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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第七章 奇怪な開戦
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68話 『Dead copy』

 カツン、妙な揺れがコックピットを襲い、窓には影。

顔を上げたフィリップスは、聖堂騎士団の重鎮らしいとは到底言えない間の抜けた声を発した。

金髪碧眼の男が、翼竜(ワイバーン)シャスのコックピットに張り付いている。


「エ?」


 何故、どうして、聖堂騎士団工作部隊長が、“勇者”エリクが?

兵装の死角かつ、コックピットを見下ろせる絶妙な位置に立ったエリクらしきものが、一歩踏み出すとともに鈍色のロケットランチャーを取り出した。

否、否だ。これは断じてエリクではない。

確かに、顔と体型のみならずカーキ色の軽鎧も確かに“勇者”の最適化装備にそっくりだ。

しかし、鎧も、その下のスーツもフィリップスの知るものと細部のデザインが違う。

彼の知識量と観察眼だからこそ解ることだ。ルクスコリ製にあらず。

なにより、闇魂族(オーク)の闘争本能が敵と告げていた。

フィリップスは数度の瞬きで平衡を取り戻し、太い右腕を操縦桿から離して非常用武器を引っ張り出す。

そして、二フィートほどの無骨な救助工具じみた斧を、力強く握りこんだ。

ぶうんと微かな駆動音。

風の元素を帯びたフィリップスの近接攻撃は振動を帯びており、触れたものを切断破壊する。

彼は自ら痴れ者を叩き殺すべく、シャスを自律飛行モードに戻した。

瞬時にコックピットの窓が開く。

その間にエリクらしきものはロケットランチャーを操作し、照準を合わせようとしていた。

フィリップスは怯まない。

この距離ならクリスタル添加火薬の爆発より、斧を振り下ろす方が早いに決まっているからだ。

彼は敵を潰そうと。


「ぬ!?」


 言い知れぬ違和感を感じ、急停止した直後。ZZAP!

背後から照射された一筋の閃光が、宙を切り裂いた。


「オボァア゛ァア゛ァァ」


 哂っていたエリクらしき男は絶叫を上げ、シャスから滑り落ちてゆく。

カランコロン、肩ごと焼き千切られた右腕と、シュバルド型のロケットランチャーが転がって後を追う。

不吉な緑の輝きが掠めた装甲の表面が溶解している。

仮に勢いよく飛び出していたなら、己も無事では済まなかったに違いない。

フィリップスは飛行兜のゴーグルに隠された目を見開き、閃光の発生源へと振り返った。

幽体(スペクトラル)ドラゴンの背中に立つ偽りの(False)聖女(Saint)の使い手、眩いヒトガタ。

飛行兜の機構により補助強化された視覚が、光を吸い込む漆黒の虹彩と、三日月状に歪められた唇を認識する。

偉大な中年闇魂族(オーク)は、無意識のうちに怯み、唾を飲み込んでいた。

確かにリュミエラ・ド・サン=ウラガン操る固有形質と、高い身体能力は水晶集め(クリスタルハンター)業界や聖堂騎士団内において比較的有名である。

しかし、その戦闘能力、特に偽りの(False)聖女(Saint)を用いた攻撃の詳細を知る者は多くない。

水晶集め(クリスタルハンター)達はクリスタル利権維持のためか、所属者の情報を外部に出すことを由としないし、エリクやマリエット、中央神殿長カルヴェといったリュミエラに近しい関係者上層部も余計な事を言わないからだ。

書面では読んでいるし、道中スカイ・ワームを狩る際に使用されたことも知っているフィリップスだが、間近で見るのは初めてだ。凄まじい攻撃性能。

ともかく、助けられた形だ。

フィリップスはシートに座り直し、残りの敵機に注意を向けた。

まだまだ若者には負けられぬ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ァア゛ェァァア゛ァァーッ! 畜生ォーッ!」


