幕間06 『ルクスコリ侵食』
オゾン、イオン、オドンの風が荒れ狂い、彼方の大気がソレイエルの悪意でぼんやりと輝く成層圏上。
呼吸をする存在では長く生きられず、魔力も薄い極限空間に一つの影が静止していた。
しかし、シルエットの正体こと高空適応型強襲装甲航空輸送艇L-Ⅲ型……通称、“輸送艇リベルテル”にとっては、いくつかの不都合こそあるものの、最も燃料を節約できる定位置だ。
軍艦の横幅を広げたような造型は飛行物体としては極めて巨大だが、存在座標が古代ドラゴンですら好き好んでは上がってこない超高空であるため、地上からでは新型の遠見機器を用いてすら豆粒状か、あるいは隠蔽システムによって映らないかであろう。
数種の特殊技術と資金を大魔王アンドレアスが提供し、志の一部を同じくする狂気の形質学者ベルトランが仕上げた、奇跡の機体である。
当然、超高空での滞在に耐えられる乗組員も尋常の存在ではない。
「オドンエンジンよし、量子魔力通信よし、ワーカー休眠装置よし、その他よし……空暮らしは飽きますね」
コントロールルーム内に一人座る魔力サイバネティクス擬似生物カピテーヌが、ぶつぶつ呟きながら人工瞳カメラアイで周囲を見回す。
赤い光が、金属柱とパイプが縦横無尽に走る、実際の広さのわりに狭苦しい空間を微かに照らした。
彼女の通常業務はソリオンの指揮や怪人のサポート、ベルトランが遠出する際の護衛といったものだが、リベルテル就役以降は殆どの時間を空中で過ごしている。
極めて情報処理能力が高く、大気や休息を必要としないカピテーヌの単独操縦は、予定されていた乗組員型ソリオン二百十体による運用よりも遥かにコストパフォーマンスに優れていた。
もっとも、幹部たる彼女が空にずっと張り付いているのも不都合なため、代替手段は開発中だ。
ザリザリザリ……
通信機が雑音を発している。
カピテーヌは部屋に散乱するパイプのうち一本を、巨大機械椅子に座ったまま引き寄せた。
「--・-- ・-・-・ ---- ・・ ・・- ・--- ・-・-- ・・ ---- ・--・- ・・-・・ ・・ --・-・ ・-・-- ・- -・・- ---・- 」
「ソ・ル・ダ・ア・ス・ト・ル」
途切れ途切れの音声に、認証キーワードが混ざりこんでいた。
送信元と波長を確認したカピテーヌが正式回路を開く。
「照合終了、リベルテル号艦長代理カピテーヌとして受諾しました。
なおこの通信は量子化魔力によりエンコードされており、我々にのみデコード可能です。
それではアンドレアス様、要件をお願いいたします」
「お? 失礼、声紋を戻す。あーおー、あー、リューゲッゲッゲッ、こちらグレゴア」
音声と認証記号がモザイクじみて乱れ、流れてくる通信データが不快に歪んだ。
魂核やニューロン配列に至るまで完全に機械化されているカピテーヌにとって、情報の乱れは怒りを呼び起こす。
神々しいまでに整った無機的な美貌は、交渉事など必要に迫られた場合を除けば仮面のようだが、情動そのものが無いわけではない。
魔力回路の予備となる、特殊金属で形作られた黄金色のストレートヘアが不機嫌なパルスを拾ってわずかに揺れた。
「大佐の規約違反は三度目ですね。仮に次回も影武者を解除せず通信を行った場合、アンドレアス様に抗議……は無駄と認識しておりますので、大悪魔の小さい方に報告します。
これは警告ではありません、該当事例の発生を確認次第、直ちに実行いたします」
「待て、やめてくれよ艦長、奴の性格知ってんだろ!? マジで俺のケツが爆破されちまう!」
「処遇について私の関知するところではありませんが、肛門と骨盤の損壊程度ならば本部で修復可能ですので御贔屓に。
ハカセも超魂族の実験体を欲しがっています」
「二度とやるか! そも俺はだな……」
はるか地上のどこかで悪態をついている通信相手こと、シュバルド王国山軍大佐グレゴアとの会話を中断し、カピテーヌは送信されてきたデータを解凍した。
知っておくべき戦況や、リベルテル号に求められる業務などが精緻に記述されており、非常に分かりやすい。
整理整頓された美味な情報を読み取ったことで、彼女の機嫌はいくらか良くなった。
それにしても、と彼女は思う。
これだけの処理能力があるというのに度々不快なミスをする大佐は、一体全体何なのであろう。
かの大魔王アンドレアスが重用しているからには問題などないのだろうが、カピテーヌにとっては苦手な相手だ。
