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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第七章 奇怪な開戦
78/101

71話 『いたみわけ』

 SMAAAAAAAAASH!!

夜空の雨雲を切り裂いて出現した大質量物体の、強烈な加速体当たりがリュミエラ達を襲った。墜ちる。

薄赤く発光するルキエル火山の火口が近付く。

隣に乗っていたサンカントが同様に、しかし角度の問題か別方向に吹き飛ぶ。

あっという間に視界から外れ、高加速度で火山の遥か南へと墜ちて消えた。

同じく弾かれたクロマクの冷凍影状防御物質がぶち抜かれ、薄い琥珀色不定形の霊的実体も歪み、裂けている。

霊的な浮遊能力により墜落こそしていないが、バランスを崩し彼方へ。

リュミエラの抜け目ない漆黒の虹彩は、それでも襲撃者の姿を捉えていた。

極めて、極めてまずい。

“奴”とサンカントは極めて相性が悪い。勝てまい。

半物質半幽体のクロマクならば、どうか?

判断し難いが、とりあえず使い魔(ミニオン)回路を通して、自己犠牲にならない範囲で戦えとの命令を送っておく。

緊急事態を認識した思考は更に加速する。体感時間の急速な鈍化。

己の喉から迸る声も、周囲の音も遅れて聞こえる。

と、彼女は奇怪な暗色の電磁パルスが白磁じみた肌を伝っていることに気づいた。

耳と頭の中、魂と神経節が結合する脳幹からの奇怪なハウリング反響が止まらない。

ZZZAZRRRRRR.

衝撃と電磁干渉で様々な制御が狂っているのだ。 

彼女は何とか手放さなかった竜牙剣(ドラゴンキラー)を握り締めるとともに、多少の魂魄損傷と消耗を度外視して偽りの(False)聖女(Saint)を強化発動させた。

急激に上昇する体温と発生した光熱が、不快な快楽で感覚器官を掻き回す電磁パルスを引き剥がしにかかる。

ここまで、常人の瞬きにしてわずか一回分……にも関わらず、間に合わない!


(ああ、面倒くさいガラクタ!)


 ぐにゃりと、リュミエラ周辺の空気が粘りついた。

神聖な火口を覆う天然の元素結界。足場にして戻れるか?

南無三宝、加速度と偽りの(False)聖女(Saint)の火元素免疫は結界の干渉能力を上回った。

赤白い体が煙じみた神聖領域への扉を突き破り、墜ちてゆく。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ARRRRGH!」


 ザリザリザリ、声よりも早く空を転がり落ちる。

リュミエラが、クロマクが、離れてゆく。否、離れているのは自分だ!

あまりにも速すぎて、自慢の粘着魔力糸も届かない。

とてつもなく頑丈な改造肉体を持つサンカントは、他の二者と比べて衝突自体による損傷は少ない。

代わりに、付着した電磁パルス膜の影響が甚大。

複数の繊細な固有形質と改造を受けた心身の統合が狂い、意識が遠のく。

先代勇者の欠片の声が、壊れた蓄音器さながらに暴れている。


(Regagnez le pouvoir.)


(Le son des cloches au Echos de la fragilité des choses.)


(Regagnez le pouvoir.)


(Celui qui est fier ne l'est pas pour longtemps.)


(Regagnez le pouvoir.)


(Comme un rêve qui passe un soir)


(Regagnez.)


(Regagnezzzzzz)


(zzzZZzZZZZZZZZZZ)


 頭が割れるようだ。

三精神統合ストレージの管理能力が低下している。

朦朧としたサンカントは仮想質量を操作する暇も与えられず、深い森の中に叩き込まれた。


「リュミエ……さん……姉ちゃ…………」


 ZZZZARRRZZZARRRR.

紫電のパルスがさらに活性化し、怪人少年の浅黒い全身を包み込む。

闇に閉ざされる。


(深刻な魂魄障害が発生しました)


(リカバリーモードに移行します)


(Le cinquième changement est allumé.)


(返答なし)


 ZARRR.


