67話 『不明の爪痕』
「フーム」
首から上の無いヒト型を見下ろすフィリップスの、微かに狼狽をはらんだ低い呟きが、木々の葉ずれに吸い込まれ、夜の闇へと散ってゆく。
七フィートを超える身長に具えられた、板金鎧さながらの筋肉と脂肪に覆われた太い胴と四肢が、動揺をごまかすかのように威圧的に揺れた。
シャープな飛行兜の目元が、ジイジイと映像記録音を立てている。
彼はさまざまな角度の画像を収めるため、首を傾けたり、シャベルで“そいつ”をひっくり返したりした。
聖堂騎士団“本部”副長である彼は軍事関連情報において当然に博識であり、“そいつ”が何であるかは知っていた。
侵入方法も空からなり海からなりいくらでも考えつく。
だが何故こんな田舎の山の中に、それもたった二匹で居たのかがわからない。
「これ、魔国の、シュバルドのミリタリースーツですかね? 前見た時と違う気もしますけど」
ドサリと重い音。
フィリップスに遅れてやってきた、幽体ドラゴンのクロマクがボロボロに劣化した二体目の“そいつ”を吐き出した。
憂鬱そうな女の声は、地中から生えた半物質半幽体の首に掴まっているリュミエラからである。
ついで樹上で周囲を警戒していたサンカントが落下し、仮想質量を操り音もなく着地。
まともな顔のパーツを持たないクロマクを除く全員の視線が、二つの死体のようなものに向く。
「仮想生物、なのかァ?」
バイザーを外したサンカントが、首を傾げながら金色の虹彩で“そいつ”を覗き込む。
リュミエラも顔を近づけこそしなかったが、同様に唸った。
なにしろ、クロマクにより土ごと挽き潰されて衰弱死した個体はともかく、フィリップスに首を刎ねられた方も生物的な死を発していない。
偽りの聖女の力を調整し、昼と変わらない色味に補正した“死体”からは一滴の血も確認できず、骨はねずみ色、崩れかけている肉と肌は青灰色だ。
と、直近まで困惑する二人を放置して映像を撮ったり証拠物を引き剥し、あるいは破壊したりしていたフィリップスが、口を開く。
「こいつはの、シュバルドの超魂族が作り出した疑似悪魔兵だ。
技術的なことは詳しくないが、規格品の仮想肉体に悪魔の魔力紋と知的生物の魂を登録してどうのこうの、だったか。
研究所の連中の話では見かけよりコストがかかっとるらしいが。
ぬう、だが、しかし、私の知る疑似悪魔兵はもっと自動人形じみておったはずなのだ。
新型か……まあそれはよい、問題はどうしてこんな、待て、それよりも」
「拠点でもあるのでしょうか」
不吉な予感にリュミエラは慄いた。
まだ目的地のファルギ村どころか、北方居留地三番まででもかなりの距離がある。
明日朝起きてすぐ飛んだとしても、三番の確認まで含めれば軽く昼は過ぎるだろう。
だというのに、既にシュバルド兵と出会ってしまった。
この先がどうなっているかわかったものではない。
「不明だが、侵入されたこと自体について難しく考える事はなかろう。
過疎地を経由してくる工作員を全て止めるのは不可能だ。
そもそも、確かに北部山地からの連絡は途絶えているがな、ルキエル火山と大山脈を超えた先の沿岸部は港も艦船も機能しとる。
件のルクス神殿付属研究所襲撃の際に使われた巨大飛行機械の存在と、魔法建築技師の侵入可能性を考慮してなお、大型拠点が完成している可能性は低い」
「それに関しましては、副長の仰るとおりですが、あたし的には、いえ、ああ、ええと」
「ううむ、まあのう、かなりの規模の爆撃があったことは確かであるし……ぬぅ……予想よりだいぶん事態は深刻やも……が、ここで時間をとられるわけにはいかん。
私は後から来る北部調査本隊のため、なんとしても居留地三番周辺からファルギにかけての通信を復旧させる必要がある」
「そう、そう……ですね、今考えても仕方がない。とりあえず、予定通り見張りを立てて休みませんか副長。
明日から本番なのに今から“飴”でごまかすのは避けたいです」
「正論だのう」
流石に、皆寝つきは悪かった。
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ザリザリザリ……
