78話 『風と大地』
「アー、暇だ、暇……なあ、そう思うだろ?」
外骨格を連想させるメカニカルなボディアーマーに身を包んだ男が、愚痴をぼやきながら機械台座にどっかと腰を下ろす。
ボディアーマーの胸部に職位か、名前か、あるいは型番か、“リューゲル”“大佐”の刻印。
闇魂族とも長魂族とも異なる独特の威圧感を持つ長身と、霊的な感覚器官で鋭く尖った耳からは、彼が古代種族超魂族であることがわかる。
だが、古代種族らしいのはそこまでだ。
身動きするたび微かな駆動音が鳴り、頭髪には金属線が混ざり、首から伸びるのは二本の太いコード。
彼の身体は先進的魔力サイバネティクスの恩恵を存分に受け、およそ六割が機械に置換されている。
ただし、趣味や身体欠損の補填などではない。
彼は高空航空輸送艇“エアフォルク”の艦長に志願し、そのための身体改造を受けたのだ。
実際、改造の効果は覿面で、膨大な演算が必要な“エアフォルク”のコントロールを、(専用に調整されたソリオン二十機の補助があるとはいえ)寝ながら行えるし、成層圏の過酷な環境にも耐えられる。
「ハイ、忙シイデス、リューゲル艦長」
「忙シイデスネー」
「そうか」
リューゲルは幾分自我が残っているらしき操縦補助ソリオンの返答を、適当に聞き流した。
破壊、あるいは魔力汚染により活性を失った知的生物の肉と魂魄を核としてベルトランが生産する魔法生物ソリオンは、製造過程さえ知らなければ便利な兵士だ。
機械類との親和性が高いため、シュバルド空軍では“エアフォルク”をはじめとしたいくつかの機体に使われている。
「……にしても、待機、待機、待機、やんなるぜ」
退屈だ。
地上では決戦といって過言でない大規模戦闘が行われているのにもかかわらず、大荒原上空に“エアフォルク”を浮かせるだけ。
対地兵器を積んでないわけではないのだが、戦況を変えうるほどではないし、攻撃命令も受けていない。
加えて、高空すぎてフレンドリファイアの可能性もある。
もっとも、“ただ浮いている”ことが無駄というわけではない。
彼の視線の先、無数のモニタを見てみよう。
オドン振動ノイズの入った不明瞭な周囲、遠く地上の俯瞰図、彼には理解しきれない様々な数値や画像などが踊っている。
そう、“エアフォルク”は輸送艇ではある(実際、多目的疑似悪魔兵や非常用の補給物資等を積んでいる)が、メインは輸送ではなく、空飛ぶ通信基地局であった。
ソリオンが忙しいのは、延々と仲介作業を行っているからだ。
セキュリティ上の問題からリューゲルに通信処理系のシステムは内蔵されていないため手伝えることもなく、半自動モードの“エアフォルク”を時折調整しつつやきもきとしていた。
だが、そんな状況こそが彼の不運の始まりだった。
「ん?」
ふと、リューゲルは小首をかしげた。
モニタの一つに、不可解な影が映った……気がする。一瞬だけ。
透き通った空じみた、大きな何か。
「うぬぬ、気のせいかあ?」
シュバルド空軍の誇る強力な探知機を積んでいる“エアフォルク”だが、常に全方位を感知できるわけではない。
最後には乗り手の判断と警戒が重要になる。
リューゲルには判断力と、実行する機能があった。はずだ。
しかし、二年以上続いた“安全”な空の仕事は、彼の警戒心をわずかに引き下げていた。
二年前の彼ならば、呟く前に行動していただろう。
ザリザリザリ、激しいノイズ。
彼は再びモニタを。
ザザザザ……
「エアフォルク! 応答せよエアフォルク! 艦長! 大佐! リューゲル!」
その時、電子音声じみた透き通るような女の声が、“エアフォルク”のメインルームに響いた。
近くに浮遊している、“エアフォルク”の設計元にして現任務の随伴艦、“リベルテル”からだ!
