74話 『マスクド・ドラゴン』
陽光が鬱陶しいほどに降り注いでいる。
快晴にもかかわらず空が奇妙に濁っているのは、シュバルド王国との開戦からしばらくして展開された効果不明の大規模結界だ。
超魂族の秘術の一種らしきそれは薄い膜となってルクスコリ共和国の空を覆い、不安を煽る。
現在のところ物理的、魔法的な実害は出ていないため、首都ルクス中枢は心理作戦の一環とほぼ断定しながらも、秘密裏に解析と解除の人員を割いていた。
戦況自体はプロパガンダ発表を別にすれば、特別に不利あるいは有利に傾いているということもないが、それだけに互いの一挙手一投足に対する警戒は強い。
そんな不安に包まれたルクスコリ共和国首都ルクスから、ところどころ舗装の崩れた車道を使って東へおよそ六十マイル、山の麓に広がる荒野。
古びた煉瓦や魔法石材製の小屋が点在するが、インフラは通っておらず周辺の定住者もゼロだ。
それは聖堂騎士団“旧”演習場であり、工作部隊長“勇者”エリクの(勝手に使っている)実験場でもあった。
「後ろだツチヤ!」
カーキ色の軽鎧を着込み、無骨なバイザー付き訓練用兜を被った“勇者”エリクが叫ぶ。
指示を受け、振り返ろうとする“それ”はのっぺりとして戯画化された身体のパーツを持つ大柄な影。
身長が十フィートはあり、左手に黒いメイス、右手には機関銃じみた発射機構を持つ。
異世界の記憶と存在の力を持つ“勇者”の共生者にして、エリクの製造した地元素基盤を核とするマシン・ゴーレムの操作担当、ツチヤ。
「うお、お、おわーッ!? ゴボボボ……」
ゴーレムは外見に似合わぬ俊敏さで身を翻し、メイスを振り抜こうとした……しかし、打撃は空を切る。
そして、WHACK!
軽く見積もって数トンはある鉱物質のボディが強烈な打撃で持ち上がり、真っ二つにへし折れた。
撒き散らされる大量の土石から形状記憶回路により再成型されたゴーレムが立ち上がり、右腕砲を構えるが襲撃者は既にそこに居ない。
「ぬう」
指揮を担当するエリクは唸った。
これはあくまで模擬戦、その、はずだ。
エリクは非番の中からそれなりに腕の立つ者を種族性別問わずで連れてきていたが、全員が瞬時にノックアウトされ、治癒を受けたのち怯えながら観戦に回っている。
今残っているのはエリク自身と彼の一部であるツチヤを含めた二体のマシン・ゴーレム、そしてサンカントのみだ。
設定したフィールドから少し離れ、空中で経過を見守る“聖女”ジョゼの表情も厳しい。
確実に、後で絞られる。
とはいえ、エリクに余計なことを考える余裕はあまりなかった。
マルチタスカーの彼をもってしても、“それ”に対抗するにはかなりの集中が必要だ。
“それ”の力は予想を遥かに超えており、仮に模擬戦の前提、“敵を殺してはいけない”を取っ払えば、“勇者”の全力でも圧倒は難しいと思われた。
アラート! サンカントの粘着魔力糸束を振り払った“それ”は既にエリクの目の前だ!
キイィィン、著しい加速により空気が震える。
気合一閃、エリクは無数の黒い棘刃に覆われた右腕を猿叫と共に突き出した。
「エイヤァ!!」
“それ”の返す咆哮じみたシャウトが速すぎる動きに遅れて響く!
「GROGRRRRR!」
大上段から振り下ろされるのは、白にかすかに紅がかる眩い光とドラゴンのオーラ紋に包まれた、禍々しく美しい掌。
しかも、それぞれの指から刃渡り四インチ以上はある鋭い鉤爪が生えている!
“勇者”の技術で繰り出された超耐熱黒棘刃ストレートと“それ”の竜爪掌が衝突し、身の毛もよだつ金属音が発生。
だが、拮抗は一瞬。
位置エネルギーと質量で圧倒的に上回る“それ”の掌が地元素を超硬化した棘刃を歪め、強引に跳ね上げる!