(“Cinquième”強制起動まで108)


 ZZARRZAARRR.


(“Gloutonnerie”強制起動まで128)


 ZAARRRRR.



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ギュオウゥオォォン…………

風雨を吹き散らしながら暗いスパークを発する“シャトレーヌ”の電磁バリアが、傘を閉じるように消えてゆく。

入れ替わるかのように、雨の夜空を雷光が彩った。

照らされるのは、虚空に浮遊する直方体の紫電清霜なシルエット。


「ステルス電磁防御フィールド、同攻撃フィールド共に正常機能しています。暗号化通信を再度開きます」


 ザリザリザリ……


「こちらリベルテル号艦長代理代理デグレニャ、ア゛? なんだてめえか、こちとら操縦に忙しいんだけど、まだ用事あんの」


「ルキエル火口に“魃(ひでりがみ)”、ファルギ谷森に“050・005融合体”の反応を確認。

追撃が必要です、トランクの予備兵力を耐火モードで投下してください。

なお“050・005融合体”はソリオンの支配権を上書きする可能性があります。ワーカーを優先して割り当ててください」


「いやいや、何のための“シャトレーヌ”だよ、つーか耐火耐光したからって魃(ひでりがみ)をソリオンで処理するの無理だろう、そっちでどうにか出来ねえか」


「可能ですが、不可能です。“スペクトル”の危険度が想定を遥かに超えています。

優先しますので無力化、あるいは処理までの足止めお願いします」


「ダミット、了解」


「よろしくお願いします」


 ザリザリザリ……


 クリスタル燃料圧縮エンジンにより夜空を浮遊移動する“ドラゴン・ソリオン”カピテーヌのカメラアイが、多角的認識システムと連動して周囲を見通す。

ボディは機動装甲“シャトレーヌ”に埋め込まれ、内部で結合しているために露出は頭部と上半身の一部だけだ。

長いほうの一辺が九十フィート、短いほうでも四十フィートはある白銀トレーラーじみたそれは、恐るべき破壊の力を内包している。


 システムメッセージ:有効兵装を検索しています…………


 赤いカメラアイの端に様々な数値や映像が流れる。

“シャトレーヌ”付属演算装置が敵の座標を検索しつつ様々なシミュレートを行っているのだ。

だが、カピテーヌはそれを無視し、全ての処理を自身の演算領域に引き込んだ。

機動装甲は極めて強力ではあるがプロトタイプでしかなく、使用不能な機能や兵装も複数ある。自動操縦に任せるのは不安が多い。

カピテーヌは殲滅対象を一つに定めた。

急激な方向転換に対応し、下部排気口が紫に光る蒸気を噴く。

機械の瞳が狙う先、少し離れた空で不気味な咆哮。GROOO!

“シャトレーヌ”に劣らぬ威容の怪物が怒りもあらわにくねっている。

ルクスコリ聖堂騎士団工作部所属、大型ドラゴン状霊的飛行体、コードネーム“スペクトル”。

最近投入されたと推測される神出鬼没の自律飛行存在は、カピテーヌの所属するベルトラン地下研究所メンバーのみならず、シュバルド軍にも少なくない損害を与えていた。

電磁バリア体当たりでつけた傷は、既に影状の氷結体で覆われ塞がりかけている。


「リリース」


 抑揚が無いながらに、憎悪のこもったメカニカルボイスが漏れた。

カチ、カチ、カチ、カチ、シャトレーヌ照準とカピテーヌ照準がそれぞれ敵の各部位をロックオンし、仮想モニターに点滅表示。

遅れて、ガシャコン! 側面装甲が一部展開、四スロットのVLSが出現した。

四本の直径五インチ全長十フィート短距離対空ミサイルが炎の尾を吐き、勢いよく飛ぶ!

“スペクトル”、つまりリュミエラのしもべであるクロマクは体温を持たないが、冷たい防御物質に覆われているため周囲より温度が低い。

センサーに暗く深い穴として認識され、問題なく誘導されてゆく。

BOOM! KABOOM!

