65話 『齟齬のち合意』
朝もや残る早朝の聖堂騎士団本部。
戦時中につき半分近い乗用魔物が団員とともに各地に出張し、妙に静かな団員用厩舎から、恰幅の良い闇魂族の騎士が現れる。
首都ルクスに名を知られた猛者の一人、聖堂騎士団“本部”副長フィリップスだ。
やや遅れて、大扉から彼の愛騎である灰色の翼竜が太い尾を引きずって這い出た。
翼は力強く体長も三十フィートを超える老成個体で、さらには主人同様よく肥えており、そこらの若ドラゴンなどよりよほど大きな存在感を持つ。
何より目を引くのは、体のあちらこちらから覗く金属部位である。
ただし、生来のものでもなければ、欠損の補助でもない。
“かれ”はフィリップスの技術と固有形質を最大限活かせるよう、サイバネティクス改造を受けた生体兵器なのだ!
「おうおうシャス、久々の外はどうかの」
「VROOOO」
「ふむん、やはり嬉しいか、早速だが仕事の、うん? 待てシャス。
……わざわざ出迎えに来たのかね、工作部の方で待機しておれば良かったのに。
どうせ荷物と弾薬をあっちに纏めとるがな」
翼竜“シャス”の背に格納されている飛行兜を取り出そうとしていたフィリップスは、鋭敏な感覚で厩舎の角を曲がってきた三人に気付き、振り向いた。
短刀じみた牙が突き出た勇ましい唇から、意図せずしてぼやきが漏れる。
彼は上位聖堂騎士でありながら形式ばった手続きが苦手であり、丁寧さにストレスを受けてしまう。
「立場上そういうわけにいきませんよ。そも副長はですね………………」
相変わらず不機嫌そうな工作部副隊長マリエットが、簡略式の礼をするとともに首を振った。
体質上すぐ駄目にするであろう聖堂騎士団制服を無理にフードマントの下に着込んだリュミエラと、普段のジャケットの代わりに騎士団外套を羽織ったサンカントもそれに続く。
礼のみで話しかけてこないあたり相当委縮しているようで、作戦の同行者としてはやや不安が残るが、互いの立場を考えればやむなしであろうか。
「うぬう……まあ、よい。荷の確認と食事を終え次第出発せねば。
実際、状況はかなり差し迫っておる、北部第三転移門が使用不能である以上、時間的余裕がない。
沿岸基地の方から人手を回せればまだマシだったのだがな。
ん、おうおう、シャスは先に発着広場へ行っておれ、慣らし飛びも忘れるな」
「VRRR」
「フィリップス副長、その件で少々問題が」
ガリガリとメカニカル音を発しながら助走する翼竜を尻目に、マリエットは言葉を続けた。
「むう、君が面倒がるようなことなのか」
「先ほど副長の知人らしき方が三名いらして、工作部で待機中なのですが、どうも話が要領を得ずで。
原因は明らかですが、一応、団長よりはそちらに先に知らせるべきかと」
「ほう?」
「なにがほう、ですか……」
「すまんすまん、だが問題はなかろう、私が居るのだし」
四人は工作部への道を急いだ。
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「フィリップス様ああああ!」
四人が工作部裏口に到着するが早いか、痩せぎすの壮年長魂族がフィリップスに食って掛かった。
数か所にカスタマイズがなされた聖堂騎士団制服がガシャガシャ音を立てる。
まるで出待ちか何かかのような勢いに、リュミエラとサンカントは勿論のことマリエットまでが顔を歪めた。
当のフィリップスはいわずもがな。
それが気に障ったのか、後ろに立っていたもう二人も詰め寄るが、やはり気にする様子はない。
「おお、レミントンではないか。北部合同調査本隊編成の方、進捗どうかね?
軍の連中は国境と沿岸で精一杯などと軟弱なことを言っておったからの、心配じゃ。
ダビドにクィトリーも、頑張れよ」
「え、ええ、参謀本部も通しましたし、明後日あたりには出発できるかと、いや、違う!
誤魔化さないでくださいフィリップス様、何故このような」
「なあ副長、どうして俺達を……」
「訳の分からぬことを。転移門と通信が複数個所で途切れておるのだから、空路で先行調査せんことにはどうにもならんだろうが!