だが、今は良い。
彼女はくだらないことに思考領域を割きながらも、受け取ったデータに対する返信を素早く終えた。
「届きましたか、大佐」
「あ? ああ、確認した」
「データの方は解凍や印刷を行わず、チップのままアンドレアス様に手渡しお願いします。
あとはワーカー休眠装置の件ですが、高空でも問題なく機能しているようです。
ソリオンと比較しても取り回しが非常に良いですね、ワーカー兵は。
なおワーカー残数、ソリオン残数、いずれも僅少なため近く、おそらく数日後に補給のため帰投予定」
「うちのワーカー兵は魂魄消費が嵩むのだ、強くなかったら困る。
帰投の件了解した……そうだ、そう、先は混乱させてすまぬ」
「不必要な感情の動きです」
「機械め」
「賞賛と受け取っておきます。通信終了」
「終了。えーと、艦長の故郷ではどういうのだったか」
「該当質問は五回目となっております。アトタラール」
「おう、アトタラール」
「チュース!」
「おぅ!?」
素早く遮断。
回線が疲れる会話を終えたカピテーヌは、下された任務を遂行すべくリベルテル号を巡航モードに変更した。
周囲から数十本のパイプがうねり伸び、背面に増設された接続口に殺到する。
更に回線まみれになったカピテーヌは操縦に集中すべく、カメラアイの視点を機外に移す。
白く遠い地平のラインを、ダークブルーの宇宙と眼下で沸き立つ雲が彩る成層圏。
だが、彼女の強力な機械瞳とリベルテル号備え付けオドン振動式レーダーの組み合わせをもってすれば雲も闇もない。
ガシャコン、ガシャコン、虚空に響くメカニカルな音は、高速巡航用補助翼展開のためだ。
淡い空色に発光する高空用エンジンが唸りをあげた。
ザリザリザリ……
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「ハ? なんだっての……家は、いや、皆はどうなってんだい」
「知るか、知るわけね、知ってんなら教えてくれよかあちゃん」
朝もやの中から出現した闇魂族の二人組が、高台から己の村を見下ろした。
薄汚れた作業着姿で、腰には使い込まれた鉈と対魔物銃を下げ、背負子に血抜きした魔物や獣を載せている。
明らかに職業猟師だ。
だが、装備類の備え方や発する雰囲気からいって、水晶集めではあるまい。
彼らは特殊な訓練を受けていない……いや、公的な訓練などそもそも必要としない生粋の狩人、ルクスコリの古い慣習に従って生きる山村の住民だった。
共和国北部に点在するそれらの村は、主要種族も神話も様々ながら、人口が少なく狩猟と農耕を元素魔法で補助することで糧を得るという基本のスタイルは変わらない。
交通の便は悪く、資金的な意味では貧困だが、けして食うには困らない伝統に生きる者達。
実際、山に適応した彼らにとって危険とは、噴火を除けば稀に起こる強力な魔物の迷入程度である。
魔国シュバルドからも遠く離れているし、ファルギ村のように特別区域を管理する任務をルクスコリ中央部から委託されているなどということもない。
彼らは何百年もの間、本国が戦争していようとも、天災に襲われようとも、それなりに平和に過ごしていた。
ほんの少し前までは。
「無茶いうでねえポルドン、ああ、燃えて、うちが燃えとお」
「かあちゃん、とおちゃん無事かべ?」
「待ってな」
視線の先では家々が、木々が、赤と白に彩られている。
二人の知る火災とは全く違う炎。
直近の炎から一マイル近く離れているのに不思議と暑い。
“かあちゃん”と呼ばれた褐色の肌を持つ大柄な中年女は、ポケットからレンズを取り出して風の力を通した。
遠見の補正によりレンズの倍率が上昇し、豆粒のような村内の様子がどうにか見られる画像に補正されてゆく。
しかし、女は見てしまったことを後悔した。
ある程度予想はしていたものの、それを上回る衝撃的光景に、灰色の巻き毛と分厚い筋肉の上に乗った脂肪が瘧にかかったように震える。
炎は、大部分が朝の陽光に誤魔化されていたのだ。
道や畑、地面からも噴き出し、村全体が火の海。
なにより恐ろしいことに、動くものが見当たらない。
二足歩行の影がいくつか認められるが、いずれも炎の中で静かに佇んでいる。
生物とは思えぬ。
あれは……あれは、軍服というやつだ。
最新型のエイ、エイ……なんだったか、エイ……とにかく、長の邸宅に有る妙な画面で見た記憶があった。