リューゲルは言葉を返そうとした。
通信は常に開いているため、ヘッドセットを意識して喋るだけで良い。
ザザザザ……
「アー、こちら“エアフォル”ぬおお!?」
「挨拶を省略して襲撃の対応をお願いします」
「リベルテ、ア゛?」
「急げ……ザザザ……外……ザザ……出…………準備……ミラーシ……展開……」
ザザザ、ザリザリザリ。
音声が乱れる、更にモニタが点滅しノイズが、否!
船体そのものが、激しく揺れている!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
BOOM! KABOOM!
“エアフォルク”背面の電磁イオン防御膜展開装置が吹き飛ぶ。
BRARARARARAR! RATATATATA!
周辺の機銃が断末魔かなにかのようにでたらめに乱射されている。
爆炎の中から、軽く見積もって十二フィートはある、白く輝く影がのしのしと姿を現した。
口に当たる部位にずらりと牙が並んだ紅い仮面、装甲板を連想させる銀の板髪、滑らかな深紅の鱗に包まれた上半身と凶悪な鞭尾。
官能的なラインを描く下腹部から、金属筋繊維が力強く張った脚にかけては白銀色。
凶悪なドラゴンそのものといった様相の手指足指には鋭い鉤爪が生え、その長さと相まって、邪悪な槍の印象を見る者に与える。
肩にかかった赤黒いケープが風ではためき、明らかに古代からのものである強烈なオーラ紋が立ち上った。
「ふう、後は、ええと、積み荷と下部エンジンはクロマクに任せたし、翼か」
……喋った! 意外にも高い声。
怪物、つまり星の子のミームを表出させ変身したリュミエラは、漆黒の瞳で周囲を見回した。
金属がねじ曲がり、断裂する禍々しい破壊音が足元から聞こえる。
彼女が電磁防御膜を消し去ったことで、クロマクが装甲をすり抜けて機内に侵入したのだ。
しもべは彼女に先駆けて、幽体ドラゴンならではの恐怖を振りまいている。
当然、次はリュミエラの番。
「シャーッ!」
一瞬で“エアフォルク”太い翼の上に移動したリュミエラが、偽りの聖女で白熱した鉤爪を突き立てる!
四インチを超える凶悪な竜爪は、強化軽合金を楽々と裂く。
単に切るだけではない。引き剥がし、折り曲げ、千切り捨てた! 驚異的な膂力!
シャリシャリ、バキバキと耳を覆うような金属音を発しながら翼が崩れてゆく。
シュバルドの印章である、伸び広がる樹の刻印も既に原形をとどめていない。
片翼を機能不全にしたリュミエラは、しもべを待ちつつ数マイル先に浮遊するもう一機に狙いを定めた。
機内からの破壊音も続いている。
各種物資やコンテナ、疑似悪魔兵の残骸などが空中にまき散らされ、落下してゆく。
しかし、その時。
BOOM!
「お!?」
裂けた翼の隙間から煙と共に飛び出した何かが、リュミエラを襲った。
当たれば確実に空へと叩き出される速度と質量。
だが、彼女は並みの戦士ではないし、敵の反撃可能性も考慮に入れて動いていた。
身構えたまま異様な速度で真横にスライド移動し、攻撃を回避!
決して魔法技術による力場変化ではない。
彼女の偽りの聖女に特化した特殊な魂魄と魔力回路は、件のミームを完全に引き継いだ後も、肉体を介する魔法は最低限しか使えない。
彼女自身、ましになってはいまいかと期待したのだが、現実は無常だった。
結局、“牙”と“鱗”で増幅された分のみだ。
ドラゴンほど体と魂が大きくないため、傍流に割くリソースが無いのである。
代わりに、光熱操作の精密性と応用力に関しては、“大牙”どころか元の星の子をも上回るのだが、それはまた別の話。
それでは、結局、どうやってジェット加速突撃を避けたのか?