しかし。


「“サラマンダー”有効ではありません」


 雨を蒸発させながら上昇する機動装甲を負の煙が掠める。

眼も鼻もない不気味な三角形の頭部から噴き出す、地獄の吐息(ブレス)はシュバルド製“サラマンダー”対空ミサイルを三本まとめて破壊し、爆発で拡散した余波で周囲を萎れさせた。

残りの一本はクロマク本体の影状物質に絡め取られ不発。

直ちに状況判断し、ジェット噴射で敵の上を取ったカピテーヌは手動操作で正面ハッチを解放。

槍衾じみて突き出た無数の機銃が牽制弾をばら撒く。BRRRRARARA! 

だが半霊体半物質の敵は怯まず、空力を無視したかのような独特の挙動で向かってきた。

キィィィン、キィィィン、太い喉に先の地獄吐息(ブレス)とは異質のパワーが集中!

カピテーヌは感知魔力量から危険度を割り出した。

“シャトレーヌ”魔力金属複合装甲の損傷可能性が高い。防御か回避が必要。


「R-R-R-RR」


 ドラゴンもどきの巨体が迫る。

一本線の口が三日月状に開き、喉から吐息(ブレス)の予兆が。

ほぼ同時、カピテーヌの黄金線の髪が稲妻じみて眩く輝く!


 システムメッセージ:電磁フィールドジェネレーター充填完了


 ザリザリザリ、“シャトレーヌ”の防御システムが再起動した。

傘じみて楕円に広がる紫電のパルス。

ZZZAP!

怒れるドラゴンの似姿が生成する神秘的防御物質と、機動装甲が出力する電磁バリアが正面衝突し、拮抗。 

……さらに、見よ!

正面右装甲が爆発と共に開放され、巨大な金属杭が飛び出す。


「スパイクブラスト」


 CRASH!

今まさに必殺の吐息(ブレス)を吐きださんと歪んだクロマクの口に突き刺さった。

電磁バリアが発するスパークも強まり、テックが神秘を押し返す!

紫電が影状物質を少しずつ剥ぎ、琥珀色不定形の敵本体へと浸食を始めた。

干し魚じみて杭を打たれた三角形の頭部から白い煙が漏れ出す。

“シャトレーヌ”が自動攻撃モードを要求している。


「R-R-ROOOOO――――!?」


 システムメッセージ:攻撃フィールドの追加展開を行います


 システムメッセージ:承認はここをタップ


「中止します」


 冷静なカピテーヌはジェットを逆噴射させて離脱した。

更に擬似神経伝達回路を切断し、射出装置ごと金属杭をパージ。

衝撃でささくれ立ったアーマー前面肩部が、バチバチと音を立ててダメージコントロールを開始する。

カピテーヌは咳き込むかのように、各エキゾーストマニホールドから紫の蒸気を吐いた。

取り残されたクロマクは傷ついた喉を震わせて、元が何かすらわからぬ大量の粉末を吐いた。


「GOFFF! GUUF!」


 薄赤いカメラアイには落下しながら崩壊を続けるスパイクブラスト射出装置と、無惨に劣化し、チョークのように白い粉をふき半ばから折れた金属杭が映し出されている。

危ないところだ。仮に緊急回避が遅れていたならば、“シャトレーヌ”右半分がまとめて機能不全を起こしたことは想像に難くない。


 システムメッセージ:一部装甲に不具合が発生しています


 システムメッセージ:手動チェックは九十二番


「劣化(Attribut)の(dés)属性(enchante)攻撃を認識しました。減衰が不可能です」


 警戒レベルを更に一段階上げ、索敵エリアを広げる。

火口と森に投下されたコンテナから、ソリオンとワーカーが現れ、フォーメーションを組んでいるのを発見。

口の悪い大悪魔(アーチデーモン)は、ちゃんと仕事をしたようだ。

一方のカピテーヌは電磁バリアを維持したまま急上昇し、あっという間に雲海のすぐ下まで到達、ガコンガシャン、上部装甲フルオープン。

細身ながらに様々なパイプが走り、長さが“シャトレーヌ”本体の八割ほどもある灰色の砲身が迫り出した!


