72話 『ドーメット・ビューティ』
サンカントの日記
ファルギに連れて帰ったリュミエラさんが目を覚まさない。
アネットさんに怒られた。理不尽だ。俺だっていっぱい寂しい。
避難区画内に良い安置場所がないとのことで、師匠と二人で森の石室に移動させた。
日記をつけることにした。
今日もリュミエラさんは寝てる。
ひさしぶりに師匠の訓練を受けた。厳しすぎる気がする。俺か俺より強くないと死ぬと思う。
リュミエラさんがぼんやりと光っている。結晶体のせいで触れられない。
今日もリュミエラさんは寝てる。
エリク隊長に連絡が取れた。雇用関係はそのまま維持するとのこと。
隊長はジョゼさんに診せれば何かわかるかも知れないと言ってた。
今日もリュミエラさんは寝てる。
石室の床がすこし融けている気がする。
クロマクが結晶体を舐めていた。美味しいのかな。
今日もリュミエラさんは寝てる。
我慢できない。結晶体を舐めてみた。
ぴりぴりスパイシーな重金属とガラス質の混ざった味。
ドラゴンの毒だ。あんまり食べない方がいい。
師匠とアネットさんに石室の警備を任された。
ファルギの仕事が忙しすぎるのであって、お前にやると決めたわけじゃないってどういうことだろう?
今日もリュミエラさんは寝てる。
今日もリュミエラさんは寝てる。
結晶体にもたれたままうとうとしてたら火傷して飛び起きた。
すぐ治るけれど熱いものは熱い。好き。
日記飽きた。
リュミエラさんは寝てる。
北部合同調査本隊がようやく北方居留地三番に到着した。
師匠たちがこれで少しは仕事が減る、と喜んでいた。
二十日ぶりに書く。リュミエラさんは寝てる。
ギヨームじいちゃん曰く、やはりルクスの研究所に連れて行くべきとのこと。
寝る前に紅い結晶体を磨いた。
リュミエラさんは寝てる。動いてほしい。
石室の床が融けてたのは気のせいじゃなかった。
普段より熱いような?
リュミエラさんは寝てる。
魂魄内寄生人格の再々構成が終わった、と姉ちゃんがアラートを飛ばしてきた。
これでパワーソースを使いすぎない限りいつでも出てこれるらしい。
一応俺の身体なんだけど。
リュミエラさんを覆う結晶体が増えてる気がする。
姉ちゃんが言うには、陽光と溶岩の力を吸収することで成長と発熱を、何の事かわからないけど、とにかく大丈夫らしい。
いつ起きるのかな。
リュミエラさんが寝てる間にクロマクが飛べるようになってた。
でも霊的実体が前の三分の一ぐらいしかないし、速度も遅い。
パワーソースがどうこうよりも喪った“それ”の修復に時間がかかるんじゃないかという気がするしそうでもない気もする。
動いたから書く。リュミエラさんは寝てる。
飛行機械でやってきた隊長と一緒に、結晶体に覆われたままのリュミエラさんとクロマクを首都ルクスに移送した。
師匠とアネットさんはファルギに残るそうだ。なるべく通信連絡することを約束した。
リュミエラさんは、偽りの聖女最適化対空砲塔の地下を改造した特殊隔離室に安置されてる。
神殿付属研究所で管理じゃなかったのってカルヴェ所長に聞いたら、放射で壁や床が痛むし、体調不良を訴える職員が出るしとかなんとか。
毎日見に行けないのが辛い。
リュミエラさんが周囲を破壊しないようにいろんな装置が取り付けられた。
嫌だけど、結晶体が発生させるエネルギーで砲塔の連続稼動が可能になったのはいいことかもしれない。
手軽にお湯を沸かすこともできる。
輸送列車を襲った怪人ユイッテム率いるグループを隊長達と共に殺し、“それ”を奪った。
ベルトランに繋がる情報は出てこない。一桁ナンバーで重役じゃないとは。
最近、怪人の出現そのものが減っている気がする。
レーザー砲が偵察機を撃ち落とした。
寝てても皆の役に立つリュミエラさんはすごい。
俺も仕事がんばろう。