単純な風元素の操作による加速減速はリュミエラでも可能だが、今回はそれもない。
やったのは尾だ。
インパクトの寸前、自在に動く伸ばした尾を“エアフォルク”の翼の裂け目に引っ掛け、単に引き寄せた。たったそれだけだ。
不意打ちに失敗した襲撃者は両肩から紫の排気を噴いてジェット方向転換し、船体に着地。
ガシャガシャン、重々しい音。
「糞がアアァ、排除す、なんだてめえ? 生き物なのか?」
煙が晴れてみると、それはメタリックグレーのボディアーマーに覆われたシュバルド軍人だった。
背面に紫の光を発するクリスタル燃料ジェットパック。
八フィート半ほどのがっちりとした体格で、どうも超魂族のようだが、違和感がある。
まあ、敵の正体など今は問題でない。
リュミエラは鉤爪を鳴らし、敵を冷やかに見下ろした。
「逆よ」
ああ、そうだ、言い分は間違っちゃいない。
確かに己は侵入者であるし、“エアフォルク”も彼にとって重要なものであろう。
彼にも仲間や家族はいるだろう。
それがどうした?
だからこそ、壊す。
勝つために。
「んだと?」
怒り狂うボディアーマー男の肩装甲が開き、砲口が出現。
更に、駆動音を響かせてギアのように手首を回転させ、マシーナリーな印を切った掌から、鈍い緑に輝く濃縮地元素球体が浮き上がる。
火薬と魔力の二段構え!
一方のリュミエラは全く動じない。
肩をすくめ、鋭い牙が並んだ仮面の口をカタカタと打ち鳴らす。
「あたしが、排除すんの!」
刹那、激しい衝撃波が発生した。
機械化ボディアーマー男が目を見開き、元素球体を維持しつつ、耐える姿勢に入る。
紅がかった光の筋が、幾度も迸った。
元素球体は霧散した。
男はまだ動けない。
ガゴン! 白銀の足が“エアフォルク”船体装甲を力強く踏みしめ、へし曲げる音がようやく響いた。
リュミエラは前もって組み上げておいた風元素の塊を踏んで、着地した。
このために、先のジェット突進を回避する際、尻尾に頼ったのだ。
白熱した両手の鉤爪から、灰混じりの溶けた金属が滴った。
メタリックグレーのアーマーに、歪み、白熱した線が無数に刻まれている。
「強イ……過ぎ、ウ゛」
BOOM! 半端な箇所で断ち切られたボディアーマー内蔵キャノンとジェットパックが小爆発。
バラバラに刻まれた男が、崩れ落ちた。
血も油も出ない。
肉の切断面は炭化を超えて白い灰を噴き、アーマーと機械の切断面は融け崩れている。
半割された頭が、首だけで何か喋ろうとしていた。
声帯ではなく、スピーカーで発音していたようだ。
「ア゛……ア゛……ジィー…………ガガ……シュバル……シュ……」
「安らかな無にあれ、っと、え、超魂族と思ったのに、人形? 祈って損した」
リュミエラは意味を成さぬ音を発する機械首を踏み砕き、ぱちんと鉤爪を鳴らした。
足元から、透き通った暗い空の色をした、目も鼻もない三角形の頭が伸び出でる。
内部の破壊を終えたクロマクだ。
続いて、同じく長い首と、不定形じみた翼と、流線型の胴体が浮き、最後に長い尻尾が。
“エアフォルク”が墜ちてゆく。
リュミエラはクロマクを足場に跳び、空中で偽りの聖女を全開にした。
真紅の上半身にパワーソースが集中し、全身が青みがかった白い光を発する。チャージ完了。
直ちにコヒーレント光照準が“高空航空輸送艇R”を補足。
仮面が半月に牙を剥き、笑う。
「ギュアアアァ!」
ZZZZZZAP!!
不吉な薄緑の収束熱光線が、見えるよりも早く“R”の電磁イオン防御膜展開装置と手前側のエンジンを撃ち抜き。
「ふぇ」
排熱しようとした瞬間、全身が薄緑の光に包まれた。
“エアフォルク”を処理している間に対応されていたのだ!
過去に怪人サンキエムに使われたこともある、ミラー・シールドの即席版、ミラー・スクリーン!