 システムメッセージ:WARNING!


 システムメッセージ:アストラル徹甲弾を装填しますか(Y/N)


 雨足が強まっているが、問題ない。

防水防塵防元素は施されているし、バリアもある。

忌々しいアンデッドドラゴンもどきが全く戦意を衰えさせることなくいきり立ち、じりじりと追ってきた。

近接は危険だ。照準を合わせながら更に後退。

さすがに速度ではクリスタル燃料圧縮エンジンを複数備えた“シャトレーヌ”に分があるらしく、距離は安定。

と、反応が掻き消えた!


「“スペクトル”消失……理解不能…再度索敵……ビーコン、ビーコン、ビーコン…………反応無……ビーコン、ビーコン……」


 システムメッセージ:対象エネミー消滅による勝利体験を行いました


 地上では“魃(ひでりがみ)”と耐火装甲ソリオン部隊、“050・005融合体”とワーカー射撃兵が接触したようだ。

既に押され、犠牲者が増えつつある。

念のため持ってきた対策装備を持たせているとはいえ、あり合わせの雑兵では判りきっていた事だ。

だが、合流させないために生け贄とする他ない。

いずれにせよ発着場を破壊された時点で、一旦ルキエル火山北部を放棄し、帰還することは確定している。

ソリオンとワーカーを全て消費しても、“スペクトル”を処理か当分の間使用不能にできるなら、プロトタイプ“シャトレーヌ”の実地テスト兼クライアントへの手土産としてはまあまあだろう。

可能ならば、他の二匹も。


「逃走可能性をシミュレートしています……否否否……反応確認……座標……座標!」


 ゴウン!

磁場の変化を各種計器で読み取ったカピテーヌは、予知一歩手前の超反応で電磁バリアを解除すると共に全エンジンの出力を引き上げ、ロケットじみて加速した。


「GRRRRRRRRR!」


 一瞬の後、浮遊する“シャトレーヌ”の背後に出現したクロマクが、即座に吐息(ブレス)を撃つ!

だが、短距離転移(ショート・テレポート)のための非実体化が完全に解除されるよりジェット噴射移動が早い。テックの勝利!

巨大白銀直方体は扇状に広がる吐息(ブレス)の射線からギリギリで外れている。

攻撃を回避したカピテーヌは座標を調整し、背部砲身の照準を合わせた。

著しい電力と魔力が集中し、電磁場を形成する。


 システムメッセージ:ZMZMZMZMZM


「試製電磁加速砲充填完了」


 バォオォォォォン……

火薬とも、魔力とも似ない異様な振動音と閃光が、歪な砲口から発生。

特殊電磁弾頭は雨と闇を切り裂いてクロマクに着弾し、分厚い影と氷の防御物質を貫き、霊的実体の七割を吹き飛ばした!

“シャトレーヌ”は一時的にパワーソース不足に陥った。

影が霧散し、残存琥珀色不定形霊的物質が飴じみて融合しながら墜落してゆく。


「威力不足、耐久性不具合、その他改善点多数」


 システムメッセージ:出力が低下しています


 システムメッセージ:砲身耐久限界


 薄赤く光るカピテーヌのカメラアイは、“シャトレーヌ”機関の復旧作業中もじっと地上に向けられている。

落下した琥珀色の幽体は傷ついた魚のように地面で数度身悶えした後、潜って逃げた。

おそらく、修復に年単位の時間か莫大な魔力補充が必要であろうが、根から絶つまではいかなかった。

彼女個人としては不満が残る結果だ。

ともかく、次のターゲットが待っている。

カピテーヌ側からもパワーソースを回し、復旧を急ぐ。


 ザリザリザリ……


「こちらリベルテル、応答しろ! 応答しろ!」


「“スペクトル”撃破に成功。消滅に失敗。なお……」


「何を言っている機械人形、撤収だ撤収」


「唐突ですね、最大の脅威は排除しました」


「ファック、見えてねえのか! やべえぞ!」


「試製電磁加速砲の影響で各種機能が低下しています」


「充填済み次第バリア張って全開で上昇!」


「了解」


 ザリザリザリ……



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ファルギの暗い森の中に、サンカントの鏡のように煌く拳だけが浮かび上がった。

