィートはバウンドした。
ツチヤの操作するマシン・ゴーレムが核を撃ち抜かれている。AMRシューティング!
エリク“で”殴り倒されたラザルは動かない。
一応、生きてはいるようだ。
「SYUAHHHHH……」
“勇者”を叩きのめした大悪魔ガストルトが、何かを調整するように関節を鳴らす。
ギコ、ギコ、ギコ、バシュウウン。謎の軋み音。
シュバルド式黒褐色ミリタリースーツの隙間という隙間から灰色の煙が立ち昇っている。
首が一回転、肩が一回転、腰が半回転。
優雅に、しかし素早く体勢を整えた悪魔は灰色の巨大なマサカリを取り出し、右手一本で構えた。
柄が長く、ハルバードに近い。
背後からやってきた小型の飛行物体が、重金属弾を撒き散らしながら合流した。
忌々しい濁ったエメラルドのオーラ。デグレニャ。
「ゲホ、くは、畜生、何なんだお前、はっ!」
ジェットパック制動により空中でバランスを立て直したエリクは、射出したワイヤーでラザルを回収しながら大きく下がり、着地した。
“勇者”の超生命力で傷が回復してゆくが、並列思考にリソースを割いているため即座にとはいかない。
何が起こったかは認識している。
だが、何故そうなった?
エリクは思考を整理し、一瞬前の状況を精神の中で再現した。
この敵を殺す。即座に。
ブースターを起動して飛ぶ。
待ち受けるガストルトに動きはない。
何かをじっと見ている。
己ではない何かを。
最大出力のジェット加速は音を超え、一瞬で目標に到達。
輝く祝福直刀がガストルトの胸に吸い込まれ、ない。
ラザル少将!
刀を、ずらす。
飛び散る鮮血。
背中に異様な感覚。呪殺のボルト。
力が抜け、直後に力が漲る。聖光粒子。
愛しいジョゼはいつでも最高だ。間違いない。傷が回復してゆく。
ラザルに刺さった刀を諦め、紙符を取り出す。
ライフルはこの距離では遅い。
濁ったエメラルドの虹彩がこちらを見た。ぐるりと見た。哂っている。
抵抗できないはずなのに。
己と同じく聖光で復帰したラザルが、クロスボウを足元のデグレニャに向けている。
撃つ。
熱蒸気。
対象消失。
グォルルルル!
視界が、反転する。
ツチヤの絶叫。
思考の断絶。
(やべええええ!!)
そうだ、あれはキャスリングなどではない。もっと、はるかに恐ろしい。
“大魔王”の側近を甘く見ていた。
ああ、あのふざけた少女悪魔にしても、己単独では厳しかったではないか。
奴の大悪魔能力は、あれは、位置交換!
ガストルトはなんらかの代償を支払い、寸前でずっと後方のラザルと入れ替わった。
他にありえない。
同士討ちを誘導された。完全に、読まれていた。
その後ジョゼが聖光で回復に出ることも、己とラザルの矛先がすぐ横のデグレニャに向かうところまで。
悪魔は判っていたのだ。
そして迎撃準備を行い、再度交代した。
開放された少女悪魔はジョゼを。
いや、ジョゼは、“聖女”は物理干渉にはほとんど無敵だ。
小型の榴弾砲ごときに撃たれたところで致命傷には程遠い。せいぜい、少しばかり消耗し、一時的に足が止まる程度。
しかし、悪魔達にとってはそれで十分だったのだろう。
実際、カウンターと仕切り直しは成された。
とはいえあれは、あの出力は一体?
異界の“それ”を取り込んだ“勇者”は百人力だ。比喩ではない。
確りと力を込めれば、戦車をも容易く持ち上げる。
それを更に聖光粒子で数倍に強化した膂力をもってして、押し負けるどころか軽く捻られるなど。
(見かけ上のサイズと実際の出力に差がありすぎるぜエリク!)
(何か掴めそうなんだが、なにかが)
「ゲホ、どうなってやがんだ……」
「気づいたか、少将」
「ハァーッ、まだやれる。ジョゼ様様々だ、っぐ、返すぞ」
強引にラザルの肩から引き抜かれた直刀が地に落ちた。
鮮血が漏れる傷口に感染した聖光粒子が集中し、塞がってゆく。
エリクは次の手段を考え始めた。
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ゴキン、ガキン。
状況を打開するためとはいえ、急に負荷をかけすぎた。
大悪魔のガストルトをもってしても、準備無しでの強制位置交換使用はバックファイアを避けられぬ。
だが、問題はない。全く、ない。
相棒は無事で、当面の目的も果たされた。
「う、ぬう」
「無茶しやがってよー」
煙を噴きながら身体を調整するガストルトの横に、一仕事終えたデグレニャが降り立つ。
片手に白銀のチェンソーがうなり、もう片手に黒い骨じみた機関銃。
エメラルドとタイガーアイが交錯する。
人形のごとき顔を微妙に歪めた少女悪魔は、素早くバックパックに武器を収納した。
「していない」
「嘘付けガト、二基二軸しか動いてねえぞ燃料切れか? や、オーバーヒートだな」
「……急いだ」
「背中出せ、背中。整備と給油」
「すまん」
奇妙な変化が起こった。
宙返りしたデグレニャの仮想肉体が、自身の核である黒いバックパックに吸い込まれて消える。
バックパックは金属の節足を伸ばして、ガストルトの背に取り憑いた。
濁ったエメラルド色のスパークが悪魔を包む!