首都ルクスと全く違う、澄んだ北の空を風と雲が流れゆく。
「こちら“シャス”、地上は見えているか“幽体”」
「はい、制式の遠見“目”記録機材の使用を開始しています、気分は最悪です」
「全く同意だ。予想以上の予想以上であるな」
翌昼、ルクスコリ北部上空。
朝早くに出発した二匹の飛行型魔物は、嵐や戦闘に巻き込まれることなく目的地、北方居留地三番手前まで到達していた。
だが問題はある。むしろ、問題だらけと表記すべきだろう。
リュミエラとサンカント、そしてフィリップスの身体は雲の上だが、気分は地の底深くといって過言ではない。
不機嫌の原因は、地上の様子だ。
複数の巨大な山脈に挟まれ、山あいに集落や宿場町が点在するルクスコリ共和国北部高地だが、いくつかが被害を受けている。
最も酷い村に至っては、元より人口三桁前半のはずとはいえ数軒を残して焼け焦げ、更地に近い状態であった。
地図上に存在すると知っていなければ、村と認識できまい。
「これが、通信遮断の原因」
「わからん、わからんのだ、“幽体”何故、シュバルドは北部を」
「聞かれても困ります“シャス”」
二匹と三人は幾度も繰り返された会話内容に飽き飽きしながら雲の粒を抜け、高度を落としてゆく。
地上に近づき、北方居留地三番が、肉眼ではっきり見える距離になると、被害程度がよりよくわかる。
完全な“破壊”状態だ。
設備は充填型の固定転移門と通信基地局のみ、常駐聖堂騎士団員十数名という実に小規模な居留地だが、それでも北部高地の通信と警戒の要であった。
近場に敵性存在が複数潜めるような場所がなく、三番も明らかに使用に耐えない状態であることから、リュミエラ達は一応連絡を試みるだけ試みてすぐ着陸した。
まず機械化翼竜のシャスが紫のクリスタル燃料光を発しながら降下し、影と氷の防御物質により半ばインビジブルと化したクロマクの巨体が後を追う。
なお、呼びかけに地上からの返信はなかった。
「どうにもならん、ダムンシット!」
怒りじみてシャスから飛び降りたフィリップスが、飛行用カスタマイズ騎士団制服に包まれた巨肉を揺らし、吼えるように喚いた。
偉大な闇魂族の重い足音がドウン、ドウンと響く。
先遣調査の使命や聖堂騎士団“本部”副長という立場からすれば、本来は静かに調べ始めるべきなのだろうが、元よりやや配慮に欠けるところのある彼には無理な相談だ。
なにより、彼は空騎士としての能力から視察に出向くことが多く、北方居留地三番にも顔見知りの団員が居た。
憎悪は彼の体型に負けず劣らず丸々と肥え、服と皮から溢れ出さんばかりに渦巻いている。
そっとクロマクから降りたリュミエラとサンカントは、そんなフィリップスに声をかけるタイミングを窺いつつ、周囲を警戒したりファルギ村を心配したりていた。
しばらく後。
「コンテナから基地局機材を出してくれ、後は三番、いや瓦礫内の確認だが」
「了解しました副長。サンカント!」
「おう」
コンテナを漁り大型アンテナと簡易クリスタル燃料炉、各種工具を引っ張り出すサンカントを尻目に、リュミエラは崩壊した建物に向き直った。
赤黒いフードマントと鱗の左腕を巻くカバーを完全に外し、竜牙剣も足元に置き、古傷こそあれど透けるように白い肌と真紅の鱗、骨じみた金属脚を露出させる。
ブーツを除けば、身に着けているものは革のミニキャミとキュロットのみだ。“聖女”のごときシルバーブロンドが風にたなびく。
なお、リュミエラは決して露出狂ではないし、これから休憩しようというわけでもない。
必要性があって脱いだのだ。
陽光と親和した偽りの聖女が活性化するとともに、危険な不可視の光線が照射された。
精神を極度に集中し、光を吸い込む漆黒の虹彩で瓦礫の山を見つめる。
分厚い障害物を放射がすり抜ける……出力を上げる……視覚が飛ぶ……まるで瓦礫が存在しないかのように透ける。
それはフォルティ森地下でレンファニウムを大量に取り込み、新たに得た毒の光の力。
波長の調整により、樹木やちょっとした壁の先にある温度や動きを感知する程度の透過視は元々可能だったが、そうではない。
かなりの消耗を伴い、得られる視界もモノクロだが、ほぼ完全なクレヤボヤンス!