あたりに擬似悪魔兵(デーモン・ワーカー)の残骸が散らばっている。


「危ねえ、姉ちゃんいなかったら死んでたぜ」


(もっと頼りなさい) 


「頼って、ってずっと寝てただろ」


(魂寄生も大変なんです)


「そんなもんか、っと、リュミエラさんどこいったんだ」


(火山でしょ)


「行かなきゃ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 時は少し遡り、ルキエル火山火口底。

火山性ガスを含む空気は極めて薄く、火口表面を漂う天然結界の影響で外の雨風も届かず極めて静か。

火成岩でごつごつとし、ガラス質結晶にもまみれた地面はあちこちがうっすらと赤熱して、稀に煙を噴く。

そんな極限空間で、よろめきながらも立ち上がる影が一つ。リュミエラだ。

彼女は光熱と火元素に完全な免疫を持ち、高熱環境化では空気すらも必要としない。


「うぇ、お、げっは……あ゛、うふ……はぁ、どうにか取れたかな、っおぇ……」


 頑丈なラヴァ・ワーム革の赤黒いフードマントはズタズタに裂け、襤褸布さながらに劣化していた。

熱や尖った岩ではなく、ガラクタ兵器……カピテーヌが原因だ。

リュミエラはもはや防御の役に立たぬそれを脱ぐ、というよりも剥がして投げ捨てた。

中に着ているものとブーツは辛うじて無事だが、長くはないだろう。

戻ったら買い替えが必要だ。

軽く柔軟を行って打撲と擦り傷以外の異常が残っていない事を確認すると、キュロットの隙間や口元、髪の間などからぼろぼろと白い灰が落下した。

奇怪な電磁パルスの影響で無理矢理に排出させられ、偽りの(False)聖女(Saint)により焼け落ちた、様々な体液や汚物の残骸だ。

彼女は灰の混じった唾を吐いて口元を拭い、顔をしかめた。

唾は地面に落下する前に蒸発し、消えた。

だが、身体の調子自体は悪くない。

真紅の鱗に覆われた左腕はオーラが漲っており、艶かしいカーブを描く鉤爪は岩石をケーキのように切り裂く。

灰を払い落としたシルバーブロンドは艶々としているし、骨めいた金属質の左脚もいつになく滑らかだ。

それは、ルキエル火山の焼け付く大地が偽りの(False)聖女(Saint)のパワーソースを回復させていることに他ならない。

竜牙剣(ドラゴンキラー)を拾い上げた彼女は、上に戻るべく全身を活性化させて跳ぶ。


「へ?」


 空気を踏み込もうとした彼女は、その直後に灰に隠されていた穴へと落下した。


「は、風、風の元素化が――――」


 あまりにも周囲の火元素が濃すぎて、リュミエラの貧弱な魔力回路では風が操作できない!

周囲が激しく崩れ、巻き込んで更に墜ちてゆく。

石が砕けて咽喉の隙間を超え、偽りの(False)聖女(Saint)が岩を溶かして火道をこじ開け、下へ。

周囲は灼熱の岩石成分の鈍く赤い光に包まれている。

これは胎だ、ルキエル火山の胎内だ。


「ゴボ、ゴボボ……」


 地底でもがくリュミエラに、表現しようのない感覚が流れ込んできた。

マグマ溜まりの胎盤に記録されていたミームの残滓が、彼女の魂の不足分を埋めてゆく。

レンファニウム、ソレイニウム、デモニウム、ドラゴニウム、ブレニウム、エルニウム、ハースニウム。

過去に星の子の心臓を構成した超重物質が最適化へと誘う。

眠い。


(甘い果実)


(冷たい肉)


(温かい鉄)


(痛い骨)


(旨いクリスタル)


(酸い鉛)


(塩)


(星の子)


(ミーム)


(瞳)


(父母)


(卵)


(あたし)


 煮え立つ鉱物の中で、どれほど経ったであろうか?