そうだ、これは戦争だ、先日の連絡網で魔国との開戦がどうこうと知らされたではないか。
それでも、まったく、なにも、理解できない。
彼女は学のあるほうではないが、戦争などというものは、国と国が行い、国境に面した町か都会が狙われるものだったはず。
その程度は覚えている。
ならばこれは一体? わからない。
「まずいだよ」
「かあちゃん?」
女がレンズを顔から離し、目元を拭う。
状況は絶望的だが、冷静でありさえすれば今ここにいる二人は脱出できるに違いない。
山に入ることを許されたばかりの息子に、パニックになってもらっては困る。
自分がどっしり構えているところを見せなければならない。
「ええか、ポルドン。南の山を二つ越えたらな、隣の、あれはだ、あの」
「バンス村だで」
「そう、バンス村があるんだ、あそこに行くよ」
「とうちゃんとばあちゃんは?」
「父ちゃんにどうにかして貰うさ」
「さよか、でも、でもよ……そうな、俺の魔法でもこんなでっけえ火事は消せねえな」
「そうだ、じきに会えっべ」
無論、そんなわけがない。
彼女とて夫や母は気になるし、できることなら家財も持って行きたい。
しかし、伝統狩人としての直感が、財産の回収も知人や家族を救う事も難しいと告げていた。
なにより、己と己の技術を継ぐべき若い息子は今のところ無事なのだ。
彼女は生きているかどうかもわからない夫と、この場にいる息子の命を天秤にかけ、大きく息を吸い、燃える村に背を向けた。
若いポルドンも、師である母を見習い、同じく背を向けようと。
そのとき彼女は、母は危機を感じた。
BANG!
風を裂く音が、ポルドンの身体を突き抜ける。
狩人の女は音の線を回避しながら、息子を助けるべく元素口語で突風を放った。
「ごああ!?」
女は太い外見に似合わぬ見事な身のこなしで“なにか”から命を拾い、ついでに動きを妨げる背負子を引きちぎり、着地と同時に投げ捨てる。
数十フィート背後にあった樹に彼女を狙っていた弾丸が直撃し、爆砕。BOOM!
だが、若いポルドンには母のサポートがあっても荷が勝ちすぎた。
母の風に乗るとほぼ同時、彼の身体は攻撃を受けて血煙となっていたのだ。
元素の流れが、埋葬するかのように肉片をまとめて木陰へと連れてゆく。
「そうかね、戦士として死なせないから、山神様が怒ったかね」
黄土色の虹彩が怒りに燃えている。
直前まで生存を探っていた彼女だが、目の前で生き甲斐を失ったせいで命などどうでもよくなっていた。
とはいえ、息子の敵ぐらいは取ってからにしたい。
女は風元素の増幅器でもある愛用の鉈を抜き、飛来物防御の風を纏った。
ついで風と親和性の高い山の狩人らしく、敵を探すため周囲も読む。
十フィート、五十フィート、百フィート……索敵範囲を広げる。
円形に展開するのではなく、棒状の索敵圏を移動させてゆく事で精度を代償に遠くを確認可能。
しかも、山は女のホームグラウンドだ。異物はすぐに洗い出せる。
……かかった!
「待ってな」
BANG! BANG!
おそらく大型銃であろう攻撃が、木々の間をぬうように速駆けする中年女を狙う。
当たらぬ。
飛来物防御により弾道がずれることに加え、ベテランの女闇魂族は先に吹き飛ばされた息子とは格が違う。
三百フィートをあっという間に駆け抜けた女は、高木の間を円を描くようにすり抜け、鉈をきらめかせて黒い影に振り下ろした。
ガチャリ、と金属同士の衝突音。
女は眉を顰めて飛び退いた。
「なんだい、こいつは」
長い銃身を鉈に叩きつけて死を回避した影が、ゆらりと立ち上がる。
身長は彼女より少し低い痩せ型の性別不詳で、おそらくは六フィートほど。
もちろん、体重も軽いだろう。
スーツじみた無機的な戦闘服は黒褐色で、同色のヘルメットとブーツと小さめのバックパック。
彼女はその正体を知らないが、シュバルド王国の制式ミリタリースーツだ。
しかし、異常なのは衣服ではないし、鉈の一撃で折れ曲がり地面に放られている大型狙撃銃でもないし、影の腰にあるリボルバーとタリスマンでもない。
鉈の一撃で裂けた袖が、わずかに煙を上げている。
だらりと垂れ下がった左腕に見えている深い傷口からは一切の血が流れておらず、骨らしきものはねずみ色だ。
そして狙撃のために上げていたのであろうヘルメットのバイザーの奥には、眼が無くのっぺりとした青白い肌が覗いていた。
影が残された左腕でリボルバーを抜く。
「ポルドンの仇」
BARARARARA!