「シュー……ハァ……ァ……動くもの無し、転移門は構成陣を含め喪失、複数の爆破跡あり、死体は一、二……五……九……正確な数は判別不能。
機材類は…………これは、後から人為的な破壊工作を受けている? ともかく、ヒュ……ぁ、う゛、ふぅ、まだ慣れんわこれ。
居留地三番内部確認終了しました、副長。
生存者、敵ともに居ませんね、すぐに再利用できそうなものも特に無し、罠が仕掛けられている可能性がいくらかあり、安全かどうかは微妙。以上です」
報告を終えたリュミエラは、荒い息をついてフードマントを被り直した。
この力技によるクレヤボヤンスには、収束光線照射時の排熱とはまた違う、周囲に多少の害をなす反動があるのだ。
サンカントとクロマクが問題なく耐えるのはわかっていたが、別部署の上司に向けるのは悪いし、精密機器にも良くない。
いずれにせよ大幅な時間短縮である。
「ふむ、昨晩言っていた調査の奥の手かね」
「はい」
「……助けられる奴は居らんのだな」
「残念ながら」
「では、三番跡地自体を墓標とし、埋葬と現場検証は後続の本隊に任せる。
簡易基地局の設置を終え次第ファルギへ飛ぶ」
「はい、副長」
「はい、フィリップス様」
苦悩めいたフィリップスはつとめて表情と抑揚を消すように喋った。
リュミエラとサンカントもそれに倣う。
三人で説明書を読みながら基地局を組み立てた。
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「GROOOOO!!」
「ア゛ァアア゛アァAUGHHH!」
奇怪な咆哮とともに、著しい速度でクロマクの巨体が飛ぶ。
激しい明滅と甲高い叫びは、半ば融合する形でしもべに騎乗したリュミエラ。
一人と一匹の感情が、使い魔回路を通じて混ざり合う。
幽体ドラゴンが常時展開する氷結めいた防御膜と、偽りの聖女の光熱が反応して渦を巻き、周囲の大気を歪ませた。
さらに急上昇して雲を突き抜け、空中をでたらめに跳ね回る。
「ギィ、ガ、ガアア、あ゛ーっ! あああUGHHぁあ゛ァアアァァァ」
叫ぶ、昇る、叫ぶ、堕ちる、叫ぶ、堕ちる、激突! CRASSSH!
荒れたファルギ村警備隊宿舎前広場に、融けた土が飛び散り、凄まじい蒸気が巻き起こった。
温度変化で発生した風により、だんだんと視界が開けてゆく。
小さなクレーターの中心部には、うつ伏せに倒れた赤黒い影。
慌ててサンカントが駆け寄る。
足音に反応した影はゆらりと起き上がり、長いフードマントの隙間を輝かせながら抱きついた。
バチバチ、ジィジィ、少年の肉と服が焦げる音。
「リュミエラさん!?」
「うぐ、ごほっ、お゛、んう、すこしだけ、支え、う゛げ……おっ、あ、え゛ええ゛あ゛ぁ、グ……おごッ、うあ゛、げぼっ」
自然発火を誘発するほどに過熱したリュミエラが瘧じみて震え、溶岩じみて沸き立つ塊を吐く。
迸った赤黒い血混じりの粘体は酸性の煙を噴き、燃えながら垂れ落ち、焼けた地面と接触してぶすぶす爆ぜた。
サンカントの背に回された三インチ以上もある凶悪な鉤爪が、炭化と再生を繰り返す身体に食い込む。
傷、傷だ。愛しているのに傷つけている。リュミエラはフードの下で嗚咽した。
だが腕は理性の枷を外れており、剥がせない。
村も傷だらけだ、今の少年のように。
あるいは無様な己のように。
「熱っ、あ、平気だぜ、俺は平気、だからな。こんぐらいならすぐ治る」
「あ、ごめ、え、ん、お゛ぼあぁあ゛、ふあ、ごめ、んっ、う゛う……」
「なあ゛、大丈夫かよ、な、あ」
「ん、うん、うう゛っ、さめる、までだけ、お゛っ、おええ」
とはいえ、いつまでも続きはしない。
澱んだ感情と汚れを排出し終えたリュミエラの肉と魂から少しずつ熱が引いて、平静が戻ってくる。
吐瀉物は完全に燃え尽きて悪臭を伴う煙も収まり、ついで焼け爛れた怪人少年の肌も早送りじみて修復された。
呼吸も正常に近づき、そして。
「ゴボ、ハァ、どうにか支障なし。ん、ごめんねサンカント、もう正気だから、たぶん。はぁー、落ち着いた。
あ、あああ! すみません副長、取り乱しまして」
ようやく顔を上げて一人で立ち上がり、口元の炭化した反吐を拭ったリュミエラは、気恥ずかしそうに謝罪した。
同じく平衡を取り戻したクロマクの並みの家よりも大きなドラゴン状霊的肉体が、翼を畳みながらふわふわと降下し、着地した。
荷物コンテナに座って様子を見ていたフィリップスが溜め息をつく。
「うぬう、落ち着いたのならまあ、良いが。
にしても何という頑丈さだ、私でも下手をすれば重症だぞ、あのような落ち方では」
「爆発したリュミエラさんは大体こうだぜ」
「失礼ね、いつもじゃないし。つうか、こんなんなってるとは流石に、あ゛ー。
空爆ならそんなに死者はいないはず、きっといない、多くて数十人、いないと信じたい。メルド!」
「確かにどうにもならんのう、これは。
私は基地局の設置も終わったことであるし、一旦引き返して本隊と合流する方向だが、あんたらはどうするね?