日か、年か……いや、違う、ほんの一瞬だ。

リュミエラの戦士としての超常感覚が、本来の時間と体感時間を別々に認識していた。

そして、ルキエル火山に拘っていた本来の理由。

竜爪剣(ドラゴンソード)が欠損を補填し、レンファニウム燃料を食べられたことも。

しかし、彼女は星の子ではなく、ファルギのロドリグの子だ。

魂魄の質量が足らず、ミームをまとめて食べ切ることはできない。

時間が必要。


(眠れ)


(適応力)


「ゴボボ……もご」


 意識を取り戻したリュミエラは、周囲を溶解させながら火道を再び登り始めた。

休まなければならないのは確定だが、今は駄目だ。

サンカント、クロマク、父母に仕事仲間、そして憎い敵が待っている。

もう少しだけ、動かなければ。

一歩ごとに変質が進んでゆくのがわかるが、不快ではなかった。

なにより、力。

彼女は火道を抜け、咽喉を駆け上がり、結界をすり抜け、火口から飛び出した。

どんよりとした夜空から強い雨が降っているが、激しく赤熱する火口底が星に代わって灯りとなっていた。

雨音にまぎれて、時折しもべの咆哮や機械的ハウリングが聞こえてくる。

白銀飛行物体(ガラクタ)とクロマクが戦っている。

ドサ、ドサ、ドサ。

重い落下音。見覚えのあるコンテナが視界に入った。開く。


「んんー?」


 嫌々ながら見慣れた、見事な全身鎧のシルエット。

ZAP! 緑の閃光が、鎧に突き刺さった。

排熱するリュミエラの周囲を竜巻じみた熱蒸気の風が包む。


「停止します」


 熱線で胸部を焼却されたソリオンは左腕から一発砲撃し、崩れ落ちた。

リュミエラは鉤爪を振って弾丸を掻き消した。

ザッザッザッザッ、更に新たなソリオンが登ってくる。

時間がない。


「邪魔ァ!」


 叫ぶリュミエラが竜牙剣(ドラゴンキラー)を天に掲げた。

クリーム色の分厚い三角形にレッド・ドラゴン“大牙”のオーラ紋が渦を巻くが、いまやそれは彼女自身と共にある!

正しい使い方を、知ったのだ。

竜牙剣(ドラゴンキラー)は溶けたかのように捻じ曲がり、透けるように白い右腕に吸い込まれた。

風で逆立つシルバーブロンドが伸び広がって流線型に纏まり、シャープな兜じみたシルエットを描く。

瞳は漆黒の虹彩はそのままに、ドラゴンめいて更に鋭く。


「あははははっはっはああ! へえんしいいいん!」


 半月に開き咆哮じみて笑う口から、鋭い牙が覗いている。左の犬牙が少し大きい。

レンファニウムを過剰充填した時以上の明るさに輝く裸の上半身が、早送りのように成長しながらメタリックに輝く滑らかな紅鱗に覆われてゆく。

右腕が骨格から伸びて強靭に変形し、これまた元より発達した左腕とほぼ等しいドラゴンの腕に。

四本の鉤爪がギラギラとしたオーラを発している。

白銀の骨じみていた左脚がパキパキ音を立てて伸びるとともに筋繊維状のワイヤー金属が発生し、バランスの良い官能的な太さに。

金属ワイヤーは下腹部を鎧じみて覆った上で右脚にも進み、同じく攻撃的な形状に変化。

それぞれの踵からスパイク状の蹴爪が生えている。

最後に尾骨が伸び出で、身長よりも長く自在に操れる真紅の太い鞭尾と化す。

元々五フィート九インチ少々あった身長は、ドラゴンさながらの前傾姿勢ですら八フィートを超えていた。


「フゥー、戻れると判ってても、なんだろうって感じ」


 携帯砲や魔法銃に加え、小型のバリスタを引き摺ってシュバルド軍装ソリオンが向かってくる。

“大牙”の力をミームに沿って一部取り込み、異形の戦士に変化したリュミエラは無造作に歩き出した。

あまりの光熱に地表は崩れ、雨は近付く前に消え、熱と蒸気が更なる風を呼ぶ。

ZZZAP!