影の動きより、既に構えていた女が撃つ方が速い。
対魔物用の自動小銃は、影のリボルバーを手首ごと吹き飛ばしたのち、正中線に四発を叩き込んで真っ二つに引き裂いた。
やはり血は出ず、薄い影のような魔力が霧散してゆく。
女は銃をリロードし直して構えたままだ。
「これがグンジン、って奴だかね?
長ンとこで見たんは嘘だったかな」
しばらく死体を監視していた女は、完全に影が崩れきり、魔力の動きも無くなった事を確かめてからようやく銃を腰に戻した。
ついでに、影の持っていたリボルバーとその弾装も頂戴する。
息子の仇は取ったが、家は燃えており、知人も家族もおそらく生きているまい。
女は牙が除く口から特大の溜め息を吐き、近くの樹に寄りかかった。
一度は止まった涙が、再度流れ始めている。
「これからどうすっぺ……そうだ、ポルドンの持ち物、埋めてやんねえと」
しばらく呆然としていた女が、風の警戒を再展開してよろよろと歩き出す。
風で木の葉がざわつく音と、遠くで物が燃えている音が拮抗している。
直後。
「ヘェロー! ウィィゲーッツ?」
明るく、甲高い声が物陰から聞こえた。
だが、彼女の風の警戒には何もかかっていない。
反射的に銃撃を加えたが、ただの樹だ。
ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ。
「なん……だね」
木陰から現れたのは、彼女の腰の辺りまでしかない少女。
濁ったエメラルドの虹彩が特徴的な人形じみた顔で、ふわりとカールした短いブロンドは、ぱっと見でわかるほどよく手入れされている。人形のように。
あまりにも場違いが過ぎる。
シャリ、シャリと落ち葉が崩れる靴音と、言葉遣いこそ荒いが不思議な、心地よい声が響く。
いつのまにか、少女はすぐそばまで来ていた。
「いやいや、強いな、と思って見ていただけさ、闇魂族の小母様。
むーっ、やはりワーカーは単独運用向きじゃねえな」
「わけがわかんねえで! 撃たれたいか!?」
女が後ずさる。
「良い構えするな、うちの正規兵より上か? 上だな。
田舎も馬鹿にできんわ、試験なんぞ後回しにして爆撃だけで処理すりゃあ良かったのに、机上の空論どもがうるせえのなんの。
村とてめえと合わせて余計な損失が十六匹ときたもんだ」
シャリ、シャリ、シャリ。
「な、ん……」
「けど、仇を取りたい、とか、家族が大事、とかってのはわかる。
私だって大切なもんの二つぐらいあるさ。
しかもよ、両方に十七日も会ってなくて、欲求不満なんだぜ? 難儀な商売だろ」
女が更に後ずさる。
こいつも、こいつも“グンジン”だ。
小さいだけで、同じ“軍服”じゃあないか、何故、気づかなかった。
すぐに撃てば、どうにかなったかもしれないのに。
しかも、こいつの姿は、こいつと違う。
喋っているのに、口が全く動いていないではないか。
人形のように。
「ゴアアアア!」
BAAAAAAAAM!
子供の影を振り払った女は、自動小銃に風の力を詰め込み、撃った。
擬似増薬弾!
「落ち着けよ、無駄だって」
濁ったエメラルドの瞳の少女が、増薬弾を無造作に叩き落す。
シャリ、シャリ、シャリ。
「ア……ア……あんた……ポルド……」
「私がさ、敵をちょっとでも気に入るなんて、珍しいんだ。
だから、てめえの魂魄、食ってやるよ。息子さんと一緒に、ゲダツしろな」
KABOOM!
瞬間、女の身体はバラバラに吹き飛んだ。クレイモア罠!
生命活動が停止し、行き場をなくした魔力と魂が少女の白く小さな掌に吸い込まれてゆく。
「あんま美味くねえ…………あーあ、迎え来るまで暇になっちまった」
口約束通りに力を飲み下した少女は、燃える村のほうへと飛び去った。
怪人図鑑そのにじゅうはち
〔デーモン・ワーカー〕
ハイ・エルフの奥義により製造される、シュバルドの悪魔兵。
特殊な代償を捧げることで契約を経ずに悪魔を実体化させる儀式を簡易化し、ある程度の規格生産を可能としている。
借り受けた基本情報のみで構築される擬似悪魔は、あらゆる指示を忠実に実行することに加えて物理食糧を摂取しないため、兵士として極めて優秀だ。
欠点は稼動エネルギーが純粋魔力であるため、通常の兵士やベルトランのソリオンと比較してコストがかさむこと。
・おおきさ
6フィート、140ポンド。
・装備
シュバルド兵制式装備を配置に応じて。
・特殊魔法と能力
「悪魔基本セット」
「魔力圧変化弱耐性」
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