 聞くに堪えない罵声を発して謎の敵が落下してゆく。

バリバリ、グチャグチャ、パキパキ。

落下しながら、再生している。

フィリップスに支援攻撃を行ったリュミエラは、排熱しながら状況を整理した。

シュバルド機はルキエル火山近辺、あるいは高空から来ている。

高空からならば当面の脅威は去ったとみていいだろう。

“あの”巨大飛行機械が居るとしても、同じ飛行機械を大量に積めはすまい。

実際、神殿付属研究所襲撃時も大した人数ではなかった。

問題は火山の向こうに発着可能な拠点が作られている可能性だ。

その場合……


「あ゛ー、どうしたもんか」


「リュミエラさん?」


 防御膜を展開しているサンカントが、唸るリュミエラを不思議そうに見た。

その先では、残ったシュバルド機が意外にも強力な連携を見せ、フィリップス駆る機械翼竜(ワイバーン)とドッグファイトを繰り広げている。


「なんでもない。まず黙らせなきゃ」


「うん」


「サンカント、降りよ。敵は隊長みたいなのと、もう一匹。クロマクは副長を援護!」


 リュミエラは返事を待たず、赤黒いフードマントをはためかせて跳んだ。

そのまま大気を操り、ロケットさながらの急降下を行う。

外向きの魔力回路をほとんど持たないリュミエラだが、至高の風元素増幅器である竜牙剣(ドラゴンキラー)を持つ事で空中制御が可能なのだ。

ゴウゴウゴウ、風が抜けてゆく。


「おう!」


「クワー」


 次いでサンカントが空へダイブした。

一方、クロマクはあるじの命令に従い、戦闘空域へと勢いよく上昇。

起源からして飛行機械に対し強い敵愾心を抱く“かれ”の戦意は最高潮だ。

リュミエラはそのどちらをも無視し、敵と己に集中している。

風がスピードを生み、スピードが風を生む。POPOPOP!

音の壁を破壊し、なおいっそう加速し……自由落下する敵を追い越した!

更に、着地の瞬間に地を蹴って方向転換。

爆風の中、無限の穴めいて黒い虹彩は、既に落下してくる敵へと照準を合わせている。

だが、偽エリクも決して侮れる相手ではない。

“勇者”じみた超活性の肉体は空中で再生をほぼ終え、体勢を立て直し、引き寄せたロケットランチャーをも構え直す。嗤う。

BOOM!

細長い弾体が火を噴き、飛ぶ!


「シャキィィアーッ!」


 超音速で跳ぶリュミエラの叫びが、彼女自身よりも遅れて広がる。

瞳の焦点は偽エリクに合わせたまま、無造作に右手を振り抜いた。

竜牙剣(ドラゴンキラー)の分厚い三角形の刃が、薄紅の光のラインを描く。 

強力な化学エネルギー弾は真価を発揮することなく小爆発、消滅。

リュミエラは直進する。偽エリクは吹き飛んだ。


「ふぅ。あんたって、何なのかしら。隊長と関係あんの?」


 リュミエラが歩を進めるたび、湿った地面が妙な音を立て、シュウシュウと蒸気が噴出する。

活性化した偽りの(False)聖女(Saint)が光熱を撒き散らしているのだ。


「ぐ、おお、のれェェ、ゴポッ。知ら、ん、貴様のような痴女の隊長など見たことすらなし」


「答えてくれたら安らかに死ねるわよ」


 WHACK!

リュミエラは身体のパーツを組み立てながら喚き散らす金髪碧眼の男に、踏みつけるような蹴りを叩き込んだ。


「痛てえ、死ねあああ、アがっごガッ」


 腹に巨大な穴を空け、下半身も捻じ曲がった偽エリクがもがく。

白銀に輝き高熱を発する骨じみたリュミエラの左脚が腰骨にめり込み、肉と骨を焼き焦がしながら掻き混ぜているにもかかわらず、悲鳴には若干の余裕がある。

実際、燃える傷口は炭化するそばから肉が盛り上がり、再生しようとしていた。

なんたる驚くべきしぶとさ!