軍のものも含めて飛行機械は山地運用に難があるし、そもそも手が回らん。
現状で聖堂騎士団から飛行型を出すとなればシェスが最適解なのは明らかだ、団長と違って私は本部から離れても問題無い」
「確かに、北部調査にフィリップス様が先行するというのは、シャイエ団長から聞いとります。
発着場の確保が不確定なため、輸送機の代用として工作部の準ドラゴン型乗用魔物を借りる、これも既知であります。
しかし、しかしですよ我々は」
殴り合いすら始めそうな勢いで口角泡を飛ばす四人の上位聖堂騎士。
最初のうちは疑問から顔を見合わせ、色々と考えていたリュミエラとサンカントも、ぽかんと眺めるままになっている。
マリエットはマリエットで、ただただ不機嫌だ。
体面上は聖堂騎士団本部の下部組織である工作部だが、運用における上下関係があるわけではなく、仲もあまり良くない。
そして、特殊工作員“勇者”が現在所属していることもあり、騎士団全体の管理者である団長を除けばむしろ工作部優位なのだ。
マリエットがフィリップスに対し、丁寧な対応をしつつも会話内容に遠慮がない理由もそこにある。
なお、一応“勇者”直属かつ工作部隊員に遠慮がないリュミエラが、本部騎士相手だと必要以上に低姿勢なのは、父ロドリグが団長を務めた時代がちょうど“勇者”長期不在期間で、本部優位だった影響だ。
もっとも、そこに問題があるわけではなく、前団長の血縁の割に(凶悪な固有形質の所持者という評判を除き)目立たないことは普段の彼女にとって有利に働いていた。
……そう、普段ならば。
「その怪しげな奴を連れていくのですか!?」
「工作部に協力を仰ぐ時点で腹立たしいというのに」
「足手まといが居るのに我らを」
フィリップスともみ合っていた本部騎士が、罵声とともに振り向いた。
全く知らない相手の唐突な挙動に怯んだサンカントが大きく一歩下がり、ちょうど背後に位置していたリュミエラに受け止められる。
面倒を予感したフィリップスは、妙に気の立っている(だいたい彼の説明不足が原因だ)部下をいい加減力ずくで止めるべく太い腕を伸ばす。
リュミエラは己が幽体ドラゴンの主で運転者であることとを説明しようと、口とフードマントを開きかけた。
だが、マリエットの反応はそのいずれよりも速い。
工作部という組織を所属者の誰よりも愛し、副隊長でありながら隊長の実務も兼任する彼女の堪忍庫は、一刻を争う状況にもかかわらず、無許可の余所者が己の領域で喚きだした時点で既に全開だったのだ。
「ハア?」
SMASH!
怒りに嘲笑が混ざった震えるようなボイスと、重い打撃音が朝の工作部に響く。
強烈な、しかし慣例で私刑として認められる範囲ギリギリの威力に絞られた模範的鉄拳が、不作法者のうち最も手前にいた本部騎士の意識を刈り取った。
硬く握られた拳と騎士団制服が、鈍色の魔力物質に包まれている。近接戦闘用僧術、魔法の鎧。
失禁しながら崩れ落ちる犠牲者と、残り二人を睨め付けるマリエットを除いた全員が、その場に固まる。
「舐めるなよ、本部の生ゴミ共。
フィリップス副長も貸し一だ、うちに話を持ってくるなら、この手の連中は説得か潰すかしてからお願いする。
さてと、もう二匹」
怒れるマリエットが更に一歩を踏み出す。
綺麗に刈り揃えられた濡羽色のストレートがふわりと靡いた。
不意打ちを免れた二人の本部騎士も、騒ぎの原因という引け目があるフィリップスも動けない。
その時。
「ちょ、ちょっと待って副隊長」
「アア? なんだリュミエラ、貴様もくだらん言い掛かりをつけられた被害者だろう。
正規だろうが非正規だろうがメンツの問題だ、うちにいる以上は」
僅かばかり早く立ち直ったリュミエラが、慌てて間に割り込んだ。
ただし、不作法者を救おうなどとは微塵も思っていない。
話がこじれて自身とサンカントのファルギ村行きが遅れたり、取り止めになられたら困るという全く個人的な事情である。
幸いにして、マリエットは喧嘩っ早くこそあれ、(リュミエラと違って)怒りで周りが見えなくなるタイプではない。
「いやあの、あたしの事で手を煩わせるのも悪いといいますか、出発を遅らせたくないといいますか。
あたしとサンカントが怪しいのも事実ですし、ええとですね」
「む、うむ、成程、いや、しかしな」
「当事者はあた、あたしですし」
「確かに、私が叩き出したところでゴミ共が納得するか、と言われたらせんだろうが。
そのあたりどう思われますか、フィリップス副長」
リュミエラの説得で魔法の鎧を解除したものの、渋い顔は継続中のマリエットが、いかにもばつが悪そうな様子のフィリップスに顔を向ける。
闇魂族の本部重鎮は、大きな溜め息をついた。
「申し訳ない。こちらでもよく聞かせておく。
で、私は出発できるのかね、工作部副隊長兼隊長代理殿」
「構いませんよ、工作部も北部調査自体は必須と思っております。
だが再び面倒をかけられるようなことが……おや?