落雷も、歩みを止めるには至らない。

彼女は視界に入ったソリオンを適当に焼却し、殴り飛ばした。

肉体変化と偽りの(False)聖女(Saint)の熱で超強化された身体能力が、それを後押しする。


「……眠い、そうだクロマクの援護を……む、ずいぶん傷ついて」


 ダウンとアップが入り混じった妙な昂揚状態でソリオンを殲滅したリュミエラは、眠い目を擦りながらふらふら歩き出した。

何か重要なことを忘れている気がする。

神聖なる火口が赤く光っている。

空を見上げると、ちょうど暗色のバリアに覆われた金属塊が逃げてゆくところだった。敵だ。


「そういえばガラクタ、壊さなきゃ」


 偽りの(False)聖女(Saint)の収束熱線を全開で叩き込むが、どうやら致命傷とはならなかったらしい。

朦朧として思考が覚束ないのも厄介だ。

白銀の巨大直方体は損傷箇所から火花と煙を散らしつつも止まらず、紫のクリスタル燃料排気光と共に雨雲の中に消えてゆく。


「ええと、もっと、なんか……なんか……サンカ…………樹脂葉巻(バター)取っ…………」


 排熱で地面が更に溶ける。

戦闘用の変化をしていた肉体が元に戻りつつある。

眠い。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 いつの間にやら雨は止み、東の空が僅かに明らんでいた。

ボロボロのジャケットを羽織ったサンカントが、ルキエル火山の岩場を独りで歩く。

なにやらぶつぶつと呟いているが、異常ではない。

精神寄生体と化した“サンキエム”と会話しているだけだ。

覚醒タイミングが合えば、こうして通常の意思疎通ができる。


「どこもかしこもすっげえ熱い、来た時はこんなじゃなかったのにどういうこと、姉ちゃん」


(リュミエラさんがなにか火山に干渉した予感)


「大丈夫かなあ」


(彼女の固有形質なら問題ないはず……おや?)


「うん……んん、クロマク?」


 岩陰に、ずいぶんとみすぼらしい姿の幽体(スペクトラル)ドラゴンが蹲っている。

サンカントでも一瞬、クロマクと同一個体だと認識できなかったほどだ。

なにしろ透き通った琥珀色の実体が露出し、以前の三分の一ほどのサイズまで縮んでしまっていたのだから。

出会った頃と同じか、より小さいことに加えて翼状部位が消失している。

それは呼ぶようにか細く鳴いた。


「クワー」


 それは。


「おう、どったの、え、なに、ふざけんなよ、おい! なあ、起きて、起きてよ!

そんなの簡単に溶かせるだろ、なあ!」


 発見したリュミエラは、熱い岩の上で眠っていた。

ずいぶんと寝相が良いのも、寝息が殆ど聞こえないのもいつも通りだ。

サンカントはその場に崩れ落ちた。


(サンカント)


「なんだよ、うっせえよ姉ちゃん」


(落ち着け、生きて、何らかの情報処理を行っている)


「……ああん?」


(先の火山の異常と関係していると推測)


「え? なら、まあ、いいか、いいのか? いつ起きるんだ?」


(判らないけど、担いで戻りなさい。灰で埋まるぐらいなら死なないと思うけど、地形変動があるとまずい、噴火するかもしれないし)


「そっか」


 気を取り直したサンカントはリュミエラを慎重に抱え起こし、ジャケットを引き裂いて作った簡易の縄で縛り、竜牙剣(ドラゴンキラー)共々背負った。

彼女の全身を分厚く覆う、コランダムじみて薄赤い結晶体と一緒に。





第七章「奇怪な開戦」終。

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