70話 『ミーム・デバイス』
“それ”は熱く乾いた地の底で目を開き、鼻を鳴らした。
焦げた火成岩と水晶で構成された天井と壁の各所が、仄赤く鈍い光を放っている。
床に敷き詰められているコランダムと重金属は、偉大なる溶岩飲みこと大地のレンファと“それ”自身の発する熱で半ば融解している。
“それ”にとっては温かく柔らかい、天然の絨毯のようなものだ。
呪われたレンファの魂たるこの大地が、ソレイエルの瞳を百周する間でも眠り続けられるのではなかろうか。それほどに居心地が良い。
いや、事実として二百周の間ずっと眠っていたことすらある。
しかし今日は普段と違った。
どうにも不快な水と薬、そして矮小なる二足歩行のものどもの臭いが漂っている。臭い!
数百周来“それ”が暮らしている巣穴に、赤黒い溶岩齧りの長蟲以外の来訪者が侵入してくるのは極めて珍しい。
“それ”は長くこの火山で暮らすうち、近くで食事をしないほうが良いということを覚えていたからだ。
近場の餌を摂ると、食べ残しが休息を邪魔しに来て、面倒なのだ。
実際、食事のルールを守り始めてから百五十周の間、巣穴で襲われたことはない。
“それ”は少しばかり疑問に感じ、シュウシュウと細く唸った。
もっとも、襲われる側からすれば疑問でも何でもない、上位捕食者の勝手な理屈と切り捨てられることだろう。
単に、長い事溜まっていた“それ”への不満がついに爆発し、本格的な討伐隊が組まれたというだけなのだから。
考えているうちに、複数の敵対意思を含んだ魔力パルスが更に強くなってゆく。
眠りを邪魔された“それ”は、控えめに見て百フィートはあろう細長い身体をくねらせ起き上り、進み始めた。
シャラ、シャラ、シャラン、“それ”の皮膚を彩る、無数の真紅の鏡板が涼やかな音を立てる。
不機嫌な古代ドラゴンが巣穴から滑り出で、姿の巨大さにしては高い咆哮がそれに続く。
細長い胴に沿って折り畳まれていた、輝く桜色の皮翼がばさりと広がる!
だが。
「SHUAAAA……AGHHHRRRRRRRR!?」
BOOM! BOOM! KABOOOM!
凄まじい爆音と、衝撃。
翼が伸び広がった一瞬を突き、無数の砲弾とバリスタ・ボルトが“それ”を襲った。
全身を覆う艶めかしい真紅の鏡鱗は鏡じみて熱と光と魔力干渉を弾き返すが、物理衝撃に対しては無敵というわけではない。
その鱗すら無い皮翼ならなおさらであり、複数の長大なボルトによって岩壁に縫い止めらている。
“それ”は罠にかけられたことを悟った。
とはいえ、時間と溶岩によって鍛え上げられた胴は、さしたる傷を受けてはいない。
“それ”はもはや邪魔にしかならない両翼を、思い切りよく根元から千切り捨てた。
翼は便利だが、“それ”にとっては、無いと全く飛べないというほど依存するものではないし、数周あればまた生えもする。
“それ”は細長い体をある種の毒蛇じみて直立させ、周囲に威圧的なオーラ紋を迸らせた。
不幸中の幸いにして大空には雲ひとつなく、ソレイエルの瞳からは眩い陽光が降り注いでいる。
鎧まみれの二足歩行どもは、完璧な罠を掛けて己を誘い出したつもりだろうが、肝心なことを忘れていた……あるいは、知らぬ。
“それ”のパワーソースは、光神の瞳が開いている限り少しずつ供給される。
翼など無くとも、周囲が水元素の毒に覆われていようともだ。
“それ”は特徴的な二等辺三角形の牙を打ち鳴らし、竜巻じみた風元素の渦で身体を覆った。
周囲にイオンとプラズマが異常生成され、長大な古代ドラゴンがゆっくりと浮き上がる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アアアア、足りない。力が、魔力が、根源的パワーソースが足りない。
かなりの鎧と砲台を潰したが、及ばなかった。
あと少し、あと少しだけ光神がこちらを視てさえいれば、皆殺しだったのに。
とうに日は暮れている。
さしもの“それ”も、時間は戻せない。
二千周を超えて生きた星の子たる己が夜空の星を恨み、死に瀕している。
馬鹿な、こんな馬鹿なことがあって良いわけがない。
せめて他の竜の牙に敗れるならば、生まれ変わってやり直せるのだが。
焼け野原となった荒野に横たわる無様な己に向かって、濃厚な水の元素に包まれた一つの鎧が歩み寄ってくる。
“それ”は唯一無事な片目で、迫りくる死を見つめた。
死は片手に刃の先が広く窪んだ不思議な刃物を持ち、もう片手には彼の矮小な身長と並ぶほどの筒状武器を抱えている。
刃が“それ”の喉にある大鱗の隙間に差し込まれた。
どんな闇でも見通せるはずの視界が霞み始めている。
己の存在意義が、星の力がだんだんと失われゆくのを感じた。
いや、まだ、まだだ。
星の子としての生が終わっても、ミームだけならば残せなくもない。
だが、受け継がれるミームは己たり得るか?