ともあれ依頼した輸送機としての任務は、第三とファルギの通信を修復して最低限の補給物資コンテナも置けたので完遂だ」
「そうですねえ……」
実のところ、リュミエラが暴れかけた要因は明白だ。
到着したファルギ村が荒れ果てていた、それに尽きる。
道中で見かけた丸焼けの村や、破壊しつくされた北方居留地三番よりはましという程度。
いくつかの家と警備隊宿舎に爆撃された形跡があり、通常村長宅から展開されている魔物忌避結界も無い。
誰も居ない。
彼女は頭を冷やすため、少しばかり抑圧を解放したのだった。
「それでさ、リュミエラさん。皆はどこ行ったんだ。
襲撃されたってのはわかるけどよ、誰にも会わないし死体もほとんどねーぞ。
いくらなんでも攫われたり裏切ったりとかはさあ、なあ」
「へ? あんた知らなかったっけか、短期間だけどファルギの警備隊所属してたでしょ」
「何をだよ」
「森挟んで反対側に避難用区画があんの、噴火とか魔物の暴走とか対策にね。
全員詰め込んでしばらくは暮らせるぐらい……おっかしいな、あそこの井戸とか塹壕を整備するのって警備隊でやってんだけど」
「そいやなんかあった気がするぜ、ん、何の音だあ?」
「はあ、もうちょっとしゃきっとしなさい。
さっき危なかったあたしが言うことじゃないけど、えっ?」
サンカントが眉根を寄せ、北の空を見上げた。
回収した勇者コードにより反響定位の力を持つ彼は、音に対して反応が良い。
一足遅れでリュミエラにも聞こえた。
ゴウゴウゴウ、遠くから響く何か。
直前まで欠伸などしながら機材をいじっていたフィリップスが大慌てで飛行兜を被り直し、怒鳴る。
「間違いねえ、クリスタル燃料エンジンの駆動音。敵味方どっちだ、北部沿岸からか?」
「ええ、副長、近辺に発着場が無くて沿岸から偵察を回す余裕も無いから、あたし達が来たんじゃないんですか」
「ああそうだ、しかし北海に侵入したキャリアー艦は沈めたという話であるし、可能性的にはルクスコリ軍の、うぬ、三、四機はおるぞこの音」
ゴウゴウゴウ、響きが近づく。
もはや完全にエンジン音となり、北の地平線を隠す一際高い山の脇から機影が顔を出した。
フィリップスが、“シャス”に飛び乗る。VRRRR!
リュミエラとサンカントは空を睨みながら戦闘態勢を整えた。
二人に飛行機械の判別はできない。フィリップス頼りだ。
「おい、ふざけるな、シュバルド機だ! 三か、三ならいける、私が落とす、貴様らは下がって吐息で援護させろ!」
「了解」
各々しもべに乗って空に舞い、加速。
この高速離陸からの急加速は飛行用魔物が持つ強力なアドバンテージで、現状飛行機械には真似ができない。
しかし、敵機はもう目の前だ。
BAZZZZZZZZZ!
機銃掃射が二匹と三人を襲う!
「オオオオ!」
怪人として本来の勇者コードである饑の力、鏡の防御膜を発生させたサンカントがリュミエラと弾幕の間に割り込んだ。
ギラギラ点滅する鏡面が弾と炎をはじき返す。
一方、クロマクの霊的肉体に機銃は効果が薄い。
安全地帯を得たリュミエラは収束光線の照射準備をしながら、ある一点を注視している。
コックピットで翼竜シャスの肉体支配権を借り受けたフィリップスは、驚異的な操縦能力を発揮して射線を外す!
BATATATATA!
反撃の連装機関砲が暗い緑のシュバルド機に連続命中、噴き出す煙、爆発炎上。
「哀れよのう、さて次……な、なぬ」
コックピットに突然影がかかり、揺れる。
窓に、なにか。
フィリップスは一瞬操縦を中断して、影に目を向けた。
「エ?」
彼にとって非常に馴染み深い、金髪碧眼の男が、歪んだ笑みを浮かべていた。