「ぬぐあ゛あ゛ぁあ゛、お゛ごぁ、ぼく、僕はエレティック! 僕はルクスコリのゴミを掃除する、げご、グホッ、エレティック!」


「そう、エレティックね。ファルギに来た目的は?」


「殺すッあ゛、グボ!」


 三インチ以上もあるリュミエラの鉤爪が、再生したばかりのエレティックの肩を掴み、骨を粉砕して腕を引き千切った。

陸の魚のように跳ね回り、主の下に戻ろうとするもげた腕はとてつもなく不気味だ。


「うう、回復力まで隊長に似なくてもいいのに……ん!」


 突然、背後に違和感。

リュミエラは質問を諦め、飛んできた物体を回避した。

ついでにエレティックの頭を踏み砕いていくことも忘れない。

断末魔じみた罵声。


「ゴパッ」


 リュミエラが振り返ると、割ったばかりの頭が繋がろうと蠢いている。

しかし、彼女が困惑したのはもっと別のことだ。


「あ゛? 隊長、じゃないエレティックが二匹?」


 落下してきたものは、エリク……この場合はエレティックにそっくりだ。

ただし、損壊でいくぶん挽き肉じみている。

程なくして、損壊の理由がリュミエラの隣に降り立った。

鋼のごとく引き締まった筋肉質の浅黒い身体に焼け焦げたジャケットを羽織った、身長五フィート半はある大柄な竈の商人(ゴブリン)族の怪人少年。

金色の瞳の愛しい相棒。


「ハッハァー! あ゛?」


 “もう一体”を半ば八つ裂きにしたサンカントは、隣のリュミエラ同様に眉根を寄せた。

同じ貌が、二つ。今現在もルクスコリのどこかで働いているだろうエリク隊長を含めれば、三つだ。

俗説によれば世界には同じ貌が三人居るらしいが、現状を解説する根拠としては乏しかろう。

なにより、二体の“エレティック”は既に復活しつつある。


「「アアア、敵が増えたエレティック」」


「「殺し殺す殺そうな、エレティック」」


 起き上がった二体の口が、全く同じ形を作った。

同じ声と、同じ言葉で会話している。

その声質もエリクと同じ。


「どういうことだと思う」


「リュミエラさんにわかんないもんが、俺にわかるわけ」


 確かにリュミエラは過去に二人で一つの身体を持つ怪人と戦ったことがあるし、サンカントも体内に“先代勇者”と姉のサンキエムを飼っているようなものだが、二人の目の前の生物はどうも違う。

もちろん、異界の力をその身に宿す“勇者”の二重魂魄とも、およそ二百年周期で現れる星霊の固有形質を取り込んで覚醒する“光の聖女”とも異なる。


「“サンキエム”ならどうよ?」


「休眠中だぜ」


「役に立たないわねあの変態! 仕方ない、どうにかして殺す」


「おう」


 切羽詰った状況で少々考えたところで、結論が出るわけもない。

リュミエラとサンカントは理解を諦めた。倒せばよいのだ。


「「エレティック、初陣がハードすぎるよ」」


「「夢の帳の世界に住みたいんだろう」」


「「当たり前だ、二人は一人」」


 鏡写しの二匹が、鏡写しのように腕から金属の刃を生やす。

着込んだぼろぼろの軽鎧の残骸に、大地をあらわすペンタクル文様が浮かび、点滅する。

完全なシンクロナイズ。


「「じゃあ殺そう、世界帳のために」」


「「殺そ、グゲェーッ!?」」


 奇怪な双子、エレティックは最後まで話すことができなかった。

左のエレティックをリュミエラが、右のエレティックをサンカントがそれぞれ殴り倒したのだ。

輝く古代ドラゴンのオーラを纏った重い拳と、輝く饑(ひだる)の攻性防御膜に包まれた重い拳が、再生し終わったばかりの肋骨と生成された金属刃を粉砕する!

エレティックは聞くに堪えない重複悲鳴を上げ、同時に立ち上がろうとする。

しかし。


「「やめまやめッガッ」」


 リュミエラの竜牙剣(ドラゴンキラー)が回復しながら身を起こすエレティックを正中線で二等分!

サンカントが操る複合元素魔力粘着糸が回復しながら身を起こすエレティックを上半身と下半身に二等分!

それぞれ絶叫するエレティックは、針金のような地元素線とより合わさった筋繊維を伸ばして分かれた身体を繋げにかかる。


「「ガパゴバァ!」」


 おそらくは“まだまだ”等と言っているのだろう。喉が裂けており聞き取れない。

水晶集め(クリスタルハンター)の二人は全く気にせず、更に追撃。

地を蹴って加速したサンカントの輝く手刀が、死への羽ばたきじみたエレティックを正中線で二等分。標本!

偽りの(False)聖女(Saint)の出力を更に上げたリュミエラのレンファニウム左脚回し蹴りが、開き干しじみたエレティックを上半身と下半身に二等分。調理!

いくらタイムラグ無しのコンビネーションが可能でも、個別制圧されては無意味だ。

単純な現実として、エレティックの身のこなしは、姿が似ているエリクの足元にも及ばない。

当然、リュミエラとサンカントはエレティックを圧倒する。

それにしても、しぶとい。

どこからパワーソースを補給しているのか、自己修復が止まらないのだ!