星の子以外に移ったミームは星たり得るか?
そもそも、矮小な二足歩行の魂魄はミームを受け止め得るか?
わからないが、試さない理由にはならない。
“それ”は己の魂魄からミームが刻まれた“それ”を分離し、最期の吐息として解き放った。
「SHH……シュー…………」
動かない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
重い。硬い。冷たい。力が流れ出す。肉と光を食べなければ。
光はまだ時刻ではない、ならば肉、どこかに肉は。
「う゛、ん、あグ……あ゛があ゛ぎ、がぶ、ゴァ……ハァ……は……ハァー、ハッ!」
「痛てえ!? なに、なんだよ、え、どしたの」
聞き慣れた声が、沼底めいた澱んだ眠りと不可解な夢からリュミエラを引き上げた。
咳き込み、呻きながら目を開く。
周囲の視覚情報が一気に流れ込んできた。
光源は無く、辺りには土の匂いが漂っている。ここはファルギ高地に点在する洞の中だ。
確か、ルキエル火山に向かう途中だったはず。
すぐ横に、脈動する重く冷たい肉。これはサンカント。
金属のように高密度の改造骨格と筋肉は、金属以上の強度を持つ。
浅黒く強靭な皮膚には、偽りの聖女がもたらしたらしき焦げが僅かに残っている。
火傷や消耗をさせないよう、少し離れて寝たはずだったのだが。
「おはよ、ってあれ」
「おはよ。なんか不思議だぜ、つっ、リュミエラさん」
寝起きの挨拶を引き金に、霞がかった意識が整理されて正常に戻る。
それでも、怪人特有の金色の虹彩はリュミエラを心配そうに見ていた。
「馬鹿な、あたしは正常よ……ん、うん?」
どろり。
生臭く薬品じみた液体が唇から滴り落ち、透けるように白い喉から鎖骨へと赤黒い線を描く。
リュミエラはそれを左腕鉤爪で拭いとり、無意識に舐めた。味蕾に広がる新鮮な美味。
ふと視線を動かすと、怪人少年の腕にある小さな刃物で抉ったような痕が、焦げと共に逆回しのように再生しつつある。
いや、違う、あれは。
「別に怒んねえけど、なんで寝ながら齧ったのさ。
俺じゃあるまいし」
「美味しかったから。ええ、食べた? あたしが?
いや待って、あたしはあんたと違って生きた肉を食う趣味なんて、だいたいあたしの口でその金属みたいな皮と肉を裂けるわけ……わけが」
無言で立ち上がったサンカントが、そばに置いてある大きな包みを拾い上げ、開封する。
中身は道中で狩った大蜥蜴魔物メガランナーの四肢だ。
なお残りの部分はその場で怪人少年が食べ、クリスタルは不定形じみて広がり洞の奥全体を占拠する幽体ドラゴン、クロマクに吸い取られている。
サンカントは四本の骨付き肉のうち一本を取り出して皮を剥がし、二つに折って小さいほうをリュミエラに投げ渡す。
色々釈然としないながらも、とりあえず空腹ではあるリュミエラは偽りの聖女を操って数ポンドの肉塊を調理し、食べ始めた。
全く熟成されてないが、まあ食べられないこともない。
……と、サクリ。
「んむぐっ、判ってたけどまあまあの味で、えぐ、ハァ? 何が、何が起こって」
通常のヒト相応か、むしろ聖女じみてやや細いリュミエラの顎は、旨味はあるものの筋張ったメガランナーの肉を全く抵抗なしに咀嚼した。
見れば、肉どころか骨の一部すらも断ち切られている。
意識せず、全く自然に噛み砕き嚥下したのだ。
眉根を寄せて首をかしげ、茹であがった白魚のごとき右手指を口腔内に突っ込んで自身の歯をつまんだ。
何か、言い知れぬ違和感がある。
彼女は慌てて荷物を漁り、低質な手鏡を開いた。
幸いにして顔そのものは変わっていない。
“光の聖女”に似ているが要所要所から鋭い印象を受ける(自分でも多少は美しいと思っている)造作と、僅かに荒れたシルバーブロンドのセミロング、あらゆる光を吸い込むかのような漆黒の虹彩が認識できる。
肝心なのはここから、この先だ。
恐る恐る、口を開く。
「んんん、なんか尖ってる……牙、ってほどでもない、か、な……あれ、左の方が、鋭いような」
カシャン!