リュミエラは己の迂闊を呪った。
“エアフォルク”に取り付いて、即座に射撃していれば、間に合ったかもしれないのに。
目の前の獲物を確実に落とすことを優先しすぎた。
二を追うもの一を得ずとはいうが、時と場合による。
彼女自身は光熱に対する完全免疫を持つため、反射の被害は特に起こらないのが不幸中の幸いだ。
もっとも、赤黒いラヴァ・ワーム革ケープは劣化してしまったが。
「ああもう、メルド」
動揺しながらも最低限の排熱と偽りの聖女の調整を済ませたリュミエラが、クロマクの背に戻る。
一応、敵も無傷ではない。
四基ある成層圏用のエンジンのうち二基から、煙を噴いている。
しかし、位置的に残りのエンジンを狙う事ができない。
数マイル先の“R”を直接仕留めに行かなくては。
間に合うか? 間に合わせるのだ。
成層圏のイオンの風の隙間をすり抜けるように、クロマクが加速する。
単に重量軽減のためか、あるいは作戦か、“R”は何かを投下した。
怪しいが、構っている暇はない。
ザリザリザリ……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ちょうどその頃、シュバルド軍大荒原第二基地内のエリクとジョゼは、管制室があるはずの場所まで到達していた。
“サンキエム”の補助に元々の二人の技能が加わり、ほぼ消耗無しでの突破。
「反応が十ほどありますわ、エリク。けれど、妙な……」
「ふむ」
(そこが違ったら、たぶん地下しかないですよ、爆弾か破壊魔法で吹き飛ばす事を推奨します)
物騒な“サンキエム”の通信を無視し、エリクはジョゼにアイコンタクトを送った。
この程度の人数ならば、“光の聖女”の聖光で制圧するのが一番確実だ。
魔王アンドレアスが居ればエリクと、エリクの中に潜む魂の同居人ツチヤがツープラトンで相手をし、居なければ次へ向かう。
それで良い。
ジョゼの青いフードローブの隙間から、禍々しく輝く仮想生物、神聖な光の粒が零れ落ち、床に広がってゆく。
聖光粒子は粘菌さながらに壁を這い、扉にへばり付き、侵入を。
「あら、あら?」
「バレてるぞ!」
BUZZZZZZZZ!
エリクが大地の防御壁を展開した瞬間、圧布を引き裂くような奇怪音が響き、扉が爆ぜた。
機関銃だ! 無数の銃弾が壁を、床を削る。
余波でジョゼのフードがずれ、見事なシルバーブロンドが広がった。
一見、柔らかい印象を受ける表情に、薄いブルーの虹彩。
もちろん、その美貌は敵対者にとっては地獄を意味する!
ジョゼは周囲に散っていた聖光粒子をおもむろに掴み、防御壁の陰からめくり上げるように投擲した。
いくつかの罵声が聞こえるが、時既に遅し。
全身から零れ落ちる粒子に包まれたジョゼが、優雅に進み出た。
「こんにちは、ルクスコリ共和国特定兵器別枠、“光の聖女”です。
殲滅のお仕事で参りました」
遅れて、エリク。
「待てジョゼ、僕が、っと、やはり居たな、アンドレアス王。直接会うのは三年前のモーリス地下以来か」
荒れた管制室内に、いくつもの光の繭のような物体と捻じ曲がった機関銃が転がっている。
ジョゼの生み出す聖光粒子で絞め殺された、擬似悪魔兵だ!
そして、そして……中央に立つあれは、あの身長十フィートに達する長身巨体は!
「ほう、予想より早かったが、やはり余の元に来たな生体兵器ども。うむ、実に都合が良い。
…………む、モーリス?」
きめ細かな象牙の肌と艶やかな濡羽色の髪を持つ堂々たる超魂族。
優美で威厳ある暗色のローブには、伸び広がる樹のモチーフをを十二重に編み重ねた、シュバルド王を示す紋章。
左手に不吉な黒い鞄、右手に霊木の王笏。
シュバルド王国首長、“大魔王”アンドレアス・エルネスト!