ZMZMZMRRRRRRRR!
「走査終了、燃料タンク再接続まで百、いや六十ゼグンデ、再トランスフォーム可能まで四百五十ゼグンデ、補修完了まで五百ゼグンデ、装甲と缶はもういける」
「十分だ、デグ」
「おうよ」
シュー……
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「ふぃ、なんですのアレは」
粘りつくように濃厚な光に包まれて起き上がったジョゼは、周囲の状況に頭を抱えた。
青いフードローブにはいくつも穴が開き、禍々しくぎらつく光の欠片が零れ落ちている。
“光の聖女”が生成する光は特殊な仮想質量を持つ。
砲撃による熱と衝撃を抑え込んだのは、エキゾチックな生成物そのものだ。
削れた皮膚と肉、そして豊かな胸の一部すらも粒子が代替し、血流のように蠢く。
修復と補充をしなければ。
それでも、今は問題ない。
むしろ戦闘能力の面では強化だろう。
極論を言ってしまえば、憑依型固有形質“光の聖女”に物理肉体は不要なのだ。
ローブの裾から、輝く触手がぞろりと垂れ落ちた。
「エリク、ラザル、強化率上げますわ!」
敵の能力が判明した以上、ばらけているのは危険。
ジョゼは滑るように地を駆け、二人と合流した。
「さて、どうしたもんか」
追加の聖光を浴びながら、エリクは呟いた。
視線の先にあるのは、当然大悪魔ガストルト。
シュバルド式ミリタリースーツはところどころ破損し、肌は金属的な灰色で、身体の各所から煙を噴いており、黒い鞄に化けたデグレニャを背負っている。
体格こそスマートなままだが、全体的な印象は古代の巨大甲冑魚のようだ。
凄まじい活力を感じる。
輝きを増したタイガーアイの瞳が、エリク達に焦点を合わせた。
(あれが奴の魂の姿なのか、エリク?)
(どうだろうな)
「向こうにも事情がありそうですわね」
精神に響くツチヤの声は、疑惑の感情を滲ませている。
警戒を続けるジョゼとラザルも首をひねった。
やはり、違和感が拭えない。
「余裕があれば、転移陣敷いて一旦うちの基地まで戻りたいんけど」
「今になって俺を生け贄にする気かよエリク殿、別に構わねえが」
「なわけないだろ、冗談だ。そもそも、切り込まなきゃならんのに戻ってたら二度手間」
「近づいて殴り倒しましょう。見たとこ、離れすぎなければ位置交換も聖光で止められそうですし」
「だな、っとと、こっちから行くまでもないか」
長柄のマサカリを構えたガストルトが、荒野を歩いて接近してくる。
しかし決して無防備ではない。
悪魔の肩で小さく炎が瞬く。デグレニャの狙撃。BLAM! BLAM!
エリクは直刀を振り抜き、弾丸を切り払った。
ラザルがボルトを三連続で撃つ。
悪魔は移動速度を維持したまま、マサカリを振り回してボルトを叩き落とす。
引っかかりが増す。
「……?」
「チビの方の攻撃が、さっき削った分を差し引いても随分鈍いですわ」
(ちょいと試してくら、重い方で、対質量変動コートも頼む)
金属人形を核に、十フィートのマシン・ゴーレムとして実体化したツチヤが大きく前に出た。
普段より遥かに多くのパワーソースを投入した、仮想質量十トンに達するハイスピード・スチール・ボディ。
地響きじみた音を立てて駆け、三人とガストルトの間に立ちはだかる。
「どおりゃ!」
SMAAASH!
工作機械さながらの鋼の拳が、灰色の大悪魔に叩きつけられ、土煙が上がる。
大型魔物をも吹き飛ばせる一撃。
再び謎のタービン音が唸りをあげた。グォルルルル!
「があああ!?」
鋼鉄が歪み、砕けるおぞましい響き。
風で土煙が晴れてゆく。
「うオ、な、馬鹿な!」
エリクは、茫然として眼前の光景を見た。
マシン・ゴーレムの正確な機能を知らないジョゼとラザルにも、エリクほどの驚きはないにしろ異常性が理解できる。
足元がわずかばかり地面に埋まった以外、無傷のガストルト。
そして、ああ、信じ難い!
マシン・ゴーレムの、ツチヤの鋼の腕は、力任せにもぎ取られていた……左手一本で!
そのまま腕を投げ捨てたガストルトが、おもむろにマサカリを振り下ろす。
ゴーレムが一撃でバラバラに砕け散り、核に還元されて消滅。
悪魔は移動を再開した。
「シュー……」
ゴーレムに憑依していたツチヤの意識が、苦痛のパルスを発しながらエリクの体内に戻ってゆく。
遠隔操作とはいえ、多少のフィードバックはあるのだ。
(ごふ、ガボーッ! ッハぁ、いくら大悪魔つっても有り得ねえだろ、重ハイスの過負荷出力は5400PSだぜエリク!)