勢いをつけて開閉すると、金属じみた軽く鋭い音が鳴った。
半分ほど残った骨付き肉を再び手に取り、口をつける。
ちょっとした武器や楽器としての加工も可能なメガランナーの脛骨が、サクサク心地よい音を立てて砕けてゆく。
やはり気のせいではなかった。
サイズこそヒトとさほど変わらないが、真紅の鱗と竜爪剣の骨を持つ左手の鉤爪に勝るとも劣らぬ切れ味が出ている。
舌と指でなぞる限り全ての歯が刃と化しているわけではなさそうだが、うっかり舌を噛まないよう気をつけねばなるまい。
「な、俺の腕でもいけそうだろ」
サンカントがギザギザの牙を見せ、笑った。
リュミエラは不満そうに顔をしかめた。
今更己が常人だとは思っていないし強くなるのも嬉しいが、レンファニウムを吸い取って生えた左足といい、理由が分からないのは少々落ち着かない。
しかも変異は心身共々、現在進行形だ。
行きつく先は、どこにあるのだろうか?
「左が右より切れるってことは、爪のオーラ紋が上がってきてる?
でも、ううん……違うような、気も……ルクスに戻ったら研究所直行、かなあ」
「鋭くて色っぽいと思うぜ」
「流石に歯を褒められても嬉しくないんだけど。
まあ、ちょうどいい時間だし、ご飯終わったら動こっか」
湧き上がる様々な疑問を努めて棚上げしたリュミエラは、肉を齧り始めた。
ルキエル火山周辺を早急に確認、あるいは確認のち掃除したい今、余計なことに思考を回すのは避けたい。
だが、しかし…………
「おう。でな、あのな」
「どしたの」
「えと、俺がリュミエラさんを好きになったのは、もちろん助けてくれたからで、あと、たぶん怪人化の際にいろんな生き物の成分が混ざって他種族が守備範囲に入ったからなんだけどさ、でも、でもな、今は歯も、左腕も、全部好きだからな。
もし、仮に、リュミエラさんが完全にヒトじゃなくなっても、それでもいいから。
なんなら、全身食ってくれてもいいんだ。今は寝てる姉ちゃんも、かまわないって言うと思う。
だって、竈の商人族は、溶岩産まれの俺達は、起源からして光と熱の手下だから、だから、えっとな、とにかくさ」
「……ありがと」
不器用な相棒が、嬉しい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しと、しと、しと、しと、しと。
昨晩の星空が嘘であるかのように、どんよりと垂れ込めた鈍色の雲から濁った雨が滴っている。
山の天気が変わりやすいのはわかっているが、それにしても不吉だ。
特に、道中で全く陽光を浴びることのできなかったリュミエラは偽りの聖女パワーソースがやや足りてない。
ある程度はルキエル火山から補給できるはずだが、雨の夜中を活動するには不安が残る。
「んー、変な感じ。やっぱり何か居るわ。来てよかった」
「怪人の反応はねえけどな」
二人の視線の先に、そびえ立つ大火山の威容。
到着時刻は予定通り深夜で空は分厚い雨雲に覆われ星も見えぬ。
過熱した山肌が雨に打たれて蒸気と有毒化合物を主成分とする煙が立ち上り、火口からは僅かに赤い光が漏れている。
「サンカント、荷物は隠した?」
「もちろん。で、どうすんの」
「こっそり半分ほど登ってから、クロマクを偵察に出す。
感知もよほど精密じゃなければ見つからないと思う、地中のラヴァ・ワームがノイズになるはずだし」
言うが早いか、リュミエラの足元がぼこぼこと暗く泡立ち、全身を覆った。
足元に潜んだクロマクが展開する影状の防御物質だ!