砲塔の整備に来てたバスチアンさんに付き合ってバーに行ったら、ぐでんぐでんに酔っ払ったラザル少将が居た。
一応挨拶したけど、反応が無い。
女の人に介抱されてたけど、知らない人だった。
日記を忘れてた。また冬が来た。
結晶体は今日も熱く紅く輝いてるし、リュミエラさんは寝てる。
ジョゼさんの聖光粒子を使った診察では、ランダムな波長が減っていて、そろそろ起きる可能性があるって。
ほんとかな。
ルクスで雪が降っているのは珍しい。
修復のため最終処分場に埋めておいたクロマクが半年振りに戻ってきた。
冷たい影の防御物質も完全に復活している。でかい。
早速マリエット副隊長が乗って哨戒に出ていった。
リュミエラさんは眠っている。
パワーソース伝達パイプが熱で歪んでいるのを見つけた。
カルヴェ所長に代わりを持ってきてもらった。一安心。
隊長が姉ちゃんに驚いてた。
だいぶ前に伝えたはずなのになんで今更。
隊長の中の人と意気投合して変なものを作ろうとしてたけど俺には理解できない。
リュミエラさんは今日も寝てる。
あったかくて眠い。すごく眠い。
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宇宙を翔る数百数千の星の子が円を描いて睨み合う。
回転の中心にある恒星は始祖種族Ⅲ、旧種族Ⅱ、新種族Ⅰのいずれでもない。
多元宇宙の外周に典型的な種族〇、魔力泡の凝縮により出現する親のいない星。
小さな次元の、大きな元祖。漂流する孤児であり、光の大神でもある。
子供達は円盤上で絡み合い、鱗を砕き、金属を流し、肉を岩と化す。
凍結線を越えて外に逃れしものたちはより大きく、より軽く。
光を目指して中へと進んだものはさらに争い、小さく重く。
そうして幾星霜、絡み合った星の子は胚子から原始に。
原始は番い、惑星に。
役目を果たした胚子は、様々なドラゴンとなって帳を超え、あるいは親の元に戻り、あるいは眠り始めた。
残されたのは、燃え立つ大地。
帳から漏れ出す様々な次元の遺伝情報が、いずれ魔力型の生態系を産むだろう。
輝く、ただひたすらに輝く地平が広がっている。
炎がそよぎ、光が降り、風が燃える。
リュミエラはおぼろな夢の中で、星の子の“それ”に刻まれた原初の記憶を追体験していた。
それは、正確にはそれの先祖は、少し遅れて産まれた。
それが恒星の元を発ち、輪の流れに加わった時は既にいずれの惑星も完成し、皆は新たな姿を得ていたのだ。
それは悲しんだが、相応に幼かったためすぐに忘れ、熱い星で暮らしはじめた。
遅れた分、親から多くの要素を受け取った初代のそれに敵うものなどいない。
煮え滾る海と瓦斯を伴う陽光、融けた硝子の地平線。
初代は生を謳歌し、飽き、地殻に潜って消えた。
ミームを受け継いだ次代のそれは隠れて過ごし、別の星の子に見つかった。
ミームを受け継いだ三代のそれは、眠りに溺れて数十億年を過ごし、眠りのうちに討たれた。
ミームを受け継いだ四代のそれは、大陸を破壊した。
ミームを受け継いだ五代のそれは、火山岩床で平和に。
…………平和に、なんだったか?
パキ、パキ、パキ、パキ。
レッド・ドラゴン“大牙”の魂魄の残滓であるコランダムじみた結晶体が、周囲から吸い出した星の子のミームを、少しずつ眠る主に与える。
星の子の力、ドラゴンの力、光神の瞳の力。
内向きの魔力線はより強化され、効率的にパワーソースを収束するよう。
虹彩はより黒く、あらゆる波長を逃さぬよう。
星の子の魂魄の色を強く映す肌と体毛はより白く、より滑らかに。
雲ひとつない夜空から降る星明りの下、二足歩行の男が彼女を見下ろしていた。
尊敬する偉大な父さん、ロドリグの戦姿。
喉の大鱗に刃が差し込まれる。苦しい。
何故、攻撃されている?