(流石にあの異常出力は条件があるはずだ、が……それが何か)
(鞄女?)
(可能性は高いが、僕等を弾き飛ばした時と先の攻防は奴単独だし、必須ではないだろう)
(畜生、どうしろっつんだ)
(位置交換に注意して地道に削るしかないだろ。幸い、力と耐久性以外は相手取れる範囲だ、と、思う)
(しゃーねえ)
明瞭な解決案、出ず。
三人は各々近接戦闘の構えを取った。
ガストルトが迫る!
「来るぞ! 奴の攻撃は絶対に受けるな!」
言うが早いか、ジェットパックを起動したエリクの眼前を長柄マサカリの分厚い刃が通過した。
大地に叩きつけられたマサカリが、なんらかの超自然的作用で爆発を起こす。
BOOM! 飛び散る岩石破片。
空へと逃げたエリクは祝福された直刀を下に向けて急降下!
一方、クロスボウに変わって黒塗りの短槍を構えたラザルは迷彩マントで砂煙に溶け込んだ。
太く編んだ聖光粒子を正面から突き出すジョゼ。
マサカリを振り回すガストルトは、エリクの射線からずれつつ、最も危険な輝く触手を払い、打ち崩す。
決して高速ではないが、超越的な膂力もあって非常に組し辛い挙動。
「……全力ではないな、“勇者”?」
頭を九十度捻ったガストルトが、疑惑めいて呟く。
当然だろう。エリクとジョゼは、“大魔王”アンドレアスを倒す必要があるのだ。
こんなところで溜め込んできた力を解放するなど、なるべくならやりたくない。
攻撃を逸らされたエリクは、岩石を弾きながら着地。
横ではジョゼが輝く触手の次発を生み出している。
「僕とジョゼはね」
「ほう」
再び打ち合う、エリクとガストルト。
だが剣戟の間を縫うように揺らめいた陽炎から、引き絞るように構えたラザルが出現した。
「死ね、悪魔」
THRUST! 霊体砕きの黒い魔力を纏った槍の一撃。
お手本のように美しい不意討ち。
しかし。
「シャー!」
黒い鞄の口から、濁ったエメラルドのオーラと共に出現した白銀のチェインソーが槍を止めた。ギュオウイイイイン!
更に、外れたチェインが穂先に絡まる!
とはいえ、ラザルも並みではない。
牙がずらりと並んだ鞄に食われかけている槍の所有権を放棄し、クロスボウを取り出す。
呪殺のボルトが装填されている。
「甘い、甘すぎ」
鞄の悪魔が、涼やかな少女然とした声で呟く。
KABOOM! そして地面が爆ぜ、ボルトを逸らした!
舌打ちしたラザルは追撃を断念し、転がって逃れる。正解だ。
仮に動かなかったなら、爆発に紛れて振られたガストルトのマサカリによって挽き肉にされていたに違いない!
鞄は次々と爆弾と油を吐き、辺りを炎と煙で包む。
再び景色に溶け込んだラザルを、というより聖光粒子と地のペンタクル紙符を牽制しているのだ。
力と熱。シンプルにして強力。
「くそ、だいぶ厄介だぞ」
力任せの致死攻撃と切り結び、逸らし、かわすエリクとジョゼ。
時折ラザルが姿を現して死角を狙うが、有効打になっていない。
状況は早くも、対アンドレアス用の大技を解放するかどうか悩むところまできている。
いや、解放したところで仕留め切れるかどうか怪しい。
「エリク、やっぱりデグレニャの動きが鈍いですわ、ほぼ防御しか行ってない」
「悪さしてるのはまず間違いないんだが、奴が危険すぎて片方だけ狙う余裕が」
「ほんと、力だけで聖光を引き裂く奴なんか初めて見ましたわ!」
(つうか、消耗どころか出力上がってねえか? 軽ハイス全く役に立たんぞ、斧が掠めるだけで砕けちまう)
「HISSSSYUHHH……」
BOOM! KABOOM! BOOM!
連続する衝撃と爆発。怒れる大悪魔が止まらない。
実際のところ、“大魔王”の側近二人に正しい対応ができる時期は、とうに過ぎ去っていたのだ。
対面の瞬間に後先考えず全力で消滅を狙い、補給に戻れば(アンドレアスを処理できるかは別として)恐らく間に合っていた。
だが、エリクの判断ミスとは言い切れまい。
その選択は“勇者”と“聖女”に割り振られた仕事に反するからだ。
もしも…………ならば…………
「行けるぜ、ガト!」
「応!」
鞄が叫び、灰色が返す。
ここではない、どこかのボイラーに火が入った。唸るタービン。
時が満ち、鋼鉄の悪夢が具現化する!
あけましておめでとうございます。少し間が開いたため、冒頭にあらすじを入れました。




