58話 『玩具の怪物』
「ぐああ、畜生」
夕日を背に着地したサンカントが、瓦礫を吹き飛ばし、土煙を巻き起こしながら呻く。
鏡のように煌きながら全身を覆う攻性防御膜に皹が入り、割れ落ちた。
怪人少年の改造高密度肉体は、備蓄した栄養を消費して先代勇者コードを活性化させるか肉を食べる事で修復する能力を持つ。
にもかかわらず、防御膜の下の身体は流血こそさほどではないものの傷だらけだった。
ただし、パワーソースが切れたわけでも、回復不能な傷を受けているわけでもない。
改造により後付けされた彼の自己修復機能は本物の“勇者”と比較して肉体再生にかかるコストがかなり多く、一定以上の不死性を発揮すると活動可能時間が大幅に削られてしまう。
補給を終えたリュミエラが地下から出てくるまで戦闘を継続する必要があるため、修復速度を落とし消費を節約しているのだ。
幸いにして彼の肉体は損傷制御性が高く、少々の傷でパフォーマンスが落ちることはない。
全身の傷を点検した彼は出血があるもののみを粘着魔力糸で塞ぎ、敵へと向き直った。
「あーあ、どうすりゃいいんだ」
金色の視線の先には、一辺が二フィート少々の奇怪な物体が無数に浮遊していた。
巨大金属製棒人形レクタニカのパーツである!
各所から銃火器を展開し隙が無いことに加えて、強い衝撃を与えるとバラバラに分離しながら損傷を軽減するため、サンカントの戦闘スタイルではなかなか有効打とならない。
彼にとって唯一の救いは、もう一方の敵が比較的御しやすいことだろうか。
「俺と! 戦え!」
怪機なるレクタニカと入れ替わるように、ジェットパックで飛行する薄青い塊が空気を切り裂き、かなりの速度で迫る。カトリエム。
拳はサンカントの胴ほど、リーチも倍以上あるが、膂力はそれほど負けていない。
再び鏡の防御膜を纏ったサンカントは、地面にクレーターを作りながら腐食性の青い拳を受け止め、強引に投げ飛ばした。
カトリエムは成形元素弾による遠隔攻撃と、巨体からくる耐久力が自慢の主に水元素を操作する怪人であり、接近戦特化かつ元素化魔力に強力な耐性を持つサンカントにとっては餌食に等しい……ただし、一対一なら。
BUZZZZZZZZZZZ!
直前まで立っていた場所が穴だらけ、レクタニカの機銃掃射!
凄まじい反応速度のバックステップで火線の直撃は免れたが、広範囲に拡散する弾幕の完全回避は容易でない。
いくらかの弾丸が鏡の防御膜に衝突し、砕け散り、硬化した戦闘態勢の皮膚をも傷付ける!
サンカントは空気を踏んでジグザグに跳び回りながら魔力粘着糸を展開した。
粘りつく糸に遮られて危険な照準は外れたが、その間にカトリエムはゴボゴボと泡立つ叫びを漏らしながら空中で体勢を立て直し、背面ランチャーに弾を込め直す。
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
騒々しい金属の衝突は、レクタニカの六面体パーツが組みあがってゆく音だ。
「カチカチカチ!」
連装機銃を格納し、人形モードに戻ったレクタニカがトラバサミの牙を打ち鳴らし、嗤う。
サンカントは金色の虹彩を三十フィート棒人形に向けたまま、横から飛来する成形水元素弾を粘着糸で絡めて逸らした。無為に爆発。BOOM!
砲撃を行ったカトリエムはリロードしながら様子を窺っている。
できれば先に怪人を処理して栄養の補給と勇者コードの回収を行いたいが、難しい。
二体の敵はコンビネーションに優れ、一対一の場面を作ろうとしても絶妙なタイミングで割り込んでくるのだ。
サンカントは二体を同時に視界に納めるべく、じりじりと後ずさった。
その時。
「……んん?」
サンカントは眉根を寄せた。
牙を打ち鳴らして金属音を発するレクタニカの落書きじみた口が、異様な大きさに開く!