「なんつう馬鹿力」
迫る四枚の白熱爪。
とはいえエリクもその程度で怯むような軟弱者ではない。
高い技量と耐久性を併せ持つ、ルクスコリ共和国でも最上級の生体兵器なのだから。
半身ずらして爪を逸らし、自由な左手で大地を現すペンタクル文様の刻まれた符を展開。
集中した地元素が指向性を持って炸裂する。BOOM!
だがほぼ同時、恐るべき反応速度の“それ”は軟体動物さながらの柔軟性で引きながら上半身を捻った。
赤黒いケープがはためき、衝撃波を受け流す!
ほぼ同時、“それ”の全身、いや世界が白く染まった。
発生した莫大な光量がエリクのバイザーに仕込まれたサングラスを貫通し、視界を奪う!
「っ!?」
寸前で空間認識のメインを視覚から音と魔力に切り替えたエリクは、足元の符を起爆した。
ジェットパックは装備していない。破壊されると結構な資金的損失だからだ。
ともかく、安全に距離を……否!
バネ仕掛けじみて瞬時に体勢を立て直した“それ”の、長くしなやかな白銀の脚が輝く軌跡を描き、エリクの胸部を掠める。
お手本のように美しい後ろ回し蹴り。危機一髪!
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!
エリクは爆発加速で吹き飛びつつ、リボルバーを連射した。
増薬弾でも元素弾でもない射撃が当たったところで、“それ”の竜鱗と超重金属が絡み合った表皮に有効打とはならないが、模擬戦であるため致死可能性打撃が三度当たれば終了する。
する、はずだ。“それ”が理性を失っていなければ。
もっとも、当たればの話でしかない。
“それ”は電撃的な反応速度で全ての銃弾を回避し、さらに、白銀色の頭部が不吉な薄緑に輝く。ZAPZAP!
背後に迫るマシン・ゴーレム“ハイス”を収束熱線が貫いた。再起動にはしばらくかかろう。
ゴポン! 続いて地中から、淀んだ工場廃液の色を持ち、うねる何かが生え伸びる。
サンカント操る粘着魔力糸束が、元素魔力の補助により地中を掘り進んできたのだ!
だが、“それ”にとっては想定済みの事象。
先の熱線の反動で発生した強烈な排熱が、辺りの空気ごと糸束を焼き焦がして精密操作能力を失わせる。
委縮したそれは深海の魔物テヅルモヅルを連想させる奇怪な動きで、のたくりながら穴に引っ込んだ。
「ちっくしょ」
遠くで悔しがるサンカントの罵声が、“それ”とエリクの耳に入る。
エリクは熱でねじ曲がり、ひび割れた訓練用兜を投げ捨て、タイル状の金属結晶装甲で身体を覆った。
どだい、“それ”とトレーニング装備で戦うなど無意味だったのだ。
「EEEEHAAAァ!」
新たな装甲を展開したエリクに、シャープな兜じみた頭部を向けた“それ”は喜悦の叫びを上げ、地を蹴った。
“それ”は運動不足であり、欲求不満だ。
PAWPAWPAW! 更に空気を踏み込んで加速。
真紅と白銀が混ざり合い、威圧的な風と化してエリクに迫る。
このまま単に迎撃しても吹き飛ばされるのは火を見るより明らか。
エリクは仕方なく、普段は使用を控えている魂魄コードを読み込んだ。
カシャン、ガシャン、鎧に仕込まれた符を自動消費して、タイル装甲が急激に成長してゆく。もはや鎧ではなく戦車、いや要塞。
濁った空からの逆光を背に、“それ”が急降下してくる。桜色の流れ星!