否だ、これはミームに過ぎない、古いミーム。
父さんは力を継ぐ力を得たのだ。
己が継ぐのは、星ではない。
それは。
「じゃ、解放してあげる」
リュミエラは脈動するシャドウ・ドラゴンの魔力心臓を、蕩ける様な表情で見上げた。
なんたる無惨で、蠱惑的で、庇護欲をそそる振動だろうか。
是非とも、殺してやらなくてはならない。
明るい闇が広がる。
全身にパワーソースが漲っている。
超重元素が充電池じみてより多くを溜めているのだ。
まだまだ吸収できる!
「もっと、もっとそこ……」
白い方の掌が、鋼のように硬く、鋼のようにしなり、鋼のようにひんやりとした肌を撫で回した。
それにしても、腹の上が重い。
添い寝のときぐらいもっと労わってほしい。
だいいち、起きる時間ではないか。
リュミエラはサンカントを押しのけ、大きく伸びをした。
何かが砕ける。
ZZZZZZZZZZZZAP!
力が、溢れ出す!
「うぎゃあああAGHHH!?」
聞きなれた叫び声。
まったく、落ち着きがない。
リュミエラは起き上がった。
長いこと使っていない肉体機能だが、どうやら偽りの聖女が循環させる地熱と陽光のエネルギーにより保たれていた。
問題なく動く。
ガランガチャンパキン、リュミエラの全身を覆っていた紅色の結晶体が割れ、裂け、抜け落ちる。
蜘蛛の巣さながらに周囲を走る回線類を、蜘蛛の巣をどかすように真紅の鱗に包まれた左腕が振り払う。
リュミエラは転倒したサンカントに声をかけようと咽喉に力を入れた。
直後、異様な感覚が全身を駆け巡った。
耐え切れず、台座から転げ落ちる。
「――――? ――!? ――っ、お゛ぇ、ほ、う゛、うぇ、ガボーッ! うごっ、お゛お゛お゛ッ」
肌を晒して蹲ったリュミエラから、声の替わりに不快な生き物を踏み潰したような音が漏れた。
内臓がよじれ、咽喉と下腹部が痙攣し、ごぼごぼびちゃびちゃどぷどぷ、熱い液体が噴き出す。
劇症の食中毒を思わせる勢いで吐き戻し、漏らし下すのは汚物ではなく、溶融したエキゾチックな鉱物。
休眠中の彼女に活力とミームを補給していた結晶体は、培養液じみて体内までを満たしていたのだ。
生命を維持していたマテリアルだが、意識を取り戻したいまは異物でしかない。
「お゛っ、う゛う゛ッ、ごぽ……お゛え゛ぇえ、あ゛ーっ! ぐっ、げぼ……ご、ぶっ……」
ぶじゅ、ぷしゃり、どろり、それはリュミエラの穴という穴から零れ落ち、ぬらぬらと光り粘って白い肌と艶かしい古傷を桜色に彩る。
だが色とりどりの工場廃液同様、危険な美しさだ。
彼女とその排出物双方が発する異常高温は、多少なりとも耐熱が考えられた魔法建材の床をも容易に溶かし焦がす。鉄が燃える。
辺りに撒き散らされた猛毒の高熱液体の一部から、細かな結晶が育ち始めた。
熱と鉤爪で周囲を破壊しながら悶え狂う彼女を慰めるべきサンカントは、急に激しい光熱を浴びたショックで目を回し、横で気絶している。
計器の異常に気づきやって来た研究所職員と砲塔管理チームが熱と毒煙による洗礼を受けて逃げ出し、それを何者かの襲撃と勘違いした警備兵がアラートを発する。
あたりは騒乱の渦に包まれた。
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また日記を忘れてた。
でも、もう必要ないと思う。
怪人図鑑そのさんじゅうに
〔勇者試験体八番『ユイッテム』〕
形質学者ベルトランの極端な改造により新たな記憶と外骨格を得たヒト女。
背中に生やした四本の補助腕で、強力な切断能力を持つ糸状武器を操るが、勇者コードと使用武器は特に関係ない。
輸送列車を襲ってルクスコリ軍に甚大な被害をもたらしていたが、エリクとサンカントを含む特殊部隊に殺された。
・おおきさ
6フィート1インチ、213ポンド。
・装備
ベルトラン式軽鎧
電磁式生体アーム
サイコ・ワイヤーソー
・特殊魔法と能力
「肉体分割」
「風元素操作Ⅰ」
「ベルトラン怪人基本セット」
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