とはいえ、既に二人は倒し方を考案済み。

再び起き上がってくるエレティックに、それぞれ近づいてゆく。


「「ゴポーッ! きざまらでは僕は倒せガボァ」」


 サンカントは魔力粘着糸をエレティックの全身に絡め、締め上げながら引きずり倒した。


「俺はさ、怪人十人分以上の固有形質コードを飼ってるんだ。どうやって手に入れたか、知ってるか」


「「ゴポッ?」」


「お前からは、たぶんコード取れないだろうけどな」


 黒い強膜に彩られた金色の虹彩が、エレティックを威圧的に見下ろす。


「どう考えても不味そうだけど、仕方ないよな。喰ってやるよ」


 サンカントは元より裂け気味の半月じみた口を、百八十度を超えて開いた。

竈の商人(ゴブリン)族らしい、鋭いギザギザの牙がずらりと並んでいる。

それは改造により、圧倒的な強度と咀嚼力を持つ。

怪人少年は敵の頭蓋に噛り付き、砕いた。

更に、絡み合った魔力粘着糸が細い小さな棒の真の能力を発揮し、魔力と生命力を吸い取ってゆく。


「「ゴポーッ! きざまらでは僕は倒せガボァ」」


 リュミエラは鱗と鉤爪に彩られた左掌でエレティックの頭を掴み、切り裂きながら押し倒した。


「あたしさ、光と熱を溜めて使えるんだ。それでね、最近新しい波長を覚えたの」


「「ゴポッ?」」


「あんたは、どうも普通じゃダメみたいだし」」


 虚無さながらに漆黒の虹彩が、エレティックを威圧的に見下ろす。


「ここじゃちょっぴり不味いけど、時間に余裕もないし。ググ……死の光線(モールレヨン)」


 リュミエラは赤黒いフードマントを外し、ミニキャミも脱ぎ捨てた。

透ける様に白いものの、大胸筋のほうが目立つほどに薄い胸があらわになるが、胸部を中心として発せられる不気味な青白い光により正しい輪郭は判然としない。

それはレンファニウム燃料が臨界を越えたときの輝きに近く、圧倒的な崩壊の気配を持つ。

煌く人影は敵の頭を抱き締め、砕いた。

更に、古代ドラゴンのオーラと絡み合った偽りの(False)聖女(Saint)が真の能力を発揮し、生命の痕跡を奪い取ってゆく。


「永久にお休み」


「結局、何だったんだ、帳とか……にしてもうまくねえ、栄養より消化コストのが高かった」


「んー、後でカルヴェさんかサンキエムに聞いてみよ。考えても無駄よ」


「うん。あと、えっと、上、どしたの?」


「あう」


 急いで服を着る。

結局、敵であること以外明らかにできないまま、エリクの貌を持つ奇怪な双子は消滅した。

気づけば、上空の砲撃音も止んでいる。

劣化攻撃でスクラップになったシュバルド機を一つ抱えたクロマクと、驚異的な空中制御によりほぼ無傷の翼竜(ワイバーン)シャスが舞い降りてきた。

ヴィーン、伏せたシャスのコックピットの窓が開き、フィリップスが顔を出す。

当然に無事。


「下も終わっとったか」


「終わったといえば、まあそうですけど」


「副長、あの隊長みたいな奴、変だったんだ」


「肉片からでも復活しそうな勢いだったもので、サンプルを取る余裕が、あ!!」


 リュミエラは唐突に叫び、嬉しそうに振り返った。


「おう、ご息災か」


「え、なにリュミエラさん、フィリップス様も」


 コックピットから降りたフィリップスがリュミエラと同じ方角を向いて飛行兜を脱ぎ、闇魂族(オーク)らしく太い牙を見せて微笑んだ。

サンカントは僅かの間、錯乱したかのように頭をあちこち振っていたが、じきに目標を発見した。

リュミエラが叫ぶ。


「父さん、久しぶり!」








怪人図鑑そのさんじゅういち


〔『エレティック』〕

アンドレアス配下の大悪魔が持ち帰った新鮮な勇者細胞を原料として製造された偽“勇者”。

添加されたベルトラン式万能ビオス細胞との相乗効果で、肉体においては本物をも上回る強烈な回復力を有する。

戦士としてのスペックは高いが、勇者細胞自体の繊細さにより極めてコストが高いことや、思考が不安定かつ他のエレティックに伝播するという奇妙な特性があり、僅か数体で生産中止となった。

勇者細胞もサンプルを残し廃棄。


・おおきさ

6フィート1インチ、169ポンド。


・装備

シュバルド製ミリタリースーツ(非シュバルド式)

シュバルド製携行兵器各種

アースペンタクル重合鎧

ベルトラン式流体金属ブレード


・特殊魔法と能力

「勇者細胞」

「擬似二重魂魄」

「地表魔力吸収」



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