ある種のアンデッド魔物じみた不可視状態になった二人は、火山性ガスと魔力が漂う道なき道をするする登ってゆく。
しばらく後、硫黄と焦げた岩の匂いが漂うルキエル火山中腹にて。
「雨のせいでむしむしする……」
「そうかも。さ、行けクロマク。溶岩で焦げないように、あと戦闘しないよう気をつけてね。
何かあったらすぐ戻ってきて」
「クワー」
岩肌にへばり付いた影が滑り出した。
半物質半概念存在である幽体ドラゴンは、巨体にもかかわらず極めて隠密行動に向いている。
仮想氷と影が混ざりあった防御膜が準ドラゴン的オーラ紋と禍々しい正体を覆い隠すことに加えて、攻撃的行動を控えればすり抜けるように地中を移動できるのだ。
さらに、見よ!
「クワー!」
火山北側へと進んでいたはずのクロマクが、何の前触れもなくリュミエラの足元に再出現。
多用できぬ究極の隠蔽能力、完全非実体化による疑似短距離転移だ!
接触することで活性化した使い魔回路を通し、しもべの得た断片的な情報が流れ込む。
一気に思考を加速させたリュミエラが呻き、蹲った。
サンカントは不安そうだ。
「……リュミエラさん?」
「岩や木のない広場がある、大嫌い、なるほど、大当たり、突貫工事の粗雑な発着場とシートで覆われた二機の飛行機械が……え、なに、おかしい、どういうこと」
「ちょ、感情リンクがきてるぜ、あ、クロマクが敵機を見ちゃったから」
「大丈夫、コントロールできてる、ね、クロマク」
這いつくばっていたリュミエラがゆらりと立ち上がる。
赤黒いフードマントが開き、露になったいくつかの古傷が走る透けるような肌がぼんやりと輝いた。
しもべからフィードバックした負の感情で息が荒い。
「ほんとかよ」
「ハァー、ハァ、うん、問題ないって。心配性なんだから。
でも、どういうこと、地下施設らしきものは無し、管制塔も無し、ソリオンか、あるいは疑似悪魔兵か、とにかく立って雨に打たれてる生気はないけど魔力はある影が数個」
リュミエラは天を仰ぎ見た。
足元に感じる大火山の熱から来るパワーと乱れた感情で活性化した偽りの聖女により、雨は肌に触れる前に蒸発する。
考えがまとまらない。
「へ、そんだけ」
「それだけ。本当に、それだけ。有り得ない、クロマクは地中を視られる、通常の見落としはない、はず。
どうやったらこれでファルギを爆撃できるの、いや、カピテーヌやあの大悪魔なら可能かもだけど、少なくともこないだの三機とエレティックは無理でしょ。
やっぱり、あのデカ物が?」
「なあ、リュミエラさん」
「なによ、考えてんの、そっと、あ、ごめん、でも」
「二機と雑兵っぽいのと、せいぜい何か怪人以外が隠れてるかもぐらいなんだろ」
「そうだけど、それがおかしいってんの!」
「だからさ、おかしくてもそんだけなんだから、クロマクに乗って吐息とあと適当に熱線ぶっ放してグチャグチャにしてそのままルクスまで飛んで逃げればいいじゃねえの?」
「…………あ゛」
「クワー?」
「あーあーあーもう! 行くわよ畜生!」
「へっへ」
ゴウ! 大怪獣さながらに地中から飛び出したクロマクが幅広い板じみた翼状物質を広げ、三角形の歪んだ無貌の頭が先端にある長い首を突き出した。
大半が尻尾と翼とはいえ、体長、翼開長とも九十フィートを超える巨体に、粘り付くような氷と影が分厚く展開される!
リュミエラとサンカントは頼もしいその背に飛び乗った。
神秘的な力で急上昇する幽体ドラゴンがルキエルの頂を一気に飛び越え、強まる雨に対抗するように吠えた! GRORRRRRRRRR!
長い尾と排煙めいて広がる影状物質がそれに続く。
「ほら飛行機械よクロマク、やっちまえ!」
主の指示に従い開かれた一本線のようなクロマクの口の中は、真の闇だ。
陰鬱な魔力が渦を巻いて脈動する太い咽喉の内部から、指向性を持った恐るべき仮想物質が噴出した。
以前よりはるかに強力になった地獄の吐息!