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時は少し遡る。
覚醒と同時に騒ぎを巻き起こしたリュミエラは、突入してきた副隊長マリエットの協力や、サンキエムがその頭脳でもってでっち上げた言い訳もあってどうにか場を収めた。
それから数日かけ復帰と施設破壊に関連した各種の手続きと、ファルギの両親への連絡を済ませたリュミエラは今、神殿付属研究所でカルヴェ所長もとい神殿総長と話し込んでいる。
なお、前段階としてリュミエラの睡眠やカルヴェの神殿業務を挟んで十日間にも及んだ検査は、まともな結論が出ていない。
そもそもリュミエラが叩き出す、バイタルと魂魄コードの奇怪な計測値を多少なりとも理解できる研究員自体、数えるほどしか居ないのだ。
「………………………………………………それにな、俺は神官と形質学者の仕事柄、ありとあらゆる知的種族の魂魄と肉を見てきた。
それこそ、具体的な数をすぐには思い出せんほどに。
リュミエラちゃんに関しても、各種の検査情報に加えて、Ⅳ型対空砲塔地下での二年と二百日分の経過を持っておる。
それでも、手に余る。自画自賛と言われるかもしれんが、俺で無理ならばルクスコリに解決できるものなど居るまい。
大陸全土を含めることであるいは、といった程度か……で、だな……」
過重労働による疲労とは別の苦しみを顔に滲ませたカルヴェが、椅子に深くもたれかかった。
友人ロドリグの娘であることに加え、強力なワンマン・アーミーのリュミエラが問題を抱えたままなのは心情実用両面で頂けない。
リュミエラとしては休眠前との各種変化に、生命活動や戦闘行動に支障がありそうなものが特にないため、(二年半以上にわたるブランクそのもの以外は)さして悩んでもいないのだが。
「心配は嬉しいけどカルヴェさん、やっぱり休んだ方がいいと思いますよ。
本来の業務に支障が出るんじゃ、ところであの、あたしが地下室壊した件ですが、そのやっぱり……」
渡された各種のバイタル情報を読みながら、幾分投げやりに呟くリュミエラ。
皆の気遣いが重い。
比較的シンプルな行動原理を持つ彼女は覚醒以降暴れたくてうずうずしており、人肌への欲求やベルトラン一味に対する復讐心も燃え盛っていた。
だいいち、彼女としてはルキエル火山できっかけを得、休眠しながらミームを統合した際に、己がどのような存在かおよそ掴んでいる。
他人にわかるように言葉で解説することができないだけだ。
肉体の変異にしても、仮に細かく気にするような性分ならば左腕が竜爪剣を取り込んだ時点で、精神が壊れているだろう。
「むろん、休むさ。これが終わってから、少しな。
多分に自己満足を含んだ長話につき合わせて悪かったとも思っておる。
最後に、これを受け取ってほしい」
言うとカルヴェは立ち上がり、プライベート研究室の隅にある戸棚に手をかけた。
移動の過程で乱雑に積みあがった書類が零れ落ちる。
さして重要ではないのだろう、拾いもしない。
カルヴェが棚にかけられている二重の鍵と魔術的封印を外す。
いくつかの重要らしきファイルや試料が見えた。
だが、リュミエラが息を呑んだ原因は視覚情報ではない。
開いた棚から、彼女のよく知るオーラ紋が流れ出したためだ。
カルヴェはオーラの発生源である平べったい箱を取り出し、棚に再び二重の封をした。
リュミエラには、それが何か言われなくても特定できる。
本能と表現してもよい。
「使って、なかったんですね、“大牙”の大鱗」
「当然だ、神殿に移った俺に、古代ドラゴンの喉鱗を使うほどの戦闘行動を行うわけもなし。
それ以前に、こいつは本来ロドリグが持つはずのものだ。きっと、避けられぬ戦いを超えるための力になる。
“爪”と“牙”を操るならば、“鱗”も適応するはず、推測ではない、研究者としての確信だ。
もし、もし使えなければ、返しても良いが、その確率は一分にも満たぬだろう」
「いや待ってカルヴェさん、父さんは喉の大鱗よりも“牙”を優先したんでしょ?
んで、あたしが継いで、ここにある……なのに、どうして……うん、受け取るのが嫌ってわけじゃない、嬉しいに決まってる、けどそうじゃなくてさ」
「馬鹿を言うな、通常は象徴を分け合うなどせん! 同時に在ることに意味があるのだ!
だというのにあいつは分割した、何故かは判らん、遠慮するような奴ではない、むしろ強欲な方だというに!