ギラギラ輝く巨大なトラバサミの奥に、不可思議な暗黒空間が広がっている。
正面から夕日に照らされているはずだが、怪人少年の精緻な瞳をもってしても一切の光が見えぬ。
金属のスクエアな部品で構成された棒人形の全身が震える。
「ゲッゲッ、ゲボーッ!」
そして、汚らしく耳障りに叫びながら流線型の何かを連続で吐き出した!
前回、前々回同様に口から砲撃してくるとばかり思っていたサンカントの反応が遅れる。
転送されているのか、あるいは口腔内で合成されているのかは不明だが、灰色の物体は明らかに頭部の直径より長い。
ともかく、怪人少年が困惑しているうちにレクタニカはそれらを腕に接続し終えていた。
引き絞られたカタパルトを連想させる、不思議な低い構え。
一方カトリエムに動きはなく、静かに浮遊したままだ。
何かを、警戒しているように。
チカチカチカ、子供の落書きさながらに虹彩の無い三角の瞳が赤く光り、六面体パーツが強烈な蒸気を噴く。
一瞬の後、三十フィート超の金属製棒人形ボディが地面に小さなクレーターを作りながら跳んだ。
サンカントはあえて追わず、生成した魔力粘着糸を構えた。
七フィート少々の流線型弾がどういった機能を持つかは不明だが、回避にしろ止めるにしろ不安定な空中はまずい。
おぞましい深海生物か、あるいは達人が引き伸ばす麺類か、どろどろと粘る大量の糸が怪人少年の両腕で脈動する。
上空のレクタニカはかまわず兵装を解き放つ!
「Re Re Re Release!!」
投擲された太い灰色が、夕日を浴びて紅いスモークスクリーンと化した噴出蒸気を切り裂いた。
サンカントは瓦礫だらけの大地を踏みしめ、 煌く防御膜で覆われた黄白色の粘着糸束をうぞりと伸ばす!
勇者コードの一つ、“細い小さな棒”により生成される魔力粘着糸は、見た目よりはるかに丈夫だ。
強化すればルクスコリ軍制式ロケットランチャーから放たれる徹甲榴弾も受け止める。
そう、サンカントは絡め取ったそれを投げ返す気なのだ!
糸が殺到し、弾丸を巻き込む……しかし。
「あ、れ?」
「ヒィ、一人ィー時間差ァー」
曰く表現しがたい危機感が、サンカントの背筋を駆け下りる。
気づけば、瞬き数回分だけ遅れて飛来した複数の灰色巨大弾丸に囲まれていた。
荒廃した景色が、弾の動きが、スローモーに感じられる。
高性能な黒と金の瞳は、一九二ポンドトリトナール弾頭の炸裂を認識する。
KABOOM!
しかし、認識できただけだ。
短時間なら音を越える反応速度を出せ、銃弾すら摘み取るサンカントだが、火薬そのものの至近広範囲炸裂に対応しきれるほどではない。
KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM!
彼は移動を諦め、思考の速度で出現させる事が可能な饑の防御膜をできる限り濃厚に発動させた。
更に追加の爆撃が迫っているが、選択肢は耐えるのみ。
KABOOOOOM! KABOOOOOOM!
パワーソースを絞り出すべく、彼は己の魂に寄生している“先代勇者”と“サンキエム”に呼びかけた。
休眠中のサンキエムは反応を返さない。
ストレージの先代勇者は未だ明瞭な意思を持たない。
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Cependant.)
(C'est le même comme un tremblotement de la bougie dans le vent sérieusement.)