いや待て、面倒はともかく何故押しかけてきてまで同行したがる、副長がこの手の調査任務、しかも国内で後れを取ることなど有り得んだろ。
確かに白髪交じりで老いが見える、見えるけれどもそこまで信用なかったか、ん、んんん?」
「ねえ副隊長」
「どうした」
「あたしってさ、偽りの聖女の持ち主で隊長の部下って以外、聖堂騎士団本部でどういう扱いなんですか?
後、サンカントも」
「そりゃあ先代団長の、ロドリグ様の一人娘だろう。
サンカントの方は事情が事情であるし、関係者以外は存在すら知るまい……ああ!
副長、同行者の、その、リュミエラとサンカントについて聞かれた際、何か説明したか」
「名前と幽体ドラゴンの操縦者であることぐらいは知らせとるが。
非正規とはいえ工作部所属者の詳細など言うわけにいかんし、いか、ん?」
工作部副隊長と、本部副長は同時に原因に気付き、顔を見合わせた。
もちろん、リュミエラとサンカントも。
フィリップスが気絶したままの一人を含む部下三人に向き直り、やや気遅れしたように口を開く。
「のうレミントン、クィトリー、ダビド……は聞こえておらんな。
何故、先行調査にリュミエラ氏ともう一人を連れて行くか、知っとるか?」
「無論です、準ドラゴン型乗用魔物の運転者と、ファルギに先代様の安否確認へ向かうご令嬢をフィリップス様が護衛なさるのですよね、心配です」
「クィトリー、確かに先代のご令嬢で、借りる乗用魔物の主であることまでは正しい。
だが護衛ではない、断じて違う」
「それは、どういった意味で」
「二人とも、エリクやマリエット、そして私とほぼ同格の生体兵器だ。
土地勘を考慮するなら、むしろこちらが補助される側であるぞ」
「「は!?」」
しばらく後、二つの大きな影がルクスから北の空へと飛び立った。
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爽やかな陽光に照らされながら、暗く薄い色彩の巨体が空を舞う。
三角形の頭部、長い首、太い流線型じみた胴、幅広い板状の翼、攻撃的な四肢、鋭く尖らせた丸太のような尻尾あるいは尾翼。
体長、翼開長ともに九十フィート以上はある飛翔体は、遠目からみれば偉大なる古代ドラゴンの似姿だ。
しかし、その輪郭は不安定で、色味は影と氷の混ざった灰白色、顔には目も鼻も耳穴もなく、歪んだ裂け口は一本の牙も生えていない。
本能的な恐怖を抱かせるドラゴンと、本能的な恐怖を抱かせる異形のハイブリッド。
そんな怪物の背に、二つの人影と相応の荷物が積載されていた。
隣には、体長三十フィート強と相対的に小柄ながらも、十分に巨大かつ重厚で勇ましいメタリックな灰色翼竜と、相応しい乗り手。
空と謎を追い、高く、高くへ。
怪人図鑑そのにじゅうきゅう
〔ドラゴン・ソリオンⅡ型『カピテーヌ』〕
形質学者ベルトランが誇る最新の魔力サイバネティクスを用いて再設計されたソリオン・コマンドのユニーク個体。女性型。
元々の特徴であった異様に強固な自我を複製し、量子魔力により統合を行うことで圧倒的な情報処理能力を持つに至った。
単機での戦闘能力も決して低くはないが、その真価は様々な機構や兵器類との外部接続により発揮される。
・おおきさ
5フィート5インチ、200ポンド。
・装備(基本のみ)
左腕内蔵ベルトラン式圧縮マジカルキャノン。ZZZZZZAP!
右腕内臓電磁ドラゴンクロー
ベルトラン式総合解析装置
多重制御回路
強力オドンジェットパック*4
・特殊魔法と能力
「オドンフライヤー」
「量子魔力リンク」
「ベルトラン怪人基本セット」
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