周囲を萎れ、崩し、粉砕する負の力が山颪のごとくに大火山の斜面を駆け下り、目標に接触!
二機の飛行機械を消し飛ばし、発着場の地面も削り取って乱雑な荒れ地へと劣化させる!
監督者のリュミエラは可視領域を広げて下を警戒。
吐息を回避した影が一、二、三……五匹残っている。こちらに何らかの砲口を向けている。
鎧やカメラアイは認められないためソリオンや機巧ではない、体温もないため生物ではない。
つまり、疑似悪魔兵。
パワーソースを絞り出したリュミエラは、五筋の照準光を肌から発生させた。
「消えろやあ、ア、ギュアアア!」
ZZAZAZAZAZAP!!
不吉な太い緑色のコヒーレント光が、ファルギ村の、リュミエラの聖地に陣取っていた不届き者を焼き尽くした。
リュミエラはそのまま跳び、クロマクとサンカントを巻きこまないよう空中排熱! とてつもない器用さ!
発生する猛烈な蒸気は次々と水に戻り、人工雲めいて周囲に噴き出す。
数拍の後、サンカントの掌から伸びる魔力糸がリュミエラを抱きとめるように絡め、引き揚げてクロマクの背に戻す。
ザリザリザリ……
「ふう、気分爽快っと」
「かえろーぜ」
二人と一匹は笑い合い、南へと方向転換を。
ザリザリザリザリ……
「は?」
「エッ」
発生源不明の、奇妙なハウリング音。
野性的な勘で危険を感じたリュミエラとサンカントは、再度振り返ろうとした。
二人はクロマクから落下した。
クロマクは墜ちこそしなかったが、あらぬ方向へ吹き飛んだ。
サンカントはリュミエラに向けて魔力糸を伸ばそうとしたが、離れる速度の方が遥かに速い。
慣性が激しすぎ、空気を踏み飛翔する余裕は二人のどちらにもない。
ルキエル火山火口へと消えていくリュミエラの体感時間が鈍化し、直前の光景がフラッシュバックを繰り返す。
それは夜空からきた。
それは夜空の雨雲を切り裂いてきた。
それは夜空の雨雲を切り裂いて、急降下してきた。
ハウリング音を発するそれは、夜空の雨雲を切り裂いて、急降下してきた。
ハウリング音を発する暗色のステルスに包まれたそれは、夜空の雨雲を切り裂いて、急降下してきた。
ハウリング音を発する暗色のステルス電磁バリアに包まれたそれは、夜空の雨雲を切り裂いて、急降下してきた。
ハウリング音を発する暗色のステルス電磁バリアに包まれた巨大質量のそれは、夜空の雨雲を切り裂いて、急降下してきた。
ハウリング音を発する暗色のステルス電磁バリアに包まれた巨大質量の外部アーマーを纏ったそれは、夜空の雨雲を切り裂いて、急降下してきた。
ハウリング音を発する暗色のステルス電磁バリアに包まれた巨大質量の外部アーマーを纏ったそれは、夜空の雨雲を切り裂いて、急降下しながらリュミエラ達に激突した。
亜音速で墜ちゆくリュミエラは、神々しささえ感じる異様に整った機械の顔と、薄赤く神秘的に光る挑発的な機械の瞳と、黄金に輝く機械の髪を見た。
ザリザリザリザリザリ。
「降下に成功。阻止に失敗。地上からのアラート遅延が原因と思われます。なお“シャトレーヌ”に損傷はありません。ついでですので運用テストを行います」
ザリザリザリ……
「ア゛ーッ! ア゛ア゛ーッ! クソ無能なワーカーめ! 実験だ実験だつっても私が最初から地上にいりゃ、破壊ぐらい止められたはずじゃねえか!
しかも私を無視して降下しやがったな、連れてけってったろ機械人形ォ! ざけんなそこ代われ!」
ザリザリザリ……
「役割分担です。記憶回路が揺れます。通信機のボリュームを落としてください」
ザリザリザリ……
「ファッキンダミット! それ主様も出資してんだから、壊すなよ!」
ザリザリザリ……
「善処します。ボリュームを落としてください」
ザリザリザリ……
「頼むぜ、ほんと! じゃあ切るな!」
ザリザリザリ……
「ですからボリュームを」
闇と雨の中に浮遊する白銀の巨大質量物体が、暗い紫のクリスタル燃料蒸気を噴く。
それは単なるジェネレーター排気だが、彼女にとっては溜め息でもあった。