頼む、受け取ってくれ、俺にはこれしかできぬ!」
語気を荒げるカルヴェ。神殿総長たる彼らしくない。
一方のリュミエラは冷静になっていた。
ここにきて全てを理解したからだ。
“目覚めた”彼女であればこそ、父の思惑が判る。
“大牙”からのミームの流れを、本当に必要になるときまで抑えておきたかったのだ。
彼女はルキエル火山の底に残った残滓で真のあり方を認識したが、本来の触媒は“鱗”なのだろう。
だから父は“牙”と“鱗”を分けた。ミームを浴びてないカルヴェ氏には判るわけがない。そこに罪はない。
そして、どちらの心遣いももはや無意味だ。
今が、今が本当に必要な時なのだから。
リュミエラは立ち上がり、姿勢を正して“鱗”を受け取った。
馴染む。
「ありがと、カルヴェさん」
「うむ、すまんな。それとだ、地下を破壊した件の賠償についてだが何の問題もないぞ」
「は? 事故として処理するから経費でどうこうとはエリク隊長から聞きましたけど、問題がないというのは」
「休眠中のリュミエラちゃんを包んでいた結晶体が、コランダムに地底で圧縮された火元素とドラゴンのオーラ紋が沈着した高エネルギー物質という話を前にしただろう。
引き取ったあれだけで大幅な黒字でな、正式に申請すると逆にマイナスになるほどだ」
「え、ちょっと、まさか、と、いうか、あの」
「そうだ。破壊した分の賠償は先日の契約書類による取引で完済どころかオーバー、というわけさ。
喉鱗に関しては俺の善意や奴への懺悔とは別に、取り過ぎた分の帳尻あわせも含む」
だから気にするな、とカルヴェは笑った。
リュミエラも笑った。
やはり、この人は父の親友だ。
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ガリガリガリガリガリ、エリクの運転するオープントップ改造クリスタル燃料車が急ブレーキを踏む。
リュミエラとサンカントは一足早く、荒れた地面に飛び降りた。
不穏に濁ってはいるが雲ひとつない空に浮かぶ光神ソレイエルの瞳は、ギラギラと輝いている。
「……って話だったのよ、サンカント」
「ふうん、それでなんで隊長やジョゼさんたちと旧演習場なんかに来たわけ?」
「何いってんの、あたしのリハビリ兼訓練に決まってるでしょー」
「そりゃ聞いてたから知ってるけど、俺もやんのかよ」
「もちろん」
リュミエラは赤黒いフードマントを後ろへ流し、陽光に肌とシルバーブロンド、そして“聖女”じみているがやはり異なる容貌を晒した。
“ある変化”に対応できるよういくつかの改造を施された、ラヴァ・ワーム革製の赤黒いキュロットとミニキャミが白い肌に映える。
左脚は白銀に輝く超重元素レンファニウムの骨、左腕は鋭い四本の鉤爪を備え、滑らかで艶やかな真紅の鱗に包まれたドラゴンの前肢。
足元の地面にはクリーム色をした三角形の刃、竜牙剣が突き立っている。
僅かに遅れて、完全に止まったクリスタル燃料車から降り立ったのは、リュミエラと同じぐらい嬉しそうな“勇者”エリクと、元気な友人と付き合う嬉しさとたまの休みを潰された面倒さ半々の“聖女”ジョゼ、最後に絶望的な表情を浮かべたエリクの部下六名。
「隊長!」
「やるか……おっと、お前らは本気でいかねえと死ぬから気をつけろよ!」
「イエッサー!!」
エリクが叫ぶと、六人の部下が気合を入れて返す。
無意味とは言わないものの、経験として身につく次元を超えている模擬戦に借り出されてやけくそになっているのだ。
軽く溜め息をついたサンカントは、それでもジャケットを脱ぎ捨て臨戦態勢になり、エリクの一歩後に立った。
「リュミエラさん、病み上がりなんだから無茶はダメだぜ」
「エリクもサンカントもリュミエラも、ほどほどにお願いしますわね。
いくら私でも、即死は戻せませんわよ?」
聖光粒子でクリスタル燃料車に防御膜を張ったジョゼが、フードローブをなびかせて浮遊し、離脱した。
どうせ、大量の怪我人が出るに決まっている。
地上では年下の友人にして樹脂葉巻中毒者にして上級水晶集めの超一級危険人物、リュミエラが笑っている。
「あたしの新しい力、いくよ! 変身!」
偽りの聖女を活性化させたリュミエラは、直径一フィートはある真紅の大鱗を取り出して額に当てた。
“鱗”は足元の“牙”と共に溶けるように捻じ曲がり、光り輝く彼女の肉体に吸い込まれてゆく。
星の子の三種のパーツと受け継がれたミームが、ここに揃った。
紅と白に彩られた艶姿を恐るべき青い光が包み込み、変化が始まる!