物理的損害以上に、栄養の大量放出による気だるさで意識が薄れてゆく。
まだだ、まだ耐えられるはずだ。ここで止まるわけにはいかない。
夕日の色に染まった空中のレクタニカが、巨大ななにかを更に吐こうとしている。
その横にカトリエムの影。
判らない。
「対象ノ反応低下ヲ確認、ット、グッ、ゲッ、ガッ、ガガガ、オゴオオッ、GBU!」
「認めたかあないが、怪人には面の物理圧力、か」
「ハァーッ、ハァーッ、今更、ダゼ、加藤。
テメー元素特化ダシヨ、相性悪カロ、カチカチカチ、モ一発バスターシテ帰ローゼ、カエロー!」
「うむ、しかし050があれほどとは、俺も更なる改造を受けねば」
「ホドホドニナァ」
いくつもの兵装を吐き出して少々縮んだレクタニカが、足先と背の六面体パーツからジェットパックを展開し、カトリエムと談笑しながら上昇する。
抱えているのは、異様に細長い大型弾。
瓦礫に埋まっているサンカントが知る由も無いが、少し前地下保管庫に大穴を空けたものと同一だ。
レクタニカは抱えた地中貫通爆弾を勢いよく射出した。
高加速度の弾は狙い過たず破壊穴に吸い込まれ、保管庫のベースになっているダンジョン岩盤をさらに数枚ぶち抜いて爆発。
当然、地響きもかなりのもので、今頃フォルティ砦は大騒ぎになっているだろう。
もっとも、余裕があれば砦街も破壊して帰る予定だった一人と一匹にしてみれば気にする事でもなく、特に一匹の、レクタニカの注意は別に向いていた。
「ア゛ー」
落書きの三角瞳が歪む。
「どうした」
「オッカシイ、レンファニウム燃料ト反応シテモット派手ニブッ飛ブハズナンダケドヨー」
「爆破位置がずれているのではないか」
「オレ様ッテ地形情報ト、取リ込ンダ兵装関連ノ計算ニャ自信アンダケドナ、モ一発バスター取ッテコネート、メンドクセェー、カチカチカチ」
「ぬう……おいレクタニカ!」
「ア゛ア゛!?」
SMAASH!
下から飛来した瓦礫が、胴体パーツを弾き出した。
レクタニカはただちに全身を分離させ、地上へ機銃と瞳を向けつつ飛ばされたパーツの回収に当たる。
しかし、襲撃者の動きは棒人形の計算の倍速かった。
空気を踏み込み、弾幕をすり抜けて跳んできたサンカントの拳が、重い音を立ててレクタニカの頭部にめり込む!
「は、あ、AAUGHHH……どうだ、ガラクタお化け」
「AIIII!? Dickhead!!」
「うう、くそが、これでもダメかよ」
罵声を吐く頭部ごと横の六面体パーツが機銃掃射を行い、満身創痍のサンカントを引き剥がす!
弾幕に巻かれながらもどうにか空中で体勢を立て直した怪人少年は、信じ難い光景を見た。
玩具じみて大きく凹んだ棒人形の頭部パーツが、なんと銃弾を吸収し回復してゆくではないか!
だが無傷ではない。
不意討ちで飛ばされた六面体のうち一つが、復旧できず煙を噴き落下。
「ギーギーガー、マダ死ナネーノ」
「待ってんだ、俺」
「ア?」
「だから、待ってンの」
「ワケワカンネエ、テメーノ首食イチギッテヤルゼ、カチカチ!」
レクタニカは破壊されたトラバサミを吐き出し、新たな牙を繰り出した。
自己修復と防御膜を駆使して爆撃を受け切ったサンカントだが、燃料切れ寸前だ。言い返す余裕もない。
兵装が減って身軽になったレクタニカの方が、まだずっと活力に溢れている。
もちろん、カトリエムも。
「惑わされるな、ポンコツ、ふんぬ!」
WHACK!
「ワカッテラー、ア゛、何ダ、ドウシタ」
「おかしい」
ジェットパック飛行キックでサンカントを更に突き放した大型怪人が地上に視線を向け、身震いする。
「オカシイノハ最初カラ判ッテ、ハイ?」
「……なにが起こっとるんだ」
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分厚い壁が剥がれ、保管庫深部に爆風が吹き込むが、大したことではない。
室内にあったレンファニウム燃料棒はその全てが偽りの聖女のパワーソースとして根源の力を吸い尽くされ、鉛と化して蒸散している。
荒れ狂う爆発破壊の流れを気にも留めず、軽く柔軟をして調子を確認したリュミエラは優雅に立ち上がった。
無粋な破片は、婀娜に輝く肌と鱗に触れる前にすべて溶け崩れた。
「また、変な治り方しちゃった、綺麗だし、いいけど」
周囲に散らばる割れたレンファニウム燃料棒ケースの残骸も、溶けた床や壁の混合物を一瞥もせず、彼女は歩き出した。
道は決まっており、迷う事はない。
ぬるり、ごぽり、どろり。
異様な高体温により溶解し、沸き立つ床や壁が立てる危険な音が後を追う。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
日が沈み始めた紅い紅いフォルティ森。
森林の一部が焼き払われ、地面は凸凹で瓦礫まみれだ。
破壊区域の中央部には深い穴があり、中から不気味に光る煙が漏れ出している。
「ヘハハハ! 来た、来たぜ!」
疲れ果てたサンカントが空を睨んで座り込み、そして笑った。
ボトムスはダメージド・ジーンズもかくやというほどボロボロに焦げ裂け、自慢の弾力ある黒い逆毛は千切れ捩れ、強靭な肉に刻まれた傷もかろうじて出血が止まっているという程度の無残なありさまだ。
全く、問題は、ない。
彼は己のやるべきことを達成した。
空中では、新たな危険に直面した怪人と怪機が喚いている。
「超高熱物体接近中、ノーデータ、何ジャイアイツァ!」
「このオーラ紋、魃だ、しかし俺の記憶では、こんな。
そもサンキエムが反乱を起こしたのならば全て解体されて然るべき、いや待て、奴が改造したのか? どうやって?」
「オレ様ガ知ルカヨ、確実ニ言エルナア、敵ッテコッタ」
「ふん、お手並み拝見といくかね」
漏れる煙と光はいまや夥しい量となり、もはや煙どころか穴自体が鈍く光り始めていた。
激しい熱で、土砂や瓦礫が歪む。
怒れるレクタニカが榴弾を吐き出し、次々と穴へ投げ込んだ。
しかし!
「喰ラエヤオラァア、ア゛? アーッ!」
ZZZZAP!
緑色の閃光が煙を焼きながら迸り、榴弾を焼却。
更に熱気が増し、ボウボウボウ、高温で水気を絞り切られた有機物が燃え出す。
そうして、ついに、土石を沸騰させながら発生源が這い出してきた!
陽炎揺らめく不気味な影なきシルエット。
「アノーンダシオーン」
水元素操作リミッター解除のキーワードを吼えたカトリエムから毒の濁流が降り注ぐ。
輝く影という矛盾した存在を飲み込もうとするが、やはり不可能だ。
発する途方もない熱量で水元素の干渉を打ち消した怪物が叫ぶ!
「KYUAAAAAAAA!」
あらゆる攻撃を強引にかき消しながら現れたそれを、サンカントは目を細めて眺めた。
激しい発光と陽炎のゆらめきで輪郭が定かでないが、唯一光を発していない二つの漆黒の虹彩の位置からいって、少なくともヒト型は維持されている。
それ、つまり日常生活で上下する分以上のパワーソースを充填したリュミエラは、言うまでもなく超級の危険存在だ。
前にシャドウ・ドラゴンを狩るため放物面反射器で陽光をチャージしたとき以来の本気の姿。
……いや、それとは比較にならないほど激しい。
「遅いし、熱いよ、リュミエラさん。あれ? 左脚……」
「ふふふ、レンファニウム製よ、たぶん。さ、まだやれるよね?」
「ごめん、なんか食わねーと無利」
「食い物なら、水袋みたいなのが浮いてるでしょ」
「頑張る、けど熱い!」
「……ごめん」
白い肌と赤い鱗が青に輝く恐るべき光の塊はとろりと笑い、ひとっ飛びでサンカントの横に着地した。
サンカントは、いくら待ち兼ねた愛しい相手でも、熱すぎると逃げたくなるということに気づいた。




